放置小屋からの脱出――さよならパトロン様、また会う日まで
さようならランベール様……。
わたしは愛人にされてしまうの?
一度も会ったことがないのに?
愛人ってワガママできるの?
片手にゴージャスな扇子を持ちながら、フカフカのソファに足を組んで優雅に座り、ホホホと旦那様に愛嬌を振りまき、服やアクセサリーをたくさん買ってもらうわけ(妄想)。そしてほかの愛人を威嚇するわけ(妄想)。
だけどわたしはランベール様の愛人(誇大妄想)なので、心も体も売りません!
わたし――アイラ・サウス、十六歳。この状況、酷くないですか。
(ロリコン伯爵めぇ~~!)
裏庭では見かけなかったメイドのお姉さんに、着付けをしてもらう。
ザ・お嬢様的なアイボリーのレースドレスにシックな濃紺のコート(サイズがぴったりだから、たぶんアイラのもの)、靴擦れができそうなシルバーのヒール靴を履かされた。
ずっこけそうになった。
荷物は最後にランベール様に会ったとき頂いた、ピカピカのトランクが二つ。それをタンディーさんが預かってくれていたのだ。
中には書きかけの小説や執筆道具一式、アイラちゃん人形、ランベール様が揃えてくれた衣類やアクセサリー、空飛ぶ機関車菓子店のマロングラッセが入っている。今やランベール様がわたしの保護者である。
あ、パトロンでした。
今着ている衣服以外でサウス叔父が用意してくれたものは無い。伯爵家へ行くのに、それでいいのかクズ叔父め。
「久しぶりね、アイラ。それなりにしゃべれるようになったらしいじゃない。今まで口に糊でも付いてたの? ククッ、一年間伯爵様の愛人になるんですってね、せいぜい可愛がってもらうことね。何をされても抵抗しちゃダメなのよ」
リンゴ娘ミリーがわたしをからかった。
言い返せないけど。
「ところで何なの、このピッカピカトランク。こんなお高そうな物、持ってた?」
「ウフフ、オジサマに、頂いたの(目がハート)」
「オジサマ!? い、いつの間にそんな男を作ってたの!? この前着ていたコートといい……ウラヤマ……じゃなくて、アイラがときどき屋敷を抜け出してたのは知ってたけど……どおりで最近マシな格好してると思ったわ、ソレじゃまるで二股愛人じゃない!」
「え?」
(な、何ですと!? 二股愛人ですとぉ!?)
哀れな子猫を見るような目つきで、ミリーがわたしを見下ろした。
「何というおバカさん! 二股なんて、自分のやってることが分からないの? 伯爵様にバレたら制裁を加えられるんだからね! 契約違反で殺されるかもしれないわよ! 何もできないと思ってたけど、男を引っかける能力はあったみたいね! これ、餞別にあげるわ。無くしちゃダメなんだからね!」
渡されたのは、使い古した水色のリボン。
(こんなのいらないや。あとで捨てよう)
サウス邸の正門には、ヴェストル伯爵家の紋章が入った、白馬の二頭立て屋根付馬車が止まっていた。短髪赤毛顎割れの二十代らしき黒服男性が現れ、きれいな所作で挨拶をしてきた。
「初めまして、アイラ・サウス嬢。ヴェストル伯爵家のウエスト邸よりお迎えに上がりました」
すっごい。ギーズ出版社の社用馬車よりも豪華! しかも白馬! サウス家との格の違い! 何だかお姫様になったみたい。
「サウス家の、あ、アイラです。お迎え、ありがとう、ござ、ます」
ミリーは伯爵家の馬車に乗るわたしを心配そうに見送ってくれた。意外といいヤツなのかもしれない。
お迎えの男性に挨拶をしていたサウス叔父は、わたしには目もくれなかった。わたしも叔父を無視しているからお互い様だね。叔母は来ていないけれど、そもそも会ったことがない。
『ミリーこそ、愛人に、なれば?』という憎まれ口を残し、わたしはサウス家を後にした。ミリーがどういう顔をしたかは知らない。
わたしのことよりも、婿をとらなければならない自分の心配をしたほうがいいんじゃない、もう二十歳らしいから(使用人談)。貴族家の入婿ならたくさん候補がいそうだけど。
二股愛人かぁ……パトロンと愛人……自分でも訳わっかんない。どうしてこんな奇妙なことになってしまったんだろう。
ランベール様との関係がバレると殺されるの? パトロンでも? まさか、ね。
屋敷の入り口ではマリオンさんが手を振って、タンディーさんは親指を上にして微笑みながら、わたしを見送ってくれた。
「一年後にお待ちしてますよ、アイラお嬢様」
「お嬢、ときどき様子を見に行くよ」
「タンディーさん、マリオンさん……(寂しいよう……)」
涙があふれていた。
何だかアイラって涙もろいよね。
『一年後、再会しましょう。必ず迎えに行きますから。どうかご無事で』
一年後には出版社からの迎えが来る。二度とサウス家には戻らない。
※
「大丈夫ですか、レディー……」
向かい合わせに座った短髪赤毛顎割れ男性が、わたしの目を見るなり動揺した。
(何がおかしいの? 視点が合っていないわたしの目が気になるの? 大丈夫、すぐに慣れるから)
ところが、初めて装着させられたコルセットのお陰で吐きそうになった。お腹が締め付けられて……)
「お気分がすぐれないのですか、レディー。顔色が悪いようですが」
「大丈夫、です……」
「なるべくゆっくり馬車を走らせますので」
「ハイ……」
苦しいけれど、こんな所で吐くわけにはいかない。ひたすら我慢。小学校のバス旅行で行った日光のいろは坂を思い出す。ここには厳しいカーブなんてないのに。
馬車はお屋敷街を十五分ほど走り続けた。近いのに遠い。
伯爵家の屋敷は、サウス家と同じお屋敷街にあった。もしも契約先が何日もかかる田舎の領地だったらと思うと、ゾッとする。
馬車は広い通りに面した、装飾錬鉄フェンスの屋敷に入った。赤毛短髪男性にエスコートされて馬車を降りると、サウス邸の二倍はありそうな、グレイがかった古風な屋敷が、目の前にで~んと広がった。
「「「ようこそウエスト邸へ」」」
エントランスホールに入るなり、黒いお仕着せ軍団に迎えられたのである。
~続く~
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☞次回、謎契約の全容が……。
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