Ep.87『3』
ブラウ連邦共和国。
ファミリアでマツシマと打ち合わせをしたあと、ゼリタの運転でカルテルのブラウ支社に赴いた。
約束はセスタと、会議室に陣取って、コーヒーのカップを傾けた。セスタは、別に誰が入ってくることもないだろうに、一面ガラス張りの会議室の壁を曇らせた。スイッチが音もなく倒された。
僕がラップトップに表示させた送金記録。セスタから渡されたチップに入っていた情報だった。
「IMFTに知り合いがいるの。」
あまりにも呆気なく言った言葉がどれほどの意味を持つのか、彼女は、わかっていて呆気なく言ったのだ。僕も今更驚かなかった。
この地球上でMSCSを使って行われるMSCS送金の全てのログを収集し、管理し、必要であれば法執行機関に情報を提供する機関。
マツシマの表の口座から引っ張られたラインは、東都海を渡って、東都国の首都、そこから少しずれた場所で終着している。
「……なんなのかしら。ファミリアに関係あるなら、カルテルにも共有しそうなものだけれど。ゆすられてたりしないわよねぇ?」
「まぁ、奴の金だしな。僕らはそういう風に、互いに距離を取っている。介入はしないさ。」
カルテルとファミリアは完全に別の組織だ。グランナダラでの掃討戦が終われば、僕らは協力関係を解消してもいいと思っている。
つまり、エイジア諸国の利益は、シニカを除いてファミリアにそっくりそのまま渡してやるということだ。
僕たちは、アメリクス大陸の覇者となるのだから、それくらいは痛くも痒くもない。
そんなにも乖離している僕らが、互いの金の使い道に口を出すというのは、筋違い以外のなにものでもなかった。
送金先について、僕はセスタよりも深く踏み込んで知っている。その女は───反乱の火種にならないとは言い切れない。
ずっと前からわかっていたことだった。僕とマツシマは、いずれ袂を分かつ。この間東都国のストリップに行ったとき、僕たちはこれまでで最も近い距離で話をした。
これまでカマトトぶって覆い隠してきた互いの真意についてを、少しばかり明かし合ったのだ。
「グランナダラでの一戦が終わったら、憲章を残して僕は消える。東都国周辺の島にあたりをつけてあるから、そこの準備を。各々が危険を感じたらすぐに逃げ込めるように、手配しておいてくれるか?」
脳裏に映写される、白髪の女。東洋人離れした、厭世的な美貌。
エリンの、適合者。
*
ゼリタをディーラーの前に残して、僕は一人でその男と向き合った。
一時期僕が乗り回していたトラップ機構付きの車は、セスタとともに、この場所で購入したものだった。リゼルキルト・カルテル、その最初期の出来事であった。
「僕のことを覚えているか?トレス。」
ディーラーの店主は、手にしたMSCSを僕に向けることもできぬまま、震えていた。
テーブルに出されたコーヒーに、僕は口をつけなかった。これまで飲んでしまえば、今日は三杯目ということになる。過剰摂取は体に悪い。
それは明確に、人間の人体に影響を及ぼす生理活性を持ったアルカロイド入りの水溶液なのだから。
「さて、昔話をしてくれよトレス。僕は、自分が今まで生きてきた物語の中で、いくつか回収していない伏線があったことを思い出したんだ。」
トレスは、ただ震えるだけだった。
「マツシマのことは知ってるか?まぁ知ってるよな。奴はこの店の前を待ち合わせ場所にしたこともあったしな。というより、あんたのポジションで知らないってのが無理な話だ。」
僕には兼ねてから、そう、もし僕の物語を章分けにするのなら、第一章に当たるだろうこの街での物語で、腑に落ちないことがいくつかあったのだ。
その最たる例が、どうしてあの日、マツシマは僕をリゼルキルトだと見抜くことができたのか、だった。
セスタ・クリスタルベリーの関与を暴いたのは情報局。しかし、情報局は僕の情報までは収集しえなかった。だからこそ、僕とマツシマの協力関係は成立していたのだ。
では、なぜ、どこから、マツシマは、リゼルキルトとアステアの情報を得たのか。
「探偵の真似事をさせてくれよ、トレス。僕はファミリアの中にいたとき、いくつか昔話を聞いたことがある。その中で、僕が最もどうでもいいと思っていた昔話があった。なんだかわかるか?クァトロ・バルデリーニの昔話だ。
僕は、あんな小悪党の武勇伝なんて聞いてられなかったんだよ。だけど脳みそは優秀だ、ちゃんと覚えてる。奴は、煙草の規制に乗じた密売煙草の流通を契機に、ボスとして認められた。
その前に、奴は肉親を殺していたはずだな。ファミリアに歯向かった、兄二人だ。」
見渡したガレージ。僕の興味を引く車は相変わらずたくさんあって、彼の私物のピックアップトラックは、洗車が終わったばかりなのか、数年前に見た時よりぴかぴかになっていた。
「クァトロって名前がつくくらいだ。あいつは四男だったそうじゃないか。だが辻褄が合わないよな、奴が殺したのは兄二人だ。さて、もう一人は今、どこでなにをやってるんだろうな。知ってるか?トレス。」
彼がトラップ機構を作ったのは、マフィアに煙草の密輸用車両として売り込むためだった。だが、いっぱしの街のディーラーが、マフィアに営業を仕掛けられるだろうか?
