12話 蛍は条例で保護されるべき
予想に反しバルフラ王国中央都市に着くまでに半日かかった。「お昼くらいに到着できたら」ななんて甘かった。もう日が落ちかけ、娼婦が客引きを始めている。
当然銀行は閉まっていた。異世界のくせに一丁前に9時から17時までの営業らしい。
……この瞬間、僕は悟った。銀行の創設者は日本人だと。
理由はこの営業時間だ。きっかり8時間、イタリアやアメリカ人だとこうはいかない。この時点で僕が相対する人物が外国人でないことに安堵する。英語とかできないしね。
「じゃあニチュカ、今日はどうする?僕は銀貨数枚しかないぞ」
「ん、大丈夫。里からとってきたから」
彼女は鞄から重量感のある布袋を取り出した。なんともちゃっかりしている。遺産相続まで済ませていたなんて驚きだ。
このあとは味のしない飯を喰らい、2つのベッド以外何も無いシンプルな宿屋で一晩過ごすことになった。その全てはニチュカの財布から支払われた。つまり僕は年下の女の子に守ってもらいながら移動、そしてヒモ状態だ。マオちゃんが知ったらドン引かれるだろう。いや、あの女なら案外腹を抱えて笑うだろうな。
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「んっん……あ゙あ゙あ゙あ゙」
向かいのベッドで横になっていたニチュカが呻く。おおかた疲れて眠りに落ちたが悪夢にうなされているのだろう。可哀想に。
「ほら、大丈夫か?」
手を【発光】させ目の前まで持っていくと彼女は目を覚まし「ごめん、ありがとう」と体を起こした。この能力も懐中電灯だと思えば案外便利だ。
「シラフで寝ると辛いぞ」
さっき手持ちの銀貨で買ったワインを差し出す。おずおずと瓶を受け取った彼女は豪快にそれを飲み干した。少女に酒を手渡す罪悪感はあれど、シラフの辛さを知る僕にはそうする他なかった。
それから数分後、彼女はイビキを立てながら眠りについた。後を追おうと僕は酒瓶に手を伸ばすが空だった。かと言って手持ちも無いので座禅を組んで夜をやり過ごすことにした。虚しい。
――
――――
「おはよう……」
目覚めた彼女は低血糖のような態度だったがすぐに持ち直したようで銀行に行くと言って聞かなかった。
「まだ開いてないってば、何時だと思ってるんだ?6時だぞ?」
「じゃあわかった!ご飯食べに行こ」
ニチュカは身だしなみも整えず鞄を持ち、外へ出る。
後を追うように僕も手ぶらで部屋を飛び出す。動いてないと辛いらしい。
ちなみに僕はイジス・マニャのリュックサックは里に置いてきた。中身が身分証と教科書?だけだったからだ。金目のものでも入れてくれればよかったのにと思ったがそれらはきっと寮のタンスとかにあったのだろう。迂闊だった。
数分歩くがまだ6時なので当然どこも開いていない。
そんなとき、突き当たりの一際大きな建物から大剣を携えた男を先頭にチンピラ風の3人組が出てきた。
「お兄さん、あれご飯屋さんかな?」
「うーん、ヤクザ屋さんか刑務所屋さんじゃないかな?」
「ふーん?」
僕の返事など馬耳東風でニチュカは駆け出した。
まぁ、開いている建物はアレだけだし何か情報でもあればラッキーだな。
吸い込まれるように建物に入っていったニチュカを追い、僕も両開きの扉を押し開く。すると中にはいくつかの背の高いテーブル、そこで酒を酌み交わすチンピラ数名、それを眺めるカウンターの嬢。コンカフェか?
「ようこそ、ギルドへ!ここは初めて……ですよね?」
ギルドだった。
横から急に声をかけられ驚く。
そこには簡易版メイド風の服を纏った女がいた。受付嬢というやつだろうか。モンハンにもいたしそんな感じだろう。
「えぇ、まぁ、そうです」
「でしたら冒険者登録ですね!こちらへどうぞ!」
受付嬢にカウンターまで誘導されると紙が一枚置いてあった。多分名前とかマイナンバーとか書くのだろう、そのくらいの大きさの欄がある。だが生憎僕はこの世界の言葉は読めない。会話はマニャの記憶から引っ張って来てなんとかしているが文字の記憶は無い。コイツ、育ちが悪いのか?
「ニチュカ……僕の分も書いて……」
情けなくもニチュカに紙とペンを差し出す。ヒモが加速してしまっている。そのうちトイレとかも頼るようになるんじゃないだろうか。
僕が異世界から来たことを知っている彼女はめんどくさそうなそぶりを見せず、サクサク書き進めてくれたが手が止まる。
「ん、魔法の欄はどうする?」
「【発光】って書いてくれ」
【魔王】の能力はよくわかっていないので黙っていることにした。資格、賞罰欄にテキトー書くと碌なことにならないことをよく知っているからだ。
マオちゃんは大学の書類に『TOEIC成功』と書いて教務課から呼び出されていた。
ニチュカはサラサラとよくわからない言語で空欄を埋めると、先程まで地蔵のようだった受付嬢が血相を変えて書類をひったくった。
「あ、あの!魔法って、え?……本当ですか?」
「はい、光るだけですがね」
軽く右手を光らせると受付嬢は椅子から転げ落ちた。
織田曰く、魔法を使える人間の割合は日本で例えると東大生くらいの割合だと言うし珍しいのはわかるがここまで大騒ぎするほどだろうか。光っただけだぞ?ライターとか見せたらどうなっちゃうんだ。
「す、すごい……なぜマニャ様は魔法学院に行かれないのですか?いえ、詮索はマナー違反ですね。失礼しました」
受付嬢は慣れた手つきで書類をバインダーへ納めると姿勢を正す。
「ではアナタたちは今日から冒険者です!規律と節度を守って頑張ってくださいね!……と、ここまでが普通のマニュアルです。魔法をお持ちの方には別のお話があります。」
別室へと促されるまま進むと正方形の部屋に通される。地面は固められた土。
なんだ?天下一武道会でもするのか?
「魔法をお持ちの方はここで試験を受けることができます!」
嬢が得意げに手を広げる。
「へぇ、受けるとどうなるんです?」
「はい!合格すると通常EランクからのところをCランクから始められます!Cランクであれば依頼に最低保証があるのでEランク任務だけでも王城の騎士と同じ暮らしが望めますよ!」
王城の騎士がどんなのかはわからないが公務員とかそんな感じだろうか。悪くない提案だが2週間後にはいなくなるしどうでもいいか。断ろう。
「あー、僕ら急ぎの用事が――ああっ!何すんだ!ニチュカ!」
「お兄さん今断ろうとしてたでしょ!二階級昇進だよ?!銀行でお金借りられなきゃスカンピンなんだから受けなよ!」
二階級特進みたいに言いやがって。それだと僕死んでるじゃないか。
という言葉は飲み込んだ。どうせ通じない。はぁ、面倒臭い。
「……わかった。受けます」
「はい!承知いたしました!では呼んできますね!」
呼んできます?体力テストよろしく僕の魔法を見せたり測ったりするんじゃないのか?まったく考えていなかった。何かと戦わせられるのか?勘弁してくれ、こちとらピカピカ光るだけのホタル人間なんだぞ?優しく条例とかで保護してくれよ。
直後、爆炎が響きビリビリと頬を焦がす。
入り口の扉が燃えながらバタりと倒れ、奥から炎でできた龍が顔を覗かせる。
「フェアリー○イル?」




