22話
「フアン、待て、フアン!」
フアンはデントの呼びかけに答えず、壁を伝いながら廊下を進んでいく。ぶつぶつと「本部に連絡を」を繰り返し、デントから遠ざかろうとしていた。
普通、デントが本気で走っても彼女には追いつけない。しかし、二人の間の距離は徐々に縮まっていく。不安定な足取りではまともに走ることができないのだ。
とうとうフアンはデントに捕まって、再び腕が不自由になった。
「理由を説明しろ。どうしてアルマにあんなことをした? いや、何がそうさせた?」
「……アルマ。喜捨場、アルマ」
デントの声に反応して、フアンはアルマの名前を何度も呟く。段々とフアンの腕に力がこもり、デントの指の筋肉を震えさせた。
「……駄目。この身体、何かおかしい」
「どこが変だ? 落ち着いて、言ってみろ」
「何かに、寄生されてるみたいで、語りかけてくるの」
二人の位置情報から異変を察知したのか、奥の部屋から長い髪をひとまとめにした女性——チーフが姿を現した。隣にはフアンのメンテナンスを担当している男性もいる。
「茅切デントさん、どうかしましたか」
「チーフ、春前フアンの様子が——」
「——エテルナレッドを殺さなきゃ」
キュル、とカメラのレンズが回るような音。それと同時に、デントの腕が強い力によって振り払われた。自由になった左腕に、デントの心臓がさあっと冷える。
フアンの肩から、機関銃が飛び出していた。
「チーフ!」
咄嗟にデントはフアンを全力で押さえつけた。彼に体を引っ張られて、彼女の銃口が上にズレる。
——パン。
乾いた音が響いた。
チーフの頭上に風が通り抜ける。彼女の黒い髪が舞って、大きく瞬きをした。
デントの脳内でけたたましいサイレンが鳴る。理由を解明しようとしている暇はない。できる限りの力を用いてフアンを押し除け、チーフと男性職員をすぐ近くの部屋に押し込んだ。扉の外からは銃声が聞こえる。
「どうしてフアンの装備を展開させたんですか!?」
「そんなことしてません! まだロックしたままです!」
フアンが自身に搭載された銃や装備を展開するには、職員の許可——ロックの解除が必要だ。自分の意思でそれらを取り出すことができないようになっている。
だというのに、今現在フアンは許可無しに銃を発砲した。魔獣でも、的でもなく、相手はチーフだったというのに。
「我々の許可無く発砲することは不可能です。解除させた記録もありません」
頭を撃たれそうになったばかりだというのに、チーフは落ち着いて状況を整理しようとしている。小型の無線機を取り出し、全体へと通達、そして警告をした。
「なら、どうして……」
「今考えるべきことは「どうして」ではありません。春前フアンさんを無力化することです」
デントは直前のフアンの発言を思い出す。彼女は「エテルナレッドを殺す」と言っていた。なら、彼女が目指す先は——
「アルマに近づけさせたら不味い」
「はい。一番に避けるべき事態です」
もし、フアンがアルマに発砲したら。アルマは自身に銃が効かないことに気がついてしまう。返信せずとも「無敵」であることを自覚してしまう。そうなれば、本当の意味で終わりだ。
「エテルナエルガに連絡は」
「しました。今すぐ変身キットを持つようにと。エテルナレッドを保護するようにとも伝えました」
デントは変身キットを持っていない。今フアンの目の前に姿を現したら一瞬で死体になってしまう。だが、変身キットを持っていたとしても無事では済まないだろう。なんせ、相手はエテルナレッドを倒す為に設計された最終兵器である。
「フアンの緊急停止パットは今どこに」
「既に使用しているようですが……」
銃声はまだ聞こえる。その試みが失敗に終わっていることなんて分かりきっていた。
「現在の被害から考えるに、彼女は全ての機能を使っていません。その理由は分かりませんが、鎮圧はそこまで困難にはならないでしょう」
