第74話 添えられた華奢な指
ごくわずかな休憩の後、再度作業に戻った俺達は、二度目の休憩時間へともつれ込む事もなく全ての工程を終えた。
大量にいた枯化獣達の姿は、少なくとも視認できる範囲には全く見当たらなくなっていた。一旦は退治しきったと言っていいだろう。
なお流石に最後まで同様の手順で済むような都合のいい展開は無く、残り四匹となったところでようやく異変に気付いたらしい枯化獣達が一斉に襲いかかってきたのだが、既に状況は手遅れ。ミュイユの合流を待つまでもなく、俺とアステルの二人であっさりと捌ききれた。
いやまぁ元々界恵枝という厄介な障害物さえ無ければ、二十匹いようが特に対処に困るような範疇の相手ではなかったのだが。
ともかくこれで、もう一つの――あるいは本来の目的であったところの、異変の原因調査を開始することができる。
ひとまず抉界戟を収納すると、俺は仲間達と共に、界恵枝の元へと、そろりと歩み寄る。
変わらず、夜闇にその姿を白く浮かび上がらせている界恵枝。このような状況でなければゆっくりと眺めていたくなる、幻想的な風情の光景ではあるのだが……今はそのような場合ではない。速やかに、原因を特定する必要があった。
しかし……原因と言われても。枯化獣を強く引き寄せるような現象の原因って、一体どういうものなのだろうか。というか見てわかるものなのだろうか。
首を捻りつつ、近くからだと壁のようにしか見えないその巨大な幹に沿って、露骨な異変でも無いか確認しながら歩くことにした。
艷やかな樹皮の様子が解る程度まで近寄ってみたり、少し距離を取って上方に傘のように広がった枝部分が視界に入るようにしてみたり。
何の手掛かりも取っ掛かりも無いまましばらく歩き、界恵枝の幹の周りを三分の一周ほど進んだ時。
ふと、目に入ったものがあった。
幹の一点。俺が手を伸ばしてもギリギリ届かなさそうな高さにある、なんだか黒ずんだモノ。
暗がりの中ではあまりよく見えず、最初は木のうろか何かのように思えたが、目を凝らせば、窪んでいるのではなく幹に貼り付くような形で存在しているのが解る。
形状としては、何者かの手のよう、と表現するのが正しいだろうか。
手の平にあたる平たい部分から、細く長い指が三本飛び出している。人の手で例えるなら、人差し指と薬指を折り畳んだまま残りの指を伸ばしたような形だ。
その細長い指のような部分の先端にはこれまた長い爪のようなものが伸びており、それが界恵枝の幹に食い込むようにして――って。
いや。あれは……手のようなもの、ではなく。
「手っ!! なんかでっかい手が樹に生ってますよフィーノ様っ!?」
俺が口を開くより早く、同じ物体に気付いたらしいアステルの素っ頓狂な声が響いた。
その様子から、続いてそれを発見したミュイユとゼオも幹を見上げて言う。
「うわ、ほんとだ手だ。最近の界恵枝って手が収穫できるんだ」
「収穫と言うには少ないんじゃないかなぁ。もぎ取って近くに植えておけばもっと増やせるんじゃないかな、穣祇効果で」
最近も何も界恵枝から手が採れた事例なんか存在しないと思うが。そして増やそうとすんな。いい迷惑だろ穣祇も。
いや、そこはどうでもいい。
問題なのは、あの物体が――何者かの手そのものだ、という点だ。
無論人のものではない。指の数の問題というよりは、その形状。そして大きさ。
刃物のように薄く長い爪部分まで含めると、人間の胴体程度なら軽く握りしめられそうな程に大きかった。一般的な人の手の数倍はあるだろう。
実際に掴まれれば、そのまま胴を輪切りにされそうな印象。
――この印象を、俺は以前に感じたことがある。
というか多分見たことがある。この手を。知っている。
こうしてここにある理由は全くもって何一つわからないが。
《……ね、ねぇフィーノ、これって……あの……》
ロティも思い当たったようだった。戸惑ったような、自身の気付きの意味が信じられないというような声で問い掛けてくる。
「……そ……そうだと……思う。いや、多分間違いない、んだけど……」
答える俺の声も似たような調子だった。実際今見ているものが信じられない。
「? フィーノ様、どうしたんですか? おっきな虫とかじゃないですよあれ」
首を傾げながらアステルが心配したように言うが、当然そんな理由で困惑しているのではない。というか大きな虫だった方がいくらかマシだ。
「……あぁそうか、みんなはあまりじっくり見る時間無かったもんな……アレを」
「アレ?」
傾げた首を更にもう一段階傾げさせながら不思議そうに答えるアステル。顔を見合わせるゼオとミュイユ。
やはり後から来て一瞬しか対面していない彼女らには、そこまでの印象は残っていないのだろう。アステルの場合はただ忘れているだけかもしれないが。
大きく溜め息をつくわずかな時間の間に意を決し、俺は三人に向き直って伝える。
――あの、『海蛇』の手について。




