表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第三部【無闇矢鱈に輝くな】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/81

Ep.78『最高の時代』


「やっとおでましか?」


 インクィタス大司教が、聞くに堪えない嗚咽を、というより断末魔を放った瞬間だった。

 どがん、と庭園の残骸をクレーターに変えた鮮烈な登場。僕はそれが、ホーリーウッドのヒーロー映画の一幕に見えて、思わず笑ってしまった。ここにいるのは、映画の題材になるときには、悪役の座を仰せつかるばかりの麻薬カルテルのボスだけだ。

「あァ、あんたらがぁ……作り出しちまった奴らの処理に追われてたからなァ……?」

 僕はそれが一体何を意味するのかよくわかってはいなかったが、アステアの神が暴れたのなら、それの対処ということだろう。

 正直なところ、アステアが彼女によって殺されてしまったのではないか、という不安は、べったりと粘着質の予後を残していたわけだが、しかし僕は信じることにした。

 そこで僕は、女々しく「彼女はどうした!?」とヒステリックに陥ることはやめて、アステアという少女のことを、ひいては、僕らが初めてこの世界に生み出した地獄についてを、信じてみることにした。

 僕らの目の前で噴煙を纏ったその女についてを、軽んじてみることにした。

「久しぶり、エミリア・カテドラル。僕らの序章(プレリュード)には、満足してくれたか?」

 グランナダラ・カルテルのボス、エミリア・カテドラルは、凄絶な笑みで嗤った。

 それは、人間と区別されるべき人間が行ったのなら、あらゆる顰蹙を買い、あらゆる恐怖を喚起させただろう。しかし、僕ら魔薬カルテルにとっては、取るに足らない笑みだった。

 僕は、死の間際にどことも知らない楽園の名前を叫びながら自爆を引き起こした売人の男や、自分の娘の四人を売春宿に売り渡した女の振り回した包丁の軌跡、そして、どこまで行っても敵わないだろう、深い、皺を刻んだ笑みを、何度も思い出している。

 お前のそれは、取るに足らないんだ。

 僕は、エリンの適合者足るエミリアに不覚を取るだろうか?

 もちろん、今の僕にはわからない。魔薬の流通市場とは、あらゆる不確定事項の集合体だ。僕は、それを一概に断定して仮初の安堵に浸るような浅はかな考えとは、随分前に決別している。であるならば、この場を最速で収め、全体を概観するのが、カルテルのボスたる僕の役割だろう。

「討て、『聖火の守護聖人(マシンエルフ)』。」

 僕が差し向けた掌の先で、エミリアが嗤っている。

 その隣、彼女の従者───あの、ただならない雰囲気のモノクロームの女───が、そっと口元を覆う。

「『大聖廟(カテドラル)』」


 呟いた瞬間、僕の手から生み出された焔。それが、一瞬の内に霧散した。あるいは、爛れた、と言ってもいい。

 それは、まるで腐り落ちたように自らの形を喪失していき、その痕跡に、幾多もの遺灰を伴った。僕の最大火力を無力化せしめた異能の力は、次には僕らが立ち尽くす大地に照準を定めた。

 そこにそれがあったという痕跡。何千年、何万年、何億年という堆積の結晶を、一瞬のうちに忘却し、消却し尽くすような冒涜。大地は割れ、新参者の渓谷が、我が物顔で歴史に横たわる。そこに生み出された断絶に、僕は容易に転落した。

 岸壁の淵、僕に手を伸ばしたセスタに、視線だけで黙れ、と命じた。

 いいか、この戦いは、僕だけのものだ。

 もし、そこに介在する余地があったとしたら、それは、フラクタル以外にはない。

 真っ白の軌跡が僕の直下で瞬き、アゴニストの切っ先から射出された魔素偏光が障壁を形作る。

 物理的なエネルギーを持ったそれは、展開されている間は慣性力や重力の影響を受けず、絶対的な座標に留まり続ける。足を突き、僕は与えられる落下の運動エネルギーと決別する。ぐっと力を込めて飛び上がり、地上の世界に回帰する。

