Ep.90『アクマ』
パラマ船籍のその貨物船は、シニカを出港してアメリクスへ向かうものだった。
一度九州の下を通り過ぎるものの、その海域からこの身一つで泳いで陸まで辿り着くのは現実的じゃないし、マツシマの手がどれほど東都国に及んでいるのかは未知数。ルートはできるだけ分割するのがいいだろう。
そこで僕があたりを付けたのが、DPNKと国境を接し、東都国フクオカと所要時間一時間のフライトで繋がるコウライ民国の男であった。
その男は、コウライ民国から東都国九州までの密航を手引きする、イルファンという名前のコウライ人の男だった。
Torブラウザで閲覧可能な掲示板上で集客を行うような救いようのない危機管理能力の密入国ブローカーであったが、今の僕にとっては好都合だった。
高精度位置情報システムのピンが目標の海域に到達したのを確認して、ずっと掴まっていたワイヤーロープを登る。
甲板から見えないような位置でへりを掴み、フックを外した。小さく息を吐くと、白い水蒸気が流れていった。ワイヤーロープは、プロペラに絡まってしまったら申し訳ないので遠くの方へ投げ捨てた。水面を微かに波立たせた着水の音は、僕にすら聞こえなかった。
「いくか」
へりを掴んでいた手を起点に、大きく身体を揺らした。遠心力が最大まで高まったところで、その手を放す。慣性に裏打ちされた体は、僕をふわりと浮かせ、その加速力を続く一歩が引き継いだ。
ほぼ垂直の壁を走り抜け、船尾の壁を蹴りつける音を最後に飛び上がった。
空中で振り返る。アンタゴニストのトリガーを引いた。ショートレンジミリタリーフレイムスロワーが、銃口から火を噴いた。剣で言えば鍔に当たる部分に両足をひっかけ、アンタゴニストだけが吹っ飛んでいかないように体重をかける。
熱波が頬を舐り、眼球の水分を幾ばくか奪い取られた。一際強く爆ぜた火焔に、遅延発動した魔法が可燃性のガスと似た効果の魔素偏光を編纂する。疑似ジェットエンジンが、有効的な魔法発動時間約十二秒、定格スペック通りに作動した。
夜闇に描いた青白い軌跡の終端で、煙を吐くアンタゴニストにメンテナンスモードを要求する。瞬時に機関部の冷却が行われ、僕は放物線の軌跡を思い出す。アンタゴニストが平時状態に変形した一瞬後、僕は冷たい漆黒の海面へと埋没した。
全身びしょ濡れになった僕をイルファンが見つけたのは、約束の時間から一時間も遅れた未明のことであった。
低体温症寸前でガクガクと震える僕に、イルファンは「なんでそんな震えてんのに下脱いでるんですか」とヘラヘラと笑っていた。このまま殺してやってもよかったが、後始末のことを考えるとその気も起きなかった。
浮き袋代わりに膨らませていたビショビショのズボンをイルファンに叩きつけて、代わりの着替えを要求した。
冷え切った衣服に包まれていると、その中に包まれた僕自身も冷え切ったように見えるのだろうか。人間の審美眼の貫通力は、こんなペラペラの布一枚を貫くこともない。女の裸に好奇心が喚起されるのもそういう理屈なのだろう。
水気を含んだ服を脱ぎ捨てて、ベンチに置いてあったタオルで全身を拭いた。一糸まとわぬ僕の姿を見て、イルファンは小さく息を呑んだ。隆起した筋肉と、もう何が原因だったのかも覚えていないような傷跡。死刑執行人という任務のために最適化され、歪められた身体。その歪みを、限界の張力で封じ込め続けるギロチンの刃の体現。
「……俺、……ちゃんと生きて帰れるっすよね」
「お前次第じゃないか?決まってるのは、僕が生きて帰れるということだけだからな。」
冷や汗だろうか、滑り落ちる汗の雫を拭いながら、イルファンは室内に戻っていった。彼の高速艇は、まだ動いていなかった。
新たな衣服をまとい、逃げ出してきた魔薬カルテルのボスという本質が覆い隠される。
