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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第三部【無闇矢鱈に輝くな】

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Ep.75『貴方の名前を呼ばない』

 甦ったラザロは、信じられないものを見る目でインクィタスを見た。

 僕はすぐさまに翻り、彼女にアンタゴニストの銃口を向けた。オートマティックに引いたトリガーが、魔法を激発させる。

 インクィタスの眼前で、地面が爆ぜて土塊を撒き散らした。

 僕が照準を見誤るはずがない。というより、照準した後のホーミングは、MSCSという人間の脳よりもよっぽど処理能力の高い計算機が担う。僕の実力には由来しない。またしても妙な力を持った適合者が現れたということだろう。

 インクィタスの半身を覆う結晶。クリスタルのようなそれを生み出したのは、僕らの仲間の妙な適合者なのだろう。

「セスタはどうした。」

 見る限り、インクィタスは万全という風には見えなかった。

 結晶の奥に透けている素肌は、壊疽したように青紫色に痕跡を残している。セスタに完勝したというわけでもあるまい。

 インクィタスは、僕に指先を向けた。

 子供が特殊部隊の真似事をするときのようなガンフィンガーのハンドサインだった。しかしまさか、そこに本当の射撃機構がついているとは、僕は予測していなかった。

 迸った紫紺の雷鳴が、僕の眼前で弾ける。障壁デバイスは既に展開していた。アゴニストは、インクィタスの雷撃を完全に打ち砕いて見せた。障壁の表面を、微量な電流が微か走っていった。

 ちらりと背後を窺い見る。ラザロは、どこかバツの悪そうな顔でインクィタスを見ている。それもそうか。さっきの僕らの話が聞かれていれば、痴情のもつれは不可避。いつもならば愛がとか通じ合うからとか言い訳ができただろうが、ラザロの名前を呼んでくれるのがインクィタスしかいない現状からすれば彼にとっては死活問題だ。

 しかし、インクィタスははっきりと言った。

「私は、名前を呼びますわ、ラザロ卿。」

 厄介だ。折角ベスティアリスを排除したというのに。

 僕はセックスフレンド間の妙な雰囲気の中に取り残されてしまったというわけだ。

「まだ、立ち上がってくださいますよね。」

 ラザロには酷な相談だっただろう。そうして真正面から愛を伝えられるようになったのはいいことだが、レセプターが常に正常に作動するとは限らない。僕は少しだけ待ってやった。ラザロは、ゆっくりと自分の掌を覗き込み、そうして決心した。

「ほぉ……そうか。」

 立ち上がったラザロは、錠剤を呑み込んだ。

「私に、なんでもよろしいですから、力をください。ラザロ卿。私はそれを、全部熱に変えて見せるから。全部、この身体の昂りに、変えて見せるから───『失楽園(インピィダンス)』。」

 貴方が私に何かをくれるから、私はそれを、転化する。インクィタスは最後そう言って、虚空のトリガーを引いた。

 植わっている庭の芝を抉り取り、凄惨な這い痕を残す極大の稲妻が駆け抜けていった。それは、僕らの後ろに控えた聖廟の一角を吹き飛ばすほどだった。障壁デバイスを解除する。彼女のその一撃はしかし、僕を呑み込むには足りない。

「奴から殺そう、フラクタル。」

 僕の周りをくるりと回ったフラクタルは、僕の目元を綺麗な掌で覆って、その上で「うん」と耳元で囁いた。

「討て、『聖火の守護聖人(マシンエルフ)』。」

 踏みしめた一歩目、麦畑を駆け抜けていく一陣の風、熱。

 再燃し、燃え上がり、僕の中で燃え盛る。その熱量の全てを、僕はこの場所に顕現する。引き伸ばされる視野の中、相対論的物理学の浅瀬に二歩目が踏み込んだ。

 光のなか。

 爆炎の翼が産声を上げ、顕現する規格外の熱エネルギーが空気を混濁させる。中空で迸ったプラズマ───光のような彼女には、届かないけれど。

 僕はその、光のような彼女の残像に追い縋る。

 流れるように中空を滑り、その軌跡に火焔が瞬く。僕の異能のアフターバーナー推力、まだ僕を捉えていない、インクィタスの瞳。

 炎を滾らせるアンタゴニストの刃が、インクィタスの顔面を打ち砕───

「あ?」

 はずだった。

 インクィタスの手が、アンタゴニストの刀身を掴んでいる。切り裂かれた指の皮膚から、血液が零れて、アンタゴニストを伝っていった。僕が生み出した炎のエネルギー。それは、気体を昇華させるほどだった。

