─【 神々の魔法工学-Gods of the plants- 】─
Ep.86
─ [ 神々の魔法工学-Gods of the plants- ] ─
闇に支配された部屋。その部屋には、光源が存在しなかった。かといって、それが今だけかというとそうではなく、そもそもその部屋には照明器具の類がない。
窓もなく、扉は閉ざされている。それでも、その中にいる少女は、なんの不自由もなく歩き回り、ときたま、踊ったりもした。
きっとこの観測装置も、暗視スコープを装着していなければ、中の様子を窺い知ることはできなかった。
銀髪の妖精は、フラクタルによく似ていたけれど、しかし彼女よりどこか成熟していた。それは、身体つきであったり、その所作から読み取ったものであって、決して、僕が直接話して得た印象というわけではなかった。
眼。
視られているのに気付いたのだろうか。思わず震えてしまいそうになる程綺麗な双眸が、真っ直ぐにカメラのレンズを射抜いていた。僕と、眼が合っていた。
あぁ、本当に、これは本物だ。少なくとも僕は、そう思わざるを得ない。
「他の女、見ないで。」
するりと首に回された腕。それは、ディスプレイ越しに見ていた妖精のものではなかった。呼びかけには肉声が伴い、抱擁には体温がある。
緊張して強張った筋肉、思わず生唾を呑み込んだ。
覆い隠された視界。僕の眼窩に触れる指の腹の感触が、あまりにも甘美で陶酔した。
「ち、違う……本当に、僕は、その、君のことしか……」
「もう私の事だけじゃないじゃん……最初のころは、あんなに一途だったのに。会うたびに女の子増えていって、さ。」
耳元で可憐に責め立てるウィスパーボイス。儚くて、少し冷たい。でも反対に、僕の体温はそれでぐっと引き上げられて、振り向きたくなる衝動に襲われる。
甘やかな抱擁から解き放たれて、ゆっくりと振り返ると、すぐに彼女の身体が飛び込んでくる。
「君の、最愛の人はだれ?」
「君だ……フラクタル。」
「そうだよね。……リゼルキルトは、私のためだけに、私を迎えに来るためだけに、あんなに頑張ったんだもんね。私を、救い出してくれたんだもんね。」
蠱惑的な微笑みが、満足げに頷いた。
僕の胸板に体重を預け、フラクタルはふふ、と笑みを漏らした。
「まだ、こんなにドキドキしてるの……?」
「そ、それは……君が……」
「私が?」
「……なんでもない。」
「だめだよ」
ぴく、と。なにか、身体が硬直する。
フラクタルのただの言葉の一言。それが、僕の行動を抑制したのだった。そういった芸当を見せつけられるたび、やはり、彼女は僕らとは違う存在なのだと思い知らされる。そしてだからこそ、手に入れたくて仕方なくなる。
「あんまり、そいつのこと見ちゃ、だめだからね。」
「あ、あぁ、わかったよ。」
僕の腕の中、銀髪の妖精はころころと笑った。
「ねぇ、リゼルキルト───」
私のこれまでの、どの経験も、どの感情も、思い出も、全部、貴方一人に届かない。
フラクタルは、淀みなくそう云った。滲んできた涙を悟られまいと、努めて上を向いた。
月と、愛を司り、魔女と呼ばれる小さな女神。
「愛してる。」
僕はそうして、瞼を閉じた。




