9話
デントとネネノは会話なく廊下を歩き、一つの扉の前で足を止めた。扉の横にはカメラがついていて、それに自身の顔が映るように二人は交互に正面に立った。
顔を写し終わった時、「通信中」のマークが出る。それがぐるぐると回って、何度かその動きが鈍くなった後に扉が自動で開いた。
部屋は狭く、トイレの個室より少し大きいくらいの空間しかない。しかし、その中央に異質なものがある。
赤の光がうずまく、黒いポータルだ。
普通ならありえないその異次元ホールに、二人は何の躊躇もなく歩を進める。——ネネノは渦の中に指から入った。
ポータルの先は、これまた狭い部屋。しかし内装の雰囲気はヒーロー本部とは違う。どこか近未来的な、電子が脈打つような空間だ。
ガチャン、と重々しい音が響いて扉が開く。その奥に広がる空間には、多くの人間がロングコートの形をした制服を揃って着ている景色が広がっていた。
皆髪色が特殊で、赤や水色、様々な色が混じったメッシュなど、真面目な雰囲気に似合わない色をしていた。しかしそのどれもが染めているようには見えない。そもそも、肌色からして地球人ではありえない人間もいるのだから、髪の色が違うことはそこまで気に留めることではなかった。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
秘密結社の人間は口々にデントとネネノに挨拶をする。二人も頭を下げて彼らを横切っていった。
部屋の奥まで移動し、書類が山積みになった大きな机に座るヒトの元に辿り着く。名刺に書かれている文字はデントたちには読めない。
「こんにちは、ルニエさん」
ルニエ、と呼ばれた女性は机から重々しく顔を上げる。オーロラ色の髪を無造作に伸ばしていて、手入れされていないことがまるわかりの髪質をしている。人間の耳があるべき所は鉱石で覆われていて、まるで角のような形になっていた。
彼女は奇抜な色のサイズが合っていない眼鏡を上げて、リトマス試験紙色のオッドアイを瞼の下から現した。
彼女こそが秘密結社の開発部門長、Dr.ルニエである。
「……あー、ブルーちゃんにイエローちゃんね。あーしのために来てくれてあんがと……」
「世界を守るためですからね」
Dr.ルニエは立ち上がり、長い白衣を引きずってぺたぺたと歩く。彼女の四肢は凶悪な獣のものに変異していた。
「え、えと、ルニエさん、その書類は……?」
「あーこれ? まあ、魔獣合体計画が大失敗したから、その関係かな……えへ」
Dr.ルニエのクマは酷いものだ。このごろ休めていないのが丸わかりである。彼女も魔獣がエテルナレッドから逃げ出すなんてことは予想外だったのだろう。
「あの、もし忙しいようだったら出直して……」
「いやいやだいじょぶだいじょぶ。ほら、とっとと始めちゃおっか」
Dr.ルニエは二人に手招きをして、ふらふら左右に揺れながら奥の部屋に向かった。デントとネネノは顔を合わせて、それから彼女に着いて行った。
案内された先は、操作盤がたくさん置かれた部屋と、それに取り囲まれるように位置している巨大なガラス張りの正方形の部屋だ。他にも何人かの研究員の格好をした人間たちが書類を持って話し合っている。
「じゃ、お願いしますねー」
「はい」
デントとネネノはガラス張りの部屋に入り、こっそり持ち出した変身キットを取り出してエテルナブルー、エテルナイエローへと姿を変えた。
「じゃ、投下すんね」
部屋の天井が機械音と共に開き、そこから翼の生えたワームの魔獣が落ちてきた。どぷん、と柔らかい音が響く。
「ひやーっ!」
ぶよぶよした見た目は少々グロテスクで、イエローは大きな体を縮めて魔獣から離れる。初期の頃の魔獣と比べたら遥かにマシだが、イエローには受けつけられないビジュアルだったようだ。
「ルニエさん、これは?」
「No.0482。とにかく時間稼ぎに特化した魔獣ね。スカイフィッシュってのから着想を得て作ってみましたー」
No.0482と言われた魔獣は翼をはためかせ、宙に浮いた。中々アンバランスな見た目だな、とスカイフィッシュを知らないブルーはイエローに肩を揺さぶられながら考えた。
「え、あたし、こ、これと戦うんですか!?」
「テストだからな」
「嫌です! 嫌ですー!」
あまりにもうるさいので、ブルーはイエローの腕を振り払った。イエローは心細そうな声を漏らす。
「じゃ、試運転すんね」
「え、始まるんですかぁ!?」
魔獣の羽ばたきはだんだんと早くなっていき、風が巻き起こる。そして——姿を消した。
「うおっ!?」
「目、目が開けられません!」