どうにもならなくなって、どうにかしようとして、お粗末なブローカーに依頼するしかなった、みすぼらしい男の姿に変貌する。
なるほど、衣服とは全く実践的な特殊迷彩である。
「あの、出発しますよ。速いんで、中に入ってた方がいい。」
「あぁ。」
操縦席の窓から顔を出したイルファンが言った。乗客用のスペースを抜けて、操縦室に入った。
既に海を滑り出していた船は、徐々に速度を上げていく。僕が座ったところで、明らかな浮遊感を覚えた。船が浮き上がり、波に干渉されていた揺れがぴたりと止まる。
暗闇の中の景色では、その速度はよくわからなかったが、彼の手元にあるアビオニクスの数値で高速航行に入ったのがわかった。
イルファンが差し出してきたジョイントとフリント式のライター。彼は既にヒュドラの世界に旅立っているようだった。
ジョイントの匂いを嗅ぐ。異様な匂いの奥に、質の悪い雑味がある。大した代物ではないだろう。少なくとも、僕らのカルテルの品ではなかった。
ジュ、と火花が弾け、引き絞られたジョイントの先に火が灯る。
操縦室の中で僕らが咳き込む声が、機関部の轟音と絡まり合って螺旋を描いた。
僕たちの乗った高速艇は、最初コウライ民国から出発し、九州近傍を揺蕩っていた僕を拾って本来のルートに戻り、東シニカ海と東都海の間あたりを横断するような航跡を取っている。
ヒュドラを吸い終わった僕は、アンタゴニストと拳銃型MSCSにメンテナンスモードを要求し、その水抜きを行っていた。ぼたぼたと零れ落ちる海水は操縦席の床に垂れ流しにしたが、イルファンは特に何も言わなかった。
MSCSの動作確認に、それぞれのトリガーの一段目を引いた。脳裏でぼんやりと照準したものの位置情報が発芽して、MSCS側でもエラーは起きなかった。できることなら一発撃っておきたかったが、このあたりは密航多発海域で哨戒機が定期的に巡回している。
悪戯に魔素偏光を放つわけにはいかなかった。
そのとき、イルファンが「うわっ」と声を挙げた。視線だけで聞くと、蒼褪めた顔がこちらを向いた。
「あの、停船命令です、やばい、海軍だ」
「自衛隊じゃなくてか?」
「コウライ海軍っすよ、なんでこんなところに……!」
始まったか。
ゆっくりと減速し、遂には止まった高速艇。彼が操作したコントローラの隣に置いてあった端末を拝借し、わけのわからない言語の中に在る数字だけを読み取った。
「六月五日、素晴らしい。時間通りだ。」
「はぁ?」
ぶつぶつと呟きながらレーダーを操作するイルファンは、母国語だったので何を言っているかわからなかったが、彼の手元のパネルの情報を読めば何に焦っているのかはわかった。
この船の後方、北の方に大きくずれた位置。小さな船とコウライ海軍のシグナルを発する艦艇が三隻。おそらくは哨戒機も飛んでいるだろう。端末のメールをもう一度確認して、座標情報を読む。
操縦室から出て、後方の水平線を眺めた。目を凝らせば、不規則な間隔で何かが光り、次の瞬間にはそれが水平線の下へ流れていく。
曳光弾だろう。それが叩き込まれている先は、この船のレーダーでも捉えた小さな船───DPNKの工作船のシグナルを与えられた船だ。
コウライ海軍は、彼らにとって仇敵であるDPNKの工作船を発見し、これを撃滅しているのである。僕らへの停船命令も、こちらを警戒してのものだろう。
アンタゴニストを戦時状態にしたところで、目を凝らさずともわかるような火柱が上がった。水平線を容易に飛び越すようなものだった。
「うゎ、なんだあれ」
いつの間にか出てきていたイルファンが、忘我の様相でため息を漏らす。
コウライ海軍艦艇の魚雷が、標的を木っ端みじんに打ち砕いたのだろう。
「おい、もっと引っ掻き回さないといけない。はやくレーダーを確認しろ。」
「あ、あぁ、わかったっすよ」
操縦室に引っ込んだイルファンが声を上げる。