依頼があったんじゃないか。マフィアの方から、このディーラーには、いくつもの依頼が舞い込んで。結局ご破算になったのが、あのトラップ機構だったんじゃないか。
「あんたが試作品とでも言って納品したのかな。ファミリアのガレージには、あんたの手癖が丸わかりのトラップ機構付きの車があったよ。」
メルとルムを殺すために、僕はその車を使って一か月の遠征に旅立った。
「あんたは、クァトロ・バルデリーニの影を努めたんじゃないか?市井に紛れ、使い物にならない情報局が取り逃した情報を、頭のキレるファミリアの幹部に流していた。それこそ、───マツシマとか。」
僕の顔は、こいつに知られていた。セスタはもとより容疑者だったから、報告の必要はなかった。
トレスはマツシマにリゼルキルトの名前を、そして顔を提供した。ガレージの隅に目立たないように据え付けてある監視カメラ。
そしてマツシマは、あの夜、僕に声をかけた。アンタニオスのことを、リゼルキルトと呼んだ。
「教えてくれよ、トレス。このファミリアで、過去、何があったのか。」
ふるふると首を振ったトレスに、僕は優しく頷いだ。アンタゴニストの切っ先を首元に突きつけた。
「なんでだよ、あんたらが僕らを呼びよせたんだろ。」
*
ゼリタにコーヒーを差し出して、目礼を受けながら自分のカップを傾けた。
「アビレスとゼータの統合部隊、これからの運用はどうするんですか?」
「アビレスの連中は、生き残った奴らだけでも結構な戦力だからな。あんただけじゃなく、彼らも易々と手放してやるつもりはないが……ゼータの方はもう無理だな。悪いが、ベートとのタッグは解消だ。」
ゼリタは「そうですか」と返すだけだった。彼にとっても、雑談以外に意図のない話題だったのだろう。
そこでふと、彼らが今、一体どんな関係性なのかが気になった。下世話な勘繰りというわけではなく、管理職が行う面談のようなニュアンスで。
「現場の性質によりますが、アンタニオスさんと違う現場のときは、たまに会ったりしますよ。彼女も俺も、組織の中での立ち位置は似たようなものみたいですから。」
「あぁ、苦労をかけて悪いな、何でも屋。」
「……まぁ、実態はそんなものですからね。」
僕が投げかけたあんまりなレトリックに、ゼリタは苦笑いで応じた。
「あんたは、奴を少しは買ってたんじゃないかと思ってな。」
去るグランナダラ決戦。僕はベートに期待していた。
けれどそれは、努めて戦場に呼び戻すほどのものではなかった。彼女は所詮人間だったから。
しかし、蓋を開けてみれば、ゼリタとともに適合者であるラザロ教団のリセンティア大司教を殺したという。
僕が講じたアビレスの対適合者装備より、マフィアの小娘の拳の方が有用だったというのだから、魔薬ビジネス世界は奥が深い。
「……ベートさんを見ていると、不思議な気分になる。」
ゼリタは感傷的に言った。
「あんなにも小さな身体いっぱいに、眩しいものをとにかく詰め込んで、それを燃料に動き続ける。彼女がまとっているヴェールを剥いだときに露出するものが、血みどろの俺の世界を眩ませるようなんです。」
「わからない、というつもりはないさ。良い言葉で言いすぎだとは思うがな。」
「えぇ、違いない。」
「あいつの内側には……と、来たな。」
デスクの内線がなったので、受話器を取った。
「席を外した方がいいですか?」
「いや、むしろ居てくれ。」
「誰が来るんです?」
「まぁ……奴が来るからこんな話をしたわけでもないんだが。」
自動で開錠された扉。ジジー、とモーターが作動する音がした。それが仕事を終えるのをゆっくり待っていればいいものを、ドアノブをがたがたと揺らし続けていた来訪者は、やっと開いた扉を風切り音がするほどの勢いで開けた。
