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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第四部【空席の王位】

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Ep.92『合流地点』

 ホテルから抜け出して、僕ら三人は再び駅まで戻ってきていた。

 彼女たちが外に出たがったのに特に理由はなかっただろうが、僕としては大衆の中に姿を埋没させることができるということで、襲撃への警戒を幾許か解くことができたから賛同した。

 観光客さながら───実際観光客に近しいものではあるのだが───ハナブサは駅名とモニュメントを画角に収めて自身の写真を撮っていた。のちほどネットにアップする、とは、怪訝そうな顔をした僕に彼女が教えてくれたことだった。確かに、僕らも敵対カルテルの人間を拷問した後はその動画をネットに公開していた。

「もう、終わっちゃうんだね。」

 アステアは、写真に精を出すハナブサを尻目に言った。なにか感傷的なそれが、一体どれほどの情報量を含んでいるのか、僕はわかってしまう。

「ド派手なのは、今回ので終わりだろうな。」

「もう、あなたは戦わなくなるの?」

「狭義で言えばそうなる。僕は無敵になってしまうから、戦う、なんてことがなくなる。が、競合他社とは戦い続けなければならないだろうから、そういう点ではまだ戦う。」

 アメリクス大陸魔薬カルテルは、古今東西の犯罪組織の中で最も凶悪、かつ異質だ。しかし、それとはまったく違う常識や市場を持つ犯罪組織は、世界に数多存在する。彼らはもちろん魔薬市場に参入している。それを脅威と判定すれば、僕らは戦わなければならない。

 しかし、もう適合者同士の一騎打ちで戦争をやろうなんて最高の事態にはならないだろう。

 あの日、グランナダラ決戦の終結を目撃した全世界の犯罪組織が直感した。ああしたラフプレイに、自分たちは勝つことができないと。

 それもそうだろう。この世界のどんな適合者が相手でも、きっと僕は負けないだろうから。もう、あんなにも血沸き肉躍るような闘争は、得られないだろう。

 コード・ゼータ、エミリア・カテドラル、エスメルダ。

 僕をこの上ないほど愉しませてくれた彼、彼女たちは、もう既にこの世にはいない。僕が、僕の手で葬った。

「やろうじゃないか。最終決戦だ。」

「……先手必勝、でしょ?今から、マツシマを探す?」

「いいや。折角龍見機関が舞台を整えてくれたんだ。そこまで温存するさ。その戦いが始まってしまったら、もう終わってしまうんだから。もっと勿体ぶった方がいいだろう?」

「そっか。うん、そうだね。」

 帰宅ラッシュと被ってしまったか、人の波が先ほどよりも密度を増していた。

 ハナブサを見失いそうになって、その目立つ白髪の方へと人ごみをかき分けた。肩に激突してきたやつらは、みんな何かのモニュメントにでもぶつかったのだろうと素通りしていった。

「明日。明日、全ての決着がつく。」

「ん。そうしたら、───わたしは、あなたを」

 心臓を、酷く透過性の高い何かが通り抜けていった。あるいはそれは悪寒というやつで、あるいはそれは予兆というやつで、もしくはそれは、愉悦、なのかもしれなかった。視界が真っ白に染まる。白煙だった。視覚を奪われたその場の全員が、盲目に爆風を叩きつけられた。

 思わず咳き込んで、その白煙が晴れるのを待つ。

 最初に感じたのは、靴裏の異常な感触だった。なにか粘性の液体の上を、グリップが滑ったのだ。

 あぁ、忘れてはいない。忘れてないさ。何度も踏みつけた、血液の感触だった。

 駅前の広場、ひび割れたクレーターが、地面を穿っていた。痙攣するスーツ姿の女が、血と泡を吹いていて、腕から先を丸々欠損した男が呻いていて、人間の腰の可動域では不可能な態勢でくの字に折れ曲がっている性別不詳の死体が壁に叩きつけられていて。

