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19話

 テストを終え、部屋から退出するフアン。いつも通り廊下の端を歩いて居住区に戻ろうとした時、大きい赤い瞳と目が合った。


「あ、フアンちゃんじゃーん」

「……花房ヤエ」


 黒い二つのお団子を揺らして、ウルティ——花房ヤエはフアンの顔を覗き見る。


「どうしてあなたがここにいるの」

「そろそろブラッ……じゃなくて、フウマくんを連れ戻しにいこうと思って」

「そう」


 フアンに世間話をするつもりはない。それだけ言って、フアンは彼女の横を通り過ぎた。しかし、目指す場所はヤエも同じである。彼女は白いショートカットの後ろをついていった。


「今日も性能テスト?」

「ええ」

「大変だねー。機械ってメンテとか、あと弾の補充とかしないといけないから不便じゃない? 地球も生物兵器作ればいいのにね」


 秘密結社は生物兵器の弊害である食料問題や排泄物の処理問題などを解決しているらしく、だからこそ地球が機械に頼った生活をしていることが不便に見えるらしい。


「あなたたちには関係のないことでしょう」

「そうかな? あ、でも小さな生き物をチマチマ殺すにはいい手段なのかな? この次元には元々巨大生物なんていないもんね」


 フアンはヤエの話を無視する。彼女に秘密結社の意見など必要がないし、聞く意味もない。——そう思っていたが、


「ていうか、そっちってまだアルマっちのこと殺すの諦めてなかったんだ」


 その一言に、フアンは足を止めた。


「ぶっちゃけブラックは次元の延命のために作ったんだよね。そういう話したでしょ? そもそも、あんなの殺せるわけがないんだから」

「あれは正真正銘世界の脅威よ。そのために対策を講じるのはなんらおかしくない事だわ」


 本来なら聞き流してもいい話だ。ヤエがいつも軽い気持ちで話す人間だということは分かりきっている。しかし、この話題に関しては、フアンは反論せざるを得なかったのだ。


「まあ、そりゃ魔獣100体は殺せそうな装備詰め込んでるのはすごいと思うよ。でも、そんな鉄の塊でアルマっちのことどうにかできるかって言ったらさぁ」

「レッドが自覚してしまった時、なんの備えもしていない方がおかしな話じゃない」


 ヤエは「そう?」と言って腕を組む。彼女が黙ったことを確認して、フアンは再び歩き出した。心を落ち着かせて、平然を取り戻そうとした。

 その時、ぽつり、とヤエが呟く。


「無駄だと思うけどなぁ」


 フアンは、いつもは彫刻のように動かない瞼をくっと開き、ヤエの方へと向き直った。


「黙りなさい」


 ヤエは進行方向を阻まれ、さらにフアンに強い言葉を使われたことに驚いて大きな目をさらにくっきりと開いた。フアンの表情は見ているだけで寒気がして、冬が帰ってきたのかと錯覚を起こさせる。


「……ご、ごめん」


 フアンはヤエに背を向け、少し早い足取りで廊下を進んだ。その歩き方にヤエに対する配慮は感じられない。少しまずいことを言ったかな、とヤエは自分の発言を思い直し、彼女に言わない方がいいことのリストに新たな言葉を追加した。


「……そもそも、あなたたちから始まった事なのに」

「えへ、それは本当にごめん」


 フアンは自身の過去を思い出す。

 かつて、彼女は病で死に至るはずの子供だった。家族からは見捨てられたも同然で、ドラマで見た子供の死に涙する親というのもフィクションだったのか、と世界を疑っていた。

 そして、秋の昼時。彼女の元にヒーロー本部がやってきて、このまま死ぬか、サイボーグとして生まれ直すかの選択を迫られた。生きる意味がなかった彼女は後者を取り、エテルナレッドを殺すための身体を、大人の見た目をした姿を、そして「春前フアン」という名を新たに与えられた。彼女にとって、「エテルナレッドを殺すこと」こそが存在意義であり、生きる理由である。


 それは決して「無駄」なんかではない。どれだけエテルナレッドが無茶苦茶で、常識から外れた存在だったとしても、それでもフアンはエテルナレッドを殺さなくてはならないのだ。その使命は「無駄」ではない。少なくとも、彼女はそう信じなくてはいけないのだ。


 裏を返せば、フアンが生きているのは秘密結社のおかげだ。彼らがくだらない事故を起こしてくれたから、こうして人ならざるものとして生きている。しかし、彼女はどうしても、彼らに感謝の気持ちを抱くことができなかった。


 ——「彼らが来てくれたから」。

 ——「彼らが来てしまったせいで」。


 その二つの気持ちはフアンの精神を不安定にさせる。だからこそ、彼女は変わることのない自分の使命に縋り付いたのだ。


「……あ、そうだ。フアンちゃん、フウマくんとは話した? もしかしたら仲良くなれるかもよ」

「そんなの必要ないわ」

「うーん、そっかー」


 フアンはかつかつと靴音を鳴らして廊下をひたすら進む。どこか、ヤエを振り切りってしまいたいという気持ちを抱えながら。目指す先は同じなので、そんなことは不可能だけれど。


「そろそろ着くね。じゃ、ちょっと静かにしよっか」

「あなたが話さなければいいだけでしょう」

「冷たいなぁ」


 フアンは居住区の入り口の前に立つ。防音性の壁なので音は聞こえてこないが、騒がしいアルマの姿を想像した。

 ここからはただの「春前フアン」として振る舞わなくてはいけない。なんでもない、皆の仲間であるエテルナパープルとして。


「……くだらない」


 本音を一つだけ落とし、フアンは扉を開けた。

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