第68話 誘引された厄介
その後も俺達は、引き続き街を見て回った。
北西方面の一区画だけで存外時間を食ってしまったため、少しだけ急ぎ気味にだ。
元より一日でローナセラ全体を巡れるとは思っていないが、それでもできる限り多くの場所を案内しようとした。
……未だ時折湧き上がる、何故この二人にそこまでしなくてはならないのかという疑念を心の隅っこに押し退けながら。
いや、俺が連れてきたのが原因であることに疑う余地は無いのだが、なんだろう……思考と行動が盛大に矛盾している気がする。
あるいは実際に命を賭け、刃を混じえた間柄であれば呑気に観光案内などしないだろうが。
例えば相手がこの少女二人でなく、カナヴェーヌやトープドールだったなら。
……やりそうだな、俺。
普通に同じような対応をしている様が容易に想像できた。むしろ観光に目を輝かせているカナヴェーヌの姿の方が思い浮かばない。
結局、拭い去れないお人好しさ――いや、ロティが言うところの馬鹿さ加減が俺の根底にある限り、誰が相手であろうと行動は変わらないのかもしれない。それこそ全力で、隙を見せたら刺すと言わんばかりの殺意でも向けられていない限りは。
ふと、後方から声が聞こえた。
「なんかずっとフィーノにくっついてるよねあの二人。両手に花状態。服もなんか花っぽく見えてきた」
「中央も花なので実質花束ですねっ、花束がきらきらひらひら歩いてますねっ」
「むしろ綺麗な花びらで引き寄せて真ん中で捕らえる感じのやつ。一種の罠だね。罠が道歩いてる」
「……何を捕らえるつもりか知らないけど、三人横並びは少し幅を取り過ぎな気がするなぁ」
言われてみればゼオの言う通りだったかもしれない。
昼下がりの大通りは比較的人通りが少ないとはいえ、流石に通行の邪魔だと気付いた。あと注目を集め過ぎだ。
なお後方の三人は、二人並んだアステルとミュイユの少し後方にゼオが位置している。いつどこに消えるかわからないミュイユから目を離さないためだ。理想を言うならアステルには常にミュイユと手を繋いでいてもらいたい。
ともかく、今更ながら俺は暑苦しいフューフィルとラヴァリッサを引き剥がしにかかる。
「あの、そういう訳なのでできれば離れてもらいたいんですけど……。あとすごく歩きにくいので」
ひとまず俺の両腕に絡む二人にお願いするよう声をかけてみると、フューフィルは「わかったわ」と短く答える。
そしてどういうわけか更に体を寄せてきた。
「……いや、すみません余計歩きにくいんですが。何をわかったんですか」
「極力密集した方が往来の迷惑になりにくいでしょう?」
「歩きにくさの方が改善されていないんですけど。あと暑いです腕が」
答えながらより一層しがみついてくるフューフィル。その様子に何故か倣おうとするラヴァリッサ。
「なるほど一理ありますわねフューフィル、であれば私も……!」
「だから離れてもらえませんかっ!? っていうか一理って何のですか、何を目論んでるんですかこれはっ!」
「決まっているでしょう、もてはやして気を良くさせて更にお金をせしめようという魂胆よ」
「せめてちゃんともてはやしてから言ってもらえませんか。あともう無いですからねそんなお金」
そう言うとフューフィルはあっさり腕を離し、口を尖らせながら俺を追い越し前へ出た。
「そう、窮屈な思いをして損したわ。そんな所で固まっていないで早く料理屋を探しましょう。」
……薄々思ってはいたけど、この人本当にただただ思いつくまま適当に喋ってるんじゃないだろうか。アステルと似た系統、いやアステル以上に度し難い何かを感じる。
「……そうですね。いい加減お腹も空きましたし」
頭を抱えつつ、フューフィルの後を追う。