「っ、お前……お前は、本当に───最高だ、松島 甫っ!」

 ファミリア・ナイフを構えたマツシマが、澄ました顔で立っている。



 肉体は、精神のメタファーだ。それを、あんたは僕に教えてくれたよな、ゼータ。

 目の前で、僕にナイフの切っ先を向けるマツシマ。彼を見ていると、本当にそれを実感する。

 すぐそばにあった詰所から、警官が二人走ってきた。MSCSで照準すれば、そうも距離を詰める必要はないだろうに。一人が東都警察制式採用の拳銃型MSCSをマツシマに向け、トリガーを引いた。

 二発の魔法が音速に程近い速度で空間を駆け抜け、マツシマはそれを、横目で緩慢に眺めていた。

 ゆっくりとあげられた腕が、ナイフの切っ先を向ける。トリガーの半分をマツシマが引き、最後の引き代が、ぐっと押し込まれる。

 中空が爆ぜ、不快な音が連鎖した。魔法が解体され、殺される音だった。

 マツシマは、太刀筋もなにもなく、雑にナイフを振った。その延長線上に居た警官の防弾チョッキが、残酷なほど滑らかに撫で斬られた。ぷく、と雫を作った血液が、いくつにも増殖して、そして、閾値を超えた血流が、その腹部を破裂させる。盛大に血の噴水を撒き散らした二人の警官は、きっと激痛の最中、すぐに死ねただろう。

 光を絶やした瞳が、都合四つ、血液の海に突っ伏した。

「お前がそうやってお上品なスーツを着てるのが、僕はどうにも癪に障ったんだよ、マツシマ。」

「貴方にわかるのですか?ドレスコードなんてものが。」

「あぁ!お前のそれは、血と暴力が支配する魔薬世界のドレスコードに相応しくない!僕はお前のそれが、お上品で女々しい東都人の、松島甫(まつしまはじめ)という男の精神性のメタファーだと思っていたんだよ!マツシマ!」

「笑わせてくれますね。」

「あぁ、僕もそう思ったよ。」

 僕と出会ってから、お前が初めて人を殺したとき。ファミリアの中にいた女に、致死量のヘイローを投与して殺したとき。僕はお前に、そんなことができるのかと不安になったんだ。でも、お前はやり切った。いや、造作もなかった。

「そのスーツを引っぺがして、その中にいる本物のお前が、今日やっと、僕の前に現れてくれた。」

 お前はずっと、その堅苦しい外装の中に、隠し持っていたんだ。

 その暴力の性を。血脈から伝播した、()()()()()()を。

 逃れることのできなかった、()()()()()を。

 それを誰と分け合うことも出来ない、()()()宿()()を。

 ぐるりと視線を巡らせる。

 僕は爆風をもろに喰らったが、咄嗟にアステアを庇ったのが幸いした。彼女は、昏倒したハナブサを連れて、既にずいぶん遠くの所からこちらを窺っていた。

 あぁ、脳が昂っている。

「今日ばかりは、空席の王位はその席を占める。」

 マツシマが、ナイフの刃をなぞり、言った。

「彼を殺しきるまで、玉座を貸してください、エンケファリン。」

 目を見張る。脳裏、戴冠し、ゆっくりと腰を下ろすマツシマを幻視する。そうして、空席の王位に、史上初めての王が誕生する。一日限り、僕を殺すためだけに、王が顕現する。

「私の命令で、貴方を処刑する、リゼルキルト。」

「僕の革命で、お前を断罪する、マツシマ。」

 王が生まれ、その手には、ギロチンの刃を叩き落とす蓋然性が生まれる。対する僕には、死刑執行人の性がある。

 処刑の時間だ。

 反乱分子を罰する王国の矛。権威主義を断罪する革命の矛。そこに、ファミリア・ナイフとアンタゴニストが会敵する。

「接続する。」

 ファミリアが溜め込んだ呪いが、僕を───魔薬という特効薬を呼び寄せた。そう仕向けたのは、松島四郎が作り出した、世界最古にして、世界唯一のオリジナルのMSCS。等分にされた二筋の呪いが、こうして結びついた。いつか、ファミリア・ナイフがそうやって作られたように、僕たちは、魔薬資本主義(カルテル)を生み出した。