 狙い撃たれた都合十発の、推定:ミリタリーロングレンジプロッダーが、僕を滅多打ちにする。

「ははっ!連射、魔法、か……!」

 エミリアの背に背負われた、十字架のような直方体のなにか。どうせMSCSの類だとは思っていたが、現代MSCS工学の難問とされていた連射魔法がそこに格納されていたとは驚きだ。そうだ、その時点で、僕らのカルテルはグランナダラ・カルテルのそれに劣っていた。

 アビレスが見積もったカルテルの規模について、僕は妄信しすぎていたのかもしれない。

 既にグランナダラ・カルテルは、生産力、技術力、資金力において、リゼルキルト・カルテルを上回っている。

 全身から噴き出した自分の血液を浴びながら、僕は可笑しくて笑わずにはいられなかった。

「最悪な時代に生まれたなぁ!!」

 眼前で、エミリア・カテドラルの凄絶な瞳が、僕を視ている。

 僕の顔面を掴み、既に一度へし折られたことのある鼻筋を再びへし折るように。エミリアの掌底が僕を吹き飛ばす。自分の首から、ぺきゃ、という嫌な音がした。側頭を刺す鋭い痛み、その隙間から、既に遠いエミリア・カテドラルを見る。その先、女が見える。

 その先、エミリアの従者が差し向けた指が、真っ直ぐに”僕”を指している。



 エミリア・カテドラルはつまらなそうに死体を見つめた。

 つい一瞬前まではリゼルキルトという人間だった死体。といっても、今となってはその顔面を正確に認識することはできない。

 露出した眼球が頬に流れていて、辛うじて認識できる骨格の上を、細長く裁断された筋線維がべったりと汚している。

 外側から見れば形を保っているように見える頭蓋の内側も、その衝撃の前には心許ない。

「り、ぜるきると、くん……?」

 呆然とそれを見つめていたセスタ・クリスタルベリーは、思い出したように横たわったリゼルキルトに駆け寄り、真っ白な指先が汚れるのにも構わず彼の血肉を抱きしめた。彼の死に顔を抱き、何度も彼の名前を呼ぶ。

 ぴくりとも動かない、死刑執行人(エンフォーサー)からカルテルのボスに成り上がった傑物の死体。

 エミリアはそれを、ただ、アンタニオスという物語の終わりとして消費した。

 今、自分の手で、憧れは打ち砕かれ、彼が担っていた伝説はエミリアの手に収まった。物語の趨勢は、今、エミリアの手中に握られたのだ。

「あァ、終わっちまったなぁ……リゼルキルト。」

 寂寥感、或いは虚無感。けれど、それらの隙間を突き抜けてくる昂り。

 エリンがもたらす脳を焼き切るような快楽に似た、おぞましい陶酔。今度の英雄譚の主役は自分だ。背負ってしまったその重責、エミリアはその感触に身震いした。

 これまでそれを担ってきた彼への畏怖と、これからそれを担う自分への鼓舞。

「エミリア様。」

「エスメルダぁ、あっちの状況はァ?」

「少しまずいです。これ以上精製工場を壊されては流通に支障が出る。」

「わかったぁ、そっちからぁ、やる。」

 背中に背負った連射型魔法の計算装置を軽く叩く。今はまだ、火薬式の重火器が行っていたような間隔のフルオート射撃は不可能だった。それなのに、使用にはこんな重荷を背負うことが迫られる。

 計算装置を担ぎなおし、エミリアは次の戦場へと歩き出した。小さく、思い浮かべる。英雄の終焉。

───さようなら、アタシだけの、英雄(ヘイロー)

 そのそばを追従するエスメルダが、何気なく視線を巡らせる。亡骸を抱く、超巨大企業の代表取締役。直情的に、感情的に死を悼む、その姿。彼女の背中に阻まれて、英雄の死体を見ることはかなわなかった。

「エスメルダ、もう直だァ、やっとけ」

「はい。」

 主に呼ばれたことで意識を引き戻されたエスメルダは、手渡されたグラム単位のエリンをその細腕に器用に引いた。慣れた動作で白線を二回に分けてスニッフィングし、壊死しかけた鼻中隔の中を過ぎていくエリン・アルカロイドの味を確かめる。