ラヴァリッサはまだ左腕から離れていなかった。
車輪付きカバンを引っ張って転がすラヴァリッサを引っ張るようにして歩く構図。
前後方向にも幅を取りすぎかもしれないと今更思った。
南部各地の食文化が集合し融合したローナセラ料理。
そのあらゆる要素を一枚の大皿に凝縮したと謳う、『南天の中央』。中央広場付近にある老舗料理店の名前であり、同時にその店唯一の料理の名前だ。
特に名物というわけではないが、一食で南部料理を俯瞰するにはちょうどいいと思われる点、奇抜な見た目からは想像しにくい美味である点、そしてアステルからの猛烈な推薦により、昼食はこれに決定した。
本来同居する事が無いはずの釜炊き浸雫麦と、細挽き砕雫麦を練った麺。更に肉類と魚、貝に葉野菜に柑橘類。
これらを多様な調理技法と無数の香辛料、そして理外の感性で一皿の上に調和させた、人呼んで『混沌集合盛り』。
いや実際にそう呼んでいるのはアステルだけではあるのだが、その呼び名だけで何を指しているのか大抵の人に伝わる程度には衝撃的な料理だ。
目の前に出された時は露骨な嫌悪感を出していたフューフィルとラヴァリッサの、次第に食べ進める手が止まらなくなる様子は、なんというか痛快だった。
余談だが、会計の支払いの際にフューフィルが、「ここは私達が奢らせてもらうわ」と意気込んで財布を出していた。
奢るもなにもその金は俺が渡したもの……いや、元は魔王一派のものだから合ってるのか? いやでも本来あれは俺の依頼の報酬で、けど返した分はミアムが多めに補填した余剰分で……?
と、行ったり来たりしたせいであの金の所属がもはや意味不明になっていることに気付いた。この機に手放せて良かったかもしれない。
満足感に膨れた腹を抱えながら店を離れ、中央広場を抜けて東側大通りへ向かう。
途中、街路の至るところに立っている穣祇の像について軽く解説していた時、ふと声を掛けられた。
「おや、奇遇ですね聖ィーノ様」
誰だ、とは思わなかった。
俺のことをそんなわけわからん呼び方するのは、知る限りではただ一人。
「……シグネーさん、どうしたんですかこんな所で、こんな時間に」
声のした方へ振り返ると、想像通りの姿。窓口の椅子に座っている姿しか見たことが無かったので、意外と小柄であることに初めて気付いた。
聖立共壇の業務はまだ終わっていないはずなのだが、遅い昼休みだろうか? まぁこの人の場合、業務時間内であろうとなかろうとろくに仕事はしていなさそうな気はするが、それでも流石に職場を抜け出すような事はしない……と思う……けど……。
尋ねると、シグネーさんは手に提げた袋をこちらへ見せつけるようにしながら答えた。
「新刊の発売日でしたので」
……そうですか。深く突っ込むのはやめておこう。
と、そこでシグネーさんは、俺の傍らに二人、見慣れない姿があるのに気付いたようだ。ちらりとフューフィル達を見て、俺に訊く。
「今度は女の子を引っ掛けてきたんですか? 二人も」
「違いますし男性なら引っ掛けてきた事があるみたいな言い方しないでもらえませんか!?」
つーか引っ掛けるって何なんだよ。
慌てて否定する俺の背後から、フューフィルの悪戯な声。
「引っ掛けられたわ。空腹の私達に豪勢な料理をちらつかせながらね」
「勝手に来て行き倒れたんでしょうそもそもは!」
ややこしい二人が出会ってしまった。
収拾つかなくなる前に話を切り上げないと大惨事になりかねない。
ひとまず強引に、この場を離れようとする。
「それじゃシグネーさん、俺達はまだちょっと用があるのでこの辺で」
「駄目です。奇遇ついでに少し話をします」
……するのは確定なんだ。
ようやく解放されたと思っていた右腕が、今度はシグネーさんに掴まれていた。