 そこには、莫大な”力”があった。そしてそれこそが、松島の血脈を、あの空の彼方の牢獄に届けるためのファクターだった。エンケファリンを解き放つ、鍵だった。

「だが、僕はあんたが想像していたほど、運命に従順じゃない、松島四郎。」

 アンタゴニストが、戦時形態へと移行する。機構が緻密な電子制御によって駆動し、排熱をもって抜刀を表明する。刀身が刃渡りを持ち、その切っ先で銃口を露にする。カートリッジを認証し、光シグナルを演算する。

「お前に呑み込まれてやるほど、僕という劇薬は易しくないぞ、マツシマ。」

「えぇ。ですが、呑み下す。呑み下さば、私たちには資格がない。」

 三世代の流転を経て、呪いと呪いは再開を果たす。


「久しぶりですね、【      】。」

「来てやったぞ、最恐の呪いだ。」


 見ているか、松島四郎。お前がやっちまったことだ。それは全部、あんたに返ってくる。あんたの血族に、返報される。

 それを耐えしのぶ、純粋無垢な力。

 舌で口内の糸を手繰り、指先で摘み取った。

 ずるり、と糸を引き抜くと、喉元を異物が駆けのぼってきた。僕の歯に引っかけてあった糸、その反対側の終端に、口を縛られたコンドームがあって、それが吐き出されたのだ。口を開け、コンドームを引き千切る。その中に入れてあったキュルケーを舌に乗せる。

 口内から吸収された麦角アルカロイドが、血液─脳 関門を通過して、受容体に結合する。幻覚を引き起こす作動薬(アゴニスト)が、受容体を起爆させ、爆発した作用機序が、僕に力を与える。

 視界を横切ったなにか───銀色の毛先。ふわりと安心するような香りがした。微かな気配、見るまでもない。

「君を、救い出すよ───フラクタル。」

 麦角アルカロイドに眠る妖精

 美しい銀髪を靡かせて、少女は応じた。

「っ……うんっ……!リゼルキルト」

 麦畑が燃えている。

 郷愁を喚起させるようなレタッチが、空間を色づけていて、その背景に、フクオカの街並みがあった。燃える麦畑の中で、炎は決して僕を灼かない。

 ただ、アルカロイドに眠っていた可憐な妖精が、僕に、微笑んでいる。


 マッチを擦るような音を立てて、稲妻を纏った光球が彼我のレンジを迸った。火花は(いかづち)となり、火は輝きを発散した。

 照準した対象に到達していないのにも関わらず、既に魔法効果が発動している。恐ろしく長い魔法効果の持続時間と、それが物理現象に圧壊させられないようにし続ける驚異的な計算能力。

───あぁ、光速に近い。

 視界の中で、三つの連星は不規則な軌道を取っている。纏った魔素偏光が、奇妙な色味と不快な音響を放っている。それを、感じ取る猶予すら与えてくれなかった。

 飛び退いた一歩、地面が穿たれる。中空、弧を描いた足先、閃光が放たれる。接地する一瞬、眼前、最後の連星。通過(スルー)する。

 光には、届かない。そして同時、光は、あちらから僕のところまでやってきてはくれない。

 偽物の輝きが、僕を捉えられるとでも思ったのか?

 一陣の炎。突風が熱波を叩きつけるように、僕の身体は麦畑の海を駆け抜け、その軌跡が黄金の航跡を打つ。

 ば、と掠めたアンタゴニストの刃が、振り切りの勢いのままにマツシマの首の肉をどこかへ吹き飛ばした。べちゃ、とくぐもった音が聞こえる。が、浅い。避けられる。

 人間に規定された身体能力では実現しえない加速、それを、人間の肉体で制御するのは難しかった。辛うじて地面に突き立てた片足だけでブレーキをかけて、そのあとにようやっと地面に達したもう片方の足が、慣性を反転させる。ホルスターから、拳銃型MSCSを抜いた。

