↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/53

17話 元軍人、元サークルクラッシャー、元……

物心ついた時から銃がそばにあった。8192と呼ばれ、おもちゃは固い何かを与えられた。分解して戻して、また分解して。それが何なのかわからないままに構造だけは理解していた。コンクリートで囲まれたその部屋を世界のすべてだと思い込み、ただソレで遊び続けた。掌に吸い付くような黒、冷たい鉄の塊。持ち上げるとサイズに見合わない重量感。バネとネジ。


それが危ないものであると気が付いたのは3歳の頃だった。そのころには研究者を名乗る男たちからの手ほどきで四則演算をマスターし、主要言語を話せるようになっていた。そして訓練により筋肉が付いていた。それこそ引き金が引けるほどに。

その音はとにかく大きかった。人生で最も大きい音だった。風船が割れたときよりもさらに、耳を叩かれたときよりも激しく劈くような音だった。加えて衝撃、右手がはじかれたように上に上がり、肩が軋んだ。怖くなって泣き叫びそうになったが今までの訓練がそれを許さなかった。


5歳。たびたび訓練として研究者が連れてくる格闘家に初めて勝利した。ピクリとも動かなくなった格闘家には目もくれずに研究者たちが「天才だ」「成功だ」と8192を褒めそやした。だが嬉しくなかった。なぜならこのコンクリートの外があることを知ってしまったからだ。早く空というものを見たかった。


8歳。万物を武器として扱う技術、マイナー言語、化学、戦闘技術を会得した。研究者によれば8192は化物だそうだ。8歳と言えばまだ何の力を持たない「子供」と呼ばれる保護されるべき社会的弱者だと聞く。意味が分からなかったがこの後、社会常識を一年かけて叩き込まれ、自分の異常性を知った。


16歳。戦争をいくつか収めた頃、部隊が与えられた。人数は8192を入れて10人。部隊名は与えられなかった。存在自体が秘匿された部隊だかららしい。隊員は全て同じ顔と背格好。クローンというやつだ。こうして8192は世界最強の部隊となった。


18歳。常識を覆す力「超能力」に出会った。戦争に巻き込まれ瓦礫の下敷きになった彼女は水を操ることができた。汚水を浄化し口に運ぶことで4日間を凌いだらしい。だがこんな稀有だが取るに足らない能力。8192の琴線に触れることはなかった。ただこんな異常な現象を放置できるはずもなくレポートにしたためることにした。だが研究者の誰一人として取り合うことはなかった。


20歳。度重なる任務で部隊は3人になっていた。そこに重なる戦争。祖国を守れとの命令で前線よりもさらに前で殲滅に勤しむが3日ほどで祖国が負けた。いかに強けれども3人ではどうしようもなかった。そして8192はまた1人になった。

我々クローンは名称も無く、資料も残されていなかったため捕虜または奴隷になることはなかった。だが行く当てもなく途方に暮れた。数分考えたのちに泳いで日本へと向かった。どうやらその国は銃の所持及び戦争が禁止されているらしい。


22歳。耄碌した喫茶店の老人を騙し、戸籍と土地を手に入れた。喫茶店を売却して土地を転がし一財を成した。一生遊んで暮らしていけるくらいの蓄えだ。だが騙したと言っても2年間死んだ孫のフリをしてやったのだから感謝してほしい。


25歳。今までの人生を取り返すようにいろんなものを見て回った。中でもお気に入りはボクシングだった。初めて見かけた時は腹を抱えて笑った。

大の大人がハエの止まるようなスピードで拳を繰り出し、それに当たる対戦相手。アホらしい応酬が面白かった。だが後にそれらが本気で行われていた”格闘技”であることを知ると何だか冷めてしまった。様々な経験、人との触れ合いが8192を変えた。いまだに一人称が決まらないがいつかは真っ当な人間になりたいと思った。そんな思いから新たに喫茶店を開くに至った。


40歳。腰が抜けた。自分と同じ顔、背格好の人間が家族に囲まれて店に来た。向こうも8192の顔を見るなり血相を変えた。話を聞けば部隊の生き残りらしい。クローンだけあって考えることは同じなのだろう。だがコイツと8192決定的に違う。どこなのだろうか。


