9話 カッコウの餌食
「教会」を倒したことで里に平穏が訪れた。大変喜ばしいことだ。そしてそれはエンドレス宴会へと発展してしまった。
僕はもう2日ほど寝ずに酒を煽り、燻製を作り続けている。僕の手にはほんのり火が入り、香ばしくなってしまった。
寝なくても活動できる種族の宴会が終わりどころを見失っていると、織田が里の中心へと躍り出た。
「みんな、今までヴァンプでもない俺を村に居させてくれてありがとう。だけどそんなのも今日で最後だ」
そんな宣言にザワつく里民を意に介さず織田は深呼吸をする。
そして空気を肺に溜めて目を開き、呼吸を止めたまま右膝を地面につける。
「ミーアカリファ、俺と結婚してください」
織田は指輪の代わりに手を差し出す。
彼はどこまでいっても日本人なのだと思い知ると同時に尊敬の念を抱く。あの日、同じことをしようとしていた僕だからわかる。その行為の覚悟と、緊張が。
ミーアカリファは数秒の沈黙の後、織田の手をとった。
「……チッ、ずるいだろ…それは」
顔は真っ赤で目は潤んでいた。
僕は音を立てずに泣き崩れていた。
「あの日、マオちゃんがいなくならなければ僕もこんな展開を迎えられたのかもしれない」、「おめでとう!」、「先を越されて悔しい」といった”いろいろ”では括れないさまざまな気持ちが駆け巡った。
「あっ……」
織田が喘いだ。
慌てて涙を振り払いその光景を凝視する。そして困惑。織田は首筋をミーアカリファに噛まれていた。え?なんで?
「おい、ニチュカ何してんだあれ」
「えぇ……眷属化だよぉ、体液でオダをヴァンプにしてるの。恥ずかしいから言わせないでよ……」
ニチュカは頬を赤らめる。
「えあ?……あぁ、ごめん」
勘弁してほしいと思った。僕にこの世界の常識はないのだから。まぁ、里は守られ、ミーアカリファは健康的な生活に戻り、織田は結婚できた。何はともあれこれでハッピーエンドだろう。
「なぁ、ボス。あれってエッチなことなんじゃねぇか……?」
ルーダスが酒を両手に囁いてくる。
コイツまだ居たのか。前回は6時間しないうちに消えたクセに何でまだいるんだ。喚んでから何時間経ってると思ってんだ。早く帰れよ。
「……おらっ!」
「グエっ」
天罰を受けたルーダスはそれ以降大人しかった。
そのやり取りのうちに織田の眷属化は終わったようでこちらに近づいてくる。
少し八重歯になったくらいで彼に変化はほとんど見られない。だが心なしか活力がみなぎっているように見えた。
「ありがとうな、マニャ。おかげで里は無事だしミィちゃんと結婚できた。俺は今までで1番幸せだよ」
「それは良かった。まぁ、僕は何もしてないけどな!」
「そんなことない、燻製だの井戸だの世話になりっぱなしだ」
「そう言ってくれると助かるよ。改めて、おめでとう!」
僕は握手を求めた。
こんな時はご祝儀を渡すべきだろうが生憎僕の所持金は銀貨9枚と銅貨8枚……約9800円だ。いや、滞在中に里で食材を買ったりしたから銀貨5枚しかない。許してくれ。
織田は僕の手を取ると続けた。
「そういや報酬がまだだったな。何が欲しい?」
織田はそんなこと責める様子もなく、さらには報酬の話を始めた。まったく、この男には敵わない。
ご祝儀を渡せない身で申し訳ないが僕は要求した。
「……人探しの魔法を頼む。」
「は?……まだやってもらってなかったのか?」
織田は信じられないとばかりにニチュカを見る。
「いやぁ、いうタイミングなくってさ、えへへ」
ニチュカがぺろっと舌を出す。
引きちぎってやりたい。
「ご、ごめんねぇ、お兄さん。人探しの魔法の継承者、私なの」
「えっ、えぇ……」
継承者などと知らない単語が出たがそんなことはどうでもいい。2ヶ月近く一つ屋根の下で暮らしたこの女が目的の魔法を隠していたことに対する憤りと悲しさを感じる。
「あっはは……まっ、まぁっ!気を取り直して!見つけようよ、お兄さんのお嫁さん!」
呆けている僕にニチュカは手を差し出した。
こいつ金取るのか…
「まったく、抜け目ないなぁ」
僕はその手に銀貨を乗せた。……が、凄い勢いで叩き返されてしまった。
「そんなわけないじゃん!お金なんて要らないよ!私の魔法は”繋がりを辿る”の!だからお兄さんのお嫁さんの髪の毛とか私物がほしいの!わかった?!」
怒り終わったニチュカは頬を萎ませ、再び掌をむけてくる。
「あぁ……うーん」
僕は大いに困った。マオちゃんの私物なんて持っていない。こっちに来る時に全て失ってしまった。そもそもマオちゃんの私物なんて持っていただろうか?あの家にあった家具だの小物だのは、ほとんど僕がコツコツ貯めたバイト代で揃えたものばかりだ。かくなる上は……!
