8話 平和ボケ君
どういうわけか【無法地帯】を囲む精鋭は姿を消していた。――否、彼らは地面にめり込んでいた。
盾は砕かれ、鎧は砲弾を受けたかのように凹んでいる。
状況を飲み込めずにいると肩を叩かれた。
「召喚の準備しろ。もうすぐミィちゃんが気絶するから俺が出る。もし俺が死んだらあとは任せたぞ」
織田だった。
若干の息切れをしている彼の両手はボロボロだった。まるで硬いものでも殴ったような――
一方、気丈に振舞っていた彼女はゴレーヌの乱打によって膝をつく寸前だ。織田の言うとおり、このまま彼女が気絶すれば【無法地帯】は解除、すぐに【時間停止】で僕らは皆殺しだ。
織田はどうするつもりだ?この2ヶ月間、織田は自分自身の能力について何も語ることはなかった。ゆえに彼には何の魔法もないと思っていたのだが……どうやって精鋭をあの一瞬で倒した?今、魔法は使えないはずなのだが……いや、今はいい。
思考を放棄して【魔王】の準備を始める。
今はこの里の存続が最優先だ。それに結果として僕が活躍できるならそれでもいい。マオちゃんへの土産話が豪華になるのだから。
さぁ、準備を始めよう。
喚ぶのはルーダス。里の非戦闘員の保護、敵の制圧、発動までの時間、広範囲をカバーするには彼しかいない。僕はイメージを固めてその時を待つ。
そうしているうちにミーアカリファは膝から崩れ落ちた。
そろそろ僕の出番だ。「倒れたミーアカリファには目もくれず、ゴレーヌは里を滅ぼさんとこちらに向かってくる」……はずだった。
僕の思い描いたシナリオとは裏腹に、ゴレーヌはミーアカリファにトドメの一撃を見舞おうと拳を振り上げている。そしてその拳は風を切りながら加速していく。
「あれ?……は?」
即死だ。あんなものを食らえば木っ端微塵だ。
圧縮された空間の中、死にゆくミーアカリファだけにピントがあっていた。
おかしい、ミーアカリファが善戦虚しくも気絶した後に僕が活躍して大団円の流れじゃないのか?ダメだろ、これはダメだろ。味方から死人が出るシナリオじゃないだろ……!ルーダス、ゲッツ、プラグマ、リーシャンでもいい!誰かなんとか――
「――うん、ナイスファイト!ミィちゃん!お疲れ様!!」
旋風が僕の頬を撫でた直後、ゴレーヌの右腕は爪楊枝を突き立てた水風船のようにはじけ飛んだ。
地面に突っ伏す寸前のミーアカリファを抱き抱え、仰向けに寝かせる織田はゴレーヌを睨みつける。……張り付いた笑みとともに。
「あー、……いやぁ、困っちゃうよな。俺がやればお前なんて余裕でぶち殺せるのに……ミィちゃん、自分でやりたがるからさ。こんなことになるんだ。痛かったよなぁ、辛かったよなぁ、……でも、頑張ったね」
「まだ……やれる」
「やれないよ、ミィちゃん。あとは俺が片付けちゃうから。だから、おやすみ」
織田がミーアカリファから手を離すとゴレーヌに向き直る。
「お前、どうなっている。今は魔法が使えないはず。どうやってオレの腕を吹き飛ばした?」
握力で無理やり傷口を閉じたゴレーヌが困惑している。
「あぁ?!そんっなこと考えてる暇があんならミィちゃんに触ったことを懺悔しろよハゲチャビンがァ!!」
普段からは考えられないほど激高した織田はそのままスキンヘッドの大男へ飛び掛かった。
プロのボクサーのパンチがそうであるように、織田の攻撃は何一つ見えなかった。見えなかったが一瞬にして歴戦の猛者・ゴレーヌの上半身は消し飛んだ。
そこからミーアカリファの意識が途切れ【無法地帯】が解除されるまでにコンマ1秒もなかった。
そして僕がルーダスを召喚するよりも早く、虎視眈々とその時を待っていた優男は時を止め――
「――今私、ちゃんと止めましたよね?」
優男ことアルベールは何故か、頬を腫らして口から血を流している。
「あぁ、止まってたよ?でも弾いた。いやぁ、やってみるもんだな、なんでも」
信じられないことに僕が召喚を実行するまでに【時間停止(仮)】が行われ、それをどうにかして破った織田が一撃喰らわせていたらしい。
いったい、織田は一体なんの能力を持っているのだろうか。
「……なぁ、ボス。どっちを倒せばいい?」
この一連のやり取りの後に出てきたルーダスは状況が飲み込めずキョトンとしている。
「おっ、あー、とりあえずみんなを守ってくれ」
一箇所に肩を寄せている里の皆をルーダスに任せた。ルーダスは【ホールド】なんて言っていたが彼の能力はただの念動力だ。
そんなことをやっていると優男の傷がみるみる増えていく。おそらく【時間停止】、そして織田がそれを破って一撃、の応酬が繰り広げられているのだろう
が、僕ら目線からは何が何だかわからない。それが十数ラリーも続くと、飽きたルーダスは土で遊び始めてしまった。かく言う僕も少し飽きてきた。
「……かはッ!全くその能力、厄介ですね。私の【時間停止】そしてゴレーヌの腕を弾き飛ばしたことから予想するに……【反射】と言ったところですか?」
「あぁ、大っ正解だよ。俺の魔法はなんでも【反射】できる!お前の【時間停止】もめんどくせぇなぁ!てめぇ自身の時間を止めて俺の攻撃を無効化。なかなか小賢しいねぇ。まぁそれも間に合ってねぇみたいだけどなぁ!!地獄からミィちゃんに土下座しろよっ!」
織田が踏み込むたびに優男の傷が増えていく。
その間隔は短くなっていき、ついに織田の拳が優男の腹を貫いた。
「はぁ……はぁ、こんな終わり方ですか。あー、あーー!!――最悪です」
腹から拳が引き抜かれると、優男がバタりと倒れ動かなくなった。
里の防衛戦。終わってみれば何とも呆気なかった。そして僕は必要なかったらしい。いや、保険としては役だった……はずだ。
マオちゃんに話す時はゴレーヌは僕が倒したことにしよう。