「すべては、私の奴隷だ。」

「あァ、全ては、お前のためにある。」


 歩き去っていくエミリアとエスメルダの姿が見えなくなって、やっとリゼルキルトは身体を起こした。

 全く目許を腫らしていない泣き顔のセスタが、冗談めかして舌を出す。

「情熱的な演技だったでしょぉ?」

「君は、僕が死んでもすぐ切り替えるだろう。リアリティはなかったな。」

「あらぁ?アタシは死ぬまで引き摺るわぁ……でも、すぐ切り替えるのはせいかい。」

 妙に甘えた声でそんなことを言うセスタに、思わず苦笑が漏れた。

 そうだな。僕は、君のそういうところが好ましい。君やマツシマのそういうところに、僕は、これまで幾度となく助けられてきた。

「それで、これは誰の肉片なの?」

 僕が払いのけた血肉が、ずるりと地面に落ちた。芝生の隙間を、どす黒いドリップが滑っていく。

「僕の妖精のだ。もう、こんなことしないでくれよ、フラクタル。」

 いつの間にか僕の傍に顕れたフラクタルは、つい数分前まで自分だった血肉に無頓着だった。傷一つない身体で、僕に腕を絡ませて、セスタからぐいぐいと距離を取らせる。

「あら、そんなことできたのぉ?確かに、アタシもオルタネートに触れられるけれど。」

 セスタの背後に現れた妖精───オルタネートは、セスタが触れようと伸ばした指先を、酷く神経質そうに払いのけた。嫌悪感を丸出しにするその表情は、フラクタルの例に漏れず酷く整っている。

 ふわりと宙を泳いだオルタネートは、僕を盾にセスタから逃れた。君たちが華奢な女の子二人でも、僕の背中は狭いだろう。

「それでぇ?リゼルキルトくんは、なにに不覚を取ったのかしらぁ?」

 セスタは、こつり、と注射器を弾いた。

「エリンの力と連射魔法は、素直に危うかった。が、勝ちを諦めるほどじゃない。まだ、奴らは本質を見せていない。少しだけ、違和感があったんだ。」

 エミリアとその従者、確か名前はエスメルダと言ったか。

「エリンの持続時間は、長い方で長編映画一本分くらいだ。僕が最初にこの邸宅に来てから、シアターは二回分映写機を回した。」

「途中で別の映画を見始めたんじゃなあい?」

「だが、エリンには強力な耐性がある。僕とマツシマの読みじゃ、エリンの連続使用は効果を著しく減退させる。」

 マツシマと共に向かった東都国。そこにいた踊り子の女───エリンの適合者。彼女が引き起こした惨状は、災害と呼んで然るべきものだった。しかし、その後あの国の警察機構に捕縛された踊り子の女は、それくらいなんでもないだろうに一切抵抗しなかった。

 抵抗できなかったのではないか、とはマツシマの言だった。

「リゼルキルトくんは、なにを答えだと思っているの?」

 セスタの口許が、悪戯な弧を描く。

 僕は、僕の背に隠れて小競り合いをするフラクタルとオルタネートを指さした。

「例外、」

「あぁっ!妖精さんたちねぇ」

 僕にはフラクタルが、セスタにはオルタネートが、アステアにはモルヒネアが、アザルベーダにはスピィルトヴォズが追従している。そしてその顕現は、強力な効果を持つ魔薬に顕著に見られる。エリンほど強力な魔薬に、妖精が現れないことがあるだろうか?

「そういえば、ぴったりくっついて、主を守り続けてたやつがいたな。」

 これまでの全ての力が、エリンの妖精に依るものだとすれば。効果時間の持続についても、ある程度の見切りがつく。

 彼女たちは自分の力を、まるでMSCSのトリガーを引くように、容易に完了する。わざわざご機嫌なお薬を投与する必要がないのだ。

「それでぇ?リゼルキルトくんは、あの二人の秘密を解き明かして、その上で、勝てるのかしら……?どんな策を弄すの?アタシには、何をさせてくれるのかしらぁ……」

「君の力を借りるまでもない。」

 いつか、ゼリタはグランナダラ・カルテルのことをこう称した。理性と本能の二面性、それが、あのカルテルの実態。

 まさしくその通りだ。強力なカリスマがある。冷酷な頭脳がある。莫大な資金力がある。豊富な商品を持つ。カルテルとして、僕らはひと時の敗北を喫しただろう。それは間違いない。しかし───

