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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第三部【無闇矢鱈に輝くな】

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Ep.69『Code:B』


「なぁ、ベート。」


 リゼルキルトさんが、小さくベートを呼ぶ。ベートは、そうして名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、思わず視線を逸らした。逸らした先に自分の手があった。素手で掴んだボールの硬さで、まだ熱を持っていた。

「今、僕の中には二人の僕がいる。一人は、自分だけで全てをやり切るべきだと。一人は、誰かを信じてみるべきだと言っている。そいつらは均衡がとれていなくて、歪んだ椅子みたいにガタガタだ。」

 リゼルキルトさんは、手の中で器用に野球ボールを回転させた。

「僕はいつか、どちらかの選択を選ぶ。あるいは、どちらともを、選ぶかもしれない。もし、僕が誰かを信じようと決めたとき、死んでもいいと許可を出すとき。その中に、お前がいたとしたら、多分心強いと思うんだ。」

 ベートはずっと、この人のことを、もっと冷たい人だと思っていた。

 心の底まで冷え切っていて、外側に纏った鎧の冷たさと、その内側にある肉体の冷たさが、ほとんど同じような。

 自分がそうだったから、そう思ったのかもしれない。けれど、今わかった。よくわかった。この人は、ベートとは決定的に違う。

 この熱い魂に惹かれた何もかもが、彼の魂に肉付けされて、その最も外側にあった血肉が、冷たく、固まっただけなのだ。それが、虐殺を肯定し、暴力を礼賛し、世界を薬漬けに変えていく。貴方の中には、もっと、熱い何かが流れている。

「僕を、信じさせてくれよ、ベート。」



 鉄粉をかぶり、小さく咳き込んだベートは、肩越しにそれを覗き込んだゼリタにふんっと鼻を鳴らした。

「リゼルキルトさんに選ばれたのに、その様ですか?」

「……えぇ、残念ながら。まさか、選ばれなかった人に助けられるとは思いませんでした。感謝します。」

 涼しい顔で皮肉を返したゼリタに、ベートは顔を顰め、舌打ちを見舞った。

 立ち上がったゼリタはベートに並び立ち、それをリセンティアが称賛する。

「おぉ!素晴らしい!おれに立ち向かうために、美しい友情が、愛情が齎された!」

 宙を自在に滑りながら、リセンティアは好き勝手に語った。それに真正面から反駁し、浅慮を糾弾してもよかったが、ベートにもゼリタにも、そんな魂の熱さはなかった。体の芯まで冷え切った彼らには、衝動というものがない。だからこそ、彼らは自分たちの衝動となり得る主を求めている。亡霊を求めている。

「適合者、リセンティア大司教です。既に異能は発動しています。あの宙を滑る機動力と、同じように飛ぶ鉄球。相手を突然吹き飛ばすような力もありました。」

「ベート、難しいことわかんないんですけど……アビレスの分析力を見せてくださいよ。」

 気を利かせたゼリタの情報共有に、ベートは興味を示さなかった。ゼリタももはやそれには慣れていて、アビレスの対適合者マニュアルから脅威測定を行う。

「空間を変質させるような大仰な効果は持っていません。よってエルフの顕現もない。適合者としては一段落ちる。しかし、自身、あるいは物体を自由に動かしているのは気にかかる。例えば重力を操れるのなら、再現は可能なように思えます。」

念力(テレキネシス)ってことでいい?」

「そっちの方がわかりやすいですね。それで行きましょう。」

「じゃあ対処法は?」

「厄介なのは機動力。正直なところ、遠距離からの対適合者魔法による狙撃が効果的ですが、あの機動力では現実的ではありません。ですから、おそらく攻撃を当てるなら超至近距離に限られる。」

「ベート、狙撃できませんけど。」

「では俺が。」

 これまで、アビレスとゼータ、もとい、ゼリタとベートは訓練をともにしてきた。隊長格でいえば、一度は模擬戦まで行っている。技量で上回っていたゼリタは、ベートという少女の適性についてをおおよそ了解していた。