「ちょ、ちょっと!めっちゃ近いとこに、船が!」
「よし。いいぞ!船を走らせろ!」
「はぁ!?俺たちも木っ端微塵にされますよ!?」
クソが。まだそんな甘えたことを言ってるのか。勝たないといけないんだよ。
操縦室の扉をけ破って、アンタゴニストの切っ先をイルファンの左胸に叩きつけた。
「先に僕にぐちゃぐちゃにされる方がいいか?僕はあんたをここで捨てちまってもいいんだ!わかってんのか!?」
「あ、あぁ、あ、……わ、わかった、わかったけど」
レーダーを見る。この船の速度なら、会敵までそう長くはない。
哨戒機も飛んでいないし、艦艇も海上自衛隊のものではないだろう。なんの通信も発していない。では、おそらく。
「海上保安庁か」
東都国の海を司る器官。僕が警戒すべきとしているのは海上自衛隊と海上保安庁だ。海上保安庁については、一度僕らの仲介したエリンのパラサイト密輸を暴かれたことがある。グランナダラ・カルテルとの板挟みだったあの頃は、相応に苛ついたものだが。
「あのときの借りを、返させてもらおう。」
船が駆動し、スピードを上げて高速艇のあるべき姿へと変貌していく。ゆっくりと浮き上がり、船首から飛散する水飛沫は、海を割っているように見えた。未明の東都海を疾走し、奇妙な形に歪曲した水平線を見つける。
「あ、あれ、あれっすよ!」
シルエットだ。形や規模からして明らかに戦艦ではない。海上保安庁の艦艇であることは確実だ。しかし、こちらに撃ち込んでこないということは、巡視船ではないのだろうか。法撃はないにしても、古典武装の機関銃は今でも現役だ。
イルファンをどついてカートリッジを全て出させる。がちゃがちゃと撒き散らされたものの中から、アンチシップミリタリーミサイラーの印字のものを取り上げる。明らかに専用MSCS用にチューニングされたものだったから、エラーが出ないか心配だった。
微かな逡巡の後に拳銃型MSCSにカートリッジを挿入し、ひとまず起動処理はクリアした。
甲板に出て、トリガーを引く。しかし照準の感触が返ってこない。苛ついてがちゃがちゃとトリガーを引くと、二回、素早く引けば照準ができることが判明した。
もともとはトリガーがついているタイプのMSCSに使われるものではなかったのだろう。裏技みたいな使い方は本意ではないが、目を凝らし、シルエットの上部しか見えない艦艇を照準する───完了する。
艦艇のシルエットに、直方体がゆっくりとせりあがる。対MSCS対抗装置だろう。なるほど、あんな骨董品を載せているということは、精密通信システム魔素偏光測定船「たいば」だ。世界の海事常識が刷新されたことで、今となっては東都国にしか現存していないという世界最後の一隻。
MSCSの照準を反射するためのアンキューイングシールドをブリッジから展開するシステム。しかし、MSCSの処理能力の向上により、既にそれは過去の遺物。
トリガーを引き絞る。音速の魔素偏光が海面スレスレを駆け抜けていき、漏出したそれが可視光領域で結実した。キラキラと、不気味な輝きが視界の中を彩り───水平線に、黒煙が爆ぜた。
紙をぐしゃぐしゃに丸めて捨てるように、どっしりと海の上に浮かんでいた巨大なシルエットは、おどろくほど呆気なく歪み、その歪の亀裂から爆炎を噴き出して、ついには弾け飛んだ。爆風が可視化され、海面から立ち上った水飛沫がいくつも連鎖する。
つい一瞬前に魔素偏光が通った道程を、爆風が遡行してくる。稲光の轟音に似た爆発音が、僕らを突き抜けて海原の先へ残響していった。
「うわぁぁぁ!?あんたっ、なにやってんすか!?」
「もっとスピードを上げられるか!?」
「無理です!!全速力です!!あぁぁっ、やっちまったっ、もう始まっちまったぁ!!」