「リゼルキルトさん!……と、ゼリタ。」
ファミリアの特殊部隊ゼータを率いる隊長。コード・ゼータから僕、二代目と受け継がれてきた階級を、若く、それも女である彼女が務めている。
「ベートは寂しかったです……!最近、ボスはベートをカルテルから遠ざけようとしてるみたいだったし。あ、すみません、喋り過ぎました。あの、今日は……っ」
うるさいのに自覚的なのは喜ばしいが、結局煩いのなら意味はなかった。たまに見せる酷薄な一面がなければ、僕は彼女を忌避するようになっていたかもしれない。やかましい女はもう食傷気味なのだ。
ちらり、とゼリタを見やった。不自然に逸らした視線は、僕の意図を汲んだなによりの証左だ。
「それより、紹介するやつらがいるんじゃないか?」
「ぁ!そうでした、ボスから紹介するように、と」
ベートが手招きして呼び寄せる。
漆黒のスーツを着込んだ長身の男が二人、入ってくる。
片方はサングラス、もう片方はバンダナを口に巻いている。いや、よく見ればそれは、布を吊るしているだけのようだから巻いているわけではなかった。眼鏡に似た金具が耳にかかっている。
顔を隠されていては人種の特定にも支障がある。僕やセスタは顔で見ただけで人種がわかりにくい人種、というか統一感のない人種だから、同じ僕の顔を見て東西全く違う人種を言われることもある。
これは中々に喜ばしい特性で、人種がわかればその人種所縁の犯罪組織や軍隊に思い当たるし、すればその特性や生業を推測することができて、時には弱点までわかったりする。
テーブルに据え付けてあったスイッチをなぞる。
「是非、紹介してくれ。」
サングラスの男───スキンヘッドで、僕の言葉に反応して動かした頭の側面に、刺青が見える───が、ベートの二倍ほどもあるような体躯でジャケットのボタンを外した。バンダナの男もそれを一瞥する。僕はスイッチを押す。
「ルィ、ト、ペィシャ・イ」
机の天板が回転し、その裏に隠されていた拳銃型MSCSが作動状態で現れる。僕が抜いたところで、パーティーのテーブルをひっくり返したような音がした。
遅れて吹いてきた突風が、デスクの書類を撒き散らす。ひらひらと舞う紙吹雪の向こう側、サングラスの男が放った魔法を、障壁デバイスで防ぎ切ったゼリタ。
照星の右側に、驚いたようなベートの顔が割り込んだ。すぐに外す。
「な!」
ゼリタに組み付こうと走り出したバンダナの男を狙い撃ち、次のモーションに入っていたサングラスの男に銃口がスライドする。
ばちゃ、ばちゅ。二つの水気を含んだ粉砕音が鳴って、照星の先で血と臓物が解放された。
一人目は綺麗に入った。真芯を照準することができたのだろう。作り物のように綺麗に体が真っ二つに割れていた。
二人目は当たり所が悪かった。頭と胴体の左側がまとめて攪拌されて、破裂した肉と血液の拡散範囲が酷いことになっていた。ベートの半身が真っ赤に染まっているのはそのせいだ。
ゼリタがサングラスを取り上げて、酷い有様の死体の顔を検めた。
「……東都人、いや、これは……」
「シニカ人、だな?ベート。」
「り、リゼルキルトさん……ベートは。いや。多分───裏切りです。人種はシニカ人で間違いないです。」
「シニカ、シニカね……なるほど」
ボディチェックを済ませていた。つまり、MSCSを持ちえない状態で、どうやって魔法を発動したのか、についてはいくらでも理屈が付けられる。
ただ、十中八九適合者による仕業だろう。
そして、シニカで適合者を擁するような犯罪組織といえば。地域に根付き、国家と癒着し、その歴史に深く絡み合ってきた裏の権力。
「黒社会、───『三位会』か。」
