16話
その瞬間、確かに時が止まっていた。アルマは立ち上がることも忘れて、見覚えしかない顔をじいっと、口を開けて眺めていた。
そして、数秒経った時。
エテルナブラックに浮かんだ感情は「なぜここにエテルナレッドが」ではなく、「これはまずい」だった。彼の作り物の心臓が、きゅっと縮むような感覚がした。
自分が発揮できる1番の脚力を使って姿を消して、アルマに「何かの見間違えだった」と思わせるしかない。そう決めて足を広げた瞬間——
「……えー!?」
アルマはぴょんと立ち上がって、前傾姿勢になってエテルナブラックを爛々とした目で見た。
「なんで? オレとめっちゃ同じ顔! え、え!? すっご、どうなってんの!?」
「え、あ」
エテルナブラックは思わずたじろいでしまう。退場するタイミングを完全に見失った、と痛むはずのない頭が痛む感覚がした。
「駄目だエテルナレッド、ここで会ってはいけないんだ」
「え、なんでオレがエテルナレッドだって知ってんの!?」
エテルナブラックは墓穴を掘ったことに気がつき、思わず「しまった」と口に出しそうになった。全く予想していなかったことが起こって、彼本人も混乱している。
「え、ねえなんで!? もしかして、もしかしてだけど、オレの生き別れの双子だったりする!?」
エテルナブラックは造られた頭脳で考えた。どうしたらこの状況を、違和感なく、自然にやり通せるか。そう考えている間にもアルマはずいと迫ってくる。それがさらにエテルナブラックの思考を閉ざし、ついに彼は心の中でエテルナレッドに関わる全ての人間に謝罪した。
「…………そうだ」
その瞬間、アルマは飛び上がる。廊下に響き渡る声量で驚愕の声を上げ、その場でくるくる回ってからエテルナブラックの腕を掴む。
「え、すげえ! マジか! 本当に!? うわ、なにそれ、なんかめっちゃ嬉しい! オレ、施設育ちで血の繋がった家族いなかったからさあ!」
そのまま、アルマはエテルナブラックの腕を上下にぶんぶん振った。彼の力を知るエテルナブラックは自分の腕がちぎれてしまわないか内心ヒヤヒヤしていたが、そんな事故は起こらなかった。
「どうしてここにいるんだ? もしかして、キミもヒーローになったりするのか!?」
「いや、それは違う」
「あ、それより! 名前! 名前教えてよ!」
「エ……ちがっ」
またもや失言しそうになって、エテルナブラックの心臓が凍りつく。彼の名前は「エテルナブラック」でしかない。偽名なんてものは最初から用意していないし、そもそも必要ない。秘密結社ではこんな時の対処法は教えてくれなかった。
「エ、ブラッ、いや、ええと……」
「ん?」
「…………フ、フウマ、だ」
喜捨場アルマ、春前フアン、ウルティ。知っている固有名詞を頭の中で何度も検索して、それっぽい名前を咄嗟に答えた。そんなことは露知らず、アルマは「フウマか!」と嬉しそうにしている。
「オレは喜捨場アルマ! 会えて嬉しいぞ、フウマ!」
「あ、ああ」
逆だ。エテルナブラックにとっては全く嬉しくない出会いである。この謎の邂逅によって計画が失敗してしまうかもしれないのだから。
「で、フウマがここにいる理由は? オレがエテルナレッドって知ってるってことは、もしかしなくてもヒーロー本部の……」
「ちょおっと待ったー!!」
その時。アルマの声よりずっと大きな女性の声が響いた。アルマとエテルナブラックは咄嗟にそちらを見る。黒髪をふたつお団子にした、赤い目の女性が焦った顔でこちらに走ってきていた。
「ウル——」
その女性はエテルナブラックの口を雑に抑える。そして、息を切らしながらアルマに愛想笑いを作った。
突然現れた彼女を見て、アルマは驚く——ことはせず、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ヤエ! 久しぶりだな!」
「ひ、久しぶり、あはは……」
ヤエ、という名前をエテルナブラックは不思議に思う。そう、彼女はヒーロー本部の職員である花房ヤエ——という設定の、変装したウルティだ。アルマの友人、と呼べるくらいの関係性である。
「な、なーんだ! きみ、こんなところにいたんだー! もう、探したんだからねー!」
「ヤエ、フウマと知り合いなのか?」
「フウマ……? あ、う、うん! 知り合い!」
ウルティ——ヤエはわざとらしく笑いながらエテルナブラックの腕を抱き寄せる。彼は彼女が助けに来たことを理解して、大人しく彼女に合わせることにした。
「こんなところで会っちゃうなんて偶然だなー! あ、でも、フウマくんは他にお仕事があるから、ここでぐずぐずしてる暇はないんだよね!」
「あ、そうなのか?」
「そ、うだ」
アルマは残念そうな顔をする。エテルナブラックは彼女の脈がかなり速くなっているのを感じていた。
「じゃあね、アルマっち! 多分また会えるから、あはは……」
「うーん……分かった。またな、フウマ! 今度はたくさん話そうなー!」
ヤエはエテルナブラックの腕を引っ張って、走ってきた道を引き返していく。背後を確認し、アルマの姿が見えないことを確認すると、彼は赤い目を覗き込んだ。
「ウルティ」
「やめて、今ここではヤエちゃんだから」
「すまない。ヤエ、ここはどこだ?」
ヤエはばつが悪そうな表情で「ヒーロー本部」と言った後小さな声で何度も謝罪を繰り返した。
「もう全部手違い。ほんと、終わった……。えっと、とりあえず、バレた?」
「バレてはいないが……嘘をついた」
ヤエはどんな嘘をついたのか聞く。エテルナブラックはこれまた謝罪の言葉を前置きに、自身がどう身分を偽ったのか、口を開く。
「……ふ、双子、だ」
「…………はあ!?」
自身の計画は凍結されるかもしれない、と思いながら、エテルナブラック——もとい、フウマはアルマの輝く瞳を思い出していた。




