第73話 枯化獣引っこ抜き大会
界恵枝には極力刺激を与えない。
周辺に集まった枯化獣は全て追い払う。
界恵枝への影響を考えると、近くで殺してはならない。できれば大きな怪我をさせる事も避けたい。
そんな都合のいい手段、あるわけが――ないこともなかった。
というか割と早い段階で思い浮かんではいた。
ただあまりに面倒極まりない方法であったため、できれば他の案が欲しいと思い黙っていたのだが。口にするとミュイユ辺りが「じゃそれでいいじゃん」と放り投げてくるのは目に見えていたし。
しかし皆で考えても他に良さげな代案は出てこない。まぁ概ね想定通りではあった。ロティなどは考えているのかどうかも怪しかった。
結局俺の方から、仕方なしにその案を提示する事になった。
「――という感じなんだけどどうだろう。結構な手間になるけど、俺には他に方法が思い浮かばなくて」
「ん、じゃそれでいいじゃん」
想像通りの反応過ぎて涙が出る。
見回すと、他の仲間達もみな一様に頷き賛同してくれている。これも培った信頼の賜物なのだろう。胸を生暖かい空虚が満たした。
しかしまぁ、薄い可能性とはいえローナセラのみでなく大陸全体の危機に繋がっているかもしれない現状、手間などに文句を言っている場合では無かった。
細かな手筈を改めて全員に説明し、俺は抉界戟を両手に構えると、岩陰を離れ枯化獣の群れへと向かった。
「アステルっ!」
「はいっ! ……っっせぇーーい!!」
振り上げ気味に横薙いだアステルの祝祀印が、枯羽牛の巨体を捉えた。
槌のように大きく膨らんだ先端。その殴打を脇腹辺りに受けた枯羽牛は、低い呻き声と共に平原の夜空を舞った。
四つの脚をばたつかせながら綺麗な弧を描き、やがて遠方に落下する。豆粒ほどとまではいかないが、枯羽牛の体が随分と小さく見えるくらいの距離。地面に落ちる際の音も、俺の位置までは控えめにしか届かなかった。
打撃と落下の衝撃に悶える枯羽牛。そこに駆け寄る、ここからではそれこそ豆粒のようにしか見えないミュイユの姿を確認し、俺は群れの方へ向き直った。
今ので、えっと……七匹目だったか。最初に確認した時から半分近くは減らしたはずなのにあまりそう見えないのは、この作業中にも新しく群れに合流したものがいるからだろうか。流石に増える速度の方が上回るということは無いと思いたいが。
一匹の処理には三十秒とかからない。まだ時間に余裕はある。
俺は再度抉界戟を構え、目星を付けておいた八匹目の枯化獣へと忍び寄った。
いま行っているのは、策などと大層な呼び方をするのも烏滸がましい単純な作業。
俺が枯化獣を一匹ずつ群れの円から引っ張り出し、遠目に待機しているアステルの所まで誘導して更に遠くへ弾き飛ばしてもらう。その繰り返しだった。
飛ばした枯化獣は遠方で控えているミュイユが仕留める。理命を施す余裕は無いため肉のような副産物は手に入らないが、ここはもう仕方無いと諦める。
ゼオにも念のためミュイユに付いてもらっているが、基本的にゼオにやる事は無くほぼ見ているだけだ。まぁゼオが動かなくてはならない状況はあまり考えたくない。暇を持て余しておいてもらおう。
当然、何の工夫も無しにこのような手段は取れない。いかなアステルといえど、四人対象の祝福・砕突一点では流石に枯羽牛の巨体を上空まで打ち上げることはできない。この手順を成立させるために、それなりの小細工はさせてもらっている。
裁儀の濫用である。
事前に俺自身の能力値を改竄。追いつかれない程度に速力――素早さを盛る。
そして間違っても深手を負わせないよう、元々大したことのない接式干渉力――物理攻撃力を更に下げる。
その状態でこっそり枯化獣に近づいて後ろ脚辺りを抉界戟でぷすり。『解析』を済ませる。