 僕は、彼女を火葬するつもりで一撃を放ったのだ。だというのに、アンタゴニストから彼女に流れ込んだエネルギーは、彼女の掌から滑らかにインクィタスという抵抗器に入っていき、通電できずに四散した。

───そうか、それがインピーダンス。

 彼女は流れ込んでくるエネルギーに、余分な熱エネルギーという烙印を押す。その熱こそを、彼女は自分のものとするのだ。

 彼女が放つあの稲妻は、ある種のプラズマだ。任意の物質を、有り余る熱エネルギーで加熱し昇華する、そしてそれを自在に撃ち放つ。天然の電磁投射砲。

 熱エネルギーは、自らの楽園を追放され、彼女の手中に掌握される。

「ラザロ卿!」

 僕の眼前で、火柱が上がった。インクィタスから放たれたものだった。

 思わず飛び退くが、それを追撃するようにいくつもの火焔が炸裂する。この空間には可燃物が満載だ。彼女の熱エネルギーは、炎となって僕に牙を剥く。

 攻撃範囲はインクィタスを中心として半径二十メートルといったところだろうか。僕が彼女に叩き込んだエネルギー量を思えば、もっと広くてもいい気はする。攻撃範囲から余裕をもって距離を取り、ラザロの方を窺う。

 ラザロ卿は、炎の中で呟いた。


「『喝采者(クラーケ)』」


 灼熱の乱舞が、庭園を席巻した。

 それは、血液を発端としていた。山積みになった死体から、地面に染みついた血痕から、吹き飛ばされた四肢の数々から。炎は巻き起こり、やがて、その炎の中に陰が生まれる。ふらふらと揺れて、炎から生まれ出でた何か。

「最悪だ。クソ」

 僕に焼き尽くされて、炭化したした死体が、ひとりでに動き出す。

 炎を纏い、炎から生まれ、炎に呑まれる。ウォーキング・デッドの聴衆は、先例に倣い動きが鈍い。

 僕が筋線維まで焼き切ったか、それより前に神経を壊疽させることに成功していたか、ともかく、彼らの動きは遅い。直接的な脅威にはなりそうもない。なぜなら、彼らはまだ生きている段階で、たった一人の僕に殺されたのだから。同じ数が弱体化しても、問題はない。

 しかし、ラザロが呟いた言葉が気になる。

 ゾンビどもを片っ端から燃やしながら、僕はラザロを見た。

 相当強いアダムスを使ったのか、彼は苦しそうに咳き込み、唾液なのか鼻水なのかわからない分泌液をだらだらと流して蹲った。

 アダムスはアンプヘルタやクリスタルメスの成分に似た化学式を持つ。

 気分は昂揚し、身体は解放を求める。病的な共感作用を持ち、パーティードラッグとして重宝されてきた。身体は無際限に動き続け、発熱し、水分が奪われていく。それに対処しなければ、脱水症状で命を落とすこともあるし、それに対処しようと水を飲み過ぎることで低ナトロン血糖に陥り死ぬこともある。

 ラザロが服用したアダムスは、彼にとってある種の覚悟だったのだろう。終わりのない苦しみ、彼は、その宿命を異能に宿している。もし、過剰摂取した状態を規定状態として判断されれば。彼は、蘇るたびに末期の依存患者としての生を取り戻すことになり、誰かに名前を呼ばれなくなるまで、その苦しみは悠久と続く。

「フラクタル、頼む。」

 首筋に口づけする、フラクタルの唇。柔らかくて、愛おしい体温。生暖かい舌の感覚が、妙に気分を高揚させた。

 爆轟が吹き荒れ、立ち上る。轟音は遥か彼方まで延び、それは、炎の夜を超え、死を密輸する商人。聖杯にはもうじき毒が混ぜられる。明滅する信号のことを、「愛している」と読んだ宇宙飛行士の物理量を計算した結果───四次元を飛び越した余剰次元に、感情粒子が蓄積され、重力の壁を超えた質量ゼロの物質はいずれ解放されて十一次元から降りてくることに在る。閻魔が手にしたつるぎには、ヤシマの刀鍛冶のサインが彫られていて、L1からスタートした旅は今となってはEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE100に到達した。

