22話 トリガー
道中はニチュカとバカ話で盛り上がった。
やれ織田が変態じみてただの、やれアッ君がヘタレだっただの里の『家族』たちの話をした。改めて彼らを家族計画に組み込めないのは本当に悔しいと思う。トメさんも双子ちゃんも皆、あんな殺され方していい人間ではなかった。
マオちゃんを見つけた後は必ず『教会』を根絶して立派な墓標を建ててやる。
日が暮れてきた頃、ニチュカが腕に擦り寄ってくる。里の一件以降、時々彼女はこうなる。そしてしばらく「教会ってなんなの」「なんで里は……」などと愚痴をこぼす。
僕はそれに答えない。いつもはただ黙って彼女の髪を撫でて眠るのを待つ。
だが今日は違った。マオちゃんを目前にテンションが上がっていたからなのかもしれない。ただなんとなく返事をしてしまった。
「……神様のせいだろうな」
「え?カミサマって何――」
「――それは禁句です」
突然、馬車の前に女が現れた。
それに跪くように馬が足を畳む。急停車したせいで僕らは馬車の中で転げまわった。文句を言おうと身を乗り出すと馬は断頭台に立たされたかのように震えていた。そして馬車を止めた張本人は……
「えぇ……誰?」
修道服のようなものを着た女は目を閉じ、豊満な胸の前で両手を祈るように組んでいる。そして僕の質問に答えようと妖艶に口を開く。
「私は教会の第二位司祭、ガルフ•ミーユ。またの名を『敬意』」
「教会ッ……殺してやる!」
「……教会なのか師団なのかハッキリしてくださいよ」
怒り狂うニチュカを静止して一歩前に出る。
名前的に『沈黙』のお友達であることは確かだ。だがあの娘は師団だ。教会とは敵であるはずだろ?
「組織とは所詮人類が作ったもの。全て虚像なのです。私は英雄意思の代弁者ですので全ての頂点になる必要があります。するとやはり、必然とこうなるのですよ。……救済というべきですかね?ヤギの御使は橋を切り落としますからね」
……ひぃっ!怖い。聞き取れたのに何を言っているのかわからなかった。マオちゃんとは違う話の通じなさだ。
天上天下唯我独尊、理論などすっ飛ばして己の快楽のためにのみ振る舞うマオちゃんと違い、この『敬意』様は何かしらの理論を持っていそうなのが怖い。
そしてかなりまずい。今のこの体は身を守る術を持たない。光って、武器を作ればそれでおしまいだ。何かあれば交渉でどうにかしようと考えていたが話の通じないイカれポンチが出てきてしまった。
だが怯んでもいられない。今はとにかく時間を稼ぐんだ。奴の魔法を暴かねば。考えろ、馬がこんなことになっているのは十中八九コイツの魔法だ。
「へ、へぇ、頂点を目指しているのに第二位なんですね?一位はもっと強いのかなぁ……?」
「いいえ、一位は空席です。私を越えるものがいれば座れるように空けています。傲慢でいることは導きではありませんから。さて、お話はここまで――【耽美停滞】」
一瞬で意識が遠のいていく。
体に力が入らず、前に倒れていく。視界の端に見えるニチュカは無事らしい、目を見開いて僕を見てい……る。
――
――――
「はぁっ、はぁ……!あれ?」
僕は何してたんだっけ?なんだか、かなり長い間……いやいや、違う!マオちゃんを探さないと。えっと、どこまで探したんだっけ?
このまま僕は街を駆け回った。
一緒にアイスを買いに行くコンビニ、それを食べる公園、3日と続かないランニングのコース。思いつく場所全てを回る頃には朝日が顔を出していたが彼女はどこにもいなかった。僕を振り回した15年は何だったんだ。消えるにしてもせめて思い出になってくれ。
口が異様に乾き、手の震えがおさまらぬままアパートに帰る。ドアを開けると全てを焼き焦がすような鮮烈な赤髪。
「もぉー、どこ行ってたの?」
彼女は不満そうに口を尖らせて僕をなじる。
「誰のせいだと……!」
「ねぇっ!お腹すいた!なんか作って!」
無邪気な態度に毒気が抜かれてしまう。
「はぁ、わかった……何がいい?」
「なんでもいいよー」
「そっか、何かあったっけな」
靴の前に汗に濡れたシャツを脱ぎ、家の鍵と財布をポケットから取り出し、玄関の小物入れに放り投げる。
「ねぇー、まだ?イタリアン系が食べたいんだってばー!」
「初耳だよ。あと、まだ靴も脱いでない。んで、パスタでいい?クリーム系?」
「うーん、ニンニク系がいい!」
「はいはい」
僕は麵を茹で、フライパンにはオリーブオイルをひき、ニンニクを刻んで炒める。
色がついてきたところで塩を振り、刻んだ玉ねぎ、ハム。最後に茹でたパスタを加えてめんつゆを一回し。
「できたよー」
何らかのソシャゲに勤しむマオちゃんを食卓に着かせ、夜食を始める。
「ありがとー、あれ?ひき肉は入れてないんだ?」
「なんか無くてさ……あっ、昼飯のそぼろ丼に使ったんだ」
「ふーん、明日買い足しといてね!……んっ、おいしい!!」
自分の好物が入っていないことに若干の不満を抱きつつもマオちゃんはパスタを啜り始める。
先ほどまで失踪していたとは思えないほどの笑みだった。
「ねぇ、さっきどこに隠れてたの?僕、パンダ公園まで探しに行ったんだけど?」
机に少し溢した彼女にティッシュを差し出しながら疑問と不満を投げかける。
「あー、ごめんね。ユウ君と入れ替わりでトイレに隠れたんだ!ふふっ、ユウ君全然気づかないから……アハハッ!」
「あぁ、そっか……」
あぁ、そうか。なんだか長い夢を見ていた気がする。実際はちょっとその辺を探しただけなのだが……何はともあれ何事もなくてよかった。
「――ほんとごめんね?」
こちらの様子を窺うように女は両手を合わせてヘラりと笑って見せた。
「違う。そこでお前は謝らない。」
瞬間、フォークを落とした。
今までの違和感が噴出する。
「マオちゃんは僕の機嫌を窺わない。好物を諦めない。料理に感謝はない。あの女は一度だって僕に微笑みかけたことはない。なぁ?……これは精神攻撃だろ?下手クソ」
膝をつく寸前に意識を取り戻す。
無理やり踏ん張ろうとして馬車の底板を踏み抜きながらも叫ぶ。
「よぉ!下手クソ!マオちゃんの解像度が低すぎんだろ!」
「ふむ、そうですか。そうですね。驚きました。こんなの英雄サルバドーリ以来ですね。ですがトリガーは仕込めました。貴方には必ず報いを受けてもらいます」
「『尊厳』さん、撤退を」
糸目の女が呟くと一瞬、銀髪のマッシュ男が現れて、『敬意』とともに消えた。
「ふざけやがって」
呆けているニチュカをなんとなく固く抱きしめ、馬に鞭を打つ。
僕は大丈夫、本物まではあと少しなのだから




