23話
倒れたイエローに駆け寄るレッドの姿と、彼の額に合わされた銃口。イエローは終わりを覚悟した。
彼の赤い仮面に撃ち込まれたら、きっと銃弾はおもちゃみたいに跳ね返る。彼女は自分が死ぬことよりもそのことを危惧していた。
声を出す暇なんてない。手を伸ばす時間もない。どうにかしてこの後の言い訳を考えないと、そう思っていた。
銃口が光る。
イエローは咄嗟に目を瞑った。
「え」
エテルナレッドに銃が効かないことがバレてしまった。そう覚悟して、彼女はおそるおそる瞼を開く。しかし、そこには思いがけない光景が広がっていた。
「……は?」
イエローのすぐ後ろに赤いスーツが見えるはずだった。しかし、そこにあるのは赤の光沢ではない。
彼女の目に映ったのは、黒の輝きだった。
見慣れたエテルナエルガのスーツに、見慣れない銀の装飾。エテルナレッドの前に立ち、拳を握りしめている。
もし、その姿に名前をつけるなら——「エテルナブラック」が最適だろう。
「だ、誰だ……?」
黒いスーツのヒーローが拳を開くと、その中から銃弾が落ちた。冷たい床に落ちてカラン、と小さな音が鳴る。
エテルナブラックは口を開かない。ただエテルナレッドを一瞥し、それから暴走したフアンに顔を向けた。
「何、邪魔、しないで」
フアンは再び銃を構え、ブラックは手のジェスチャーで三人に下がるように伝える。アームや機関銃のせいでフアンの姿はずっと大きく見えるが、それと対峙するエテルナブラックの背は小さくは見えなかった。
フアンの狙いは変わらずレッドだが、その前にはエテルナブラックが立ちはだかっている。彼女が目的を達成するためには、まずこの障壁をどうにかしないといけないのだ。
「イエロー、こっちに!」
「はい、すみません……!」
グリーンが手を伸ばし、イエローに肩を貸す。レッドは小さく口を開けてエテルナブラックを見つめていた。それからはっとした様子で声を上げる。
「黒のヒーロー! あれの狙いはオレだ! 早く逃げた方が——」
彼が言い切る前に、フアンがさらに一発発砲した。しかし、その弾はエテルナブラックに蹴り飛ばされ、天井の隅に突き刺さった。
常軌を逸した動きにエテルナレッドは唾を飲む。こんなことできるはずがない——彼はそう思い込んでいるから。
「必要ない」。エテルナブラックがそう言ったように見えた。
フアンは背中から飛び出た巨大なロボットアームを広げ、エテルナブラックを捕らえようとそれを前に出す。しかし、それにあっさりと捕まるほど彼は鈍くなかった。僅かな動きだけでアームを避け、円柱形のそれを掴み真っ二つにへし折った。中から色とりどりのコードが露呈し、電気が弾ける。
「あなたはいらないの、だから、どきなさいよ」
回路が剥き出しになった背中から、どくどくと黒い液体が流れ出した。それはゆっくりと形を成して、巨大な腕のように変化する。その光景を見て、エテルナブラックは一歩後ずさった。
イエローは思い出す。春前フアンに「液状の腕を出す」なんて機能はないはずだ。異様な、まるで魔獣のような姿に彼女は身震いする。
「あれじゃ危険だ、助けないと……!」
「駄目です、そっちの方が危ないです!」
エテルナブラックに助太刀は必要ない。それをグリーンとイエローは把握している。だが、レッドは別だ。彼の「悪を見過ごせない」という精神性も相まって、逃げるという選択肢を取ることができなかった。
どろりとした黒い腕を無数に伸ばし、エテルナブラックを叩き潰そうとする。廊下が揺れ、イエローが膝をついた。狭い空間にも関わらず、エテルナブラックは縦横無尽に飛び回ってフアンの攻撃を回避する。時折、黒い液体がフアンから舞って床や天井にそれがへばりついた。
「な、なんですかこれ」
「よくわからないけど、触らない方がいいんじゃないかな」
グリーンはイエローの手を引いて黒いナニカから遠ざかる。ただの黒い水ではないことは分かりきっていたが、それの正体は不明だ。
ガン、と大きな音が響く。フアンの左腕が弾け飛んだのだ。柔らかく見える外装の下からびっしりと敷き詰められたコードが見える。それは壁や天井を跳ねて転がり、イエローの足元までやってきた。彼女が本物の春前フアンと知っているイエローはそれを一度撫で、よろけるフアンに再び顔を向けた。
「ワタシは、ワタシはエテルナレッドを殺さないといけないの!」
フアンの左肩から黒が溢れる。彼女の頭にそれが覆い被さり、美しい白髪がどろりとした黒に染まっていった。いつも氷のような光を放っていた瞳は禍々しくぎらぎら輝いている。それはもはや、春前フアンの偽物と言っても差し支えのない姿だった。
装甲のように変化した漆黒は泡を吹き出して沸騰し、じゅうじゅうと音を立て始めた。だが、あからさまに「危険」のシグナルを鳴らしているそれにもエテルナブラックは動じない。彼のスーツのラインが白く輝き、グローブは鉤爪のような形に変化した。
勢いよく発射された液体と銃弾。普通なら避けられるはずがない密度の攻撃だ。しかし、金色に光る弾も、熱を持ちながら飛ぶ液体も、エテルナブラックによって引き裂かれる。床には鉛の残骸が散らばり、液は彼の鉤爪に当たった瞬間に消滅した。
どんな攻撃も「無駄」だ。そう思わせるだけの身のこなしを、エテルナブラックはフアンに見せつけた。
右腕が外れる。左脚が捻られ、右脚がひしゃげた。どんどん中から粘り気のある黒がばら撒かれた。やがて、フアンは倒れ、黒い海の中に体を埋めた。まるでただのスクラップのような姿に、イエローは思わず口を抑える。
「……大人しくなったね」
イエローとは対照的に落ち着いた様子のグリーンは立ち上がってフアンの様子を見る。四肢は破損しているが、肝心な部分は壊されていない。エテルナブラックはそれを意識して彼女の身体を破壊したようだった。
皆がフアンに目を向けている中、ただ一人、エテルナレッドだけは黒いスーツのヒーローを見ていた。いきなり現れて、圧倒的な力で「悪」を制裁したヒーロー。謎の存在に、レッドは大きく息を吸って一歩ずつ近づいた。
「……きみは、誰だ?」
エテルナブラックが僅かに口を開く。何かを言おうとして、すぐに唇を閉じた。声を発したら「フウマ」だとバレる。せっかく作った「体が弱くヒーローになれない」という設定をまた瓦解させるわけにはいかない。
「どうして、オレたちを——」
その時、ぴくり、とフアンの体が動いた。
すぐに異常を察知して、エテルナブラックはレッドを後ろに下げる。動けるはずがない状態なのに、フアンの頭はびくびくと痙攣している。彼女の体に黒い液体が収束して、四肢にそれらがくっつく。ゆっくりと膨張して、彼女の顔が覆い隠されていく。
ばしゃりと音を立ててフアンの全てを飲み込んだ時、それは形を成した。
全てが黒で構成された、大きな化け物。狼のような、虎のような、猪のような——ちぐはぐな四足獣が、エテルナレッドに対して殺意に塗れた眼光を向けた。




