フェロモン大王改めメロメロ大王
《今宵こそ、ヤツから彼女を奪う!》
私は人混みをかき分け、二人に近づいた。
「ギーズ卿、レディー・アイラ。お久しぶりです」
周りを牽制するため、敢えて彼女を本名で呼んだ。カナン・ノースと私は特別な関係なのだということを周りに知らしめるためだ。
『あの方はどなた?』『カナン・ノース様とどういう関係なのかしら?』というひそひそ声が聞こえる。
(計画通り!
これでアイラと私の噂が立つかもしれないし、首都中に広がるといいな)
プラチナに輝くシルクを何枚も重ねたエンパイアラインドレスは、ミルズ氏の絵画にあった古代の女神を模倣したデザインらしい。先の舞踏会ではエリーゼを意識しすぎてドレス選びに失敗してしまった。しかしこれは似合っている。
宝石が編み込まれているサンダルは特注らしい。何しろ、ミルズ氏が描いた女神はみんな裸足だったから。
絵画の女神にはなかった、私の目の色でもある赤金色をしたウルフアイのネックレスは私が贈ったものだ。
それなのに。
アイラにいくらお金をつぎ込んでも、虚ろな瞳に全て吸い込まれて心に届かない。そういうところが残念だ。
「ギーズ卿、オリエンス侯爵令嬢の件では多大なご迷惑をおかけしました。心より謝罪と感謝を申し上げます」
「あらかじめ申しておきますが、アイラを守るためであって、伯爵様のためではありませんよ」
「それでも、お礼を申し上げます」
「どうして伯爵様がここにいるの?」と、不思議顔のアイラ。
えっ、知らなかったのか?
「レディー・アイラ、本日は一段とお美しい……私は美の女神に引き寄せられたのです」
アイラの右手をとって軽く口付けた。
「や~ん、その恥ずかしすぎて痛い言葉、マジで言ってますぅ?」
「……もちろん」
「はぁぁ~、鳥肌立つぅ」
「アイラ、余計なことを言ってはいけませんよ。ボロが出てしまいますからね」
「は~い、お義父様」
(アイラは私の最愛、しかしカナン・ノースは人格が違う……調子が狂う)
せっかく女神に仕立て上げられたのに、雰囲気ぶち壊しにも程がある。半年間共に暮らしながら貴族のマナーを教えたかいもあり、屋敷内では猫かぶりができるようになったのに。
とはいえ、砕けた会話ができるのは親密な証拠。貴族のパーティーではないから、厳格なマナーは必要ない。
「驚いたかな、アイラ。僕からのサプライズですよ」
「エッ、ランベールお義父様が招待したの?」
「ミルズ氏から正式な招待状を頂いています」
私は招待状をアイラの目の前でヒラヒラと振った。
「ふ~ん」
(だから言い方! それに、興味なさげな返事は私の心が傷つくからヤメロ!)
「いかがですか、僕の義娘は。今宵はより一層輝いているでしょう。ミルズ氏の描く、海から現れた女神そのものです」
一見物腰は柔らかいが、コイツは他人のスキャンダルを食い物にするタヌキ男。
「感動いたしました。女神が目の前に舞い降りたかのようです」
「そうでしょうとも。自慢の義娘でしてねぇ。積もる話もありましょう、暫くアイラを頼みます」
「ええ、お任せ下さい」
ランベール・ギーズからの頼みということで、アイラのエスコートを代わった。
「あ、えぇっ? お義父様?」
「お嬢様、私では不服ですか?」
「ちっ、違っ!」
「シーッ。行儀が悪すぎるぞ。ウエスト邸で礼儀を学んだろう?」
私は(わざと)アイラの唇に人差し指を当てた。柔らかくて気持ちいい。口の中に入れたい。
「わたしはアイラじゃなくて、カナン・ノースなんですけど!」
(怒った顔も可愛い……)
こんなに初心なのに、あのような大胆な、濡れ場まで描写された令嬢奇譚小説を書くとは! 危険過ぎて目が離せない、早く結婚したい!
私はすでに心も身体もメロメロになっていた。
「私のことはジェシーと呼ぶ約束だろう」
「残念、契約期間は終了でーす」
ツンと澄ました顔もまた可愛い。
「まだそんなことを? プロポーズも済んでいるし、私たちはもう婚約者だろう?」
「妄想もいい加減にして下さい、クズなお方」
「フーッ、相変わらずだな、私の婚約者様は」
「だから、婚約者じゃないっ……」
アイラの細いウエストを抱き、頬にキスしようとしたら拒絶された。
「伯爵様、義娘をからかわないでいただけます?」
あざとい声で近付いて来たのは、ギーズ夫人だ。
このパーティーのテーマが『女神』だからなのか、アイラと同じデザインのエンパイアラインドレス姿をしている。
貴族社会の裏で暗躍しているセントレの女は、自分と年齢がほとんど変わらない。義母と呼びたくはない。
しかも夫人、後ろに女性軍団を侍らせ、しかも男娼のような男にエスコートされている。ギーズ卿はどうした。
「からかってなどいません。未来の奥様と親交を深めているだけです」
妖艶なギーズ夫人に恭しく頭を下げる。一応将来の義母だからな、印象は良く。
「伯爵様、この子はまだまだ初心な娘なんですのよ。無暗な触れ合いは許されませんわ」
「フリップさ~ん、久しぶり!」
突然アイラがギーズ夫人をエスコートしている男に声をかけて、遠慮なくガシッと手を握った。金髪ロン毛を後ろで束ねた超優男がアイラの肩を抱いた。
(はぁっ? 私には、あんなことをしてくれたことなどなかったのに?)
「いつもより増して輝いているね、アイラ嬢。今日は小説家カナン・ノースのお披露目も兼ねているから、もう少し目立ちましょうか」
「はいっ、フリップさん!」
男はアイラの手の甲に口付けて微笑み、周囲に挨拶をはじめた。アイラも男の腕に巻き付いて一緒に挨拶をしているではないか!
(はぁっ? ギーズ夫人をエスコートした先でアイラを……何だよアイツ!)
「失礼、彼女は私の連れなので……」
私はアイラを奪って細腰に手を回し、周りを牽制した。
「伯爵様、余裕の無さが丸見えですことよ。それでは、わたしはこれで失礼いたしますわ」
夫人とその軍団は、そのまま帰った。
「ところでアイラ、最新作の小説は何だ、まともな内容じゃないぞ。二人でイチャイチャイチャ……読んでられなかったじゃないか!」
「あ〜、アレはフリップさんが〜」
「誰?」
「この人……」
「愛の営みは永遠なのです」と、優男。
コイツ!
アイラの小説は私が見直さなくてはならない。質実剛健な内容にしよう。
やがて関係者への挨拶をすべて終えたランベール・ギーズが戻り、アイラを強奪された。これは早々に決着をつける必要がある。今日こそこの男にアイラとの結婚を承諾させる!
「ギーズ卿……」
プラチナブロンドの髪を愛おしそうに撫でながら、ランベール・ギーズが耳元で私にささやいた。
「覚悟はできているのでしょうね」
その途端、胸の奥の何かがプツッと切れるのを感じた。
~ラストまであと二話~
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☞ランベール・ギーズは、アイラの小説は大して読んでいません。そもそも令嬢奇譚小説には興味ありません。アイラの小説の十八禁部分はフリップが犯人です。ジェシー・ウエストとフリップ・セシルの間に何かが起きる予感がします。
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