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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.6『呑み下さば』

 クァトロ・バルデリーニは、バルデリーニ・ファミリーを率いる、この街の顔役だった。

 この国で生まれ、この街で育ち、十の歳からファミリアのために働いてきた。最初は小間使いのように扱われ、みかじめ料の取り立てや敵対する小さなクランへの鉄砲玉を務めた。更に十年が過ぎたとき、彼は、同じ歳の誰よりも高い役職についた。それは、小さな構成員の集団を監督し、ファミリアの上層部と直接顔を合わせられるような役職(ポジション)だった。

 理由は簡単だった。同世代の構成員がいなかったからだった。誰もが尻尾を巻いて逃げ出してバルデリーニに粛清されるか、もしくは抗争で死んだ。

 バルデリーニが組織の幹部まで上り詰める頃、転機となるべき出来事が起こった。煙草の規制である。

 国が指定する専売公社以外が煙草を取り扱うことはできなくなり、その規制は小売販売店にまで及んだ。チャンスだと思った。

 法律の条文ばかりを穴が開くほど読み込んだ国の石頭共は、何かを成し得るためには、何かを絞らなければならないと妄信している。煙草の蔓延を防止するために、その供給源を縮小しようという愚行は、アメリクス合衆国で施行された禁酒法に教訓を得ることができる。

 つまりそれは、非合法の世界に生きる者達に、縄張りを売り渡すことと同義だということに。

 マフィアは、犯罪組織は、容赦をしない。法を順守しない法人が、まさかこれまで法に準じてビジネスを行ってきた販売業者より生易しいビジネスをやると、奴らは本気で思っているのか?娼館から身受けした高級娼婦を抱きながら、哄笑が止まらなかった。

 全てを拒むことでは、何も解決しない。呑み下し、共存することこそが、最も正しく、最善の道なのだ。そんな当然の道理に気付くのが、口では「平和」と嘯く政治家のような連中ではなく、ファミリアの中枢に存在する自分であったことに、バルデリーニは愉悦を感じずにはいられなかった。

 もちろん、そんなことに奴らが気付けば、ファミリアは崩壊する。しかし、気付くことはない。気付いたことを、決して認めはしない。

 つまらなそうに不満を上げた娼婦の頬を張って、発汗に艶やかさを見せる豊満な女体を抱く。愉悦、愉悦だ。

 だが、たとえ誰かが。法執行機関でない何者かが、それに気付いたとしても、それをファミリアが許すことはない。この国には、そんな宿命がある。この命が途絶えるそのときまで、この国は闇から抜け出すことはできない。

 煙草の密売により、莫大な利益を上げたバルデリーニは、その後ファミリアの長から直々にトップの座を受け継いだ。ファミリアが常に神聖視し、そして受け継いできた白銀のナイフを、彼は常にその懐に忍ばせていた。

 それを引き抜いた者しか知らない、翻る銀髪の残滓を、その脳裏に焼き付けた。


「バルデリーニさん、仕入れ先の業者が、取り締まりで卸せる量を減らさないといけないと……」

 財務担当の幹部は、まだ三十にも満たない男であった。しかし能力は本物。バルデリーニは、彼の技量に満足していた。

「そうですか。……仕方がありません。」

 専売公社の誕生と、煙草密売ビジネスの誕生から十年。当局の取り締まりは、徐々にその矛先をファミリアに向けてきていた。煙草を売り捌く密売業者の中でも、ファミリアは別格。公共事業の独占や塵芥のような賃金で作らせた偽物の宝石を使った宝飾品ビジネスは、国からしても頭痛の種である。しかし、彼らはファミリアの力がなければ国力を維持できないこともわかっている。

