10話
「ただいま」
「今帰りました——」
「あーっ! マツジ、またその技使った!」
「あーごめん、つい手ぐせが」
帰ってきて早々、リビングからアルマの声が轟いた。どうやらテレビでマツジと格闘ゲームをしているようである。言い合う二人の会話が聞こえて、デントは家に帰ってきた、と肩の力を抜いた。
「あ、おかえり二人とも!」
「二人も混ざる〜?」
ゲーム画面では、マツジが操作していたキャラが勝利ポーズを掲げている。そこそこいい勝負はしていたようだ。
「俺はいいです」
「何だよデント、こないだのことまだ引きずってんの?」
「んなわけないだろ」
デントは少し前にアルマにワンサイドゲームを仕掛けられたことを根に持っているわけではない。元より自分がゲームが下手なのは理解しているつもりだ。ちなみに、エテルナエルガ内でゲームスキルが1番高いのはフアンで、その次にマツジ、といった感じである。デントは正直話にならないくらいだ。
「あっ、アルマさんはお昼食べましたか?」
「うん、マツジに教えてもらってエンパナーダ作った」
「エン……?」
ネネノは「いいですね」と手を合わせていたが、デントにはピンとこない名前の料理だった。マツジが指した先に餃子のような揚げ物が机の上に並んでいて、ようやくその正体を把握する。
「たくさん作りすぎちゃって。二人も食べていーよ」
「わあ、ありがとうございます!」
「レンジで温めるか」
デントは皿をそのまま電子レンジに入れた。二人は魔獣のテストで動き回った上に食事も摂っていなかったので、素直にマツジとアルマに感謝した。
「フアン、1番に出かけたのにまだ帰ってこないよなー」
「フアンちゃんにはフアンちゃんのお仕事があるからねぇ」
そうか、とアルマはフアンのことを特に気に留めていない様子だ。他三人は今フアンがどこで何をしているのか知っているが、それをアルマに教える理由はない。
「なんであんな忙しいんだろ。フアン、1番新人なのに」
ヒーロー訓練生は全員で四人だった。そこに春前フアンの名前はない。その理由は簡単で、彼女がエテルナエルガに後から加入した人間だからだ。そう、ヒーロー本部と秘密結社が手を組んだ後に。
「フアンさんがとっても優秀だからじゃないですかね……あ、いや! みなさんが違うってわけじゃなくて!」
「そこまで気にしてない」
電子レンジがピーと音を鳴らす。デントは皿を取り出して、エンパナーダを一つつまんだ。
「あーあ、フアンの分の仕事もオレができればなー」
「いや、アルマくんしかできない仕事はたくさんあるから。無理に頑張ろうとしなくていいよ」
例えば僕とゲームしてくれるとか、とマツジはにやりと笑う。マツジといい勝負ができるのはフアンとアルマだが、フアンをゲームに誘って了承を得る事は難しい。
アルマは笑って、デントが持つ皿から一つを手に取って口に放り込んだ。
「そういや、二人は今日何してたんだ?」
「ちょっとしたバイタルチェックだよ」
「あー、あれか」
ネネノがデントの言葉に過剰なまで頷いた。デントは彼女には演劇コースを進めた方がいいかもしれない、と本部へ提案することを視野に入れた。
「あれ長いから嫌だよなー。検査されてる間はなんもできないし」
「ヒーローとして活動してる以上、体は資本だろ」
「それはもちろん、分かってるって」
その間に、ネネノがアルマの使っていたコントローラーを手に取ってマツジと試合を始めていた。マツジはいつもは使っていないキャラクターを選択している。
「あ、そうだデント、見てこれ」
「ん? ……これ」
アルマがデントに差し出したのは一枚の写真だ。端が折れ曲がっていて、少し埃っぽいにおいがする。
それに写っていたのは、訓練生時代の四人だった。アルマが中央に立って全員を抱き寄せていて、他三人は体制を崩して中途半端な表情を作っている。
「どこにあったんだよ、これ」
「オレの鞄の中に入ってた!」
デントはその写真をまじまじと見る。自分が困惑しながらも少し嬉しそうな顔をしているのに気がついて、足の指先がむずむずした。
それから、彼の視線は自然と写真の中のアルマに向けられる。正常な瞳を持つアルマは、カメラに向かって唯一ポーズを取っていた。
「いい写真だよなー」
デントの意識は彼の目に吸い寄せられる。
「そうだ、また写真撮ろーぜ! この写真、フアンがまだいない頃のやつだからさ。改めて、みんなで」
眩しくないアルマの目は、デントの瞳孔を焼いた。
「……デント?」
デントは写真の中の世界から引き剥がされた。目の前には首を傾げてデントの顔を覗き込むアルマがいる。デントは咳払いをして、埃のにおいにやられたフリをした。
「そうだな、機会があれば」
「どうせならヒーロー姿で……って、それは駄目か。守秘義務?ってのがあるもんな」
アルマは呻って難しそうな顔をする。フアンはそもそも写真好きかな、と小さく呟いた。
『デントさんは、アルマさんを殺したいんですか』
何故だか、デントの頭の中で先程のネネノの発言が反響した。アルマのつむじが妙に目につく。
デントは写真と彼を見比べる。やはり、デントの中での結論は変わらない。
「なあ、アルマ」
「なに?」
「俺ともやろう」
デントは、たった今マツジに負けたばかりのネネノのコントローラーを手に取って、それをアルマに見えるように掲げた。アルマはたちまち笑顔になって、にやにやとデントの肩をつつく。
「なんだデント、やっぱり引きずってたんじゃん」
「ちげえって」
「ほらマツジ、早く変わって!」
デントはソファに座り、アルマはソファの背もたれに乗り出してかちゃかちゃとスティックを動かし始める。
ここには「正義」も「悪」も無い。その事実が、デントの心をひどく落ち着かせた。