 あ。

 ラザロの心臓にめり込んだ僕の腕が、爆ぜた。

 ぐちゃぐちゃに引き裂かれた、ラザロだった肉片が、血の霧になった。ゾンビが言う「我が」炎が立ち上る。ラザロの肉体が成形された傍から、アンタゴニストを突き立てる、爆散する、詠唱する。「ラザロ卿は」ぶわっと舞い上がった発疹が、ラザロの身体を覆い尽くし、やがて黒い血を体中から噴き出しながら燃え上がる。「炎と共に」僕がラザロを殺し続けている間、ウォーキング・デッドはただ呟くだけだった。彼らは、戦うために生み出されたのではない。彼らは、演目の内容など見てもいない、ただの喝采者だ。彼らは、何も視ず、何も聞かず、感情すら持たず、ただ、カーテンコールで礼賛する。

「蘇った。」

 殺しても、殺しても、喝采屋は礼賛をやめない。幾度も、カーテンコールが再演される。

 ラザロを殺すのに、僕はどれほどの熱エネルギーを使っただろうか。僕の炎は単純な熱エネルギーの中に、フラクタルの持つ異能の力も編纂されている。それが果たしてエネルギー量にどう寄与するのかはわからないが、ラザロが蘇るときに放つ炎と合わせれば───つまりは、莫大なエネルギーを生み出しただろうと結論する。

 バン、と全てが霧散した。

 限界まで空気を溜めた風船が、突如に破裂したような、呆気なくも衝撃的な音。

 僕らが殺し合いを演じたごく局所的な空間から、炎が消え失せた。ただ一つの火花すらも冷却せしめたそれは、果たしてなんであっただろうか。あるいはそれは、冷却ではなかっただろうか。

「嗚呼、ラザロ卿───『失楽園(インピィダンス)』。」

 奪われる。

 簒奪された、僕とラザロのエネルギー。それが、インクィタスという等式を経て、熱エネルギーへと変換される。その所有権を奪い去られる。僕とラザロが生み出した、莫大なエネルギー。

 そういうことか。口の中だけで呟いた。あの女の狙いは。このクソ教祖の狙いは。


「穿て『復楽園(オーラス)』───!」


 空間に蔓延した莫大なエネルギー。敵も味方もない、一緒くたに。そこにあるということは、そこにいるということは。僕らの生み出したエネルギーは、エネルギーとしてカウントされ、インクィタスがいるということは、それは全て、インクィタスという抵抗器を通して、インクィタスのものになるということだ。

 彼女が作ったガンフィンガー。空想上の虚空の銃が、そこに凄みを増していく。

 銃身もなく、銃倉もない。引き金も撃鉄も、薬莢も弾丸もない。魔法格納領域も計算機もないし、照準器だってついていない。それなのに、彼女の手の中に在る銃の威力は、MSCSとは一線を画す。

 僕らが簒奪されたエネルギーが、全てを熱に変換され、彼女の指先から解き放たれる。空間が白熱し、弾けた光エネルギーが放射する。視界は真っ白に染まり、大気は激震に轟音を掻き鳴らす。やがて可聴域と可視光領域を超越した一撃は、空気中の素粒子を恐ろしい速度で振動させ、そのうち、いくつかが結合をやめる。

 気体の呈を成せなくなったなにもかもが、プラズマへと変貌する。荷電粒子や陽子、電子、クォークから魔素偏光。なにもかもの容積(リソース)が、許容量を超えて決壊する。その果てに、世界を穿つ一撃が完成する。

───『復楽園(オーラス)』。

 凄まじい一撃だった。

 直撃した聖廟は跡形もなく消し飛び、瓦礫やコンクリートの残骸迄が蒸発していた。まるでそこに建造物があったのだという事実さえも消し去るような、そんな鮮烈な輝きだった。消し飛ばされたのはラザロも同様で、しかし九割方蒸発した喝采部隊の生き残りのお陰で、再び蘇っていた。

 僕はといえば、流石にこの威力を障壁デバイスだけで受けきるのは無理だった。

 あの熱エネルギーは、僕という適合者から生まれたものを多分に含んでいる。僕は障壁デバイスで無力化されるようなヤワな力を使わない。ではどうして僕がこうピンピンしているのかと言えば。

「ここまでやれば満足よねぇ?大司教さん。でも、ここまで。」

 それがセスタだと気付くまでに、数秒かかった。僕に、こんなにも物騒な女マフィアの知り合いなどいただろうかと、本気で勘繰ったのだ。運動不足に起因するゆったりとした足取りも、その想像に寄与していただろう。