予想通りというか期待通りというか、ごく浅く刺された程度では、枯化獣達はこちらを振り返りもしなかった。
無事解析が終わったことを確認し、もう一度ぷすり。『改竄』を行う。
対象の接式抵抗力――物理防御力を、減らし過ぎないよう適度に削る。ついでに攻撃力もなるべく削っておく。
裁儀によって減少させた能力値は、その分を必ず別の能力値に加算させるよう割り振らなければならないのだが、一般的な枯化獣戦においては、とりあえず術式干渉力――術による攻撃力に振っておけばいいので気が楽だった。術を使えない存在にとっては完全な無駄能力値でしかないからだ。
大抵ここで初めて、枯化獣は俺という敵性存在に気付く。軽くとはいえ二度も刺されたから、というよりは裁儀での能力改竄による違和感からだろうが。
流石に界恵枝から離れて俺へと詰め寄ってくる枯化獣。それからうまく逃げつつ、アステルのいる場所まで誘導し――、といった流れを、既に八回繰り返している。
ひどくせせこましい、子供の悪戯のような一連の行為。間違っても誰かに見せるわけにはいかなかった。
どこかの時点で、一匹ずつではなく一斉に向かって来られるようであれば、その時は界恵枝から距離を取った上での集団戦に持ち込むつもりだった。安全性の面からはそうならない事を期待していたが、見栄えという観点だと……いや、そんなものを気にするべき状況ではないのだが。
ともかく、都合の良いことに、律儀に一匹ずつ釣られてくれる枯化獣達。
その八匹目、この辺りではあまり見ない枯香猪をこれまで同様弾き飛ばしたところで、アステルがぽつりと言った。
「……ところでフィーノ様、この戦い方、なんだかすっごく馬鹿っぽくないですか? いえもう戦いというか収穫みたいなそんな風なっ」
「………………そだね」
気にしていたところを盛大に抉られ心中で悶える俺。
いや俺としても全くの同意見ではあるのだが、なんというか、言い方にもう少し手加減とか欲しかった。
肩を落としているところに、どこか遠めから聞こえる声。
ミュイユのものだ。
「フィーノ、飽きてきたー」
それは知らねぇよ。
真っ先にこの案に同意しといてそれか。まだ半分くらいなんだからもう少し粘ってくれ。
……そう、まだ半分残っている。途中で増える可能性を考えたら、ここで手を休めるわけにはいかない。例え見た目が少々アレでも。
落ちていた肩を上げて抉界戟を構え直し、再び群れの元へ向かおうとする。その俺の頭に響く、制止の声。
《待ちなさい。一旦休憩よ》
休憩? なるべく急がないといけないってのに何を……ってそうだった。
裁儀を使える状態。『敢臨』の、五分という時間制限。
うっかり超過させると、改竄効果はその時点で消滅し、体自体も猛烈な虚脱に襲われる。
今のうちに敢臨を解除し、最低一分の待機時間――休憩を挟んでおく必要があった。
『海蛇』と戦った時のような無様を再び晒すわけにはいかない。
相変わらずなんとも厄介な体だと小さく嘆息。抉界戟を振ってミュイユに合図を送り、その場に座り込んだ。夜風に冷えた地面が今だけは少し心地よかった。
《余裕を見て約二分といったところね。それだけ経ったらまた声を掛けるから》
「……時間も計れるんだな、この呼び出し装置」
《失礼な上にしつこいわね。黙って休んでないとこれから毎晩あなたの睡眠中一時間置きに子守歌とか唄うわよ》
なんだその矛盾した嫌がらせは。
狭量な祇心の言にこれ以上は言い返さず、体を休めたままちらりと界恵枝の方を見やる。
少しずつ群れの数が減っているのに気付いているのかいないのか。
俺の小さな震えは、単に体が冷えたからなのか、この期に及んでも黙って樹を取り囲み続ける枯化獣達の異様な姿への怖気なのか。自分ではよくわからなかった。




