17話
「エテルナレッドの双子だって嘘ついたぁ!?」
エンディアの大声が部屋にこだまする。エテルナブラックと未だ変装を解いていないウルティは正座して床に座り、Dr.ルニエはソファにうつ伏せになって寝ていた。
「私のせいです」
「すまない」
「嘘、嘘嘘、勘弁してよ……」
エンディアは椅子からずり落ちた。今日の彼はコスプレをしておらず、ラフな無地の服を着ている。
「ど、え? どうすんのそれ? 職員ならまだしも双子? どうやって設定作るつもりなの?」
「それは、なんとか」
どうやって存在の辻褄を合わせるのか、どう違和感のないようなストーリーを作るのか。本来必要ないはずだった作業が追加され、エンディアは鈍い頭痛に襲われた。
「ええと、とりあえずヒーロー本部には連絡したから……『エテルナブラックがエテルナレッドと遭遇してしまったが、どうすればよいのか』って。……いや、ほんとにやめてよこういうの。ボクできるだけあの人たちとは顔合わせたくないんだよもう……」
この問題を解決するには、エテルナレッド——喜捨場アルマの人生のどこかに「フウマ」の存在をねじ込む必要がある。そして、そのフウマがヒーロー本部にいる理由も不可欠だ。
「つくならもっとマシな嘘ついてよ! というかそもそもウルティボクの話っていうか連絡聞いてなかったよね!? いつも人の話は聞くようにしろって言ってるのになんでまたこういうことが起こっちゃうんだよぉ!?」
「それは、ごめんて……」
「ま、今更言ってもどうしようもないって」
Dr.ルニエは顔を上げてぼそぼそとフォローを入れる。彼女は魔獣製造が仕事なので、「エテルナレッドを騙す」ということにおいてはほとんど二人に任せっきりだ。そのため、今回の件に危機感をあまり持っていない。
「あ、返信きた。……えっと、とりあえずどうするかは向こうで考えるってさ」
「良かった、ヒーロー本部さんが考えてくれるなら楽ちんだね」
「そうだね、会議に呼ばれてるのはボクだけだからウルティはボクに経緯を教えてくれるだけでいいからね」
エンディアは嫌味ったらしく言う。エテルナブラックは居心地悪そうに俯いていた。
「すまない、適当な嘘をついた自分の落ち度だ」
「もう、ぽっと出の人間をすぐ双子だって信じるエテルナレッドもどうかしてると思うけどね……」
普通、人間は「生き別れのきょうだい」なんて言われてもすぐに信じない。戸籍謄本やDNA鑑定を通してようやく心から納得することができる。だというのに、アルマは「顔が同じ」の一点で信じ込んでしまっているのだ。その性質は厄介だが、同時に役立つところもある。
Dr.ルニエは書類を取り出し、その内容を上から下まで読む。記載されているのは喜捨場アルマの経歴だ。
「父子家庭で育ち、父親が交通事故で他界して3歳の時に児童養護施設に入所ね。まあ、生き別れの双子がいるって設定作ってもなんとかなるんじゃない? 3歳なら記憶ないだろうし」
「そんな簡単に話すことかな……」
詳しい事情はヒーロー本部が把握しているのでエンディアたちにはまだ分からないが、フウマがいた、とすることは——可能か不可能で判断するならば——可能だろう。アルマの性格上、戸籍を証明しろとまで迫ることはなさそうである。
「じゃあ、ボク行ってくるから……もう面倒なこと起こさないでよ。聞いてる?」
「あ、はい。すみませんでした」
ウルティはお団子を解きながら頭を下げる。エンディアはため息をついて、ヒーロー本部の会議室へと向かった。
————————
「——と、いうわけで」
ひとつの机を挟んで対面する、全く同じ顔の二人。そのうち、髪が黒い方の人間の隣には花房ヤエが座っている。
「彼が、アルマっちの双子の黒原フウマくんです」
「こんにちは」
「こ、こんにちは!」
アルマはそわそわと肩を揺らしながら挨拶を返す。「黒原」というのはアルマの母の旧姓だ。
「えっと、ほらフウマくん、説明を」
「ああ」
アルマは笑みを抑えられない様子だった。それがなんだか可愛らしくて、ヤエはくすりと笑ってしまう。
「自分はアルマの母の元で育った。3歳の頃、とある事情でアルマとは別の施設に入ることになったんだ。自分自身あまり覚えていないが」
