Ep.5『Go to heaven[hell]』
今日は黒いラベルの日だった。
ボディチェック。
廊下。
ボディチェック。
扉。
その先に、セスタがいる。
「キミに依頼されていたMSCS、完成したよ。」
セスタが開口一番言ったのは、珍しく、僕の所有権を買い取ろうとする交渉事でも、借金返済の進捗でもなかった。
セスタは、ソファの背に上体を乗せて、その裏側に隠していたアタッシュケースを持ち上げた。中身は精密機械の塊と、それを防護する魔力と炭素の複合繊維素材である。ようやっと両手でそれをテーブルの上に置く。
「ふふん……!アタシが最も信頼するメーカーの腕利きに内部機構を作らせたのよ?外装は西洋随一のデザイナーに依頼したの。中身は言われた通りに汎用の魔法パッケージをインストールしているけど、ちゃんとカートリッジ換装ができるようになっているわ、それでそれで、このMSCSの名前なんだけれどね!アタシが付けたの……っ!リゼルキルトくんが使うなら、そうじゃないとね。それで、このMSCSの名前が『アンタゴにす」
「それはいいから、パッケージを見せてくれ。」
いきなりべらべらと喋り始めたから気持ち悪かったが、遮ったら黙ってくれたので助かった。
ガワについては良いものができているのは理解できる。ケースの刻印は正真正銘ナンバーワンシェアを誇るメーカーのものである。そうでなければ、武器商人に頼んだ意味がない。しかし、中身の魔法をデザインしてもらうには明らかに金が足りなかった。
今は汎用魔法を使うしかない。心配していたのはそこだった。
セスタは、唇を尖らせながら、既に開封されたカートリッジの袋をテーブルに置いた。西洋の言語だったから読めなかったが、メーカーのロゴには見覚えがあった。
「カテゴリだけでいいなら、ロングレンジショックウェーバーとショートレンジショックプロッダーよ。遠・近距離型衝撃魔法で、バランスよく組めてるんじゃないかしらっ……!」
機嫌を損ねたか、ぷりぷりと怒りながら説明をしてくれるセスタ。しかし、営業の口上は全く流暢に商品を説明する。武器商人の性であろうか。
「でも……どうして最後のカートリッジには何もインストールしていないの?」
「金が入れば、デザインしたのを積むつもりだ。」
「そっか。アタシが誕生日にプレゼントしてあげましょうか?」
「誕生日を忘れたから大丈夫だ。」
むぅ、とのお言葉を頂戴して、無駄話を締めくくった。
セスタはアタッシュケースのロックを解除して、その武装を解き放つ。
「思い通りのものができているかしら。」
「あぁ。」
炭素繊維と魔力繊維を編んで形成する都合上、見た目はカーボン調一色でデザイン性もなにもない代物だが、そこは造形の美術が補完する。久しく見ない両手剣に近しいグリップと、そこに直接接続する薄い直方体。サイズや縮尺で言えば大きめの図鑑と言ったところだろうか。限界までデフォルトした剣が、こんな感じに描かれるかもしれない。
「リゼルキルトくん。」
「なんだ。」
少し、嫌な予感がした。
聞いたセスタの声色、その感情の容積から、少しばかり余剰分が漏れていた。その分で、彼女の言葉は湿っぽい含みを持ち、表面張力で揺れている真意が見え隠れしている。それは、彼女の深淵に触れてしまったとき。それは、彼女の琴線に触れてしまったとき、現れる。
「なんか、金になるんでしょ。」
凶悪な笑みが、金鉱脈を掘り当てた恍惚を湛えている。
この女のことを、心の底から信用できないのは。この女が吐く、僕へのある種の親愛を、性愛を、信用できないのは。この女が、資本主義の擬人化のような人物だからだ。
金を生み出すのなら、金を流すのなら、金が湧き出るのなら、その場所にこの女はいる。セスタ・クリスタルベリーの匂いを辿るよりも、その土地所縁の証券取引所に赴くほうが、彼女を見つけやすい。
彼女には、そういった、在る金を手繰り寄せる天賦の才がある。
「君を噛ませるのは、もう少しあとがよかったんだけど。」
「どうして……?」
「僕のバディはまだ知り合って数か月だ。基盤が安定してない。」
「いいよ。」
「それに、まだ目途が立たない。」
「投資する。」
もはや彼女には、金しか見えていない。この場所には一ダラもないあの緑色の紙幣の山が、セスタの目にはしかと見えている。
であるならば。ここで、試してみるしかない。
「僕の所有権は賭けないぞ。」
