7話 凡人
意気込んではみたものの、それからニヶ月間、
『【無法地帯】の範囲から出ない』ことを徹底させるとピタリと”教会”の誘拐は止まった。
僕はクソガキの家に寝泊まりし、里の全員と親交を深めつつあった。
もはや毎日のルーティンすら決まりつつある。
朝はお隣の老人吸血鬼、トメさんと散歩がてらこの世界のことを聞く。「今日も体が重いねぇ」なんて言いながら朝の澄んだ空気を吸うのが好きだ。
昼は里の農作業。
収穫したての野菜をアッくんや里の子供たちと調理して食べる。ちなみに燻製を教えてやると彼らは泣いて喜んだ。
夜は里の中心で座禅を組むミーアカリファと織田を窓越しに眺めながら就寝。
このほかにも小さいイベントはいくつかあった。
クソガキの名前が「ニチュカ」と判明したり、織田は転移者ではなく、日本での記憶を引き継いだ転生者であるというを聞いたり、吸血鬼の始祖は転生者であることを知らされたり、【魔王】のクールタイムは2週間であることがわかったりなどいろいろあった。
そして2ヶ月間何もなかった。つまりマオちゃん発見が2ヶ月遅れたのだ。だが、不便ながらも居心地の良いこの世界に僕は満たされていた。マオちゃんを見つけたらここに永住したいとすら思った。
まぁ、娯楽の亡者マオちゃんは嫌がるだろうが。それでもこのぬるま湯に永遠に浸かっていたいと思うほどにこの生活は完成されていた。
だがある日の昼、奴は現れる。
「久しぶりですね、イジス・マニャさん!」
優男は大仰に手を広げて天を仰いだ。
「……あぁ、久しぶり。燻製肉が余ってるけど食べるか?」
「はぁ、そうですか。いらないです。それよりも困りましたよ、この2ヶ月!ヴァンプの献体が必要なのに【無法地帯】に加えてキミがいるなんてね!」
「なら帰ってくれないか?今までに拐った分で満足してくれよ」
「ははっ、ご冗談を。なぜ我々が満を持して【無法地帯】の中にノコノコ入ってきたと思ってるんです?」
「我々……?」
見渡すとミーアカリファの【無法地帯】を囲むように盾を構えたチンピラが並んでいた。状況を認識した僕に優男ことアルベールは畳み掛ける。
「【無法地帯】つまり魔法の無効化。近接戦闘に自信のない私には天敵です。……ですがヴァンプを調べてわかったことがあります。それは『種族自体が魔法で作られたものである』ということ。これが何を意味するかわかりますか?」
里の住人たちはピンときていないようだが僕にはわかった。わかってしまった。
毎朝も聞いたトメさんの口癖。『今日も体が重いねぇ』
単に老化から来るものだと思っていたが違った。
僕は生前、変身能力を持っていた。その能力は人狼になれるというもので嗅覚、筋力、聴覚、全てが増強され、耳や牙が生えるなど見た目も多少変わるものだった。だが眠ると、つまり超能力を解除すると【人狼】の身体能力などは耳や牙を残して全て消えていた。
このことから【人狼】は【見た目を変化させる能力】と【身体能力を向上させる能力】に分けることができる。そして解除しても前者は残り、後者は消える。
そして【ヴァンプ】という種族が魔法由来であるならば【八重歯、とがった耳】と【身体能力を向上させる魔法】。
【無法地帯】で『後者』は無効化されるのが道理。彼らの並外れた身体能力が失われるということだ。結論――
「ヴァンプの力を失った彼らはただの人間……」
「ああぁ!!そうです!さすが魔王様だ!その通りです!そして、ここには大戦を経験した精鋭を揃えました。一般市民など相手にならないほどの豪傑たちです!さぁ、どうします?キミの魔法も、マニャ君の魔法もここでは使えないでしょう?さぁ、こちらに戻ってきませんか?富と多少の自由は保証しますよ?」
「少し考えさせてくれ……」
「「「マニャ?!」」」
里の皆が張り裂けんばかりに声を上げた。
無論、里を裏切る気はない。単なる時間稼ぎだ。作り出した数秒で僕は必死に考える。
【魔王】のクールタイムは終わっているから【無法地帯】を解除させ、ルーダスを召喚して奴らを一掃できる。だが優男の【時間停止(仮)】の方が発動が早く、召喚が間に合わないだろう。
詰んでいる。里の戦力は成人男性が5人ほどだけだ。対して相手は半径200メートルを取り囲む屈強な男たち。
「残念ながら時間です。ほら、仕事ですよ」
優男の後ろから軽装のスキンヘッドの男が現れる。ずっといたはずなのに僕らは気づけなかったほど存在感のなかった彼に僕らは言葉を失った。
「紹介します、彼はゴレーヌ。魔法を持たずして先の大戦の最前線にて生き残った英雄。非魔法使いでは最高峰の存在です。いやぁ、やっと”教会”から貸出許可が出たんですよ」
僕らを囲む精鋭たちは一歩も動かない。
おそらく「1人も逃すな」と言う命令でも出ているのだろう。とりあえずは無視でいい。
つまりこのゴレーヌとやらを倒せば里の子供くらいは逃がせる隙が生まれるかもしれない。
いや……勝てない。この2ヶ月間、何もしていなかったわけではない。武器を作り、それを振って訓練していた。故にわかるのだ。このゴレーヌという男は規格外に強い。腕につけられた小さい盾、握られた古びたナイフ、体の中心を守るように着けている皮の防具。全てが異様な雰囲気を放っている。
「――チッ……オダ、マニャ。下がってろ」
ミーアカリファは颯爽と自分のサーベルを腰から引き抜き前に構える。宝塚を彷彿とさせる力強い出立ち。小汚いゴレーヌとは対照的だ。
だが無茶だ。いくら剣技の達者な彼女でも彼には勝てない。
「なぜ貴方1人なんですか?マニャ君やそこの男も戦えますよね?」
優男は不思議そうに眉を顰める。
「ハッ、私の剣は――一撃必殺だッ」
ミーアカリファは姿勢を低くして駆け出す。
それは地面と平行になり、やがて一本の線のようになるまで加速していく。
「――閃光断絶華」
彼女がスキンヘッドにぶつかると花火のように剣の残像が残る。話には聞いていたが凄まじい。能力の特性上、200年弱の間、剣技を高めるしかなかった彼女の到達点を僕は見た。……はずだった。
残念ながら彼女の剣はスキンヘッドの革鎧を引っ掻く程度だった。
「ふん、この程度ならば数で責められた方が厄介だったな」
スキンヘッドは彼女の剣先を摘みながら睨みつける。彼女も負けじと腰に下げたもう一方の小刀で斬りかかるがそれも軽くいなされてしまう。
その後は悲惨だった。
前蹴り、大ぶりの右フック、アッパー、ミーアカリファの反撃を軽く受けてめてからの足払い、踵落とし。全て綺麗に決まってく。
『【無法地帯】が切れるまでは動かない』
この2ヶ月で決めたこととはいえ何もできないのが歯がゆい。僕はミーアカリファが倒れた時の保険なので戦いに割って入るわけにはいかない。
織田は何をしているんだ。「こういう時はお前の役目だろ!」と隣に目線をやるが織田はいなくなっていた。そして周りを取り囲む精鋭も――いなくなっていた。