 それは、つい昨年の大地震でも明らかになった。この国には、まともな経営母体を持つ国産企業がほとんど存在しない。

 つまり、彼らが言っているのは領分の問題であるのだ。煙草密売に関して、その利権の少しばかりを手放せ、と。そして、それ以外のビジネスには多少目を瞑る、という。

「……当局のやり方も随分乱暴になりました。私がまだ幹部だったころは、彼らの警察機構の中にも、それ専用の窓口がありましてね。」

「スパイ、ということですか……?」

「いえいえ、そういうことではありませんよ。ちゃんと警察の人間です。表向きは視察という名目でこのオフィスまで来て、お互いの領分を取り決めましょう、とね。」

 それが、今となっては無言の圧力として、その力を誇示しようとつまらない真似をする。

 それは、ファミリアと警察の築いてきた関係性からしてみれば、突如眼前にMSCSの銃口を突きつけるような不躾な振舞いだ。

「では、別の農家をあたってみることにします。」

「あぁ、そんな必要はありませんよ。」

「え……?」

「腕を落としてきなさい。」

 バルデリーニは、懐に仕舞っていたナイフを晒した。カーボンファイバーのケースから刀身を引き抜き、その輝きを顕現させる。全てがオーダーメイド。受け継いだナイフを、継承者が最も強力に誇示するための、そのための装備であった。

「血の気の多い若い子供たちがいる。彼らにも、少し勉強をさせてあげたいのです。」

 人の肉を割く感触。今わの際、その瞳から命が失われていく瞬間。ナイフがぶち当たり、骨が砕ける音が、その刀身と腕を接続して、自分の頭の中に流れ込んでくる感覚。

 そしてそれが、ファミリアに、このナイフに注ぎ込まれる。

「誰かひとり、幼子でもいれば、いいかもしれません。彼らは農業が本懐です。その腕を落とすというのは、仕事に対して敬意がありません。ですから、仕事に従事していないような、そう、幼い娘、そんな子の腕を。」

 青年は、短く応じてすぐさまに指示を出す。通信用のMSCSが、山を二つ超えた煙草農家の農園に、暴力を送り届ける。

「あぁ、そういえば娘が産まれたと聞きました、奥様はお元気ですか?」

 ナイフを仕舞い、バルデリーニはにこやかに聞いた。青年も、敬愛する師がそれを覚えていてくれたことに感激して声色を弾ませる。

「えぇ……ありがとうございます。妻も、今は家に戻れました。娘は……いいものですね。私が、守らなければなりません。」

「そうですね。大事に、愛を与えてあげてください。新婚旅行には行きましたか。そうだ、休暇をあげましょう。最近は少し根を詰めすぎているように見えますから。どうですか、西洋まで足をのばしてみてもいいかもしれません。」

「よろしいんですか?ありがとうございます……!」

「えぇ。私からの些細な贈り物です。大した額ではありませんが、祝い金を出しますよ。」

 幼気な娘の誕生を祝う、和やかな話題と、温かな笑い声が、その部屋の中で木霊している。

 そのつい二日後に、事務所には無理矢理引きちぎられ、筋線維が細長く露出した片腕が、冷凍されて届けられた。



 バルデリーニは、防弾ガラスを使用した四輪駆動自動車に揺られて、郊外にある駅を訪れていた。その一帯は、二つの領分を跨いだ緩衝地帯であった。つまりは、警察権力とマフィア利権、その狭間の営みである。

 彼らは、非合法の取引を全くやらない。風俗はないし、カジノもない。ただ、高層ビルの高層階にフロントを構えるホテルや、選りすぐりの腕時計を集めた時計宝飾店。葉巻を扱う公社の店もあった。

 しかし、彼らは同時に、マフィアにも礼儀を払っている。彼らは、西洋の富裕層が訪れた時よりも丁重にマフィアをもてなし、セーフティールームを兼ねたVIPルームに案内する。札束など問題にならないような値段の高級な酒を惜しげもなく提供し、必要であれば容姿の良い女を買い物につき合わせる。

 バルデリーニが訪れたスーツの店でも、それは同じだった。

 褐色の肌をし、豊満な乳房の谷間を惜しげもなく晒した黒髪の女。バルデリーニが女性的とする全ての要素を兼ね備えた女が、彼を採寸した。一礼して下がった女を呼び戻し、バルデリーニはVIPルームのソファで葉巻を咥えた。女は、すぐさまにマッチを擦り、彼の葉巻に火を灯す。

