第66話 必然として空虚なる
「これなんてどうですかっ? 可愛いですよっ!」
「あら本当ね。白くて丸くて可愛いわ」
「……野菜の漬物を可愛さ基準で選ぶのはどうかと思うのですけれど」
「これ開封してから窓際なんかに吊るしとくと少しずつ茶色くなってって可愛いんだよね」
「話題への乗っかり方が雑すぎませんこと? 可愛い要素が何一つ感じ取れないのですけれどその話」
「食材の変化を愛でるのも料理に携わる者の嗜みって有名な人が言ってたよ」
「どなたのお言葉ですの?」
「フィーノ」
「……有名な人ではありますわね」
「いやそんな事言った覚え無いんだけど俺。いつの話だよ」
「あぁ、あれだね。フィーノ君が魚を和滲油に漬けたまま忘れて物凄い塩辛さになった時。結局薄い出汁で煮込み直しながら言ってたねぇ確かに」
「……。失敗の言い訳をなんかいい言葉風に引用しないでもらいたいんだけど。ていうか忘れてくれそんなの」
「美味しかったですよ?」
「味の問題じゃなくてさ」
などと益体無い会話を交わしつつ、俺達はローナセラ北西の大通りを中央広場へ向かって戻る。
行きとは通りを挟んだ反対側、商業区ではなく工業区沿いの歩道に立ち並ぶ商店を散策しながらだ。
中央広場から遠ざかるにつれて建物の様式が新しく綺麗になっていった往路とは逆に、時代を遡るよう、復路では次第に建造物は古く、区画内側の街並みは狭く凝縮されたようになっていく様子が見て取れた。
いや、古いといっても改築は何度も行われているため、外観と様式が古く見えるだけで実際には外周寄りの建物より頑丈な構造らしいのだが。
フューフィルとラヴァリッサの両手は、既に色々な店の買い物袋でいっぱいだった。 まだ巡るところは沢山あるというのに、目についた気になるものを片っ端から買っていったためだ。
一旦旅館に置きに行くにも、方向は反対側。またここまで戻ってくるのも面倒くさい。
というか今はごまかせたとしても、北部までの帰路で邪魔になり続けるのは想像に難くない。
ので、いっそ今ここで大容量のカバンでも買ってしまえばしまえばいいのではないかと、工業区周りの店を探すことにして、今に至る。
なおカバンを探すと言ったはずなのに幾度となく目移りを繰り返し、その度に様々な店の軒先で足を止めている。
既に中央広場までの道のりは半分ほどを過ぎているが、未だ目当てであったはずのカバンは見つかっていなかった。というか本当に探しているかも疑わしかった。今も漬物とか見てるし。
この調子ではいつになっても見つからない。見つける前に手荷物が更に増える。
危惧した俺は、慌てて周囲を見回す。
と、視界の端、少し奥まった通りの向こうに何やらそれっぽい外観の店が見えた。
それ程広くはなさそうな入口の周囲に、色とりどりのカバン類が雑多に吊るされている。
ちらりと見える店内にも、カバンに限らず様々なものが並べられているようだ。
開け放たれた入口扉の上部には、凝った意匠だがかなり手描き感の強い看板。
――『革工房 隅の大口』。
なんとも工業区然とした、無骨さとこだわりの同居した佇まい。
良さそうな店だと思い、まだ漬物屋の前で何やらはしゃいでいる集団に声を掛ける。
「あの、そこの奥にカバン屋を見つけましたけど……」
集団の先頭でよくわからない漬物二種を見比べていたフューフィルとその隣のラヴァリッサが、首を傾げながらこちらを見た。
「カバン?」
「と言いますと、荷物などを入れるあのカバンですの?」
それ以外の何の可能性があるんだよ。
戸惑いながら、先程見つけた店の方を手で示す。
手にしていた漬物を棚に戻し、カバン屋のある通りを覗き込むフューフィルとラヴァリッサ。
「確かに沢山干されてますわね、カバン」
「でもあれは物を入れるためのものでしょう? 食べられないわよ」
まだ食品を探す思考から戻って来られないようだ。軒先のカバンを見て奇怪な感想を述べる二人。
「いや食べませんよ。旅行用の大きなカバンを探すって言ってたじゃないですか」
「……そうだったかしら。記憶に無いわ」
戻って来られないのではなく完全に忘却の彼方だったらしい。
まぁ覚えていようといまいと、これから必要になることに違いは無い。
俺は首を捻るフューフィルを促し、カバン屋の前へ連れて行く。
「いえ食べて食べられないことはないかとっ。元が動物性の皮革なのなら、金属部品を取り除いて極限まで煮込めばあるいはっ!」
「なるほど、言われてみれば有り得そうですわね。色鮮やかな干し肉が吊られているように見えてきましたわ」
「あっちのでかくて四角いのとか食べごたえありそうだよね」
「少し色が毒々しいわね。もう少し食欲をそそる色合いのものは無いのかしら」
「染料が完全に落ちるまで煮るだろうし、どの色を選んでも最終的には全部同じになるんじゃないかなぁ」
「煮込まないし食べないし店員の人が凄い目でこっち見てるから店の前でその話続けるのやめてもらいたいんだけどっ!?」
アステルの余計な一言でどういうわけか肉の品定めのようになってしまった会話を必死に押し留める。
店員らしき女性に頭を下げつつ、店内へ。
表に吊るされていたカバンは比較的小型のものが多いようだった。目当ての、ちょっとした旅行に耐えうる容量と耐久性のものは奥にあるんじゃないかと、カバン類だけでなく革の小物も棚に並ぶ狭い通路を進む。
そして突き当たった壁際に陳列されていた、見るからに旅行用途の大きなカバン。
縦長の直方体のような形状に、装飾を控えた深い茶色の外観。
見た目こそ少し地味だが、ミュイユくらいならすっぽり収まりそうな大きさ。
そして、別添えの車輪型部品を底面に取り付けることにより、なんと路面を転がして持ち歩けるらしい。そのためのやたらと長い取手も付属している。
これはまさに今彼女達に必要なものなのではないか。というか俺もちょっと欲しい。
良さげなものを見つけた、と伝えようと振り返ってみると、何故かフューフィル達は入口付近から動いていなかった。
まだカバン食談義でもしているのかと思ったが違うらしい。何やら深刻そうな様子で、五人で顔を寄せ合っている。
一体どうしたというのか。今通ったばかりの狭い通路を再び抜けて店の表へ戻る。
帰ってきた俺を出迎えたのは、困ったように唸る仲間達。そしてラヴァリッサの手にした財布を覗き込むフューフィル。
……財布?
嫌な予感がしたところに、顔を上げたフューフィルから残酷な事実が告げられた。
「大変よ聖王。お金がもう全然無いわ」




