15話 オタクのバンカー
ワイン風の酒を一息に煽ると昨日寝ていないのもあり、すぐ眠りに落ちた。夢なのか微睡んでいるのかわからないくらいの感覚でずっと黒い渦巻きを眺めていた。
その渦巻きは荒波のように恐ろしく見えるし、風呂に溶かした入浴剤のようにも見える。そんな光景から目を逸らしたくて必死に楽しいことを考えてみたがニチュカの怒声に起こされてしまう。
「ねぇ〜!!もう開いてるんだけど?!」
マオちゃんで見慣れてるとはいえ、高校生ほどの見た目の女の癇癪は流石に見てられないのでガンガンと響く頭を無理やり起こす。
……クソ、2時間しか寝られなかった。
今から僕は同郷の人間に借金をしに行く。
営業時間的に現代日本人だと思うが気が重い。確かに言語の通じない外国人よりはマシなのだが僕は”魔王”だ。織田の反応から分かる通り日本人からかなり嫌われている。
そして僕は嘘が下手だ。事実、口を滑らせたりエピソードトークに齟齬があったりで織田に僕が魔王であることは若干バレていた気がする。
設定を練ろう。僕はビトウ ショウスケ21歳、車に轢かれたら転生していた。わけもわからず歩いていたら銀行を見つけ、駆け込んだ。これで行こう。ニチュカはその辺で知り合ったことにしよう。
細かい設定は小学校の同級生「尾藤 正介くん」から流用すればバレないだろう。……違うな。そもそも異世界人であることは隠そう。
グダグダと考えているうちに銀行の門戸へと差し迫った。意匠がこらされた2本の柱、天秤と鷹の彫刻。重厚な雰囲気がのしかかってくる。中に入るとギルドとは似て非なる大理石のカウンター、そこには気品あるセンター分けの受付嬢。こちらを見るや否や、微笑みながらの会釈。当然だがギルドとかいう野蛮施設と違い死角から話しかけられることはなかった。
こちらもエリートサラリーマンのように迷いのない足取りで受付へと向かう。さながら資本主義の覇者のように堂々と、スマートに。
こちらが声を発する前に笑顔で番号札を差し出され、ペースを乱されるが気にしない。僕は今ゴールドマンサックスのsuperエリート(ネイティブな発音)なのだから。
ニチュカから冷ややかな視線を頂戴しながら数十分待つと番号を呼ばれたので再び受付へと舞い戻る。
「ボスを呼んでくれないか?話がしたいんだ」
「し、承知いたしました」
若干の焦りを見せつつも彼女は裏へと走っていった。クレーマーとでも思われたのだろうか。
――
――――
数分後、その男は現れた。
二十代前半、目鼻立ちは整っているがどこか垢抜けない。中途半端に長い髪が揺れ、細い体がシャツの上から見て取れる。彼はシルエットだけで言えばシンプルな服装をしていた。体より少し大きめのシャツに細身のズボン。北千住に数億人はいる服装だ。だが彼のホームグラウンドは北千住ではない。秋葉原または池袋である。その決定的な理由が彼のシャツにあった。
「crazy uncle……?!」
思わず叫んでしまうほど彼のシャツはダサかった。「狂った伯父」とデカデカと書かれた英字のシャツだ。なんでだ?この世界の言語に英語は無い。じゃあわざわざ作ったのか……?英字のシャツを……?!まさに狂気だ。
「驚いた……ンゴねぇ」
「あっ、」
しまった。迂闊だった。この世界にない言語で書かれた文字を口に出してしまったのだ。当然バレる。だが仕方なくないか?こんなダサTシャツ、読み上げちゃうだろ。……ンゴ?ネット掲示板の語尾だ。しかも日本人しか使ってないヤツだ。キッッツ。
「えっと、会えて……嬉しいです。しかも日本人だなんて」
「ほぅ、一本取られたンゴねぇ。やっぱワイの語尾からバレちゃったンゴねぇ?」
キツいなと思った。
某野球選手を語源として語尾に「ンゴ」をつける某ネット掲示板のスラング。今日日現実で使う奴がいるとは。しかも一人称はワイ。最悪だ。だが金を借りるためには媚びなければならない。
「あぁ、そうですね。僕も3ちゃんねるには入り浸っていたので……えっへへ。ところでお金を貸していただけませんか?」
僕はさっさと本題へ入った。予想よりも知能が高そうで僕の正体がバレてしまいそうだからだ。よく考えれば異世界でゼロから銀行を建てた男だ。間抜けであるはずがない。
「貸せないンゴねぇ」
「えょ?」
あまりの即答に素っ頓狂な声を出してしまう。
「というか、ワイはそこまで金持ちではないンゴ」
「なんでですか?銀行員なんて金持ちの代名詞でしょう?」
「銀行は基本的に金貸し屋なんや。金を貸してその利子で儲ける。これがメインや。だがワイは失敗した。これには落とし穴があるンゴ」
「……それは?」
「取り立ての成功率ンゴ。日本、そして他の先進国では監視カメラ、徹底した本人確認、連帯保証人。これらを担保として金を貸し、それを利子付きで取り立てて利益を出してたんや。だがこの世界ではそうはいかないンゴ。杜撰な個人情報管理、あやふやな領土そして魔法。これらの要素が絡み合って借金の回収率は20%なんや。なんとか金貨と紙幣の交換時の手数料で儲けを出してるけどなかなかカツカツなんやで。」
「そう……ですか」
ニチュカが背中をさすってくる。そこまで今の僕は情けなく映っているらしい。
「……だけどせっかく同郷の民に会えたンゴ。生活費くらいは手伝ってやるンゴねぇ」
そう言って彼は腕を捲る。そこには僕がポケットに押し込んだ腕輪と同じ物が装着されていた。
「ワイはBランクなんやで」
「……あぁ、僕もです」
ゴテゴテとした腕輪をポケットから取り出す。