 前衛と後衛に分かれるのなら、ベートが前衛、ゼリタが後衛。そして、前衛に求められること。

「じゃ、ベートは?」

「好きにやればいい。動けるんでしょう?少なくとも、脳を揺らされても、貴方は何秒か動いて見せた。」

 目的地が明瞭な分、そこにピントを合わせたベートの作動機序は、混迷を極める。その道のりに埋没した地雷についてを、彼女は視界に収められない。故に、ベートは模擬戦でゼリタに敗北したのだ。

「貴方には、どうやら、仰ぐ背中がある。それは、ゼータという片足の老兵ではない。つまり貴方は、───ゼータではないコードを継げる可能性があるということです。」

「ほんっと、好きっすね、その話。」

「俺にはない才覚の話ですから。だから、貴方しか奴に辿り着けない。」

 ゼータという目的地に向かうゼリタでは、たどり着けなかった。それもそうだ。ゼータとは、あくまで人間として上位にいるだけであって、戦闘という行為の中で頂点にいるのであって、決して、化物同士の戦争に身を投じていたわけではないのだ。

 あの老兵を目的地にしている自分では、あの老兵とは違う目的地にある化物を殺すことはできない。ゼリタには、そんな予感があった。

 その点、ベートは違う。その目には、ゼータという亡霊ではない背中が映っている。彼女はきっと、化物の喉笛に、爪を突き立てる。

「貴方の道は、俺が整える。そこだけ信じてくれれば、俺も貴方を信じましょう、ベート。」

「ふんっ、最初からそうしろっての……ゼリタ。」

 小さな風切り音と共に飛来した鉄球。咄嗟に手をかざしたベートの腕の先で、既に照準を合わせていたゼリタの銃口が鉄球を破砕する。

「行け。」

「了解ッ!!」

 ベートの身体が跳ねる。それは、その細い躰の中で、はち切れんばかりに暴れていた力が漏れ出したもので、彼女が力を解き放つ予備動作であった。突き立てた足裏、与えた力と等価、返報性の反作用が、ベートを捩じり、射出する。

「待ってて、リゼルキルトさん───」

 ベートの瞳に光が宿る。その光が、流線となって迸り、中空のリセンティアに肉薄する。両の拳に装着したMSCSを選択する。

 リセンティアの空中機動は、ゼリタが称したように重力を操るように行われる。それは、空気抵抗や体幹、些細な物理法則を超越している。繰り出したベートの拳は、まさに些細な物理法則の具現化した姿だった。

 ぐわんと上体を逸らしたリセンティア。落下を選択した大司教の悪寒に、とある男の瞳が見える。それは、些細ではない物理法則であった。そしてそれを、人は物理法則を超越した、と称する。つまりそれが、魔法である。

「ッ!」

 リセンティアの身体が飛び上がり、回避した筈のベートの拳にぶち当たる。

 一度目の接触で、ベートの拳に装着された接触照準型MSCSは、リセンティアの存在情報を解析し、そして座標情報を記録する。その副作用として、打撃による衝撃が、彼の内臓を少しばかり痛めつける。

 漏れ出した嗚咽と微かな吐き気。リセンティアは一拍の行動の停止を余儀なくされ、しかし、その後に行うことができるはずだった回避行動を禁止される。ベートの奥に見えたゼリタの手中。狙撃特化型MSCSの銃口があった。

 リセンティアを照準し、計算した魔法効果の発動を約束されたベートの拳が───中手骨に沿ってそれぞれ四つ配置された発破機構(銃身─銃口)が───停滞したリセンティアの腹をぶち抜いた。一度目の拳から一秒と経たない追撃。しかし、一撃目よりも遥かに強い衝撃波。空間を膨張させ、破裂させる魔法効果が、中空のリセンティアを墜落させる。

「やべ、」

 振り切った拳の手ごたえに満足していたベートは、自分が空中にいるのをやっと思い出し、落下し始める感触に小さく危惧を漏らす。彼女の想定では、このまま建物に突っ込んだリセンティアに追撃をかますつもりだったが、それは些細な物理現象をあまりに軽視した想定であった。彼女は、空を飛ぶことができない。

