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聖臨異餐譚 ~台所でしか無双できないチート転生者の旅に暴食脳筋、病的迷子体質、常時酩酊者を添えて~  作者: 深酒佞
聖臨異餐譚 -襲来する白と赤-

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第65話 延泊の紅白と或る車窓からの閑話

 訂正したい。

 いや修正というべきか。認識の。


 ローナセラのことを、俺はこれまで特に観光的な見所の無い街だと思っていた。

 考えてみればそんなはずは無かった。


 ローナセラは、三方向からの大きな街道の交点に、物流と交易の中心として古くから発展してきた街。

 地元すぎてよく見えていなかっただけで、どうやら歴史に根ざした建造物やら他の街では目にかかれない珍しい製品やら、様々な名物、名所が存在していたようだ。

 昨日の夕方、ローナセラへ帰還してから聖立共壇(ザフティーグ・セレン)で討伐報告を済ませ、その足で向かった書店で観光案内本を探していた時に気付いた事だ。


《逆に訊くけど何故観光要素が無いと思っていたのよ》


 とはその時のロティの弁。返す言葉も無い。


 そういえばロティなら観光案内くらいできるんじゃないか、などと以前考えたことを思い出し何気なく訊いてみたものの、


《それはまぁ……できなくもないけども。あの子たちのためだって言うなら貴方がしっかり調べて案内しなさいよ。というか導祇(ロテューメテイア)を観光案内に使わないでもらいたいわ》


 とにべもなく断られた。返す言葉も無い。


 そういったわけで、仲間達と共に帰宅した俺は、購入した案内本を夕食後に熟読。

 なんでローナセラ(ここ)の本とか買ってんの、などと冷やかされつつ、自分の住む街についてあまりに知識の無かったことを今更思い知りながら眠りについた。


 そして翌朝。

 旅館に泊まっていたフューフィルとラヴァリッサの二人と改めて合流した俺達は、集合場所である商店街の中央広場から、勝手知ったるつもりで何も知らなかったローナセラ巡りの旅を始めたのだった。



 セラン・ウェーラーやウダウル沿湾村へ伸びる北西の街道。

 中央ペズ湖のほとりを通り、ローナペゼやディアシェンナ方面へ向かう南西の街道。

 サウグルスの街へとまっすぐ伸びた後、更にセラン・ユプセンやロテュメアへ分岐する東の街道。

 その三つの道が交わる地点から、円形に大きく発展した街、ローナセラ。


 交差点から放射状に、外周方向へ向かって増築を繰り返すことで時代の流れと共にその規模を広げてきたこの街は、当然、逆に中央部へ向かうほど建物の構造や形式も古くなる。


 そしてその最も中心に位置する地点、俺達が今いるローナセラ中央広場。

 三方向へと伸びる商店街に囲まれた、行き交う人々や無数の廻輿(シュクルカーフ)で賑わう巨大な円形の空間。


 その更に中央、円の始点にあたる場所には、街の興りを象徴した、大きな塔を思わせる造形の記念碑が立っていた。


 各辺をゆるく内側へ歪めた三角錐の、頂点だけを縦に大きく引っ張って伸ばしたような形状。見上げると首が痛くなる程の全高をしているその碑の中腹付近を、細い支柱で支えられた複雑な意匠の輪が、径の合わない指輪のように囲っていた。


 この記念碑の造形全体が、ローナセラという街全てを端的に表現している。

 詳細な意図や制作者の情報は、碑に添え付けられた立て看板に事細かく記されてある通り――、


「そういうのはいいから早くお土産を探しに行きましょう」

「甘味などはありませんの? 昼食までに何か少しつまみたくなってきましたわ」


 ――などという薀蓄をまるっきり興味無さげに一蹴し、フューフィルとラヴァリッサの二人はこの場所からの移動を促してきた。

 この説明から商店街三つの解説へ繋げるつもりだった俺の予定は敢え無く崩れ去り、案内どころか旅行者二人に引き摺られるような形で中央広場を後にする。


「だから言ったのに。そんなの詳しく聞いて喜ぶのはフィーノくらいのもんだって」

「歴史上の人に歴史の話するのってなんだか料理屋の人に味付けを語るみたいなもにょっと感がありますね~……」


 ミュイユとアステルにも背後から刺され、落ちていた肩を更に落としながら商店街の一つへ足を向ける。


「そうかなぁ。僕は割と酒屋の人に詳しい話を聞くの好きだけど。産地とか製法とか、知ってる方が美味しくなる事ってあるよね」


 ゼオだけは俺の味方のようだ。その助け舟が今の話題に即しているのかどうかはさておき。

 少しだけ元気を取り戻しつつ、俺はフューフィル達の後について歩き――、


「……って、どこへ向かってるんですかこれ?」


 今更我に返る。

 なんで俺達の方が旅行者に先導されているんだ。ていうかどこへ先導する気なんだ。

 尋ねる俺に歩みを止めないままフューフィルが小さく振り返り、


「知らないわよそんなの」


 と自信満々に言い放った。


「美味しそうな匂いのする方向ですわ」


 ラヴァリッサも弾んだ声でひどく曖昧な答えを返す。

 あんまりな返答に、まさか既に酒でも入ってるのか!? と不安になったが、どうやらただ単に、初めての街、念願の観光を前に浮き足立っているだけのようだった。


 よくよく考えればそれはそうだ。一夜漬けした俺の浅い解説を聞いているより、自分の目と足で見て回りたいに決まっている。


 自嘲気味の苦笑ひとつ。

 俺は極力口出しを控えるよう意識し、踊るように軽やかに――あるいは酔ったようにふらふらと雑踏の中を歩くフューフィルとラヴァリッサ、そしていつの間にか俺を追い抜き二人に並んでいたアステルとミュイユの後を追う。


