3話
エテルナレッド対策会議。すっかり聞き慣れたその言葉に、エテルナブルーとして活躍しているデントはキャスターのついた椅子を軋ませる。
大きなモニターに映し出されているのは、エテルナレッドに変身した喜捨場アルマだ。カメラに向けてグッドサインを作っている。
「一ついいですか」
「はい、なんでしょう」
「見慣れない方がいるのですが」
デントが視線を向けた先は、身長が低めの男性職員である。幼い顔立ちで、若く見積もれば中学生にも見える。他の面々も彼に注目して、部屋の中の視線が一気に同じ箇所に集まった。
「彼は城島です。先日ヒーロー本部に配属された新人ですが、なかなか優秀な子ですよ」
「よ、よろしくお願いします」
城島はおずおずと頭を下げる。
エテルナエルガの正体は機密事項で、公にはなっていない。そのためネットや週刊誌では声や体格からヒーローの正体を探ろうとする人間が後を経たない。エテルナエルガの素顔を知ることができる人はほんの僅かである。それだけ、城島が組織から信頼されているということだ。
「もう既に聞いていると思いますが、茅切デントです」
「あ、八ツ星ネネノ、エテルナイエローです!」
「グリーンこと新界マツジでーす」
「春前フアン」
城島は遠慮がちに頷いた。それから少し高い声で、簡潔な自己紹介をする。城島の話が終わると、デントは女性職員の方に顔を向けた。
「チーフ、彼にはアルマのことをどれだけ説明しているんですか」
「最低限のことは。なので、改めて話しておいた方がいいですね」
チーフ、と呼ばれた職員はコンパクトなリモコンを手に取り、それをモニターに向けてボタンを押した。すると、エテルナレッド、喜捨場アルマについてのデータがずらりと並べられた画面に切り替わる。
「彼は喜捨場アルマ。エテルナエルガのリーダーであり、専用の変身キットによってエテルナレッドへと変身する18歳の青年です」
「懐かしいな、訓練生時代の写真か」
モニターに映し出されているのは、ピースサインを前に突き出している、ヒーローになる前のアルマの写真だ。まだ、彼の目に正義の光が灯っていない頃。
「異次元からやってきた秘密結社が作り出す謎の生命体「魔獣」を倒し、東京の平和を守るべく活動を続けています。変身キットの力を並程度に引き出すことに成功しており、これからの成長が見込める正義の味方」
「——と、本人は信じています」
城島の瞼がぴくりと動く。デントは椅子の背もたれに体重を乗せ、ネネノは自身の指を絡めて俯いている。
「私たちヒーロー本部の目的は魔獣および秘密結社の撲滅ではありません。そう、エテルナレッドから世界を守ることこそが、真の目的なのです」
「えっ」
モニターに映るアルマは変わらず笑顔だ。この部屋でにこやかな表情をしているのは彼のみである。
「はっきりと言いましょう。彼、エテルナレッドは「最強」です。それ以外の言葉では形容できないほどに。彼の手にかかれば、どんな魔獣であっても、隕石が降ってきたとしても、はたまた核が落ちてきたとしても、それら全てを塵のように吹き飛ばすことが可能です」
「核……いや、どんな冗談……」
そこまで言って、城島は口を止めた。エテルナエルガも、チーフも、つまらないジョークを披露するような顔をしていない。真面目に、真剣に、エテルナレッドが「最強」だと確信しているのだ。
「もちろん、俺たちエテルナエルガに隕石を粉砕できるほどの力はありません。アルマだけが異常なんです」
「それはどうして……」
「私たちもその原因を探っていますが、未だに結論には至っていません。変身キットが不具合を起こしたのか、はたまた彼の何かと結びついたのか……」
話を戻します、とチーフが髪を耳にかける。
「そして、私たちが何よりも優先すべきことは、彼にその力を自覚させないことです」
「自覚させないこと……?」
「世界を破壊しうる力を持っていることを悟らせてはいけないのです。「やろうと思えばなんでもできる」……エテルナレッドがそれに気がついた瞬間、世界は彼の物になる」
あくまで「魔獣と渡り合える力を持つヒーロー」に存在を留める、ということである。エテルナレッドが全力で魔獣を攻撃しようものなら東京は粉々になってしまうのだから。
少しの沈黙が続いた後、城島は「でも」と言いながら手を挙げた。
「それなら、彼から変身キットを取り上げてしまえばいいんじゃないですか」
「……私たちも、最初はそう考えました」
ピッ、と画面が切り替わる。アルマの写真から、U字型に不自然に変形した目覚まし時計の写真へと移った。
「これは?」
「アルマが寝ぼけて叩いた時計です」
「……え?」
もちろん変身していない状態で、とデントが付け足す。普通の人間にできるはずのない、眺めているとうっすらと寒気がするような破損の仕方だった。
「彼は、変身をせずとも「エテルナレッド」と同じ力を持つようになってしまっているのです。まだ、本人は気がついていませんが」