「ゼリタ!!」

「了解。」

 とにかく名前を呼んでみた。

 ベートにとっては、どうにかしろ、というただの我儘だった。どうにかできるのなら御の字、できなければ嫌味の絶好の材料にしてやろうという程度のものだった。

 そして、それら全ての意図を汲んだうえで、ゼリタの自動照準器は対象を指定する。空中で小さく喚き散らかした少女の背中を照準する。

 銃身のレバーを拳で叩き、三段目に倒す。

 引き金に指を添え、カートリッジを換装(コッキング)する。総重量十六キログラム、搭載可能魔法数十二種類の巨大な対物MSCSの機械領域の中で、回転するシリンダーにカートリッジが収納され、シリンダーから次のカートリッジが排出される。そのカートリッジは魔法発動計算領域に充填され、一秒とかからずに起動した戦闘基幹システムが準備完了(オールグリーン)の電子音を鳴らす。

 指先が沈み込み、既に照準していたベートの情報が、自動照準器から下りてくる。計算領域で発動した魔法は、引き金が沈み込んだところで、ベートの座標情報を織り込み銃口から撃ち出される。音速が、ベートの背中を押す。

「ぅ、わ、ああああ!!」

 ロングレンジボマーレプリカ、それも、魔法効果を随分と省略した簡易版。それが、ベートの背中で破裂して、微かな内出血という犠牲を伴いながら推力を生み出す。リセンティアが空中に残した血液の軌跡を、加速したベートが追った。

「なっ!」

「殴らせろ!クソ野郎」

 腹の中で暴れる痛みに悶絶していたリセンティアの視界の中で、悪魔が吶喊してくる。

 凄絶に嗤った小さな悪魔は、可愛らしい少女の姿をしていて、大鎌の代わりにコンバットナイフを持っていていて、死人の魂の代わりに、聖人の亡霊を求めている。

「エアラムッ!」

 リセンティアの脳内では、既にリセンティアとしての自覚は朧気に溶けていた。

 死の危機に瀕した彼が発した詠唱は、狩人の銃口を目前にして、仲間に助けを求める獣の咆哮と同質のものだった。彼の脳は既に、目前の敵を斃すための戦闘機械へと変貌している。

 そしてそれ故に、彼は理性で戦う敵のシステムに対抗しえない。

『右手を。魔法はこちらで撃つ。』

 管制MSCSに接続したベートの脳内、ゼリタの声が届く───着地する。

 少女は右手を掲げ、目前で跳んだ敵の代わりに自身のすぐ右に拳を差し向ける。ゼリタのMSCSで演算された座標情報と魔法情報が、管制MSCSに伝達され、最期、ゼリタの引き金で結実する。魔法の銃口は、ベートの拳にあったMSCSに設定される。

「その力は、既に視た。」

 ゼリタの引き金が沈む。ベートを襲った装甲車を破裂させるような衝撃が、当のベートの拳から発された衝撃と激突する。行き場を無くしたエネルギーの発散が、押し込み、押し込まれて直上へと噴きあがる。ぺしゃんこにされたコンクリートや鉄筋、砕かれたガラスが薄く引き伸ばされて中空に突き上がる。

「今のは!」

『一際強い衝撃を生み出す力です。貴方は追撃を、気にしなくていい。』

「了解!」

『ちなみに敵は後ろです。』

「それくらいわかる!!」

 即座に反転したベートは、おそらくはゼリタに撃ち落されたのであろう、リセンティアが落ちてくる着地地点へと駆けだした。

 微かに跳躍し、その身を翻す。ついた両腕のうち、片方は拳で───地面の照準が完了する。正しい視界を取り戻し、両脚で踏みしめるより前、ベートの背後で爆ぜた衝撃波が、彼女を流線へ転化する。