イルファンの脳内化学物質は、正しく状況を認識している。叫ぶ声色は、恐怖と絶望の中に、微かな昂揚を沁みださせていた。結局のところ、最後に人間を狂わせるのはカルテルが製造する魔薬ではなく、人間が正真正銘自分で製造し、分泌する脳内魔薬であろう。
拳銃型MSCSがビープ音を吐く。射撃には耐えなかったか、カートリッジが致命的なエラーにより停止したときの音だった。照準システムと魔法行使システムの間に繋がれたパスの循環参照。トリガーを二回引く運用方法が問題だろう。
カートリッジを甲板に投げ捨てて、アンタゴニストを握った。
東都国側の混乱は、最高潮に達している筈だ。DPNKとコウライ海軍、更には自国の船舶が爆発四散したともなれば、明日の朝刊の誌面を席巻するのに苦労はない。
「また来ますよ!多分東都の奴らだ!」
イルファンの叫び声。
「巡視船か。」
流石は高速艇。そう時間が経たないうちに、レーダーで捉えた該当の船舶を視程内に収めた。艦影はまだ小さく、シルエットというより明暗でしか判断できないが、読み取れた形状からしてヘリコプター搭載型巡視船に間違いないだだろう。
最新鋭のMSCS対抗装置を搭載し、領海警備を行う艦艇。こちらには重機関銃が装備されている筈だ。
言った傍から、甲高い風切り音が駆け抜けていった。金属を削るようなそれが連鎖し、一際強くパン!という音がした。船首を掠めたか。
「うわああああっ!?もう駄目だ!!止まりますよ!止まりますからね!!」
二発目が金属を穿つ音で、イルファンの脳内伝達物質が遂に効力を失った。船が減速し、波によってぶらぶらと揺れる。
驚異的な精度だった。遠隔操作システムの効果を思い知る。正真正銘、MSCSに対抗し得る武装だ。
甲板の金属製の仕切りを飛び越え、くるりと身体を回して船の側面に憑りついた。エンジン音が近づいてきて、そして停止する。
東都語の怒声が一度、コウライ語の怒声が一度。イルファンは、ここからでも聞こえるくらいの声で泣き喚き、大人しく拘束されたようだった。
甲板の床を叩く音。やけに人数が多い───五人。
───特殊警備部隊か。なら、相応のMSCSの携行があるだろうな。
足音がゆっくりと近づいて、そして、僕が掴んだ船のへりに達する。船の側面を覗き込んだ瞳。彼らの標準装備であるヘルメット越し、眼が合った。伸ばした手が、その男の襟を掴む。
「え」
片腕と上体の回転だけで、隊服の襟を引き寄せる。体の半分が海上に投げ出されたところで、アンタゴニストに持ち替えた。魔法が隊員の腹を撃ち抜き、噴出した血液と共に男は自分から倒れ込んだ。水飛沫が上がり、同時に飛び上がる。
甲板に帰還し、すぐ近くにいた男の腹にアンタゴニストを突き立てた。
どうやら上手く行ってくれたようで、アンタゴニストは男の胴体を突き破り、貫通した。背中から銃口を生やした即席の人間盾。腕と胴体の隙間から見た照準対象。引き金を絞る。
内側から弾け飛んだ下半身から、上半身が冗談みたいに吹き飛んで、横付けしていた巡視船の甲板に叩きつけられた。おびただしい量の血液が甲板から流れ出し、その下の海を濁った鈍色に変える。
盾にした男を放り投げる。強い波が打ち付けたことで揺れた高速艇と巡視船に挟まれて、首が断頭された。頭だけが海に転落し、首なしの死体だけが船上に残る。
イルファンを拘束していた二人が、イルファンを盾にMSCSを射撃した。咄嗟に飛び退き、ブリッジの上に転がり込む。
魔法のホーミングの旋回半径の中に遮蔽物を噛ませる、一般的な魔法回避方法だった。それを証明するように、ブリッジの角がくぐもった音を立てて破裂し、伝播した衝撃が窓ガラスに亀裂を走らせた。
天井を走り、海水に濡れたカーボン素材に身体を滑らせる。眼下にいた隊員の頭を、アンタゴニストで叩き割った。聞くに堪えない粘着質な音がして、刃に細切れになった脳髄がこびりつく。こいつらのお利口な脳みそでも、共犯の疑いがあるイルファンを盾にする選択肢がとれたんだな、と漠然と思った。