高速で飛び回っている、ということは理解できても、暴風で何が起こっているのか把握できない。魔獣の位置も不明だ。あまりに風が強すぎて、イエローは尻餅をついた。
「あ、ごめごめ。一回止めるわ」
まるで掃除機を止めた時のような音が鳴って、魔獣が再び姿を現す。動いていないというのに、ブルーの体にどっと疲れが溜まった。
「ど? めっちゃ速くしてみたんだけど」
「駄目です! 動けません!」
あちゃー、とDr.ルニエは鉱石の角を掻く。ブルーは気を取り直してガラス越しにDr.ルニエの顔を見た。
「俺たちは目で追えませんけど、エテルナレッドなら魔獣の姿を捉えられる可能性があります。すると「自分は他のエテルナエルガとは違う」と気づいてしまうと思うので、速度を落とした方がいいかと」
「あー、確かにね……はあ、あーしほんとにボンクラ」
Dr.ルニエに他の研究員が耳打ちをする。彼女は何度か頷いて、操作盤の目盛を動かした。
「調整してみた」
「お願いします」
再び魔獣が動き出す。相変わらず速さ動きだが、それでもギリギリ目で追える素早さである。
「これくらいで」
「うう、気持ち悪いぃ……」
Dr.ルニエは「おけ」と言って短いメモをする。
「じゃあ次、耐久力ね。イエローちゃん殴ってみて」
「え、はぁい……」
それから何度かテストを繰り返し、改良すべき点、良かった点などをリストにしていく。これが、対エテルナレッド用の魔獣を作るいつもの過程である。
試験が終わって、ブルーとイエローはデントとネネノの姿に戻る。ネネノは肩をガックリ下ろしてわざとらしいため息をついた。
「今日もありがとね、協力してくれて」
「いえ」
デントはDr.ルニエの大きすぎる眼鏡を疑問に思いながら、自分の眼鏡を上げる。
「じゃ、No.0482は次次次回に使うね。二週間後かな」
「すみません、一つ聞きたいことがあるんですが」
「ん? 何?」
デントは斜め下を一度見た後、Dr.ルニエに目線を合わせた。
「例のあれはどうなっていますか」
「あれ? ……あー、あのプロジェクトのことね」
Dr.ルニエは何度か自身の角を爪で叩く。
「もうすぐできると思うけど……あれでエテルナレッドを殺せるかって言われたら、うーんって感じだね」
「……そうですか」
「まあ、そもそもあーしごときの研究であのバグヒューマンを殺せるわけないんだけどね……えへ、そんなの分かりきってるか……」
それから彼女はブツブツと自虐の言葉を呟いた。その少し離れたところで研究員たちが小さな声でひそひそ、と話し合っている。
「ルニエ様、エテルナレッドを見てから変わったよな……」
「前はもっと、自分の研究が宇宙一、って感じだったのに……」
少し気になる話だったが、何にしても、Dr.ルニエの前の姿なんてデントたちには関係のない話だ。
それよりも、デントにとっては「プロジェクト」の方が大切である。
「それでは、うちの最終手段と比べたらどうでしょうか」
「そうだなぁ……わかんないや。うちは地球と違って生物兵器メインだからさ」
現在はエテルナレッドに誤認させる、という方向で事が進んでいるが、もし万一の時に備えて彼を終了させる方法も模索している。現在、そのどれもが失敗に終わっているのは言うまでもない。
「ま、できたらヒーロー本部に連絡するから。よろ」
「はい、ありがとうございました」
デントはネネノに視線を送り、Dr.ルニエに挨拶をして元きた道を辿っていく。今日ここですべきことは全て終わったからだ。
帰り道、行きとは違って「あの」とネネノがデントに声をかけた。
「本気、なんですか? アルマさんを殺すって……」
「……アルマが気づいた時に備えるのは当然のことだろ。それに、絶対に死なない生命体なんて存在するはずが……存在するはず、ないんだよ」
現状、エテルナレッドに効かない攻撃のリストは20枚目に突入している。もうほとんどの手段を尽くした後だ。
それでも、完全に諦める事は愚かな行為だと、デントはそう信じている。
「……じゃあ、デントさんは、アルマさんを殺したいんですか」
「は」
デントは足を止める。ネネノはデントの顔を見て、焦ったように謝り出した。
「あ、す、すみせん、そういう意味で言ったんじゃなくて、えと、やっぱりなんでもないです」
帰りましょ、とネネノは愛想笑いをつくる。デントは少し、ネネノの言葉の意味を考えていた。
そして、一言だけ答える。
「……地球が終わるよりはマシだろ」
「そ、う、ですか」
デントは、嘘は言っていない。
ただ、脳裏に訓練生の服を着たアルマの姿を思い浮かべていた。




