11話
日曜日。
いつも通りサイレンが鳴って、いつも通りにエテルナエルガに変身した。今日の魔獣は少しシャープな見た目をした巨大なハエである。急降下爆撃機をイメージして開発されたそれは、地面に限りなく近づいたタイミングで突風を巻き起こす球を放つように設計されている。耐久性と俊敏性を重視した、攻撃力はほとんど無い戦闘を長引かせるためだけの魔獣である。
そして、この魔獣を運用するために配置された人間が一人。
「ハーッハッハッハ! 今日も暴れてもらいますよ!」
いつもと同じ、秘密結社ボスの装いに身を包んだエンディアは高笑いをして指揮を取るように腕を動かしていた。
空を飛ぶ魔獣は下手をすると建物に激突してしまう可能性があるので、近くに「操作役」が必要なのである。一応、「空を飛ぶ魔獣の時だけあいつが来る」とレッドに思わせないように、飛行型以外を使用する時もちょくちょく姿を現している。本人は全く乗り気ではないが。
「うわ、すごく速いぞ!」
「ど、どうしましょ……全然近づけません!」
全員がギリギリ目で追えるくらいの速さで飛び回る。レッドは問題なく見えているが、他の魔獣よりも速く設定されているので相対的に「すごく速い」の評価を得ることができた。
風に巻き込まれながらも、ブルーはビルの屋上でエテルナエルガを見下ろすエンディアに目を向ける。変身して強化された視力で、彼の口が「は」「や」「く」「お」「わ」「れ」と動くのが見えた。
これからのプランは決まっている。
まずブルーがハエの特性を活かすことを偶然思いつき、パープルの能力である「光と熱」を利用することでおびき寄せて倒す、といった予定だ。前回のようなミスを再び起こさないため、今回レッドには静観を貫いてもらう。
その前に「苦戦パート」を取り入れる必要があるので、あと数回は魔獣の攻撃を食らわなくてはならない。実際に負傷する、というのもエテルナエルガの仕事の内である。
「駄目だ、このままじゃ埒が明かないぞ!」
「落ち着けレッド、まだ今じゃない」
ブルーは今すぐにでも行動しようとするレッドを止める。勝手なことをされたらたまったものではないからだ。あと少しすればこの状況が解決するのだから、あと少しの辛抱だ、と。
レッドが悔しげに顔を背ける。その時、何かに気がついたのか、「あ」と短く声を漏らした。暴風の中聞こえた声に、思わず四人は身構える。
「どうしたの、レッド」
「オレ、思いついた」
文脈からして、「思いついた」というのはこの状況を打破するための策だろう。不確定要素を増やすわけにはいかないので、レッドの話を聞く前から全員「断ろう」と考えていた。
——しかし、一人だけ、少しだけ違うことを考えていた。レッドの隣で風に耐えているブルーである。
夢で見た、かつてのアルマの姿。そして普通の人間と何ら変わりなく生きて、話している姿。ゲームであっさりと負けて悔しがるのも。
喜捨場アルマにほんの僅かの希望を抱いてしまったブルーは、下唇を噛んで、つい喉を震わせてしまった。
「……どんな作戦だ?」
「ちょ、ブルー何言ってんの」
グリーンは困惑していたが、レッドの前で堂々と仲間の発言を遮るわけにはいかなかったのか大人しく口を閉じた。少し早口気味なグリーンの声を聞いて、ブルーは「まずい」と現実に帰ってくる。しかし、その時には既に手遅れだった。
「オレに任せて」
すると、レッドは風を振り切って少し大きな瓦礫の前まで歩みを進めた。簡単に突風から脱出した彼の姿に驚く人はいない。むしろ、いきなりの単独行動に驚愕している。
レッドはそれを拾い上げ、魔獣がいる先を見据えた。四人はそれから起きる出来事を予想した。が、動くには一足遅かった。
レッドは瓦礫を振りかぶり——一際大きい突風を巻き起こしながらコンクリートから手を離した。投げた、と認識するまでに少しのタイムラグが発生するほどの速度で。
「あ——」
ばちん、と何かが勢いよく叩きつけられる音がした。それが何の音か、ブルーは把握する。——魔獣の翅が弾けた音だ。
エンディアは口の端をぴくぴくと動かし、右足を情け無く内側に曲げた。なんせ、彼の真横に瓦礫が飛んできたのだから。
翅を失った魔獣はそのまま落下する。道路の中央に粉塵を舞い上がらせて、巨体を叩きつけた。装甲をしっかりさせたおかげか、中身が飛び出すことはなかった。
「喰らえ、魔獣」
エテルナレッドは、じたじた動く魔獣の足のうち、一本を折った。続けて二本、三本。
「おい——」
「なるほど、装甲は大したことないんだな」
起き上がろうとしたハエの頭が吹き飛ぶ。中の液体がはじけて、灰色のビルが緑色に変色した。魔獣と比べたら遥かに小さい存在のはずなのに、エテルナエルガはレッドの背中を叩くことができなかった。
『今日の訓練もキツかったよなー!』
「まだ動くのか、悪の魔獣め!」
硬い皮膚で覆われた腹を踏み抜く。
『街の人たちを安心させるってことも——』
「これでも粒子にならないなんて、しぶといな」
中に敷き詰められた器官を引っ張り出す。
ヒーロー本部と秘密結社が手を組んでから、魔獣が退場——「光の粒子」になるタイミングはしっかりと決定されている。ダメージを与え、「弱点」を破壊し——体液が飛び出す前。
エンディアは目の前の光景に気を取られて、その機会を見失ってしまっていた。
「エンディアさん」
無線が入って、ようやくエンディアは自分のミスに気がついた。既にぐちゃぐちゃになっている魔獣を見て、演技も忘れてもたついた動作で信号を送る。その時ようやく、魔獣は光となって消えていった。
「ふう、やっと倒せた!」
レッドの声は快活だ。汗を拭うような動作をして、エテルナエルガの方へと振り向く。いつの間にか、エンディアは姿を消していた。
「ほら、任せろって言ったろ?」
目元は画面で覆われていて見えないが、その口はにっこりと、どこか誇らしげに弧を描いている。
仲間たちから声がかからないことを不審に思ったのか、レッドは再び呼びかける。その声が街に響いてから、ブルーはふらつく足でレッドに近づいた。
なぜ瓦礫を投擲した、落ちた先に逃げている人がいたらどうするつもりだったんだ、どうして「みんなを安心させる戦い」を選ばなかったんだ。ブルーには聞きたいことが山ほどあった。
「正義を守れたな、ブルー!」
レッドはそんなことも知らず、拳を前に突き出してくる。ブルーは唇を開いてその白い手袋を見つめていた。
『デントさんは、アルマさんを殺したいんですか』
ブルーの体が、魔獣と戦っていた時よりも大きく鼓動する。正義の匂いがエテルナブルーの心臓を突き刺した。結果、ブルーが絞り出した答えは——
「……今日もお疲れ」
エテルナレッドと拳を合わせることだった。