「……シニカの伝統的な犯罪組織ですね。」
「あぁ、……最大勢力はワン・ロン。そいつのこめかみの入れ墨を見てみろ。」
ゼリタもベートもそれを見た。「294」の数字に、小さな龍のモチーフ。
「そいつらが国家と癒着したきっかけ、大陸戦争のあとに制定された、対黒社会的性質勢力への処罰を設けた条文だ。第294条。ワン・ロンはそこから、自分たちの数字だと、294をシンボルにし始めた。」
ゼリタの端末がそのエンブレムを撮影した。
ベートは、そもそも武装解除していたが両手をあげ、座り込んで死体を観察していたゼリタをつま先で小突いた。
「手錠がありません。」
「じゃあ腕外していいっすから。」
お前なら腕を外したところで、そのキュートな八重歯を突き立ててきそうなものだが、なんて考えてる間に、ゼリタは驚くほどの手際でベートの肩を外した。
少しばかり片目を歪めた程度でその痛みに決着をつけたのは流石だが、妙な音を立てることもなくやり遂げたゼリタの手際も見事だった。もちろん、骨伝導は耐えがたい音をベートに聞かせただろうが。
だらりと垂れ下がった両腕を揺らして、ベートは僕に言った。
「こんなことにならないって言って、貴方に認めて貰ったのに。ごめんなさい、リゼルキルトさん。」
どうぞ殺してください、と言うために、そうも手間をかけられるものなのか。苦笑したくなる気分だった。
ゼリタは、どうしますか、とでも言いたげに僕を見た。トリガーの一つですぐだが、ゼリタと同様、僕も彼女に眩しさを感じていたところがある。
ゆっくりと歩いて、つま先が血だまりの淵を踏んだ。滑らせた靴裏が、血液のラインを引く。赤黒い染みが、絨毯に奇妙な模様を描く。
「人間の外側を剥いじまって、その中身を解放させたら、大抵はこいつらみたいに」
足蹴にした死体が重々しく揺れた。
「血と暴力だけを撒き散らして終わりだ。」
せっかくそんなにも厳重に包まれているのに、開封してみたらそんなものなのか。幾度となく僕は落胆して、そして同じ数、僕は落胆から引き摺り上げられた。
「一度だ。お前は僕の期待を超えて見せた。今回は見逃してやる。だが、こちら側に迎え入れはしない。」
「はい。ありがとうございます、リゼルキルトさん。」
頭を下げて見せるベート。腕は、ぶらりと垂れ下がっている。
「もうマツシマは終わりだ。ファミリアはワン・ロンと手を組んだ。見逃しておける段階じゃなくなった。」
「……我々に気付かれずに、こうも素早く敵組織を誘引できますか。」
「シニカの犯罪組織の十八番は密入国ビジネスだ。小型の高速ボートを使って、一晩に四千人を西洋のルートに密航させたこともある。タリャーリナのマフィアと似てるな。国境線一つ越えるのに苦労はないだろう。」
ルートはおそらくルシオの山脈からだろう。あの場所はファミリアの農場の分布する地域だ。マフィア利権の及ぶ範囲、というのは、この国では国家権力が及ばない範囲だ。華僑の結びつきは密売煙草と深い。ブラウの中にあるシニカ租界の噂はかねがね聞いていた。
「ゼリタ、僕の護衛の任を解く。ある人物のもとに向かってもらいたい。」
「わかりました。」
ベートがいる手前、人物の名前と所在地については口に出せなかった。ゼリタの端末におおまかな位置情報と彼の写真を送信する。
あとで彼にも僕の方から一報を入れておく必要があるだろう。
「それとついでに、ベートを本部まで送り届けてやれ。法撃があるかもしれないから、手榴弾スタイルで。」
「え、えぇ……ゼリタにですかぁ?」
「僕が行ったら本末転倒だろうが。」
「ちゃんと窓から転がしておきます。行きますよ、ベートさん」
「んぁぁぁ……」
