ジェシー・ウエスト――壊れた理想
頭を抱えながらウエスト邸に戻ると、ヴェストル領から家令が来ていた。ナットの父親だ。湖陵館での事件処理が終わったらしい。といっても、警察沙汰にはしていない。せいぜい関わった使用人と母を左遷し、緘口令を敷いたくらいだ。
不本意だが、ランベール・ギーズがエリーゼの嫁ぎ先を強制してくれたことには感謝している。
(そういえば、母の滞在先別荘が決まったとか……)
私はバスルームで汗を洗い流し、健康ジュースを飲んで一息ついた――マジで死ぬかと思った、あんな優男があんなに強いとは。
「ウイスキーをストレートで頼む」
不味いことをした。いくら気が動転していたとはいえ、アイラを置き去りにしてしまうなんて……私を庇ってくれたのに……明日謝りに行こう……いや……明後日……いや……。
庇ってくれたということは、アイラは私のことを……す、す、好き、あ、あ、愛して……クフッ……。
ヤバい、全身が熱くなる。
元凶はあの亡命男だ!
アイラとの婚約を許可してほしかっただけなのに!
最初の一年間はアイラをホッタラカシだった。
次の二年は距離を詰めようとした――母にジャマされたが。
気づいたらアラサ~じゃないか!
平凡で幸せな家庭はどこに。
※
それにしても、まさかアイラの義母――エレン・セントレだったか――の父、セントレ銀行頭取が来るとは!
お陰で事なきを得たが……ギーズを取り込んだセントレに文句を……と言いたいけれど、できない。今やセントレ家は、ある意味貴族よりも権力を持っているのだ。確か親族が下院議員になっていたはず。ウエスト家も、使用人を雇う際にはセントレ商会を利用している。
次は違う所にしよう。
「ナットから事情を聴きました。先代は滅茶苦茶な方でしたが、ジェシー様は意固地過ぎませんか」
居間に入って来た家令に意見された。
「そんなつもりは……ない」
「カレドニア伯爵家とは亀裂が入ったまま、オリエンス侯爵家や、経済を握っているセントレ家まで拒んで、どうするおつもりですか?」
「拒んだわけではない……向こうから拒まれたんだ……いや、拒んだのか? 拒んだところもあれば拒まれたところも……」
「過去にあったことは遺憾です。しかしアイラ嬢を奥様にと望むのでしたら、ギーズ卿とも妥協しませんと……」
それはそうだが……妥協できる気がしない。
「分かってるよ。ギーズ卿がアイラを手放そうとしないから……外国人のくせに!」
「困りましたね。ところで、わたしの妻は東国人ですよ」
「そうだっけ?」
「何の問題もありません。それに、ギーズ卿の国はクーデター政権が握っているとはいえ、戦争をしている訳ではありませんし、貴族同士であればなおさらではないでしょうか。話し合う余地はあるのでしょう?」
「……だとしてもあの男は……頭がおかしい」
亡き父の話し相手でもあった家令は、湖陵館での事件以来、私とアイラの置かれている状況が心配なんだろう。
アイラは貴族令嬢だ。結婚することに何の問題もないはずなのだ。
サウス家がまともであったなら!
「ジェシー様、ギーズ卿は義娘のことが心配なだけではないですか? ギーズ出版社の女流作家なんでしょう? それに、アイラ嬢を置き去りにするなんて……」と、ナットも私を諭す。
「それも分かっている。今は心を落ち着かせたいんだ。でないと、彼女の前で冷静になれない気がして」
「しばらくはわたしがここに留まりましょうか? その代わりナットを湖陵館に行かせます」と、家令。
「……頼む」
あの決闘騒ぎを思い出すと心臓がバクバクする。落ち着くまでもう少しかかりそうだ。
……しかし、あのコーヒーの注ぎ方はないな。
一ヶ月くらい祖母の実家で行儀見習いをさせよう。多くは望まない、ただ、淑女らしい振る舞いを身に着けてほしい。
見も知らぬアイラ・サウス嬢と訳の分からないアホ契約を結んだのが二十五歳のとき。気が付けばもうすぐ二十八、アラサ〜。
愚かすぎて涙が出る。
悪友は結婚して、子供ができたらしい。
あれから二年半の年月が過ぎてしまったのである。
※
アイラに『ゴメン、ありがとう』の手紙を出して落ち着いたころ、ランベール・ギーズから一通の招待状が届いた。
~ ~ ~ ~ ~
『ヴェストル伯爵家当主ジェシー・ウエスト様
先日は大変失礼いたしました。
冷静さを取り戻した今、己の行いに深く反省をしております。
さて、タイミング良く、ジョン・ミルズ氏のロイヤル芸術大賞受賞及び男爵への叙任パーティーに招待されましたので、ヴェストル卿に参加していただきたく、招待状を送らせていただきました。
義娘のアイラも、令嬢奇譚小説家『カナン・ノース』として参加する予定です。
僕からのお詫びとして、どうかこの招待状を受け取って下さい。
お会いするのを楽しみにしております。
アイラの義父、ランベール・ギーズより』
~ ~ ~ ~ ~
~アイラ邸に続く~
~~~~~~
☞一人の女性を巡って死んだ父を反面教師にしたジェシー・ウエストは、平凡な愛と家庭が理想です。にもかかわらず、一人の女性を巡ってややこしいことに。しかも父と同様決闘騒ぎに。理想は壊れ、これからどうするのか。
~~~~~~