「へえ、オレと似てるな!」
表面上、アルマに自身の経歴を悲しむ様子は見られない。自分と瓜二つの顔を輝く目で眺めていた。
「ヒーローに勧誘された時の通達を覚えているか?」
「ああ、はっきり覚えてる!」
「あれが、自分のところにも来ていたんだ」
アルマは驚愕の声を上げる。アルマ、デント、ネネノ、マツジが選ばれた時の封筒のことだ。
「自分も変身キットへの適性があったらしいのだが、あいにく体が弱くて戦うことができなかったんだ」
「ああ、確かに、適性がある人自体は10人いたみたいな話だったからな!」
それに血縁者だし、とアルマは嬉しそうに言う。変身キットの適性の有無は血に関係ないのだが、双子がどちらも適性があったという話はどこか信憑性があった。
「その代わり、自分はヒーロー本部で働くことになったんだ。1、2年勉強していたから、この間が初出勤だった」
「なるほど、だから今まで見たことなかったのか!」
アルマは完全に納得したようで、何度も頷いて初対面の時の話を語った。フウマは自身の嘘の経歴を話し終わったので、少し肩の力を抜いた。
「あ、オレの紹介もした方がいいよな」
「いや、既に聞いている。喜捨場アルマ、18歳、4月1日生まれ、別名エテルナレッド」
「ありゃ。オレが話そうと思ってたのに」
アルマは残念そうに机に肘を置く。自分のことは自分で紹介したかったようだ。
「もう、サプライズにしたかったのに二人ともバッタリ会っちゃうんだから! 私相当計画してたんだよ?」
「ヤエ、知ってたなら早く教えて欲しかったぞ」
「いろいろ準備が整ってからにしようと思ってたの!」
ヤエもこのことに一枚噛んでいた、という設定の元彼女は笑う。アルマも釣られて笑った。フウマの表情はあまり動かない。
「でも、本当に嬉しい! 今までそんなこと思ったことなかったけど、血が繋がってるってのは嬉しくなるもんなんだな!」
「ああ、自分もそう思う」
本当は血が繋がっているどころかクローンでしかないのだが、それを知る術はアルマにはない。
「なんか変な気分だ! オレの顔見てこんな楽しくなったことないもんなー!」
「アルマっち、ちょっとはしゃぎすぎー」
くふくふ笑うアルマの顔を見て、フウマ——エテルナブラックは、自分の中身をプラスチックの棒でつつかれたような気持ちになった。その正体は自分でも分からない。
「あ、じゃあ私ちょっと退出するから。お二人で話してていいよぉ」
「お、分かった!」
ヤエは扉をドアノブを捻って開け、2人の話し声に背を向けた。すっかり信じ切っている様子だったので、なんとか上手くいったと彼女は自分自身を褒めた。
2人が話している間、適当な菓子でも食べようとヤエは廊下を歩く。もうすぐ購買、というところまで来た時、ある人間がポリ袋を持って前から歩いてきた。
「あ、マツジくんじゃん」
「どーもー」
マツジは手をひらひらと振る。彼と2人で会うのは珍しいことだった。
「大変だったみたいだね、双子やらなんやらって」
「ほんと、こんなことになるなんて思ってなかったよー」
やらかした時は自己嫌悪に苛まれそうになったが、今の彼女にその様子はない。むしろやり遂げた達成感が胸の中を占めている。それでつい力が抜けて、ヤエは更に口を動かした。
「アルマっちが純粋で良かったよ。いや、こんな素直じゃなかったらもっとなんとかなってたのかな?」
「あはは、かもね」
マツジはいつもは穏やかな目を細め、どこか鋭さを感じる瞳でヤエの顔を見下ろした。なんとなく違和感を感じて、ヤエは眉を少し動かす。
「……ええと、なんかあった?」
「いいや? いつも、君たちのやり方は斬新だなって思ってるだけだよ」
マツジは袋の中を漁り、そこからチョコ菓子を取り出した。
「ほら、これあげるよ」
「え、ありがとー」
ヤエは遠慮なくそれを受け取る。既にマツジは彼女の横を通り過ぎていた。
「じゃ、頑張ってね」
大きな手を振る後ろ姿を見て、ヤエはパッケージを開ける。そして四角いチョコを一つつまんで、それを口に放り入れた。
「あ、これ手汚れるやつじゃん」
ヤエはアルマとフウマの会話を想像しながら、ヒーロー本部の無機質な廊下を進んだ。