「チーフ……」
「茅切デントさん、私たちは待機するしかありません。救援が来るまで待ちましょう」
今のデントにできることはない。それは事実だ。しかし、もしフアンがアルマの元に辿り着いたら、もしアルマが「気がついて」しまったら。そのことを考えて、彼は落ち着いてなんていられなかった。
————————
——ヒーローの姿に変身して、施設の廊下を走る三人。「緊急事態」とだけ知らされたアルマは魔獣がヒーロー本部内に現れたのだと思って廊下を見回していた。
「なあ、どういうことなんだ? オレだけ別の場所に行けって……」
「あ、その、敵の狙いがレッドなんです」
「オレ!? なんで?」
適当な説明をしたイエローはあたふたと忙しなく指を動かす。レッドは余計に混乱しているようだった。
「いや、僕たちもわかんないよ。だっていきなり言われたんだからさぁ」
「あっ、そうですよね! 分かりませんよね!」
ちぐはぐな回答をするイエローは不審そのものだったが、いきなりの呼び出しに焦っているからか、そこまで追及されることはなかった。
「よくわからないけど急ぐぞ、きっとすぐそこに悪が——」
その時、遠くからパン、と何かが破裂するような音がした。それが何度も、何度も続き、ようやくそれが銃声だと気がつく。
「何だ、今の音——」
「レッド、早く司令室に」
それに続き、ガション、ガションと鉄を打ち付けるような音。それがこちらに近づいてきていることを、三人はすぐに察していた。
その音は速度を増して迫ってくる。はっきりと金属音が聞こえ始めた時、廊下の角から大きな銀色のアームが飛び出してきた。
「え?」
鉄の爪が灰色の壁にめり込む。レッドはそこから大きな化け物が姿を表すことを予想したが、それは外れた。
なぜなら、そのアームはフアンの背中から飛び出たものだったから。
「……フアン?」
レッドがそう呟くと、フアンはぐるんと首を動かして彼の方を見た。その目からは生気は感じられない。ただのロボットである。
「殺さなきゃ、ワタシが、エテルナレッドを」
「危ない!」
機関銃が向けられた瞬間、イエローが前に飛び出して大きく手を広げ、半透明の壁を出現させた。エテルナイエローの能力である「バリア」だ。
その壁に阻まれ、弾丸は跳ね返って床に転がる。しかし、あまりの物量にバリアが壊れることは目に見えていた。
「イエロー、下がってこっちに来るんだ!」
「は、いっ!」
イエローはレッドに言われた通りにゆっくり下がり、バリアが壊れる前に角へと駆け込んだ。大量の銃弾が壁に埋まり、イエローの背中に冷や汗が伝う。
変身した状態だと多少の銃撃を喰らっても死ぬことはないが、それでも何十発も喰らえば負傷する。身体中から機関銃を飛び出させた異形の姿は「死」を感じさせた。
「応援が来るまで逃げましょう!」
「フアンは、あれは何だ? フアンは悪者なのか?」
レッドの言葉に、イエローは心臓を撫でられた気分になった。レッドが「悪」と判断すること、それは何より恐るべきことだ。
「い、いや、あんなのがフアンさんなわけありませんよ! あれは……偽物! 偽物なんです!」
「にせもの……」
考えてみれば、今日まで仲間として衣食住を共にしてきた人間がいきなり機械の化け物として姿を現して、すぐにそれが本人だと判断する方がおかしな話だ。偽物と考えるのが普通で、一般的な考えである。
「きゃっ……!」
「イエロー!」
イエローの脛に鈍い色の弾が突き刺さった。地面に倒れ、バリアを展開できなくなる。
フアンはそのまま彼女に追撃——するのではなく、フリーになったレッドにゆらりと視線を向けた。レッドは地に伏したイエローに気に取られてフアンから目を逸らしてしまっている。
フアンの射撃の命中率は100%。
外れるわけがない照準が、レッドに合わさった。