ゼリタは、自分で外したのだからわかっているだろうに、ベートの宙ぶらりんの腕を引っ張って出て行った。
あと数十分もすれば、手榴弾さながら、ベートはマフィアの玄関に放り込まれてごろごろと転がることになるだろう。
二人が社長室前のエントランスを抜けたところで、セスタに電話をかけた。多重に暗号化がかけられたアプリを使ったから、火急の用件であることはわかってくれるだろう。
「あぁ、セスタ、悪いが予定が繰り上がった。間に合うか?」
『───ちょっと、───えぇ、そうしておいて───ごめんなさい、待たせたわね。その件だけど、どれだけ急いでも今日の正午に間に合うかどうかってところだわ。アタシの部下がさっき東都国についたばかりなの。』
「問題ない。君は今どこだ?」
『アメリクスだけど……』
「向こう一か月、そこから出るな。」
『い、一か月って、アタシ忙しいんだけど!?』
「一か月で必ず方をつけるから。一年は待たせないんだ、あのときよりマシだろ。」
『そ、そうだけどぉ……やっぱり、なにかあったのね……?』
デスクの引き出しに入れていたリングファイルをぺらぺらと捲りながら、これまで開拓してきた密輸ルートを回想する。
「マツシマだ。僕の予想より早かった。」
『え、マツシマ?マツシマが裏切ったってこと?』
あぁ、そういえばこれは共通の秘密というだけで、公然の秘密ではなかったな。
僕とマツシマは、互いにいつトリガーを引こうか窺っていたが、彼女たちからすれば、ついこの間二人で東都旅行(基原植物の採集)に行った間柄だ。バルデリーニを殺した後の一幕については、アステア以外には語っていなかった。
目的のページを見つける。
「全構成員にメールは送信してある。ファミリアとは全面戦争になるはずだ。出遅れた感は否めないから、正直勝てるか怪しい。」
『はぁ~……もぉ、わかったわよ……アタシ、そうやって振り回しても大丈夫な女だと思われているのねぇ……』
「振り回しても吹っ飛んでいかなかった女が君だけだったんだ。愛してるよ、セスタ。」
『っ……!ま、ままっ、間に合わせれば、いいんでしょお?もう、切るから……ちゃ、ちゃんと報告するのよ!?それから……』
「あぁ、ありがとう。じゃあな。」
『あ、ちょぉっ!』
端末を放り投げる。地面に落ちるまでの滞空時間は、僕の反射神経からすれば緩慢だったから、照準すらせずに片手間で撃った。数々の電子部品を撒き散らしながら、端末が爆ぜる。
テーブルには、ブラウ発世界各国行きのヘイロー・エリンの密輸ルート資料がある。白紙の世界地図を、血と金で描かれた矢印が往来している。
それはまるで、核戦争が勃発したときの予想映像で描かれる、戦略核ミサイルの軌跡のようだった。
ボールペンで軌跡を絶っていく。
シニカ人民共和国を経由して東都国に向かうルート。
バハラータ共和国からンナエリア連邦共和国へと向かうルート。
オースニア連邦に直通し、キツィリト連邦と東都国の隣接する地域に伸びるルート。
ブラウ連邦共和国の大陸ルートからエギュトス共和国へのルート。
「っ、これまで便利に使ってきたが……」
マツシマの策略は完璧だ。僕らがアメリクス大陸の魔薬流通網を発展させている間に、奴は東南エイジアを中心とする流通網を完璧に結索していた。
流通ルートのハブとなるのは、周辺諸国では間違いなくシニカだ。そして、それを仕切るのはもちろん黒社会。
もし僕が逃走するとなったときに、アメリクス大陸や他の国に逃げるときの非合法ルートは、シニカに頼らざるを得ない。それを、全くマツシマは理解していて、三位会を誘引したのだろう。
「最高だよ、マツシマ。」
舌打ちを吐き棄てて、まずは手の届くところから始めることにする。