「なぁ、ルーダス。戻ったら何か探してきてくんない?」
「うえぇ……わかったよボス。何でもいいんだよな?」
ルーダスは露骨に嫌そうな顔をした。
それもそうだ。僕がマオちゃんと同棲していた家はもう無い。
世界を支配した時に取り壊して、同じ場所にマオちゃん捜索の拠点の建てたからだ。
そうなるとルーダスがマオちゃんの私物を探しに行く場所なんて一つ、それはマオちゃんの実家だ。今もなお健在である彼女の両親から冷ややかな目線と皮肉を存分に浴びながら故人の私物の物色なんて拷問そのものだ。
「ごめんな……」
拷問を引き受けてくれた仲間へ軽く謝罪するとニチュカへ向き直る。
「マオちゃんの私物はないから2週間待ってくんない?ルーダスに取り行ってもらうからさ。あと、その間雑用でも何でもするから泊めてくれ」
懇願すると彼女は二つ返事でOKしてくれた。
「いいよー!なんならずっと住んでくれてもいいんだよ?」
「助かるよ、2週間よろしく」
ニチュカの冗談を受け流し、宴は終わりへと向かっていく。緊張の糸が切れたミーアカリファが眠りについたからだ。
ミーアカリファが寝息を立てた瞬間、里の全員が息を押し殺した。村を3ヶ月弱守り抜いた英雄に全員が気を使う形で、線香花火のようにポトリと、静かに宴会の幕が落ちた。
――
――――
翌日の夕方、僕は目を覚ました。酒が抜けて頭痛に苦しんでいるとニチュカが慌てた部屋に押し入ってくる。
「ねぇ!お兄さん!!食べる物がないの!」
彼女の一言で完全に目が覚める。
確かにそうだ。2日間の宴会で里にはもう食料がない。思い返してみれば2日目の中盤から畑の野菜をちぎり取ってツマミにしていた気がする。備蓄も作物も家畜も食い潰してしまったのだ。なんともマヌケだ。
買いに行くにしても街まで片道2時間。買い出し要員の【透明化】持ちの里民だってまだ寝ている。ルーダスだって気づいたらいなくなっていた。困った。1日くらい食わなくても大丈夫か……?流石に安全が確保できない状態で買い出しなんて……あっ。
「僕らで行こうかニチュカ。少しペース落としてさ」
「うん!」
安全ならもう確保したではないか。【時間停止】のアルベールを倒したことで不意打ちはもう無い。里にはミーアカリファと織田がいる。僕とニチュカで買い出しに出ても問題はない。
僕らの戦力が【発光】のみなのが不安であるがまぁ、襲われることなんてないだろう。
――街までは三時間かかった。
ほぼジョギングで移動したのでかなり膝にキている。ヴァンプならばこの距離を三十分ほどだというので驚きだ。それならばニチュカ一人で行かせればよかったといまさらながら気が付く。
にしても圧巻だ。里は江戸時代風で完全に和風なのに対して、街は中世ヨーロッパ風。距離にして二十キロほどしか離れていないのにどうしてこうも文化の差が出るのだろうか。まぁ、ヴァンプはかなり閉じたコミュニティらしいし始祖が地球人というのなら原因はそこだろうな。
「ねぇ、お兄さん!あれ食べよ!!」
彼女が指さすのはスコーンもどきの屋台。この世界で最もポピュラーなスイーツ。それはケーキではなくスコーン。
