23話 支離滅裂
約二日の旅を終えて馬車を止めると目の前には波一つない大海原。向こうの大陸がうっすらと見えているがこの大海をわたる手段は無いように思える。だが問題ない。僕だってアホじゃないのだ。何も考えずパカパカと馬を見ていたわけではない。
「へぇー、へぇ!!これが海かぁ!」
見た目相応の少女のようにニチュカは目を輝かせる。
これから地獄のデスロードを歩むとも知らずに……
「感動してるとこ悪いけど、これ頼むな」
僕は道中【武器生成】で作った木製の大楯を数枚、釘、トンカチを渡した。
「え、ねぇ、これ?」
僕の意図に気がついたらしいニチュカが体を震わす。
「あぁ!船を作ろう!」
馬車を多少改造すれば数十分で船の出来上がりだ!いくぞ!野郎ども!!
元気に始めてみたが前途多難だった。なんと木を雑に貼り合わせただけでは船にならないのだ。浸水してくる。おかしい、マオちゃんが見てた動画配信サイトの『イカダで無人島から脱出してみた』という動画では丸太と紐で船を作っていたのに……ヤラセか?
そんなことは置いておいて僕はある決心をする。
手に力を込めて強くイメージする。大楯、棺桶のような形をした、一枚の木の板からできているソレは固く、頑丈である。
「……及第点かな」
出来上がったのは良く言えばボート、悪く言えばひん曲がったベニア板。
まぁ、いいだろう。初期のルフィもこんなので航海していたのだ、ましてや僕は海賊王なんて目指さない。十分だ。
「えー……」
不満げなニチュカを『ボート』へ押し込み、出航する。
決してベニア板にしがみついての島流しではない。
さぁ、オールを作って出発だ!
――道中は過酷を極めた。地球の海と違いほとんど波がなかったため横転などはしなかったが多少の浸水で靴はビチョビチョ、オールは重く、なかなか進まない。
頼みの綱の吸血鬼も役に立たなかった。そもそも彼女たちの素早さは『異様に軽い体と高性能な筋肉』例えるならミニ四駆みたいなものなので、パワーを必要とする行為は苦手なのだそうだ。里で綱引きとかやらせても盛り上がらないことだろう。
仕方なしに僕が漕ぐが陸へはなかなか辿りつかない。1、2時間漕げばたどり着くと思っていたが、琵琶湖横断くらいの覚悟が必要だったのかもしれない。手の皮がむけてきても陸地はまだ遠く、日は落ちかけてくる。
小学生の時に遠くまで虫取りをしに行ったせいで帰りが遅くなったことを思い出した。門限などとうに過ぎて辺りは昏く、ペダルを漕ぐ足が重い。視界が狭まり掌にジワリと汗がにじみ、心臓がいつもより早くて呼吸が上手くできない。そんな焦燥感を。
「ねぇ、お兄さん!あっち見て!」
ニチュカが指さす方には島があった。いや、島というにはあまりに小さすぎた。小さく、ゴツく、大雑把だった。
「沖ノ鳥島みたいだ」
「オキ?」
「いや、なんでもない」
休めるならどこでも良かった。正直、あとに2、3時間漕げば着きそうな気もするが仕方ない。軽く浸水したべニア板に乗りながら夜の海で航海したくない。
ニチュカ曰く、マオちゃんも今日1日長距離を移動していないらしいし、イリスにちゃんと住んでいるのだろう。ならば急にイリスから去ることはないはずだ……ないよな?
「なぁんにもないね」
ニチュカが小石を蹴飛ばして見せる。それはそうだ。二人横になれば何も置けなくなるような小岩なのだ。沈まないだけ感謝すべきだ。
馬車から拝借した小袋から干し肉を取り出しモチャモチャと咀嚼する。羨ましそうにニチュカが見つめてくるので己の首筋を彼女に差し出す。献血だ。腐っても吸血鬼、1週間も血をのまないと次第におかしくなっていく。
宿で不貞腐れていたときなんて四つん這いで「小さい人魚に愛を教えてしまいました!!!」などと暴れ始めたのだ。
「なにそれ」と聞くと「織田の真似」と真顔で答え始めたのはかなり怖かった。それ以来2日に1回は血を飲ませることにしている。ちなみに織田はそんなことしない。
「ん、そろそろ」
彼女の背中をポンポンと叩く、クラっとしたらやめてもらっている。
だが今回彼女は離れなかった。血を吸われている感覚はない。ただカタカタと震えている。
「おい、なんだよ」
何だ。打ち震えるほど美味かったのだろうか。
「ねぇ、お兄さんはマオさん?が見つかれば元の世界に帰っちゃうんだよね?私嫌だよ。嫌、嫌だ!!」
彼女の爪が腕に食い込む。
「……あぁ、ニチュカはどうする?里の再建?」
なんとなくイジワルをしてみたくなった。『家族計画』において僕が日本に帰ることはない。ただ、兄妹にするように揶揄いたかっただけだった。少し涙目になったニチュカにネタバラシをしたら軽く肩を小突かれる。そんなのを予想していたのに彼女は僕の腕をさらに握り、きつく抱きしめてくる。
「うっ、カヒュ……ッ」
粗悪な笛のような音が彼女の喉から聞こえた。
「あぁぁ!!ごめんごめんごめん!!嘘嘘嘘だから!」
焦りながら彼女の背中をしきりにさする。「帰らない」「全部冗談」「みんなで暮らそう」と絶えず言葉をかけてやると数分で彼女の呼吸が安定した。そしてそこから小一時間泣かれた。
しまったと思った。彼女の『家族』の重みを軽く考えていた。
小一時間後、泣き止んだニチュカに『家族計画』について話した。全員が強制的にハッピーエンドを迎える崇高な計画の概要を。
「ごめんな、大丈夫だって。今から説明してやる。だからな、手を放してくれ。な、おい、食い込んでるんだ!いたい!ごめんごめんごめん!」
何とか落ち着かせて家族計画の概要を説明する。
この世界と地球を繋げること、僕の知人全員を貴族として世界を統治すること、権力の大半はマオちゃんにあり彼女はシムシティ感覚でソレを濫用すること。全て説明しを得ると少し困惑して
「……里は私に頂戴」
と言ってきた。なんて面白い女なのだ。「いいよ」
流石にこの晩に眠る胆力は我々にはなかった。
干し肉と少しの酒で「私の国の法律は」だの「僕はあのラーメン屋をこの辺に」だの少し先の話をダラダラとした。そのうち朝焼けが海面を焦がし、爽やかな風が駆け、潮の匂いが眠気を吹き飛ばす。
「さぁ、行こうか」
あと3時間もすれば着くだろう。
さっさとマオちゃんを見つけて新しい世界を始めよう。