 女は、皆がそうするマフィアへのそれを真似てドレスをずり下げ、下着が露出した乳房をバルデリーニに押し付けた。

「あぁ、すみません、勘違いさせてしまった。火が欲しかったのですよ。あいにく、ライターは修理に出しているのです。そんなことをする必要はありませんよ。」

「っ……!も、申し訳、ありません……!」

 頬を赤らめた女は、すぐにドレスを元の位置に戻し、しばし羞恥に押し黙った。

「少し、話に付き合って欲しいのです。いえ、こんなことが言いたいわけではなかった。」

「?」

「貴方のような魅力的な人に誘惑されると、私は頭が馬鹿になってしまう。それは勿体ない。さぁ、話をしましょう。貴方はきっと容姿だけではなく、その中身も魅力的なはずだ。」

 タイミングよく入ってきたマフィアの護衛役が、女の分のグラスを用意した。グラスに微炭酸の酒が注がれ、葡萄の香りがほのかに広がる。基本男尊女卑のマフィア社会。しかし、ボスのお気に入りには、最大限の敬意が払われる。それは、人を殺したこともないような生娘が相手であっても同じだった。

「さぁ、乾杯をしましょう。グラスを持って。」

「はい……」

 女は、つい先ほど自分をいたく褒めそやした男が、この国の闇を支配する男であることなどとうに忘れてしまった様子で、恍惚の表情でバルデリーニを眺めていた。皺の刻まれた彫の深い顔立ちと、くすんだ金髪を掻き上げ、控えめに結われた長髪は、大学の教授のような眼鏡をもってして尚、芳醇な色香を漂わせている。

 上の空の女のグラスと、バルデリーニのグラスが、小さく激突して、鈍い乾杯の音が鳴った。

 女は、思い出したようにグラスに口をつけて嚥下した。小さく頷いて、バルデリーニもそれを飲み干す。強いエチル・クフールが喉元を熱く通り抜けていき、吹き抜けた爽やかな果汁の風味と、つい今までの間を熟成されていた旨味が鼻腔を席巻する。鼻から抜ける後味に、バルデリーニは満足して再び頷いた。

「名前も聞いてもいいですか?美しい君。」

「は、い……私は、ルミエッタ。ルミエッタ、と申します。」

「そうですか、ルミエッタ。老いぼれのつまらない話を聞いてくれますか?」

「そんな……私、貴方のお話が聞きたいですわ。」

「ありがとう。君やファミリアの人間は、優しいのですね。社長室の椅子にふんぞり返って座っている老獪に、こうして優しくしてくれる。」

 まさか、そんなことがファミリアで許されるはずがなかった。無能と判断されれば、殺され、ボスの座には手が届かない。

「煙草は吸いますか、ルミエッタ。」

「えぇ……甘い香りのものを、少しだけ。」

「いい嗜みですね。では、若者が煙草を吸わなくなったわけではないようです。しかし、専売公社も、私たちも、煙草の売上は今期最低を記録している。昨年対比は目も当てられない状態です。」

「……そうなのですか……?」

「えぇ、私の力不足だ。だから、警察に隙を見せてしまう。」

 売上の減少は、すなわち資金の減少であり、それによって武装するファミリアの勢力の衰退に直結する。警察権力に舐められるのも当然と言えた。

「しかし、ではどうして煙草の売上が落ちてしまったのか。いやぁ、私の部下には、優秀な者が多いのです。彼らは私の望んだとおりのデータを持ってきてくれました。知っていますか?貴方のように綺麗な世界に生きている人間には、息が詰まって掃きだめのようにしか思えない場所に、私たちは住んでいます。

 そこに、最近妙なものを売り捌く売人が出てきました。」

「一体、何を売っているのですか……?」

「注射器と錠剤、一度目は五千ダラ、二度目は錠剤だけ、しかし小瓶にいっぱいの量を二万ダラ。私たちの仲間にも、遊び半分で手を出したものがいる。傾倒すれば、ファミリアから資金が流出してしまいます。もちろん禁止令を出しはしましたが、構成員が多いと管制も難しい。