そう、里で聞いた話から察するにこの世界には生クリームが存在しない。それも仕方がない。シラフで「牛乳の脂肪だけを取り出して泡立てる」なんて発想に至るわけがない。僕が生クリームを発明すれば世界がひっくりかえるだろう。ダイナマイトなんて作ってしまった日にはどうなってしまうだろうか。
やはりこの世界で暮らしていくのは悪くないかもしれない。退屈を何よりも嫌うマオちゃんも「異世界を開発していく」なんてワクワクしだすこと間違いないだろう。決めた。マオちゃんをニチュカの能力で見つけた後は里を拠点に面白おかしく暮らそう。
二人で異世界の知識をばらまいた後で、誰が最初に「狂気工程料理」にたどり着くのか観察するのだ。
生前、汗ばみながら二人、ボロアパートで何度も話し合った三大議題。「最初にチーズ作った人は何を考えていた?」「漫画で最強の能力はなに?」「ゲテモノ最初に食った奴の勇気」、魔法があって人権が無いこの国ではすべて検証可能だ。つまり、あの女はこの世界を気に入る……と思う。それに「銀行を作ったすげぇ人」ってのも案外マオちゃんの知り合いかもしれない。マオちゃんシムシティ好きだったし。その場合は都市発展路線でいこう。
「お兄さん?」
「あっ、ああ食べるか」
僕の手持ちは銀貨四枚となった。
高い。このクオリティで1つ五百円か。
不満を垂れ流し、スコーンもどきを食べながら食料調達へと向かった。
食材は玉ねぎ、卵、鶏肉、米を大量に買った。全てに(のようなもの)をつけるべきだが気にしないことにした。だって味は同じだし。
そしてこれらから導き出される料理は一つ。――親子丼だ。めんつゆはないが何とかなるだろう。
「これ持って先に戻っててくれよ。それと米炊いといてくれ」
ニチュカに食材をすべて持たせて村へと帰る。
日本だったら男尊女卑などと言って大炎上だろうがここでは僕がは弱い存在なので気にすることはない。ここから約三時間、持ち前の体重の軽さを失って、死にかけの蚤のように跳ね進む彼女の背中を追いかけた。
「はぁ、はぁっ……速すぎんだよな」
僕は里まで数キロのところでおいて行かれた。重い荷物を持った年下の女の子に振り切られた。
息も絶え絶えになったころ、やっと里が見えてきた。
「うわ、まだ起きてないのか」
里には明かりも人気もなく静まり返っていた。
つまり、この買い出し中の約6時間誰も起きてこなかったということになる。
連日徹夜していたミーアカリファや織田はともかく他の連中は何なんだ。ニンニクも十字架も弱点ではないヴァンプ、酒には弱かったのだろうか。
「……あっ、おい!米炊いといてくれって言ったろ?」
里の手前で膝をついているニチュカに話しかける。まぁ、あんだけ跳ねてりゃ酔うだろう。アホの子だ。
「ねぇ、お兄さん……あれ……」
「は……は?」
彼女の指さす先には血まみれの里。無造作に放置された肉塊。そしてミーアカリファに手を伸ばして絶命している織田。
「……舐めやがって」
『ストレス値が臨界点に到達。スキル【魔王】獲得により正常範囲へと是正します。』
声が頭に響く。痛い。黙れ。




