10話 セーブデータはありません。
僕はすぐに、新たに獲得した【魔王】でリーシャンを喚び出した。
リーシャンはしばらく何か怒っていたが僕の耳には入らなかった。
「リーシャン、この里全部【復元】できるか?」
「私はまだ怒ってるんだヨ?すぐっ戻ってくるっテ……」
「黙れ。治せって言ったんだ。この里全部……!」
「……無理だヨ。私の能力は【復元】。セーブデータが無きゃ戻せないヨ。私がこの世界に来たのは初めてだからそんなの無いネ。」
彼女の声が無慈悲に響いた。
数時間、あるいは数秒だったのかもしれない。どれほどかわからないが僕は里の惨状を、絨毯に牛乳をぶちまけてしまった子供のように眺めていた。
織田はミーアカリファに手を伸ばしながら数メートル離れたところで息絶えている。他にも、いつも燻製機を勝手に開けるガキ、散歩に付き合ってくれるトメさん、野菜を分けてくれるオジさん、何かと構ってきてくれた双子ちゃん。全て瞳孔が開ききって濁り、首が地面に落ちている。
それらを見ているうちに沸々と心の中で冷たい沸騰が起こる。
「……マオちゃんを捜しに来ただけなのに何でこんなことになったんだろうな?」
「アンドウ……」
力なく笑う僕の袖口をリーシャンが掴む……だが振り払った。
「リーシャン、出して。――僕の体」
リーシャンは困惑の表情と共に渋々ポケットから、生前に渡した僕の髪の毛を取り出す。そして彼女の指先がピクりと震えると髪の毛から”僕”が生えてくる。
彼女の超能力は【復元】。彼女が見たことがあるモノはカケラからでも、細胞一つからでも何でも復元できる。
みるみるうちに『安堂 勇』が出来上がり、足の爪が作られた頃にリーシャンが口を開く。
「できたヨ」
「あぁ、ありがと……う」
やはりと言うべきか。”魂”は常に安定を求めるらしい。この『イジス•マニャの体』と『僕の魂』の癒着が剥がれていく感覚がある。
このままでは、ものの数秒で僕の魂はリーシャンが作り出した『安堂 勇』の体に戻ってしまうだろう。だがそれでいい。あの優男の研究によれば僕の超能力は『安堂 勇』の脳にあるらしいのだから。
「――あぁ、しっくりくるな」
僕は手をグーパーさせて元の自分の体を確かめる。
【瞬間移動】、【瞬間移動】、【切断】
【時間遡行】……は無理か。やはり能力獲得時より前には飛べない。それ以外は、うん、全部残ってる。
里民の外傷は全て心臓を一突きか首を斬り落とされていた。いずれもかなり薄い刃によって行われている。
「【サイコメトリー】……チッ、胸糞悪いな」
僕は里の死体に触れて周り、情報を手に入れた。
何人か連れ去られた以外に里に生存者はいない。
死体の残留思念を読み取る限り、犯人は広範囲の影を操ることができる。女。部下を何人か連れている。とんがり帽子を被り、いかにも魔女のような風貌。……もういい。もうわかった。あの女だ。僕が初日に攫われた時に出会ったあのロマーズとか言う女だ。
里への襲撃はアルベールの独断だ思い込んでいたがとんでもない勘違いだった。「貸出許可が下りた」だの細かいワードから察するべきだった。里への襲撃は”教会”の意思だったのだ。何なんだ教会って。クソが。
「殺してやる」
リーシャンは絶えず何か言っていたが、やはり僕の耳には届かない。
【探知】「――場所は初日のあそこか【瞬間移動】」
――
――――地下荘園 ロマーズ視点
「まったく、アルベールもマヌケですわね。【時間停止】なんてものがありながら負けるなんて。まっ、ヴァンプの研究を私の名前で本部に提出できるからいいのですけどっ。まったく、幸運ですわ!これで姉様を見返せますわ!貴方もそう思うでしょう?」
ロマーズは火のついた葉巻をヴァンプの少年の額に押し付ける。彼が身じろぎひとつしないのはそれが死体だからだろう。
――地下にも関わらず、あたりは草原と快晴。
アルベールの研究の副産物であることが若干引っかかるがロマーズはこの空間が気に入っていた。だがメンテナンスをする人間がいなくなったからだろうか。先ほどから度々、快晴がチカチカ消えては無機質で薄暗い石材が顔を出す。
不愉快だが問題ない。じきに彼女の操る影がアルベールの研究資料を抱えて戻ってくる。それらを”教会本部”へと持ち込めば彼女の昇進、さらには本部への移籍も視野に入る。