「酷い時代に生まれちまったな、グランナダラ・カルテル。」

 戦闘の化身(Code:Z)は僕に、断頭台の宿命を授けた。



「起きましたか?アステア殿。」

 ゆっくりと瞼を開けたアステアは、ぼやける視界の中によくわからない女を見つけた。アザルベーダという名前で、リゼルキルトがどこかから拾ってきた女だった。揺り動かされて、すぐに意識は覚醒する。顎を撫ぜたシレットの感触、自我の喪失を思い出す。

「駄目だったか。」

 すぐにでもオイルライターで火をつけて、煙草を吸いだしてしまいたかったが、状況はどうにもそれを許してくれそうにない。

「あれ、一体なに?」

「さぁ……ボクも、困り果てていたところです。」

 それは、なんと形容すればいいのかもわからない、奇妙な見た目をしていた。折れ曲がった多腕が、幾何学的でシンメトリーな紋様を生み出し、その真ん中に、リンネ、だった少女が、変わり果てた姿で浮かんでいる。

 顔面を上質な帯でぐるぐる巻きにされ、その上から真っ白な面をつけていた。面には筆先を触れさせたような点が置かれている。ぶくぶくと肥大化した両腕は真っ白で血の気がなく、それとは不釣り合いなほどに細い体が、機械的な光沢を見せる鎧に包まれていた。

 古今東西様々な宗教的意匠をごちゃまぜにして、東洋の風味を香らせたような、そんな姿。

 アステアは、巨大な蛇が這ったように一直線に抉り取られた街並みを見て聞いた。

「あれ、あいつの仕業?」

「えぇ。間一髪、といったところでした。あの一撃を放った後、邸宅の方角から飛んできた魔法の爆撃を受けて静止しました。最初は布のようなものを被っていましたから、回復している途中───いいえ、自身を補完している途中、といったところでしょうか。」

 そ、とそっけなく返して、アステアは顕現したままだったモルヒネアを遠景に認める。

「あなたは、あれ、なんだと思う?」

「”神”でしょうかね。」

 リンネという少女は、ヒュドラという魔薬の中に眠っていた妖精を呼び出さなかった、ように見えた。しかし、彼女は誰よりも先にそれを呼びだしていて、それは誰の目にも見えず、触れられず、感知できない朧げな存在だった。そして、リンネはそれに、供物を捧げ続けた。それは、リンネの中に入り込み、そうしてやっと、この世界に姿を現した。

 フラクタルやオルタネートとは明らかに違う、異質な何か。

 二、三度、中空を煌めきが迸った。リンネが浮かんでいたあたりの空間で瞬いたそれが、次の瞬間に炸裂して鮮やかな爆炎を撒き散らす。空間を全反射した魔素偏光が、紫や青に近い独特の色調を取った。

「魔法……」

 極端に銃声が小さく、軌跡が可視化されない魔法は、発射地点を推測するのが困難だった。

 身を屈めながらも銃口を探したアザルベーダに、アステアが首を振る。

「おでまし。」

 瓦礫塗れの街路を闊歩する、ふたりの女。

 エミリア・カテドラルとエスメルダのその姿は、自らの力を誇示する凱旋のようにも見えた。

「あァ、やっぱり、最期はあれんなっちまうんだなぁ、ヒュドラの適合者ァ」

「脳だけでも変化しましたから、そも、人間じゃなくなってしまうのかもしれません。」

「まァ、またやっとくかァ。こんなどでかいやつァ、……初めてだがァ……」

 がく、がく、と折りたたまれていく多腕の関節。リンネの背後で花のように咲いていたそれらが、人差し指を立て、自動迎撃システムの銃座のように一点に向けられる。リンネの片腕もそれに倣い、そこでようやっと、その行動が指を指すために行われたのだと想像がつく。

 いくつもの偶数個の指先が、鋭く閃光を発した。示し合わせたように、リンネとエミリアの彼我の中間、閃光が激突し、ガラスを引っ掻いたような不快な音がつんざく。巨大な弾丸となった輝きが、満身創痍のグランナダラシティを薙ぎ払う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