最後の一人、果敢にも僕に向けた拳銃型MSCSの銃身は、僕の振るったアンタゴニストのブレードによって、綺麗に切断された。様々な機構が内蔵された、銃身の複雑な断面が露出する。
「やぁ、東都国海上保安庁SSTの諸君、といっても、もうあんた一人だが。」
突き倒したヘルメットの奥、僕の流暢な東都語に、明らかな当惑が見えた。そうか、これも被覆の一つだ。これこれと聞いて、はいだとかいいえだとかの言葉が帰ってきた瞬間に、互いの中で意思疎通が可能という共通認識ができあがる。そしてその中に、相手が人間であるという副次的な了解が含まれている。
今まさに自分を殺そうとしているのが、確かに考える脳を持った人間なのだと認識させられる。まるで、自分と同種なのだと錯覚させる。僕の内側に埋没している超越的な肩書きを、被覆する。
窮屈そうなヘルメットを脱がせてやって、隊服の警報装置と光学キューイングデコイを海に放り投げる。
胸の中央を踏んでやれば、自力で起き上がることはできない。靴裏から、こいつの心臓の鼓動まで聞こえてきそうな心地だった。
「泣かないでくれよ、国を守るんだろう?」
粛々と涙を流した男は、唇を震わせ、しかし、それは彼らの言語の言葉すら生み出さなかった。うぁ、だとか、うぅ、だとかの嗚咽に類する音。
「こんなヘルメットやユニフォームを着ていたら、勘違いしちまうよな。自分は強くて、自分はこの国のために貢献している人間で、何者にも毅然とした姿勢で立ち向かえると。でもそれを剥いじまえば、あんたも僕も、ただの人間だ。」
「っ……!」
「だからそこにあるのが、人間の矜持ってやつだろ」
アンタゴニストが男を照準する。
「あんたには別に、無いんだな。」
心臓が弾ける音がした。
「お、おぉ、れ、もう……帰りてぇっす……あとどんだけ敵が来ると思ってんすか……」
がくがくと震えるイルファンのそれは、きっと寒いからではないんだろう。僕が血でびちゃびちゃに濡れているのに、奴は大して汚れていない。凄絶な被服が、僕をおそろしい殺人鬼に見せる。
「いや、これで十分だ。もう時間だ。」
「は、ぁ……?」
隣接していた巡視船から、けたたましい音のアラートが鳴った。無線通信でもなにかが喚いているが、僕の東都語はそのノイズを除去し得なかった。第三言語くらいにまでは習熟させたが、こういった通信装置越しではリスニング能力が随分落ちる。
「ここらの海域に出張ってこれる海上自衛隊、航空自衛隊、海上保安庁は、今この瞬間、それどころじゃなくなった。」
今頃、東都の防衛相はてんてこ舞いだろう。
端末に連絡が届く。DPNKからだった。
『見ていてくれたか?俺たちからの祝砲だ』
はん、と笑い飛ばして、しかし結果には満足していた。
少し置いてから通知されたメールには、東都国内の動向が簡潔に記されている。
官邸ではこの事案のために対策室が設置され、内閣官房長官が声明を発表したらしい。
防衛庁長官の命令で海上自衛隊の最新鋭艦艇が該当海域に出発し、航空自衛隊から警戒管制哨戒機が投入される。海上保安庁も同じだ。IMBへの要請を済ませたら、担当部署の船舶や航空機は現地調査に駆り出される。
やかましいビープ音は彼らが発する警戒区域への航行警報だろう。
「……一体、なにしたんですか……」
「精製工場をひとつくれてやったんだ。あれの販売益を考えれば、奴らにとっても悪い話じゃない。今回はそれに、実戦データまで取れたわけだからな。」
「……」
もう聞きたくないか?口を噤んだイルファンはなにも言わなかったから、とりあえず教えてやることにした。
「DPNKが弾道ミサイルを発射した。史上初めてだぞ、東都国の領海に弾着したそうだ。」