 敵を見失った空白の場所。真っ新なキャンバスを突き破るように、虚空に拳を溜める。

 ついに放ったベートの拳、その場所に、リセンティアが現れる。顔面を捉え、硬質な破砕音とともに敵が吹き飛ぶ。

 地面を踵で削りながら、二筋の土煙の終点で、ベートは息を吐いた。

「死んだぁ!?」

『まだです。鉄球。』

 どこからか飛来した鉄球が、ベートのすぐ隣で弾ける。フラクタル化した鉄片が、微かにベートの肌を傷つけていった。血は出ていない。

 辛うじて、といった呈で聳えている雑居ビル。その一階で、リセンティアは俯いたまま呟いた。

「きみ、たちは……いったい……」

 ベートも、そして、無線越しにそれを聞いていたゼリタも、それに対する答えを持たなかった。

 彼女たちは、所属する隊を異なり、目的地を異なり、共有しているのは、ボスだけだった。だから、自分たちが何者なのか、という問いに、全く持って明確な答えを持たなかった。ベートは、ゼリタは、”きみたち”と括られるのが初めてだった。だから”きみたち”という二人称に、三人称の名前を持っていなかった。

「俺は、ゼータを継げなかった。それは、Z(ゼータ)が終焉を暗示するコードだからだ。」

 ゼリタの声。

 ゼリタの反駁。

「だが、あの人が教えてくれた。コードは、流転する。」

 ベートは、初めてそこで、自分たちに名前を付けた。

Code:B(コードベータ)

 コード・ゼータは死んだ。誰も、Zを継がなかった。継げなかった。

 しかし、その血脈を確かに取り込み、自身で発し、原初のコードとして擁立した、とある男がいた。そしてその男は、ゼリタとベータにとって、共通のコードだった。

「ベートはずっと、あの人の背中を見ていた。だから、あの人のコードを、あの人の思想を、あの人の信念を継ぐ。」

「貴方だ。貴方が、終焉をもたらし、新たに始めた、アンタニオス。」

 ゼータによって終わり、その次の識別子を持たなかった世界。

 そこで、彼は新しく始めることにした。コードは、流転する。

「Code:A(アンタニオス)───貴方だった。歴史はまた、Aから始める。貴方を始発点として、次の終焉へと。」

 この戦争は終わらない。魔薬戦争には、この地獄には、そんな呪いが込められていた。その中で生まれたコードが、終焉を許されるはずがなかった。故に、それを再び始めるのは、彼であるはずだった。リゼルキルト───アンタニオスだった。

 その聖人は、亡霊になる。その背中を見て、次の誰かがコードを継ぐ。とある首刈り部隊の隊長と、光を宿した少女が。

「ゼータは、最期には両足で戦った。俺は知らなかったですよ、アンタニオスさん。俺たちも、貴方だってそうだ。」

「片足のままじゃ、バランスが悪い。」

 片足の隊長と、片足の隊長が、その身体を共有する。

 しかと両の足で立ち、敵を見据えた。

 敵は、小さく呟く。

「おぼえて……おきましょう、コード・ベータ。その餞に、これを」

 おもむろに、リセンティアは鉄球を転がした。一つ、二つと地面を転がるそれに、不自然な挙動は見られなかった。ゼリタも、ベートも、警戒こそすれ、何も起こらないことには、対処自体ができなかった。注視するその鉄球と、傾注したリセンティアのか細い声。

 その声は、完成した局面の淵に指先をかけ、そして、ひっくり返した。

 緻密に積み上げ、編み上げたそれを、つまらないと一蹴する幼児性だけで台無しにする。最悪の悲劇を、観客を裏切るという自己満足のためだけに喜劇へと変える、カタルシスも蓋然性もないただの我儘。

 得てして観劇では、そういった舞台装置のことをこう形容する。


「───『舞台装置の神(デア・エクス・マキナ)』」


 転がった鉄球が、収束する。

 エネルギーの発散ではなかった。それは、エネルギーを悪戯に拡散させ、それによって何もかもを無に帰すような爽快な力ではない。

 それは、手の届かないような場所まで広げて、その収集がつかなくなったことを誤魔化すように、全てを呑み込んで無に帰すような、そんな、自堕落で、自暴自棄で、それでいて、蓋然性のない、そんな力であった。

 いくつもの空間が呑み込まれ、ベートはその領域を正確に視認した。鉄球の場所のその全てを把握し、全てを呑み込む空間を、飛び上がり、掻い潜り、滑り込んで避けきった。その頃には、瀕死の敵からすっかり距離を離され、しかし、ベートは指先の一つも欠損させはしなかった。