 ですから、ルミエッタ。私は、それが一体どんなものなのかを知りたいのです。」

「えぇ……バルデリーニ様。」

 バルデリーニの指先が、少女の耳に触れる。くすぐったそうに頬擦りして、その手の中を覗き込んだルミエッタは、目の前で差し出された掌に錠剤が乗っているのに気付く。

 護衛役の男は、匙にスポイトで水を垂らし、ランプをテーブルに置いた。

 バルデリーニは、少女を釘付けにしたまま懐のナイフを取り出し、錠剤をゆっくりと切りつけた。切っ先は容易く錠剤を粉砕し、少しばかり大きな粉末ができあがる。

 護衛役の持った匙に粉末を注ぎ、三脚で匙を固定した。金網によって均等にランプの炎が匙を温め、粟立った薬液が濃ゆい煙を吐いた。

「さぁ、ルミエッタ。ドレスを脱いで。私に、君の綺麗な(からだ)を見せてはくれませんか?」

「……はい、……はい、バルデリーニ様。」

 ルミエッタの両腕が吊り上がり、艶めかしく開いた袖口から腋が露出する。小さな水滴が、そこを滑り落ちていった。少女の指先は、髪の裏側に隠されていたファスナーを下ろして、ドレスを摺り下ろす。ゆっくりと立ち上がると、絹はその傷一つない肌をゆっくりと這い、重力に従って滑り落ちていった。

 純白の下着姿に、ガーターベルトとタイツ。上気した頬が、身じろぎする肢体が、下腹部を隠した片腕が、その少女の無垢な姿を暴き出す。

 バルデリーニは、粗悪な注射器を手に取り、匙に沸いた薬液を吸い取った。注射器の中で、微かに濁った透明の輝きが揺れている。

 少女の褐色の肌、その片腕の関節に、ゆっくりと指先を這わせて、静脈を探す。かすかなしこりに親指を添えたまま、バルデリーニは視線だけで護衛役に人払いを命じた。

 少しばかり力を込めると、注射器の先から薬液がぴゅっと飛び出た。

「いいかい?ルミエッタ。怖くはないですよ。ちゃんと、私がここにいますから。」

 照明の輝きに煌めいた注射針の先端が、きらりと光る。そして、その褐色の肌へと、ゆっくりと侵入する。

 体内に突如現れた異物感に、少女は表情を歪めた。バルデリーニが薬液を投与し始めると、その感覚は更に強まり、思わず強張った体から吐息が漏れ出す。

 気づけば、注射針が抜かれていた。

 ルミエッタは、宙に浮かんでいた。


「バルデリーニさん。スーツが汚れて……」

「あぁ、彼女の体液ですね。」

 バルデリーニは、引き剥がしてきたルミエッタのドレスで頬と服を拭い、それを引き裂いて打ち棄てた。

 置いてきた少女が汚し尽くした応接室の始末をするのは、中々骨が折れるだろうと思った。見送りに来たスーツの男に、護衛役が小切手を渡した。マフィアが所有する数々のフロント企業の名義で、資金洗浄されたものだった。

「少し、部屋を汚してしまいました。それと、彼女にも、少し悪いことをした。迷惑料です。ここは、いい店ですから、またお邪魔させてください。」

 謙遜と感動の文句を言ったスーツの男に、バルデリーニは和やかな微笑を向け、店を後にした。

「バルデリーニさん、あれ、どうしますか。」

「……少し前までは、売人が路地裏で売り捌くのが関の山だった。しかし、今では貧民街のバラックで組織的に売られています。パトロンについてはいくつか心当たりがありますが、わざわざ私たちの縄張りでそれを始める理由がわかりませんね。そして、あの錠剤の正体も。」

 バルデリーニは直感した。これは、転機だと。

「次は、あの錠剤を呑み下すときです。」

 あのビジネスを潰すだけでは、やっていることは国と変わらない。バルデリーニはそれを心得ていた。自分がやるべきことは、あのビジネスを呑み下し、取り込むことで、新たなビジネスを始めることだと。

 そして、その頂点に君臨するのは、自分たちでなくてはならない。

「私たちのファミリアにも、まだ成長の未来があったとは、感謝しなくてはなりません。」

 それは、まさしく救世主であり、英雄である。

 バルデリーニは小さく呟いた。


「全てを奪い去る。憎悪と、権威。その名前(ヘイロー)に、恥じないように。」


───


ヘイロー<名>-(旧帝:ヘイロー、西:ヘロイック)

1.勇敢な、勇猛な

2.英雄(救世主とも訳される)

起源として、聖書に記述のある女神、モルヒネアの存在があると言われる。

モルヒネアは、カラシナの花畑の中で眠る、理想を形作る女神。


───

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