「いいよ。それは、いずれどうにかするから。」
言った。確かに。
この世界の金の流れを、描き、流し、洗浄してきた。世界の支配者、そういった存在と肩を並べる彼女が、言った。それは、僕という不純物を排除しても尚、彼女の興味をそそるビジネスだと。彼女が両手に持ったL字の鉄棒が、確かに地中の金属を知らせるように。
「……本当の理由は、君の特性に起因する。」
「それは?」
「君は、金を扱うのは誰よりも上手い。……でも、」
「……」
「金を生み出す、ということにおいては、その手腕を知らない。」
「あぁ。なるほどね。」
彼女がやるのはマネジメントだ。彼女は金を操る。クリエイトすることはない。
「金を扱う奴が要る。しかし、このビジネスには、金を生み出す奴、それに、金を換える奴、金を運ぶ奴も必要だ。」
「……生産から販売、……財務はもちろんだけれど、流通、管理、保管まで、全部やる……?」
「あぁそれに近い。通常の企業の形ではやらない。」
「どうして…………。非合法だから……?」
少し考えて、彼女はすぐに正解を出した。
「そう。だが、”まだ”合法だ。いずれ非合法になるだろうが。それに、もう一つは、この事業は青天井だということ。」
「……市場を操作できる?でも、そんな商品あるかしら。金になるものは、絶対にどこかで市場が完成しているでしょう。完全にシェアを奪えなければ、キミの言ってる企業の形ではやれない。」
大企業の、それも人間殺害装置株式会社の代表取締役にビジネスを説くというのは、神に聖書を読み聞かせるような焦燥感を覚える。しかし、それ故にありがたい確信を得た。
神は、とある聖書の解釈を知らない。
「まだ、誰も市場に流していない商品がある。そしてそれは、絶対に需要がなくならない。その上、ニーズは人種・国籍・性別に限らず、どんな人物にでも当てはまる。全てが、極限に到達すれば、国家権力でも取り締まることができなくなる。」
「まさか……」
「君たちには、地獄よりも怖いものがあるだろう。」
「ふふっ……あはっ……そう、アタシたちは、独禁法が怖い。血液凝固剤が怖い。金の流れが鬱血するのが怖い。」
それならば、このビジネスは単純明快にして最適だ。
独占禁止法という血液凝固剤で、終戦という止血帯で、経済制裁という鬱血で、彼女たちの脳には酸素が巡らなくなる。戦争の、内戦の、紛争の、その特別需要で輸血し続ける彼女たちは、世界情勢に左右されない宝石の存在を、金鉱脈の存在を知らなかった。
「独占企業体をやる。」
それは、まるで魔法のようにこの世界から抹消されていた病で。魔法によって、覆い隠されていた薬の復権だ。
極限まで膨張した、血と暴力の薬。それは、死と憎悪の病などを一瞬で完治させ、それより遥かに威力のある後遺症を残す、呪いだ。
それは、その世界を、終わりなき地獄に変える、特効薬だ。
*
セスタが手ずからものの数分で完成させてしまった見積書と、類似品の製品カタログを引っ提げて、僕は自分の家に帰るかのようにアステアのもとへと帰宅した。煙草を吸いながら花畑をふらふらと歩いていたアステアは、僕を見て跳ねるように歓迎の口上を言った。
客であるというのに家主よりも先に家に入って、その様相の変化に驚いた。
壁や床、あるいは空中まで、”空間”を満たしていた資料の数々が、整頓され、部屋の隅に片付けられていた。この部屋はこんなにも広かったのか、と思わず感嘆する。
「どういった心境の変化だ……?」
「もう研究は終わったし、これも、必要ないかなって。捨てちゃうのは勿体ないからしないけど、すぐに漁れるような状態にはもうしなくていいでしょ?」
そういえば、これこれの資料を探してくれと言えば、彼女はまるでその資料が光って見えているかのようにすぐさまに散乱した部屋の中から目的のものを見つけてきていたのを思い出した。あの状態とは、傍から見れば猥雑であったが、彼女からすれば整然であったわけだ。
「椅子、買っちゃった。」
嬉しそうにアステアが見せてくれたのは、クッションがついた座り心地の良さそうな椅子だった。作りも精巧で、木目を見る限り朽ちたり腐ったりしている様子もない。この街でなくとも上等といえるようなものだった。
「煙草屋のじじいから買い叩いただけなんだけどね。」
アステアは、せっかくのその椅子ではなく、元からあった椅子に腰かけて、僕を新しい椅子に差し向けた。
「君が座るんじゃないのか。」