 吶喊する間、その引き金を引く。魔法は、マツシマの眼前で容易く分解され、血液を撒き散らすように魔素偏光を発散した。

 その魔素偏光に遮られて、お前はきっと僕が何をしたのか気付かない。

 アンタゴニストが魔法を撃ち出した。拳銃型MSCSが、その魔法を照準する。

「っ!?」

 咄嗟、マツシマはそれを、純粋な体術だけで避けきった。彼の背後、完璧な回避軌道のせいで、ホーミングに入れなかった魔法が炸裂した。体勢を崩したマツシマ、その身体のど真ん中───打ち抜く。

「ぐ、ぅ」

 アンタゴニストを握りしめた手がビリビリと痺れて、しかし、彼の本懐は抑制だ。研ぎ澄まされた冷たい殺意が、マツシマを吹き飛ばす。信号機のポールに激突し、その衝撃が金属を震わせた。鐘のような音が鳴り、地面に投げ出されたマツシマは凄絶な瞳で僕を視る。僕の追撃の魔法を、エンケファリンが分解する。

 互い、息をつく。視線を交換した。これまで幾度もやっていたことだった。

 ふと、考えてみたことがあった。

 魔法を照準できるのなら、()()()()()()()()()()()()ことはできるのか?

 答えはノーだ。照準された魔法を照準すれば、その魔法に対しての優先権は、先に照準したMSCSにある。

 もちろん、音速に近い速度で射撃される不可視の魔法を、視覚的に知覚できる技能がなければ不可能な芸当だが、立派に魔法というシステムをハックする裏技だった。

 それは、エンケファリンにエラーを吐かせるシステム破壊ツールとして機能する。彼女は、無意識に魔法を起動するのだろう。

 任意のタイミングで放てるように、MSCSが照準した対象の座標で結実する魔素偏光を、MSCSに送信する。そこからはニュートラル、僕らの領分だ。

 自分が生み出した魔法を、僕が照準したことで、エンケファリンは知覚する。そして、マツシマがファミリア・ナイフで魔法を照準しようとしたとき、エンケファリンは思う。既にその魔法は自分の支配下にあるのだから、二度目の照準は必要ない、と。

 彼女はファミリア・ナイフの信号を、他のMSCSとは完全に区別して知覚するだろう。二度目は通用しないだろうから、これで決めてしまいたかったのだが。

 魔法が、本当にシステムとして機能していたのなら、どれだけよかったことか。エンケファリンは物を考え、経験に学び、そして自律して思考する。あの棺の中にいて、彼女には、人格がある。

「本当に、貴方は恐ろしい男だ。」

 心底面白そうに、マツシマが嗤う。常識人ぶった平坦な言葉の調律が乱れている。いいや、そうじゃないか。その几帳面なスーツの奥に隠していたマツシマの核が、漏出している。その深淵を、解放する。神秘性と引き換えに這いずり出てきた、ある種の妖精が、マツシマの表情に浮上する。それは決して、あの輝かしい妖精だけに許された表情ではない。

 マツシマが、嗤う。

「呑み下さば。」

 ファミリア・ナイフのブレードに、マツシマは懐から取り出した粉で白線を描いた。震える指先、昂揚が、白線をガタガタに引いた。くるくると紙幣を丸めて、その片方の終端が、彼の鼻腔に接続する。

 まさか、土壇場、やるのだろうか。あぁ、やるんだろうな。

 ずッ、と鼻を啜り、白線を形作っていた微細な粒子が、マツシマの鼻腔を通り抜け、脳に激突し、陶酔と、快楽と、あまりにも莫大な昂揚を撒き散らす。それは、皮肉な因果である。

 魔薬によって作り出された道が、マツシマに莫大な金を、力を運び込んだ。翻って、その金で、紙幣で作られた道は、マツシマに魔薬を運び込む。力を送り込む。その道のりは───

 その妖精を呼び起こす。


「討て、大聖廟(エミリア・カテドラル)。」


 今わの際、僕に「またね」なんて言い放ちやがった化物のような妖精。

 快楽によって薬漬けにされ、自分の半身ともいえる宿主を失う最中にも、楽しそうに嗤って見せやがった妖精。


「また会ったなァ?リゼルキルト」


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