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24話 マオちゃん

ボートを漕ぐこと2時間、海岸線についた我々を待ち受けていたのは屈強な男だった。全身鎧に槍を一本。胸元のバラの刻印が素敵だ。そして男は野太い声で崖の上から呼びかけてくる。

「待て、お前ら。漁の許可証は?海遊証明書は?……本当にイリスの民か?」


「いいか、大人しくしてろよ……」

男は槍を杖のように使い、器用に崖から降りてくる。


ふん!予想通りだ。実質鎖国状態だと聞いていれば対策もする。ありったけの金貨だ。ニチュカから小袋を受け取り鎧君に歩み寄る。見せてやる我々の世界のお家芸、「買収」だ。


「止まれ、近寄るな。なぜ服を着ていない。止まれ!」

彼は槍を僕に向けたので仕方なく止まる。

ふむ、予想外だ。これでは交渉どころではない。プランBだ。


「お兄さん、だからさっき服着なって言ったじゃん」


「嫌だね!あんなビチョビチョ服着てらんないよ!オラァ!!」

足元の水を掬ってニチュカにかける。

全裸不法入国成人男性の一撃に怯んだ彼女は顔を覆い、水を拭う。その一瞬を僕は見逃さなかった。すかさず全身と海面を【発光】させる。


「なっ……お前ッ!魔法!」

鎧君の視界を奪ったところで鞭を作り出し、縛る。

足をかけ転ばせ、兜をはぎ取り、チョークスリーパー。……2秒……10秒……16秒と数えたところで彼は失神したので腕を外す。


「えっ、何したの?」


「チョークスリーパー」


「何それ?」


「……内緒」

この世界では医学とかも発達してないのだろう。そんな世界の住人相手に「今のはプロレス技で……脳への血流を……」などと説明してもしょうがない。僕は何度目かの「内緒」を繰り出した。


「むぅ!いっつもそればっかり!私覚えてるんだからね!『バキ』『美味しんぼ』『らーめん』!他にもいっぱい!今度教えてもらうからね!」


「あー、うん」

なんだ?漫喫にでも連れて行けばいいのか?


「まぁいいよ。それでマオさんだけど……もう近くにいるみたい!」


「……っ!!」

興奮に委ねて険しい崖を駆け上る。

僕と違って転生だ。姿形は変わっているだろう。目を焼き焦がすような赤髪も、イタズラっぽい八重歯も、愛らしい猫目も無いかもしれない。だからこそ自力で気づきたい。僕の愛は本物なんだって、見た目が全てじゃないんだって証明したい!

傍若無人、天上天下唯我独尊、イカれ快楽主義者。正直、見た目が悪かったらゲボカスのような人間だけれど僕は愛している!

あぁ!感動の再会、一言目は何にしよう!やはり魔王に絡めて洒落た冗談でも言おうか?それともプロポーズか?


崖を駆け上ると王都に似たような街並み。

そこには人、人、人。人が多すぎる。困った。流石に見つけられる気がしない。いきなり世界がスローモーションになって転生マオちゃんと目が合わないだろうか。Love so sweetは流れないのか?前前前世は?……クソ。


「お兄さん、強靭すぎない?」

振り返ると土まみれのニチュカ。なんだか癪だが彼女に頼るしかないようだ。


――


――――

「あー、この家……っぽい」

まるで自分のGPSを探す人みたいに町外れにある一軒の家の周りをクルクル回りながらニチュカは言う。だが終える前に僕はドアを押し開けていた。


「マオちゃん!マオちゃん!!」

目の前には20歳前後の女が一人。

橙色の髪色に160cmほどの身長。前世と違い儚い印象を覚える手足。そして怯えた目をしている。


「ヒィッ!だ、だれ?!」


「あ、そっか!そうだよね!僕だよ、安藤 勇!見た目は全然違うけどあと1週間もすれば元通りだからさ!ね! そぼろ丼でも作ろうか?」


「えっ、え、誰?そぼろ?ああああああ!怖い!怖いよぉ!!お母さん!うわあああん」


「えっ、えっ、えっ?はっ――はっ、はっ!」

なんだこの反応。まさか、いや、そんなはずはない。だって織田も山田も前世のことは全部覚えてた。マオちゃんだけが忘れているわけがない。姿が変わっても記憶は……クソ。

ここで嫌なことに気がついてしまう。

『転生して姿形が変わって前世の記憶が消えた日本人』はただの『この世界の住人』じゃないか。彼らが特異なだけじゃないか。あぁ、クソ。

上手く呼吸できないほど焦る僕とどこまでも冷たく冷静な僕が同時にいる。そして高いところから落ちているときのような不愉快な浮遊感が常に鳩尾にある。

これはつまり、もしかして、いや、違っ、まさか、本当にマオちゃんにはもう会えない――


「だから違うって言ってんだろ!」

壁を力の限り叩くとその場の全員の方がビクッと震えた。

脳内に先日見せられたマオちゃんがチラついたのだ。

マオちゃんは謝らない。

マオちゃんは慈しまない。

マオちゃんは傍若無人で自己中心的。

マオちゃんが僕に微笑むことは決してない。

マオちゃんは――小学五年生の時点で交通事故で死んでいない。


あー、もう。なんで僕のこと覚えてないんだ。クソ、こんなことなら目覚めなきゃよかった。踏ん張らなきゃよかった。


「あっ、お兄さ……」

ニチュカの声が遠く聞こえた。

視界いっぱいに床が倒れてくる……いや、僕が倒れているのか。ははっ、最期に刃牙みたいな……クソっ――つまんねぇ。

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