6話
イエローは焦っていた。太い尻尾は押さえ込むだけで大変で、少しでも力を弱めるとビルに尾を思い切り叩きつけてしまいそうだった。
レッドに「勘違い」をさせる方向へと活動をシフトチェンジした後は被害をかなり軽微なものに抑えることを可能にしていた。が、彼女の心臓は現在どくどくと大きく鼓動している。
「パープル、もうちょっと頑張って……!」
「分かってるわ」
奥歯を強く噛み締めるイエローとは違い、パープルの声は動じていない。イエローの心境は街への被害と、レッドの疑惑が生まれてしまわないかでいっぱいだった。
レッドが魔獣を殴り飛ばせば解決する問題だが、彼に一発で魔獣を倒す経験を与えてはいけない。ひたすら、レッドには様子を見るように要請した。
「レッド、もう少し行けば広い交差点に着く! そこまで誘導してくれ!」
「任せてくれ!」
レッドは方向転換して、魔獣を大きな一本道に誘導する。魔獣に足を止める様子はなく、ひたすらレッドから逃げ回っていた。
ブルーは飛びながら、魔獣の周囲を首を振って見渡している。彼の登場を今か今かと待ち侘びながら、グリーンと共に急いで魔獣の後を追った。
ビルを抜けて、開けた場所に到着する。尻尾が建物に当たる心配は無くなったが、依然問題は解決していない。
「悪の魔獣め、ここで倒して——」
「駄目!」
複数の声が一度に鳴ってレッドの動きを制止する。レッドは「え?」と拳を少し下げた後、どこか納得のいっていない様子でぐるぐると交差点を周回した。魔獣もそれに釣られてぐるぐる周り、道路に魔獣を止めることに成功する。
「チーフ、まだですか」
「もう少しです」
そろそろレッドがこの状況を怪しく思う頃である。逃げ出す魔獣、止められる攻撃。おかしくないわけがない。
早く終われ、そうブルーが懇願した時。
「——ハーッハッハッハ!」
耳が痛くなるくらいの、大きな高笑いが響いた。
「この声は……!」
レッドが止まり、声の方向を振り向く。ブルーはその声に安堵し、イエローも息をついた。
キザなシャープを描く仮面に、とてつもない毛量の白いふわふわのロングヘアー。紳士のような装いに、スマートな杖を携えている。大きく開けた口からはハリのある笑い声が絶えず続いていた。
空中に浮くその男に、レッドが挑戦的に指をさす。
「出たな、エンディア!」
異次元からやってきた、魔獣を作り地球の征服をたくらむ悪の秘密結社のボス。
人類が恨むべき敵、その名はエンディアである。
「ワタクシの愛しいペットとの追いかけっこ、とても楽しく拝見させていただきましたよーッ!」
「……この野郎!」
ブルーは胸を撫で下ろしながらも、口ではエンディアと敵対するような発言をする。相手は東京を危機に陥れているリーダーであって、それ以外の何者でもない。そう暗示をかけていた。
「可哀想に、地球人にいじめられたんですか? よしよし」
エンディアは魔獣の大きな頭を撫でる。魔獣は甘えるように喉を高く鳴らした。何度見てもよくできた演技だ、とグリーンは後頭部に手を当てる。
その時、ブルーはレッドが一歩前に踏み出そうとするのを目に捉えた。次の彼の行動を予想して、ブルーはすぐにレッドの肩を抑える。
「駄目だレッド、あいつに近づくのは危険すぎる」
「でもエンディアは悪だ。倒さないと」
エテルナエルガの仮面は、外からでは顔が見えなくなるように設計されている。しかし、ブルーは確かにレッド——アルマの瞳が正義色に輝くのを見た。
ブルーは心の中で悪態をつき、言いたく無かった言葉を口にする。
「……とにかく駄目だ。お前がやられたら、誰が正義を果たすんだ?」
エテルナレッドの肩が少しだけ揺れた。それから彼は何も言わず、ただ空を飛ぶエンディアを見つめていた。
「うーん……これ以上この子を暴れさせても意味がなさそうですねぇ……」
「ど、どうするつもりなんですか」
イエローが辿々しい言葉でエンディアに聞く。エンディアは顎に手を当てて、それからにやりと口元を歪ませた。
「今日はこんなところにしましょう。急がなくとも、地球はワタクシから逃げませんからねぇ」
エンディアは魔獣の額に指をツンと当てる。すると、魔獣はどんどん小さくなって、それから姿を消した。後に残るのは少しひび割れたコンクリートだけである。
「ではみなさん、またお会いしましょうね。次こそは大人しく地球を渡してくれると嬉しいです」
「あっ、待て!」
レッドが手を伸ばすが、既にエンディアはその場にいなかった。まだ高笑いが皆の頭の奥で反響している。
なんとか魔獣の奇行をうやむやにできたことに安堵して、四人は同じタイミングで小さく息を吐いた。レッドはエンディアの存在に気が取られて、魔獣がおかしな行動をしていたことなんてすっかり忘れている。
「くっ、エンディアめ……!」
「レッド、今日は報告に帰ろう。まだ今の俺たちじゃエンディアを倒すことはできない」
これじゃヒーロー失格だ、とレッドは悔しそうに拳を握りしめる。白い手袋の動きを、ブルーたちは注意深く観察していた。レッドが八つ当たりをするような性格をしていないのは皆知っているが、それでも彼が力を込めると緊張感が走るのだ。
今のレッドには「いつか」エンディアを倒すことができると信じ込ませるしかない。秘密結社のボスを倒す時は、少なくとも今ではないのだから。
「ほら、焦るといいことないって。ね?」
「……グリーンが言うなら、そうかもな」
レッドは手の力を抜く。イエローはレッドの周りを忙しなく周り、「元気出してください」とおどおどした声で励ました。レッドはそれに微笑んで返事する。
「……よし、今日もありがとな、みんな!」
「ああ」
「はい! とにかく、街が無事でよかったですね!」
パープルは静かに四人を見ている。正確には、レッドを見つめている。レッドはそんな彼女に気がついて肩を組もうとしたが、そっけない対応でやり過ごされてしまった。
五人はいつもの隊列を組んで本部へと戻る。
今日、久々に姿を現した秘密結社の長。彼は神出鬼没で、普段どこにいて、何をしているかもわからない。謎のヴェールに包まれた異次元の人間である。
——しかし、ブルーは、イエローは、グリーンは、パープルは、ヒーロー本部は知っている。
彼はどんな人間で、どんなことをしているのか——




