18話 Take8
「だめぇえええ!」
金切り声と共に槍が目の前を通過し、銃が宙を舞う。
ニチュカの槍が山田の手の甲を深々と刺し貫いていた。傷口からは赤黒い血がドクドクと滲んでいる。銃口から解放された僕は未だ所在なくフラつく。
――あー、違う。違う違う。
マオちゃんの横に立つ男は僕でなければならない。なんで一回僕は諦めた?そんなことは許されない。世界中を探し回って、挙句の果ては異世界まで来たのに「人様の迷惑になるから死にます」?ありえない。
力なく揺蕩う上半身をピタリと止め思考をめぐらす。
「どうすれば逃げ切れる?」「【武器生成】は使えるが【魔王】は止血以外使えない」「【発光】は銃相手には無力だ」巡らせるが意味がない。八方塞がりとはまさにこのこと。いや、百方くらい塞がっている。銃相手に丸腰でニチュカを守って逃げ切ることなんて誰ができるだろうか?シュワルツェネッガーでギリだろう。一介の文系大学生では今のようにかっこいいポーズでハッタリをカマすことしかできない。
「世界の最高戦力を知ってるか?」
不意に山田から問いかけられる。意図が分からない。彼はその最高戦力の仇かなんかだろうか。勘弁してほしい。僕は誰かを殺したことなんてないのだから。
「アメリカの軍とかですか?」
「違う。最高戦力に名前なんてない。むろん兵器にもな。存在が知られてる組織なんてたかが知れている。真に最強の組織とは卵子の頃から調教され、人間離れした超人とそのクローンからなる部隊のことだ。徹底して名前なんて与えられない。ゆえに大元が壊滅したときに歴史の闇に葬られる。」
「……何が言いたいんですか?」
「ははっ、時間稼ぎだよ。熟知してるといっても正確に想像するのは時間がかかる。……ンゴ」
山田の手にはボウリングの玉ほどのサイズの球体が握られていた。
白く綺麗な球体から目が離せない。だがそこからは生物として、本能的な恐怖が感じられる。
「お察し……かはわからないがこれは核兵器だ。もう疲れてしまったよ。復讐のためにここまで来たのに、お前を前にしてもなんの気力も湧かないんだ。……だから一緒に死んでくれるか?いや、死んでクレメンス……だったかな?」
山田は高く掲げた核兵器を重力に任せるように手から零した。
あれが地に着いたらどうなるかわからない。だが直感的に多分死ぬのだろうと思った。限られた時間の中で考えるが思考がまとまらない。「キャッチは間に合うか?」「【魔王】で耐えられるか?」「放射線って【発光】で防げないか?」答えは全て「NO」である。それに里から託されたニチュカを守れない。彼女を守りながら自分も生き残らねばならない。そんな極限の状態は僕の脳に深刻なストレスを与えた。
『ストレス値が臨界点に到達。スキル【感知】獲得により正常範囲へと是正します。』
バカが。アルベールと山田の研究によれば僕はこの死に際した状況で「ニチュカの生存」でもなく「自分を守ること」でもなく「マオちゃんを捜すこと」を最優先としていたらしい。本当に僕は救えない。
抵抗虚しく、純白に包まれた復讐の核兵器が地に落ち――なかった。地に着く寸前で黒装束の人間にキャッチされていたのだ。当然僕はその人物に心当たりはない。だが山田はあったようで奥歯をかみ砕かんとする表情とともにかすかに声が漏れ出ている。
「しくじった……『沈黙』か……」
「沈黙?」
聞いたことある名前だ。なんなら今朝の試験の時に出てきた名前じゃないか。異世界最強の四つの部隊の一つ「沈黙」じゃないか。ギルド嬢に「悪いことしたら来ちゃいますからね」と脅された沈黙さんじゃないか。実在したのか。
……ひとまず助かったのだろうか。沈黙さんは白球を持ったまま山田の方を見ている。黒装束のせいで顔は見えないが怒気を感じる……気がする。だが沈黙さん、背が低いせいでそれほど怖くは見えない。150cmくらいだろう。果たして僕は本当に助かったのだろうか。
「これは王の命を脅かすものだ。規則に則って主犯、及び師団の戦闘の観測者を抹殺する」
黒装束の声は少女の声だった。だがそんな可愛らしい声とは裏腹に不気味に黒装束の袖が揺れる。
先手を打ったのは山田。いつの間にか作り出した大剣を振りかざしていた。だが当たることはなかった。剣は轟音と共に地面を抉っただけだった。
「『沈黙の戦場に音は無し』……嘘だったンゴねぇ」
山田は大剣から手を離し、語尾を戻して煽る。
「――より小さな音を選んでいるだけだ」
「……え?観測者って僕もですか?」
ここでようやく状況に追いついた僕が声を発すると場が白ける感覚があった。
マオちゃんの無茶ぶりに応えた時の空気感だ。間違いない。
「貴方。こんなところで何を……?」
黒装束の女の子は僕の顔を凝視して不思議そうな表情を浮かべる。
そして油断し切った顔面に山田の大剣が襲うも当たらない。避けたようには見えなかった。初めからそこにいなかったような違和感がある。
「なるほど。現実改変。いや、それだけだと説明が――」
山田は大剣を地に突き刺し思案する。そして何かを思いついたように土をゴソッと手に取り上に放り投げた。
当然、土塊は空中で解けて雨のように降り注ぐ。僕もいくつか目や口に喰らってしまう。だからなんだと言うのか。嫌がらせならやめてもらいたい。きっと黒装束少女もそう思うはずだと彼女の方を向くが、彼女に土などついていなかった。なんて運がいいのだろ――
「へぇ……【確率の選択】ではない。【世界線の選択】か?」
僕の思考を遮るように山田がブツブツ言いだす。
「現実改変ならワイらごと消せばいいだけ、【確率の選択】なら土は避けきれない……わからない!だけど『都合のいい状況に書き換える能力、条件は1%でも起こりえる状況に限る』ってとこか?ほかにも『自分に関わる事象のみ』とかの条件がありそう……ンゴっおっ!危ないんゴねぇ!!」
黒装束ちゃんの飛び蹴りを躱した山田が精一杯おどけて見せた彼の頬は少し切れていた。
しかし山田の予想が当たっているのなら、黒装束ちゃんは飛び蹴りが「当たった」世界線を選択したことになるが警戒している山田にはどの世界線でもあれが限界だったということになる。
「ふぅん、やっぱり0%のものは選べないらしいンゴねぇ。でもかすり傷をつけたことくらいは褒めておくンゴ。まぁ、いい。君とワイでは勝利条件が違うンゴ」
黒幼女から向き直った山田が僕に銃口を向けてくる。
忘れていた。山田の目的は核兵器テロリズムとかでは無く、僕を殺すことにある。
6回の銃声とともに、弾丸が放たれた。だがなぜか当たることはなかった。
「貴方、『忍耐』の隊員ですよね。なぜ棒立ちだったんですか?」
「?」
どうやらこの体の持ち主、マニャ君はこの国最強のつよつよ部隊員らしい。
どういうことだ?もうすぐその部隊の育成機関に入学という話ではなかったか?もしかして潜入調査?いや、教師として就任だったのか?
「今はいいです。王への危機は去ったと見做し私は帰ります。」
黒少女は核兵器を抱えて去っていく。
取り残された僕とニチュカと山田はその小さい背中を眺めるしかなかった。




