伯爵様が『ご所望』です?
「アイラお嬢様、ご主人様がお呼びです」
サウス叔父(クズ犯罪者)に突然呼び出された。どういうこと?
マリオンさんとタンディーさんに案内され、応接間でサウス叔父と対面する。大きな暖炉にお高そうな調度品、ゴージャスキャンドルスタンドに巨大シャンデリア。
(へぇ~、サウス家って金持ち、凄いじゃ~ん)
神経質で落ち着きのない痩せたオジサンが、ゴッツイ椅子に座ってせわしなくタバコを吸っていた。
(ヤクでもキメてんの?)
応接間の隅には初老の男性が立っていた。チラッチラッとわたしを見ている。もしかしたら執事さん?
「ヴェストル伯爵様がお前を『ご所望』だ」
ご、ご所望ぉ?
「伯爵様は二十五歳、現在外交補佐官をしている。一年間の契約だ。アイラは十六歳だから、年齢的には問題ないだろう」
ほうほう、わたしは十七歳ではなく十六歳らしいです。高校一年生ですね。
で? 『ご所望』とは何ぞや?
そこのところ詳しく!
「それなら、ミリーに、どう、ですか?」
わたしが声を出したとたん、叔父が顔をしかめた。
「……少しは話せるようになったらしいな、今になって。事故で頭を打ったからなのか?」
酷い。
もしかしたらあの小屋は、不具な子を閉じ込める『座敷牢』なのかもしれない。
「娘はサウス家を継ぐから、婿養子をとる。娘に傷をつける訳にはいかない。一年間だけヴェストル伯爵家へ行くという契約だから、行儀見習いと思えばいい」
あ、そうですか。そういう裏がありましたか。チッ、自立が実現するかもというときに!
わたしはお金で買われたということ?
(わ、わたしの自立作戦がァァァ!)
来週ヴェストル伯爵家へ行けと指図され、その日から屋敷内の部屋と専属メイドを与えられ、食事も普通に出された。ときどきミリーがリンゴを持って様子を見に来たけれど、お互い何も話さなかった。
専属メイドは一度も見かけたことがない灰色メイド服のお姉さんだった。
これはヤバい、マジでドナドナされる。ランベール大明神様に相談しなければ……あせったわたしはメイドがいない隙に裏口から脱走し、駆け込み寺(ギーズ出版社)に急いだのであった。
「ランベール様、助けて、くださっ!」
※
出版社の応接間で、ランベール様にたどたどしく打ち明けた。
「実は、わたし、ぶ、ヴェストル伯爵家に、行く、ことになりました」
「グフォッ……」
ランベール様がむせた。
「……それは急なお話ですね。どういった理由で? 貴族のご令嬢が貴族のお屋敷に奉公ということではありませんよね? レディースコンパニオン?」
「一年間の、契約なんだ、そうです。伯爵様が、ご、ご所望、だと」
「伯爵様がご所望!? まさか、そんな……そのように奇妙な話をなぜ引き受けたのです?」
「う~ん、叔父に、いわれた、から」
「……困ったことになりました……今からでもその契約を断ることはできませんか?」
「断われ、ません。両親が死んで、叔父に、引き取られた、から」
ランベール様の眉が八の字になった。ウ~ンと考え込んでいる。
「引き取るときに、寄宿学校へ入れるという選択肢もあったはず。それなのに、なぜ……」
(寄宿学校……そっちの方が良かったかも……この世界を学べるし……)
「サウス嬢の境遇に関しては何とかして差し上げたいと思っています。あなたには婦人用アパートを用意する予定だったのですが……しかし、今回の契約のお相手が伯爵家となると……」
ランベール様は、わたしの立場を知っているみたい。
「一年間は、外に、出れません。でも、みなさんと、連絡したいです」
「う~ん、伯爵家に気安く出向くことはできませんし、知っているお屋敷ではありませんし……ですが、何とか接触方法を考えておきましょう」
ランベール様は咥えていた紙タバコをエレガント・フィンガーでくるりともて遊び、フーッと煙を吐いて灰皿に置いた。すると、後ろに撫でつけている前髪の後れ毛がフサっとこぼれ落ちた。
(全ての所作が美しい。この若オジサマ、アポロンか何かですか?)
「お屋敷へは、来週、なんです」
「随分と急なんですねぇ……もしもそれが心無い契約だったら、すぐに知らせて下さい」
「心無い?」
「『ご所望』の意味が不明ですが、『愛人契約』かもしれません。没落しかかった貴族のご令嬢が高位貴族へ愛人として売られることがありますから。既婚女性でさえ貴族の愛人になるケースもあるくらいですし。一旦それで傷が付くと、まともな結婚は難しくなるでしょう。それに、新人女流作家が伯爵の愛人というスキャンダルもマズイですからねぇ」
「あっ(やっぱり、愛人)?」
(貴族の世界、理解不能……逃げられないの?)
「残念ながら、今の時点で対応出来ることはありませんので、差し当たって入り用な物を用意しましょう」
「ありがとう、ござい、ます」
「愛人と決まった訳ではありませんし、時間があれば小説も書いてほしいですかね。契約最終日には迎えに行きますので、契約書の覚書を後日渡して下さい。早急に連絡方法を整えます」
「あ、ありがとう、ございますぅ……」
「アイラ嬢、パトロンの僕がついていますから。悪いようにはしません、絶対に」
ポロポロ涙を流しているわたしの両手をランベール様が握り、ハンカチで涙を拭った。
「一年後、再会しましょう。必ず迎えに行きますから。どうかご無事で」
この優しさがあれば、どんなことでも乗り越えられそう。一年間伯爵家で過ごしたら、無事ランベール様の元へ帰るのよ、絶対! 無傷で!
「小説も……できるだけ書いて下さいね」
「……ハイ」
出版社からサウス邸へ戻ったら、『どこへ行ってたんだ! 今いなくなられると困るんだ! 外出は禁止だと言ったはずだぞ! アイラを部屋に閉じ込めろ、扉に見張りを立てろ、伯爵様に差し出す大事な身だからな!』と、サウス叔父に怒鳴られた。
『伯爵様に差し出す大事な身』って何よ?
この奴隷商人め!
~続く~
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☞この時点では、具体的な契約内容を知らされていません。
☞アイラとランベールの間に、『ヴェストル伯爵』という謎の爆弾が投下されたのでした。
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