 血の一滴もない真っ白のシャツ。完勝したのはセスタの方か。

 僕に襲い掛かった熱エネルギーの九割は、彼女の異能によって永久凍土に埋められた。セスタならば、僕だけを守るように凍結の異能を使うくらいわけないだろう。皮膚の表面を焦がされたものの、特段ダメージはなかった。

 ただ、先ほどから頬の古傷が開いて、妙にねばついた液体が垂れているのは気にかかった。

「せ、すた……クリスタル、ベリー……」

「見逃してあげたのは愛を信奉する者同士のよしみよぉ?でも、アタシたちはカルテルで、貴方たちもカルテル。」

 ぞっとするほど冷たい瞳───セスタ・クリスタルベリーは当然の市場原理を語る。

独占企業体(カルテル)独占企業体(カルテル)に、一切の容赦はしない。」

 それは、何度も繰り返される、魔薬カルテル租界の絶対の公理であった。

 定理でも法則でもない。それは公理だ。証明の必要ない、内蔵されたプリミティブな事実。

「リゼルキルトくんは貴方たちを滅ぼすことに決めたわぁ……!ロス・アンタニオスも、グランナダラ・カルテルも、そして、この決戦を静観している、いかなる敵性カルテルも。」

 セスタ・クリスタルベリーは、注射器(M S C S)の切っ先を軽く小突いた。

「まずは、貴方達から。」

 僕は彼女の意図に気付いて、そして小さく呟いた。



 家畜解体用MSCSに四肢を切り落とされ、胴体のいくらかをそぎ落とされたインクィタスは、総合商社クリスタルベリーが仕入れてきた半補完型生命維持装置に収納されていた。

 傍から見れば、デスクトップパソコンの本体の上に、生首が座っているように見えただろう。もちろんその機械の中には中央演算処理装置やマザーボード、メモリやハードディスクは入っておらず、生首から伸びたインクィタス本人の心臓と、血管を疑似的に再現して血液を循環させるビニールチューブ、大部分を占めていたのは悪戯な拷問器具のブレインであるMSCSの計算装置であった。

 こんな悪趣味なものを持っていたのかとは思ったが、カルテルとしてはありがたい。

 セスタが嬉々としてインクィタスを解体している間に、僕はラザロの方に取り掛かっていた。

 庭園に散らばっていたゾンビ連中は、フラクタルが軒並み燃やしてくれた。僕はラザロを灼き続けるだけだった。

 身体をドロドロにして、液状化した肢体からパーツがぼろぼろと零れ落ちる。泣いていたインクィタスは、そのたびに名前を呼び、ラザロを蘇らせた。しかし、そもそもこいつが僕に勝てる道理などなかったのだ。

 安易に僕らに手を出した。エンタクトの人格を漂白した。メルとルムを襲撃した。

 僕らに、楯突いた。

「ら、ざろ……様、愛しています」

 炎が立ち上り、ラザロを構築する。迸ったプロミネンスが筋線維をかたどり、編み込まれていく筋肉の上を熱波が舐る。それがやがて皮膚となり、絡みつく炎が衣服を成す。蘇り、淀んだ眼光でラザロは云う。

「わたしも、愛している……インクィタス。」

 首だけの状態になったインクィタス───生首の下の生命維持装置には心臓と肺が格納されてはいる───は、その貧相な身体の一体どこから徴収してきたのか涙を流し、こんな悪夢はないとでもいうように泣いた。

「なんで、……こんなことになったの……私はただ……愛し合いたかっただけなのに……」

 インクィタスの表情ががくがくと震えて、セスタが慌てて生命維持装置の傾きを支える。

「さて、ラザロ卿。次に行くぞ。インクィタス!ちゃんと蘇らせろよ。」

 僕が飛ばした声。ラザロは項垂れて、ぶつぶつと独り言を呟きだした。

 インクィタスは、この男の本性を知って尚、愛ゆえに名前を呼んだ。素晴らしき愛だった。そして、再度、彼女に問いかけた。お前は首だけになって尚、その言葉を何に費やすか。

「殺して」

 ラザロが、やっと意味のある言葉を吐いた。

「愛してる。ラザロ……愛している。だから、私は───」

 インクィタスは、彼に終わりを許してあげるようだった。

「もう、貴方の名前を呼ばない。」

 燃え尽きたラザロの死体は、もう二度と、甦ることはなかった。

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