4話
時計が指す時刻は7時ちょうど。既にネネノは料理の準備を始め、デントはパソコンで作業をしていた。
エテルナエルガのメンバーは全員、例外なくヒーロー本部内での居住区で暮らすことが決められている。表向きの理由は「いつ魔獣が東京に降り立っても対応できるようにするため」である。
「おはよー」
「あ、おはようございます!」
自分の部屋から出てきたマツジは少し長い髪を結びながら広いソファに腰掛けた。それからスマホを取り出し、画面を横向きにする。その様子をデントは横目で見ていた。
「マツジさん、また洋画見てるんですか」
「まーね。ずっと聞いてないとわかんなくなっちゃうからさ」
「元翻訳家ですもんね」
短い会話をした後、デントはすぐに自分の作業へと戻る。キッチンからは野菜を切る音が一定のペースで続いていた。何も変わらない、エテルナエルガの日常である。
カチ、と分針が動いた時、リビングから1番見やすい位置にある扉がスライドした。その動きを見て、デントはすぐにノートパソコンを閉じる。キッチンから響く音も一瞬止まった。
中から現れたのは、いまだに目を擦っている茶髪の青年、喜捨場アルマだ。
「おはよ」
「よく寝たな、アルマ」
ぼさぼさの髪を撫でて、アルマは洗面所へと向かう。彼の姿が見えなくなるまで、デントたちは彼から目を逸らさなかった。
机の上にはココアの粉が置かれたままになっている。昨日の夜に目が覚めたアルマをとっとと寝かせるためにネネノが準備したものだ。既に着替えているフアンはそれを手に取り、キッチンのシンクの横に置いた。
歯磨きを終えたアルマは伸びをして、それから部屋を見回した。1番早く寝て、1番遅く起床することはアルマにとってなんらおかしくないことである。
それからアルマはソファに膝を乗せ、マツジのスマホを覗き込んだ。
「何見てんの」
「自由を目指す若者の話」
「あれ、字幕ないじゃん。何言ってるかわかんねえや」
勝手に人のスマホを覗くのはやめろ、とデントがアルマに注意する。ついうっかり、といった様子でアルマは首を少し動かした。
「てか、オレもスマホ欲しい。オレだけ持ってないの、なんか不公平じゃない?」
「だってさあ、アルマくん絶対エゴサしちゃうでしょ」
エテルナエルガのルールとして、自分のことをネットで調べることは禁止されている。魔獣を倒すために世間の声は必要ないから、ということだ。
「せめて動画くらい見させてくれよなー」
「見るならテレビでね」
その頃、ネネノは一つの皿に料理を盛り付けていた。今日の朝ごはんはソーセージが入った炒飯である。皿にはそれぞれの色のラインが引かれていて、どれが誰用の皿なのかとてもわかりやすい。現在、ネネノが持っている皿のラインの色は赤色だ。——そして、もう片方の手に持っているのは黄色い粉。ネネノはリビングで響くアルマの声を注意深く聞きながら、それを混ぜた。
「……あ、アルマさん! 朝ごはんができましたよ!」
「お、やったー!」
アルマはすぐにソファから降りて、食卓へとついた。ネネノが持っている皿は赤い皿だけである。
「ありがとな! ……あれ、みんなのは?」
「あ、えと、みなさんもう少し後がいいとかで……先にアルマさんのだけ出しちゃおっかなって」
「そっか。朝起きてすぐに腹が減らないなんて、みんなどうかしてるぜ」
アルマは遠慮せず、白いレンゲを手に取って米を掬い、流れるようにそれを口に入れた。咀嚼し、少しずつ飲み込む。皆の視線について、アルマは特に意識していなかった。
「……うん、今日もうまいな!」
アルマは笑う。ネネノはそれを聞いて「よかったです」と肩の力を抜いて手を合わせた。そしてまた食べ進めるアルマを見て、フアンは興味を失ったようについと目を逸らした。
「……あー、じゃあ、僕ももらおうかな」
「俺も」
「ほら、みんな腹減ってんじゃん」
ネネノはすぐに全員分の朝食を用意する。あっという間に四つの皿が並べられ、全員が椅子に座った。五人なので、アルマは誕生日席に座っている。
「いつもありがとね、ネネノちゃん」
「えっ、あ、いえ!」
ネネノがぶんぶんと手を振る。座っていても彼女の長身は健在だ。
「みんな、ちゃんと食べろよー。正義のためには健康な肉体が必要なんだからな」
「……あはは」
アルマの目は正義の色をしている。まるで彼自身の目が発光しているかのように、眩しく存在を主張していた。
「フアンとか全然食べないだろ? オレの分も食べる?」
「いらないわ。自分で食べなさい」
フアンの答えはあまりにもすぐだった。アルマは特に残念そうな様子もなく、返事をしてまたレンゲを動かす。
それから短い会話が何回か続き、皿の上が空になっていく。「ごちそうさま」のタイミングはそれぞれ自由だ。
それぞれが皿を持ち、机の上を片付けていく。アルマの口は止まらず、快活な声にマツジは何度も頷いた。
その後ろで、デントとフアンは足を止める。デントの眼鏡越しに、二人の目線は交差した。——そして、視線が解散した時。
——ビーッ! ビーッ!
けたたましいサイレンにアルマは肩を揺らした。ネネノはただ「わ」と短く声を上げる。
「ありゃ、連日かー」
「大変だ! みんな、急いで向かうぞ!」
この音は魔獣の出現を知らせるサインだ。大きなテレビには魔獣の現在位置が示されている。
アルマは誰よりも早く変身キットの元まで走った。それに少し遅れて、デントたちも着いていく。
この時、アルマ以外のエテルナエルガ四人は同じことを考えていた。それは、前々回の会議で話した内容。チーフの声と、その姿を連想する。
——今日は新型の魔獣を試す日だったな、と。