 向かう先は、北西の大通り。

 商業区と工業区に挟まれた、地元向け・観光向け問わず様々な工芸品や調度品、道具類――そして食料品を取り扱う店が立ち並ぶ。そして料理屋や甘味処も。


 美味しそうな匂いとやらを目指すその嗅覚は間違っていないようだった。





「……この廻輿(シュクルカーフ)ってヤツ、マジで人が牽くんだな。どうなってやがんだ、南部の奴らの……倫理観っつーかなんつーかそういうの」

「常識などというものは土地によっても、時代によっても変わってくるものだ。外部から、それも我々のような過去の亡霊が口出しするようなものでは無いのではないだろうか」

「うっせェな、わかってんだよそんな事はよ。説教めいた言い方すんじゃねェ」


 街道を走る廻輿(シュクルカーフ)。その最後方の座席に座った二人の、小声のやり取り。

 トープドールとイフラは、森を抜けた先の宿場町から廻輿(シュクルカーフ)に乗り、北西への街道を揺られていた。


 ローナセラ、セラン・ウェーラー間を結ぶ定期運行便。最大で六十人程を収容できるその車内の座席は、今は三割程度しか埋まっていなかった。

 時節柄、セラン・ウェーラー方面への移動、観光はあまり盛んではない。

 今いる乗客の大半も、終点までは行かず、途中のウダウル辺りで降りるらしいことが時折聞こえる会話から推測できた。


「ウダウル沿湾村か。わずかばかり懐かしいな」

「……あ?」

「すまない、こちらの話だ」

「そっちで完結してる話をこっちに漏らすんじゃねェよ」


 車窓から外を眺めつつ独りごちるトープドールを不機嫌そうにあしらうイフラ。

 しばし二人の間に沈黙が流れる。


「……あのお二方がセラン・ウェーラーに着くのはいつ頃になんだろうな」


 目を合わせないままぽつりと呟いたイフラに、トープドールは不思議そうな顔をしながら答えた。


「フューフィル殿とラヴァリッサ殿か? 単純に計算すれば我々よりきっちり一日遅く到着するはずだ。一日遅れで聖王(スプリミオ)殿の元を発ち、同じような便に乗るわけだからな」

「つまり向こうに着いてからも、俺は丸一日てめェと一緒にいないといけねェわけか。既に頭が痛ェ」

「そういった心配だったか。すまないが一日だけ我慢してもらいたい」


 得心がいったように微笑んで返すトープドール。

 その爽やかな声色に、イフラは刺々しく返す。


「着くまでの数日もあるんだけどな。そもそも我慢しなきゃいけねェ前提がおかしいんだよ。てめェの言動の方を改善してくれりゃ楽になる、っつーか南部こっちに俺が付いてくる必要も生まれなかったはずなんだがな」

「善処しよう」

「前から口だけじゃねェか。てめェ廻輿(この車)を牽いてる筋肉の御仁にも喧嘩売ろうとしてただろうがよ」

「喧嘩ではなく手合わせの希望なのだが、まずかっただろうか?」

「そういう所だっつーんだよ。まずくねェと思える理由の方が知りてェよ」


 嘆息するイフラ。

 廻輿(シュクルカーフ)の振動のためか脱力からか、気付けば腰が座席から滑り落ちそうになっていることに気付き座り直した。

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら天井を見上げる。


「せめて一対一じゃなけりゃ心労もいくらかマシなんだがよ。お二人と合流できるまであと三日あるんだったか」

「三日と一日だ。セラン・ウェーラー到着までがあと三日だからな」

「長ェな……。もっと早く来て頂けねェもんかな」


 どうにか早くトープドールの見張りから解放されたい。

 そんな期待を込めた呟きを、トープドール自身が否定する。


「難しいだろうな。だが、それ以上遅くなることもあるまい。二人して、のんびり観光でも楽しんでいない限りは」

「人を待たせといてそんな道草食うような方たちじゃねェよ。てめェじゃねェんだからよ」

「……そうだろうか?」

「……あー、まぁフューフィル様は若干怪しいがよ。ラヴァリッサ様も一緒にいるんだ、無駄に遅れる事なんか無ェよ」


 力強くそう言い放ちそのままそっぽを向くイフラに、トープドールは小さく「そうだな」と答え、流れる窓の景色に目を遣った。


 少しずつ起伏の増してきた丘陵地帯。

 その風景の向こう、立ち並ぶ丘の合間に、瑞央海(シャルオメイレ)の碧色がかすかに覗いていた。

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