閑話休題 里1 野生の美味しんぼ
「わかりました。僕にこの里を、救わせてください!」
――こうして僕の里の暮らしが始まった。
住む場所がなかった僕はクソガキの家に住むことになった。うら若き男女が一つ屋根の下もちろん……何も起きることはなかった。僕は妻帯者(仮)なので。
そもそも高校生くらいの彼女に唆るものは何もなかった。「若いのに一人暮らしなんて立派だなぁ」とか「家事が雑だな」とか父のような感想まで出る始末だった。
――
彼らの生活は素朴そのもので、娯楽といえば子供達が戯れているのを遠くから見守るくらいだ。
吸血鬼特有の儀式とかルールとかも特に無く、日光も平気らしい。ほとんど普通の人間と変わらないようだ。
ただ食事は少し特殊だった。
普通の食事に加え、1ヶ月に一度、人間の血液が必要らしい。これがないと正気を失ってしまうと言う。
今までは各々、街の人間と交渉して摂取していたらしいが最近の”教会”のせいで出来なくなってしまった。ゆえにクソガキやあっくんなどが代表として街から人を攫ってくることで補っているそうだ。僕が路地裏に引っ張られたのもそれが理由らしい。
ちなみに必要な血液は少量らしく、攫ってきた人も無事に帰していると聞いた。その時、金貨を握らせると里の存在も明るみに出ないと言う。賄賂の文化まであるとは驚きだ。
暇な時間は農作業、娯楽は子供達の笑顔。
絵に描いたような田舎のスローライフに僕はとても癒され満足している。だが一つ許せない。この里の食事に不満があるのだ。出てくる飯はどれも焼いただけの肉、魚そして野菜に塩をふりかけたものだけだ。毎日塩味バーベキュー。もううんざりだ。僕が海原雄山だったら村を取り壊している。
ちなみに同じ祖国、食文化を最も尊ぶ人種の仲間である織田に現状をどう思っているのか訊いてみるも「ミィちゃん以外どうでもいい」の一点張りで話にならなかった。この時、僕がこの村を変えてやると心に誓った。まずは料理からだ。
僕はまず、里の端にある木に目をつけた。里に来た時から目をつけていた植物。これはどう見ても……桜だ。
「マニャ兄……何やってる……です?」
双子ちゃんたちが訝しげに近寄ってくる。
人攫いのメンツ、双子吸血鬼は目新しいものに興味津々らしい。
仕方のないことだ。新参者が枝を拾い集めては砕き、干しているのだ。不思議で仕方ないだろう。だが安心してくれ少女達。今晩は本物の『料理』を教えてやるからな。
「夕方また来てください。本当の料理を食べさせますよ」
「なんで……敬語……なの?」
「いや、……別に。なんでも、」
そのうち漫画をルーダスに持ち込ませようと心に決めた。
そうしているうちに桜の枝を砕き終わり、スモークチップが出来上がった。
なのでまずは肉に下味をつける。今朝トメさんから貰った豚肉のブロック肉にすりおろしたニンニク(っぽいもの)と塩を揉み込む。次に鍋底に用意したスモークチップを置きその上に網、肉を乗せる。
このままでもよかったのだが寂しいので養鶏場からパクってきた卵も茹でてから肉の周りに並べる。あとは鍋を閉じ、火にかけて数時間置く。
――
――――
短めにしてもらった農作業を終え、鍋の元に戻り、火から外す。
開けてみると芳醇な煙の匂い。成功だ。
肉も卵もほんのり茶色く染まり、抗い難い匂いを放っている。
「ねぇ、お兄さん、養鶏場の……」
ノコノコ寄ってきたクソガキことニチュカの口に卵を放り込む。
「ふわっ!……わっ、アッ、アツ!……えっ、うま!」
往年の芸人のようなリアクションのあとに彼女は感動に打ち震えていた。
「それが僕の世界の調理法が一つ!燻製だ!」
僕はキメ顔でそう言った。
「すっ、すごい!織田はこんなの教えてくれなかったのに!お兄さんは料理人だったの?!」
「そうだよ、お姫様の専属だった」
嘘ではない。僕はマオちゃんの飯奴隷だった。作れと言われたものは全て作り、知らない料理だった場合は1から調べて極めた。おかげで料理の腕はプロ一歩手前だ。
「それ、燻製か?」
織田がヌッと現れた。双子ちゃん達も一緒だった。
「そうです!食っていってください!」
そうしているうちに匂いに釣られ、瞬く間に里の全員が集まった。総勢25名。ブロック肉を分け合って舌鼓を打つ彼らの光景は微笑ましいものだった。
そして雨のような感謝を浴びせられ、僕はこの日、里の一員となった。
「美味しい!美味しいよお兄さん!」
満面の笑みでニンニクを刷り込んだ肉を頬張る彼女を見て僕は一瞬の緊張と安堵がほぼ同時にやってきた。
――どうやら彼らは吸血鬼のクセにニンニクも食べられるらしい。