「え、じゃあ、エテルナレッドは生身の状態でも空を飛んだり、魔獣と戦えるってことなんですか」
皆が城島の言葉に頷く。城島はぽかんと口を開けて、少し低い椅子に深く座り込んだ。
「彼がどれだけ異常なのか、理解してくれましたか」
「……信じられない話ですけど」
城島は取り乱したりはせず、静かな声を漏らして額を押さえた。まだ、ネットに転がっているような陰謀論の方が信じられる。
「それを、絶対に気づかせてはいけません。変身しないとただの一般人であると、ヒーローとしては魔獣と互角に戦える程度の力しかないと、そう騙し続けるんです」
「……みなさんは、最初から芝居をしていたんですか?」
「正確には「最初から」というわけではありませんが、かなり前から」
城島は「ヒーロー不仲説」や「イエロー男説」なんかのくだらないデマをいくつか知っている。しかし、「全員がグルになってレッドを騙している」なんて噂は一度も聞いたことがなかった。
現実味のない話に頭を抱えていると、デントが眼鏡を上げてネネノを少しキツイ目で睨みつけた。
「だから、今日みたくアルマの前で口を滑らすのは笑い事じゃ済まないんだぞ」
「す、すみません……」
「しかも今回が初めてじゃないだろ」
冷たい口調になり始めたデントと縮こまるネネノの間にマツジが割って入り、「まあまあ」と眉を下げて二人の肩を叩いた。フアンは顔色ひとつ変えず背筋を張って座っている。
「新人への説明は終わったかしら。早く本題に入りましょう」
「はい、そうしましょう」
フアンに、新しい仲間である城島を歓迎する様子は見られない。人を嫌っているわけではないことをエテルナエルガのメンバーは知っているが、城島はそうではなかった。
フアンの言葉に頷いたチーフが机の中から鍵のかかった箱を取り出し、それを皆に見えるように置く。
「エテルナレッドへと新たに投与する毒薬、フラワーラヴァが完成しました」
チーフの軽い拍手の音が静かな部屋に響く。デントは眼鏡の縁を触り、ネネノは大きく肩を跳ねさせた。
毒薬、と城島は唇を半開きにして復唱する。その間に、チーフは箱の鍵を開けて、中から黄色い粉が入った袋を取り出した。
「今まで投与していただいていたフラワールーフスを改良し、よりエテルナレッドの力を抑えることを可能にしました。それでも、微々たる物ですが」
「……これ、成分はなんなんですか」
大きな目を鋭くさせて、城島はその粉を観察する。
「ええ、これはあなたの専門ですからね」
チーフは小さな紙を城島に渡す。彼はその資料を読み——5秒もせず、大きな声を上げた。
「な、なんですかこれ!? テロでも起こすつもりなんですか!?」
「いいえ、エテルナレッドに投与する一日分の薬です」
正気じゃない、と城島は頭を掻く。チーフやエテルナエルガを信じようとしていた瞳はあっという間に異物を見ているかのような色に変わった。
「は、これを、毎日……?」
「言ったでしょう。彼は、「やろうと思えばなんでもできる」存在だと」
チーフの言葉は決して比喩ではない。城島は自身の専門分野においての異様さを目の当たりにして、ようやくそのことを本当に意味で理解した。
「では、八ツ星ネネノさん。引き続き投与をお願いします」
「……は、はい」
「え、いや、ちょっと待ってくださいよ!」
城島はネネノの手に渡ろうとしたフラワーラヴァを無理やり奪い取り、それを可能な限り高いところに掲げた。
「エテルナレッドが異常だということを加味しても、こんなもの、知識がない人間に渡していいものじゃないでしょ!」
「今更、そんなことを言うの?」
騒ぎ始めた城島を咎めるように、氷山のように鋭く凍った声が突き刺さる。紛れもなく、フアンのものだった。
「既にワタシたちは戻れないところまで来ているの。他の何でもない、世界のために」
フアンの目はどこにも向けられていない。「それに」と、彼女は白い髪を一本も動かすことなく長いまつ毛を上げた。
「いいじゃない、どうせ死なないんだから」
部屋が静寂に包まれる。チーフは城島の手から毒薬を抜き取り、それをネネノに握らせた。
——ピピピピピ。
「あ」
デントの腕時計が鳴る。正方形の画面上には赤いエクスクラメーションが点滅していた。
「まずい、アルマが起きたぞ」
「ありゃ、急いで戻んないとね」
エテルナエルガの四人は次々に席を立つ。ネネノは毒薬を握りしめ、唇を固く噛んでいた。続きは今度にしましょう、とチーフがモニターの画面を落とす。城島は一人状況についていけていなかった。
ヒーローたちが退出した後、部屋に残るのはチーフと城島だけ。城島はすっかり広くなった会議室を眺め、それからチーフの顔色を伺った。
「城島さん」
「……な、なんですか」
「改めて、よろしくお願いします」
チーフはすらりとした白い手を差し出した。城島は彼女の顔とその手を見比べて、第二関節まで指を伸ばした。