そんな喜びが彼女の目を曇らせていた。
[彼女は考えるべきだった。なぜ【時間停止】が負けたのか。なぜそんな相手に自分は勝てたのかについて。――勝利に酔う彼らの隙をつけたから?【時間停止】よりも【影操作】の方が強かった?……否。アルベールの時にはあって、ロマーズの時に無かったものが1つ。それは――]
「こんにちは」
ロマーズが現実に引き戻され、声の方向に振り向くとそこには黒髪の男が音もなく佇んでいた。完全な静寂、自分の血流の音すら聞こえてくる状況に不快感を覚える。彼から目が離せない。
彼女は焦った。
なぜ?その男を見たことがあるからだ。
いつ?数ヶ月前にアルベールが連れてきた。
だれ?異世界の魔王。それがどうやってかイジス•マニャの皮を脱いで目の前に立っている。
どうする?——。
逃げる?——。
戦う?——。
説得?——————。
本能的に彼女は理解した。「もう助からない」と。
――
――――安堂視点
「こんにちは」
僕の気さくな挨拶に彼女は膝を振るわせるばかりで返事はくれなかった。
「な、何でヴァンプに肩入れしてるんですの?!報告書でアナタが里にいたのは知っていますわ。雇われていたのかは知りません。でもそうだとしても復讐までは依頼されていないでしょう?」
「あそこは僕とマオちゃんが住む予定だった場所だったから。あんな良い人たちが沢山いる場所はもうないかもしれない。だから殺す。【ポチ】……おいで」
僕はリボ払いでマオちゃんが買った犬を呼び出す。
ゴールデンレトリーバーに「ポチ」なんてやっぱりマオちゃんのセンスはどうかしていると思う。
そしてそれを模した『何か』に【ポチ】と名付けた僕もどうかしている。
呼び出した『何か』は本物よりも大きく、感情は無く、目に見えないし、沢山いる。
『何か』たちはロマーズを襲う。
彼女も影を操り応戦するが数匹倒したあたりで力尽きた。
1匹のポチが彼女の喉笛を噛みちぎろうとしたところでピタリと動きを止めさせる。
初対面の時のロマーズの反応が引っかかっていたのを思い出したのだ。
「聞き忘れてたんだけど、夏星真央について知ってること全部話してくれよ。あと、教会本部ってどこ?」
問いかけにロマーズはしっかりと目を見開き、青筋を立てながら叫ぶ。
「その娘はアナタがぁっ、自分でっ――」
「あっ、」
見えない毛並みがウオンとうねり、ロマーズの上半身を噛み千切ってしまった。
ま、今はいいか。そんなことより……「んー、無理か」
つい独り言が漏れる。
あらゆる能力でマオちゃんと協会本部を探すが見つけられない。まぁ、仕方ない。どれも効果範囲は県一つ分ほどなのだから。
不幸中の幸いと言うべきかニチュカはまだ生きている。
そしてルーダスがマオちゃんの私物を持ってきてくれるはずだ。とりあえずマオちゃんは見つかる。
【魔王】のクールタイムが2週間後に終わり、ルーダスを召喚。マオちゃんの私物を受け取りニチュカに探させる。それからマオちゃん回収して、教会の本部を滅ぼして……うん、決まった。
「【サイコメトリー】」
ロマーズの遺体に触れて情報を抜き取っておく。恐怖の感情が大きく、ノイズだらけだったが何とかこの世界の常識や大体の教会本部の場所を理解した。
今日は帰ろう。もう疲れた。あと2週間、寝て過ごそう。――【瞬間移動】
里へ戻ると蹲るニチュカ、それに寄り添うリーシャン。それと僕の抜け殻ことイジス•マニャの体があった。
リーシャンの方は制限時間が近いのかルーダス同様消えかかっている。
召喚した人間が消えるまでの時間がよくわからない。ルーダスを今までに2回呼び出したが、1回目が3時間ほど、2回目が2日間ほど。今回のリーシャンは6時間ほどで消えかかってる。なんとなく「超能力を使うほど消えるのが早いのかな」なんて思っていたがそうでもないらしい。なぜなら今回、リーシャンは超能力を【復元】一回しか使っていないのだか――
「――おい」
「あっ、アンドウ!布あル?」
安堵と焦燥が入り混じったような表情のリーシャンはほとんど輪郭だけとなっていた。そんなことよりも吐血し続けるニチュカに目がいった。




