ランベール・ギーズ第二形態
二回目の契約期間が終わったまさにその日、僕はウォルティーと共に、養女となるアイラを伯爵家へ迎えに行った。
(おかしな契約など二度とさせるものか。アイラを僕の完全なる庇護の元に置くのだ。相応しい男は僕が見つける。クーデター政権が終われば、選り取り見取りなのだから)
約束の時間よりも早めに伯爵家の門に馬車を止めると、修復された人形を抱いているアイラとジェシー・ウエストが話し込んでいた。なごやかにというわけではなさそうだ。
うしろには複数のトランクを持ったセレーナとトマス・タンディーがいた。
少し耳に入れただけだが、『指輪を返します』『私からのプレゼントだ』『いいえ、返します』『返さなくていい』の応酬のようだった。あの二人はいつもこんな調子なんだろうか。
(若いっていいな)
僕の青春は祖父母の処刑と共に消えた。初恋も恋愛も何もかも。
フッと苦い笑いがこみ上げる。
僕は馬車から降りてわざと会話を中断させ、丁寧に挨拶をした。
「ごきげんよう、伯爵様。アイラ嬢を迎えに参りました」
「おや、ギーズ卿自らお出迎えですか?」
直ちにこの害獣から彼女を引っぺがさなければ。
「残念ながら、彼女はもうギーズ邸へは行きませんよ」
まるで勝ち誇ったような態度だ。気に食わない。
「それはどういう意味ですか?」
「あの、ランベール様、そのことは後ほど説明します。とりあえずここを出たいので……」
急いでいるのか、それならすぐにでも攫って行こう。
「そう急くこともないだろう。これから新居に案内するよ」
「新居?」
「あ、ランベール様、その話はのちほど……」
何だろう、胸騒ぎがする。
「住所を教えていただいたので大丈夫です。長い間お世話になりました。マナーレッスンも為になりました。伯爵様、お元気で」
「まだ話は終わってないぞ!?」
アイラがサクッとギーズ家の馬車に乗り込み、セレーナとトマスも続いたので、急いでウエスト邸を後にした。
そりゃもう、逃げるようにして。
※
「その後体調はどうですか?」
「お出迎えありがとうございます。今は問題ありません、ご迷惑をおかけしました。今回は前よりは居心地が良かった感じです、湖陵館は別として」
「あれは許してはならない。週刊誌で暴露してもいいほどです」
「暴露はしないで、わたしの黒歴史が……カナン・ノースに変な噂はたてたくないでしょう? 伯爵様との関係も」
「分かっていますよ」
納得した訳ではない。ジェシー・ウエスト許すまじ!
顔をほころばせるアイラ。めったに笑わない彼女が僕にだけ見せる微笑み――久しぶりだ、こんな風に会話できるのは。もう嫌な思いはさせたくない。
「では、ギーズ邸へ戻ろうか」
「あの、ランベール様。実はわたし、伯爵様から家を頂いたの」
「家を? まさか、さきほど伯爵が言っていた新居のことですか?」
「はい。伯爵様を強請ったら気前よく頂けたの。全然期待なんかしてなかったけどね、フフフフッ」
「なぜそのことを事前に言わなかったんですか!?」
「本当に頂けるとは思っていなかったの――クフフッ――アハハッ――アーッハッハッ――ざまぁが完結したわ。あぁ、腹筋が痛い!」
「ホホホ……フフフ」
「ハァ……」
セレーナはどす黒い顔をしてニヤつき、トマスは微妙な表情だ。
(何という強欲な女神! これまでに見たこともないほど黒い!)
「アイラ嬢、これからはそういったことは事前に相談すること! パトロンとして、いや、保護者としての命令です!」
「ハ、ハイ……」
末恐ろしい。まるでエレン奥様を見ているようだ。僕の心が震える。
エンジェルと悪魔は紙一重なのだ。
今度アイラをモデルにした『強欲なエンジェル』という、美しくも妖しい絵を描いてもらおう。画家は誰がいいかな。
「今すぐそこへ行く必要などないでしょう? セレーナとトマスと一緒に一旦ギーズ邸に戻りましょう」
「いいえ、使用人たちもいることだし、これから行くつもり。鍵も渡してもらったし。いい加減あちこち振り回されるのは嫌なんです。ちゃんと定住して、何の心配もなく小説を書きながら暮らしたいから。住所はメモしてあるんです」
「見せてごらん」
なるほど、場所は首都内だが郊外に近い。屋敷街とはそれほど離れてはいない……ただし、ここには曰く付きの住人が多い。例えば〇〇氏や〇〇夫人の愛人、〇〇卿の妾などなど……。
これはマズいな。あの男を甘く見ていたかもしれない。
「サウス家を調べたところ、ご両親の遺書が見つかりました。あなたには首都のサウス邸を相続させるとの内容でした。ですから伯爵から頂いたという家へ行く必要はありません」
「まさか……でもわたし、サウス邸を継ぐ気はありませんけど」
「ですが遺産はアイラの権利です。それに、実は、アイラ嬢をギーズ家の養女にと考えています。その件はサウス家の了承を得ていますし、遺産関係の書類も揃えましたから、サインがほしいですね」
「ええぇっ! 理解が追い付かないんですけど!?」
荒唐無稽な内容の小説を書くくせに、彼女自身はとんでもなく世間知らずだ。この娘は世界の国名や首都名、各国の王の名前さえも知らないだろう。常識もマナーも知らない。だからこそ、彼女が傷つかないように世間の荒波から守らなければならない。
アイラ、そしてカナン・ノースは僕が慈しみ育てる。いずれは著名な女流作家にする。
というわけで、無理矢理ギーズ邸に滞在させ、やんわり餌付けし、パーティー三昧で手なずけた結果、『アイラ・ギーズ』とすることに成功した。
正真正銘、僕のエンジェルになったのである。
奥様が里帰りすると言い出したのには焦ったが――セントレ氏が現れませんように。
ただ、胸につかえることがある。アイラがジェシー・ウエストから得たという家だ。不審に思った僕はウォルティーに調べさせた。
心配していた通りだ!
通称『愛人街』、そこはアイラの持ち家になったわけではなく、伯爵家の所有のままだったのだ!
つまり、彼女の現在の立場は――。
『ヴェストル伯爵の愛人』!
(クソッ、やられた! あの男……無垢なアイラを騙したな!?)
『契約というのは表向きの理由で……できるなら彼女を妻に、と思っています』だと!?
ウォルティーから渡された調書を読みながら、吸っていたタバコを絨毯の上に投げつけ、あの男の顔だと思ってギリギリ踏んづけた。
僕が見つけたエンジェルを勝手に横取りし、愛人同等の立場に貶めておきながら妻にしたいなど、どの口が言う!
あの男には渡さない。彼女にはもっと相応しい男を見つけるのだ!
フフフフフ、ハハハハハ……。
僕は居間に立てかけてある仕込み杖を手にした。
「覚悟を決めろ、クズ野郎!」
~ランベール・ギーズ、ラスボス化する~
~~~~~~
☞最初ランベール・ギーズはもう少し紳士な設定だったのですが、書いていくうちに魔王寄りになってしまいました。一旦書きはじめると設定どおりにはいかなくなるものですね。
~~~~~~