「あれなに。」

『重力、もし、彼が何かしらの伝達子によって重力子にアクセスしていたのだとしたら、』

「そういうのわかんないから、結論だけ頂戴よ!」

『ブラックホール。』

 ゼリタ推測は、的を射てはいなかったが、得ていた。

 鉄球の質量と、それが完全に消失したように見えるほど圧縮されていたのなら、精密な物理学はもっと巨大なブラックホールを発生させ、地球ごと呑み込まれてしかるべきだった。しかし、適合者とは既に、健全な物理法則を逸脱している。

 厳格な物理法則と、悪戯な異能法則が衝突した結果、そこに、全く都合のいい舞台装置を完成させる。

 リセンティアという人間が勝利を手にするためだけの、そんな舞台装置だった。

 それを証明するように、リセンティアの周りでは未だに鉄球が空間を伴って消失し、不自然に綺麗なクレーターが量産されている。やがて、鉄球はゆっくりと浮かび上がり、立ち上がったリセンティアは神の力を手にする。

 愛により極限まで薄められた自我。それは、アダムスによって高揚した脳が、身体を無際限に躍らせ、脱水症状に陥った末に呑み過ぎた水が、体内のナトロンを薄めていく様に似ていた。

「道。」

 ベートが呟く。ゼリタは、同じことを聞き返した。

 この状況を、どうトリアージしていいのかわからない彼が、思考の時間を稼ぐためだった。

「散らかっちゃったから、ベートたちが整理してあげるんですよ。」

『どうやって……』

 ベートは、当然の道理を言うように、ゼリタに言った。

 蓋然性を排除したその演者に、あるいはシナリオの執筆者に、ベートは神の介入を許さなかった。その舞台装置の力に、屈してやるつもりがなかった。だからこそ、彼女は必然性のある未来を、つまり、どこかから始発し、あるべき中間地点を辿り、そしてその果てに終着する結末を与えてやるつもりだった。

「道だけ整備してくださいよ。」

『……了解。』

 様々な放物線を象った鉄球が、空気を切り裂いて飛来する。ベートはそれを、ただ見ていた。

「だめ……だめ、これじゃない。だめ、だめ。」

 呟くたび、ベートを破壊圏内に収めた鉄球が砕かれる。

「違う、……違う。」

 おぞましい速さのそれらを照準し、あまつさえ魔法で迎撃しえたのは、ゼリタの技量が成せる技だった。ベートが舗装しえない中間地点を担うのは、彼女に足りない片足を担うのは、ゼリタの役目だった。

 だからこそ、ゼリタが担うことのできない終着地点を見通すのは、ベートの役目だった。

「違う。これじゃない。だめ、違う。」

 いくつもの弾道シュミレーションが、ベートの視界を戦闘機のインターフェースさながらに変貌させた。

 彼女は、見通している。信じてもらうために、コード・ベータを認めさせるために、その終着地に辿り着くために。

()()()。これ───」

 視界の霧が晴れるように、一筋の光明が見える。

 それは、とある鉄球の軌跡と同じだ。ゼリタが破壊しなかったその鉄球が、ベートの眼前に迫った。彼女はそれを掴み取り、そして、それをゼリタが視認したころ───既に投球モーションを半ばまで完了している。

 次にリセンティアが詠唱する頃、ベートの手から、鉄球は撃ち出されている。

───これだ、この道が、ベートの道だ。

 ぎゅん、と視界の中で巨大になった鉄球に、リセンティアは理解を得なかった。

 ただ、彼の中には、愚かにも鉄球を掴んだ敵を撃ち滅ぼすために、詠唱するという本能だけがあった。まさかそれが、今しがた鉄球を掴んだ小娘が投げ返してきた剛速球だとは、夢にも思わなかった。

 ゼリタの脳裏で、リゼルキルトの言葉が想起する。

───あとあいつは、投擲が巧い。

 鉄球が自身の顔面にめり込む刹那、前。リセンティア大司教は小さく呟いた。


「───『舞台装置の神(デア・エクス・マキナ)』」


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