41歳。クローンの娘が度々1人で喫茶店にやってくる。クローンの家族には「8192は生き別れた兄弟である」と説明してもらった。無理があると思ったがその家族は涙しながら納得した。アホなんだと思った。そして何故かその娘は8192に懐いた。

喫茶店に来てはやれ「勉強についていけない」やれ「友達と喧嘩した」などとくだらない愚痴を吐きにくる。14歳とはここまでアホなのだろうか。研究室で読まされた資料の「中学生」よりもかなり知能指数が低く見える。


45歳。クローンの娘は志望した大学に合格したようだ。毎日勉強を見た甲斐があった。娘は8192を「叔父ちゃん」と呼ぶので8192は姪っ子として扱った。それだけにその合格発表では涙を禁じ得なかった。涙腺なんて訓練で焼き切れたものだと思っていたがそんなことはなかったらしい。だがその大学はサークルの治安が悪そうなので廃止させた。


55歳。身籠った姪が帰ってきた。

大学卒業後に当時付き合っていた男と行方をくらませて以来のことだった。クローンと8192にかかれば住所の特定は容易だったがクローンは「これも娘の選択」として放っておくことにしたので8192も放っておくことにしていた。

それがこの結果だ。姪はカウンターに突っ伏すと呻き声を上げながら鼻を啜った。もうすぐ生まれるとなった途端に逃げられたらしい。

数年ぶりにクローンに連絡を取るが繋がらなかった。少し調べてみるとどうやら夫婦揃って数年前に死亡したらしい。クローンの方は心不全、嫁は後を追っての自殺だそうだ。この事実を8192は姪に伝えられなかった。

その日は8192が自分用に用意した誕生ケーキに蝋燭を刺して姪に差し出した。「そのうちいいことあるよ」と。


56歳。数日かけて姪の元夫を探し出して殺してやった。その家族も殺してやった。初めて血を気持ち悪いと思った。

その間、姪は喫茶店で安静にさせている。

夜も更けて朝日が登り始める頃、喫茶店兼、家に戻ると姪がうずくまっていた。伸ばしていた手に水を握らせてやると彼女は声を絞り出した。「もう、生まれるの」と。


大急ぎで車を出した。喫茶店を辺鄙な場所に建てたばかりに病院までは1時間かかる。8192に医療の技術はあれど生まれてくる赤ん坊を取り出す知識はない。生まれての初めて焦りを覚えながらジトっとする手でハンドルを握る。アクセルを踏みちぎりトップスピードへと駆け上がる。


みるみるうちに畑ばかりの景色は失せ、建物が増え、病院まで残り20分のところまで来たところでそれは始まった。液晶ではない、ただの車のフロントガラスに映像が映る。

「ひ、久しぶり!マオちゃん!――」

慌てて踏んだ急ブレーキ。けたたましい金切り音と衝撃。

数分の映像は混乱と事故を巻き起こし、横転した数台の車により病院までの道は断たれてしまった。今もなお映像の男は泣き叫んでいる。


「すみません!!通してください!子供が!子供が産まれそうなんです!」

声を張り上げるが混乱にかき消されてしまう。

そこで8192に電流走る。姪を抱えて病院までダッシュすればいいじゃないか。

幼少期からの訓練によりいまだ衰えない心肺機能と筋力。身重の女1人背負ったとて原付程度の速度は維持できる。


思いつくままに車から出て、後部座席から姪を抱き上げると――クラクション。その音は人生で1番大きな音だった。

姪を抱えたまま十数メートル吹き飛ばされた。8192が下になりクッションとなったが姪は助からなかった。だと言うのにこの体は死ぬことを許されなかった。


3ヶ月後、失意の中、あらゆる権力を使い魔王を追い求めて動き回るも心不全に倒れる。8192を含むクローンシリーズは長く生きることを想定されていない。所詮使い捨ての生物兵器。

わかったことといえば「魔王は3ちゃんねるという匿名掲示板サイトにいた」ということくらいだ。魔王に近づくチャンスがあれば猛虎弁とやらを使ってみよう。語尾に「ンゴ」とかつけるんだったか……?

まぁ、なんというか。次があるなら今度は「普通」の人間に生まれたいが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。