「ううん。あなた用に買った。遠慮しないで、座って。」
多少の遠慮はあったが、厚意を無下にするのも気が引けた。自分の家にもないような座り心地の椅子に座って、カタログを広げる。
すれば、すぐさまにアステアは僕の隣に椅子を引き摺って、カタログを覗き込んできた。
小さな頭が視界を占有して、僕が読めなくなる。
「邪魔だ。」
「あ、ごめん。」
ぴょこ、と軽く頭を振って、アステアは椅子を引いた。覗き込まなくなった代わりなのか、少し体温が低く思える手が、僕の手首のあたりにちょこんと置かれる。煩わしくはあったが支障はなかったから、なにも言わないでおいた。
「MSCSのカタログ……?」
「あぁ。僕たちがやってるやり方じゃ、効率が悪すぎる。折角便利な機械があるんだ。便乗しない手はない。」
「お金、あるの?」
「頭のおかしい資本家を見つけた。投資してくれるそうだ。」
それが昔馴染みの女だというのは、なんとなく言わなかった。
アステアは、僕の手を蛇のように絡めとって、互いの体温の隔たりを中和するように、温もりを共有した。
「あなたが、どうしてわたしを助けてくれたのか、よくわからない。」
答えを出さないままに逃げるのは許さない、とでもいうように、彼女の握りしめる力は強くなった。
「わたしの身体じゃお気に召さなかったみたいだし……。」
更に一際強く握られる。迸るような悪寒に、冷や汗が垂れた。
しかし、彼女はすぐに力を緩めてくれて、事なきを得る。
「わたしのわがままを、まだ、聞いてくれるんだよね。多分。」
「……君が痛がらなくなるまで、一緒にいてやると言ってるんだ。一度も、わがままを聞いてやるなんて言ってない。」
「ふふ……一緒にはいてくれるんだ。じゃあ、なんで?」
なんで、一緒にいてくれるの?アステアは、そう問いなおした。
艶やかな銀髪が視界の端を横切った気がして、思わず振り返った。
「いきなりいなくなるなんて、寂しい……だろ。」
それは、アステアに問われた言葉への明確な答えであり、そして、僕の目の前から突然にいなくなってしまったある少女への、怨み言でもあった。女々しい言いがかりに、思わず言葉尻が心許なくなる。
「へぇ。そっか。」
「あぁ。」
「わたしが、……一生痛がってたら、どうする……?」
「……花の趣味が悪い女に、一生つき纏われることになる。」
「ふふっ……そう……大変だね。リゼルキルト。」
わざわざ私の名前を呼んで、アステアは憎たらしく笑った。
ねぇ、と呼びかけられて、視線だけで応じた。
「わたしは、一緒にいてくれるならいいから。あなたは、あなたの目的のためにちゃんとするんだよ。」
「そのつもりではあったけど、君にとってそれが、いい結果かはわからない。」
「わたしを連れて行ってくれるなら、どこでもいいよ。」
わたしたちは。
カラシナが揺れる花畑、そこに降り注いだ月光のように、アステアという少女が元来持つ底知れない染色作用。それが、彼女の声色を、この空間そのものを、この問答をも、染め上げていくような気がした。
「わたしたちは、地獄に行くために手を組んだんだから。」
それも、そうだな。僕たちは自分で選んだ地獄に行く。
*
翌日、僕が訪れたのはセスタの総合商社の事務所だった。
本拠地では高層ビルを持つ彼女だが、この国の事務所には雑居ビルの二階を選んだようだった。治安と経済的な成長の見込みを考えれば、妥当な判断だと思った。
「物質解析は済んだわぁ。”アルカロイド”、確かにこれなら、キミが言ってた話も現実味がある。」
「投与に足るものはできたか?」
「効果は絶大。でも、だからこそ素晴らしいわ。使えるのは一日一回が限度かしら。それ以上は、脳死の危険性がある。でも、完全に痛覚を遮断する効果は確認されたわ。多少精製したけれど、よかったわよね?」
「あぁ。君たちの薬理研なら、僕たちより上手くやるだろう。だが、情報については。」
「ちゃーんと社外秘にしているわ。彼らはある党からの依頼で毒性の魔法も研究しているから、情報が漏れるとしたらそっちが先。それで、そっちの情報が漏れたら、キミたちの情報を漏らす前に粛清されるわ。」
機密保持と制裁まで他人任せで良いとは、随分と都合のいい采配である。ちなみに、その粛清の可能性がある情報を、たった今僕は聞いてしまったわけだが、死ぬまで口外しないようにしようと心に決めた。
「キ・ミ・が!囲っている女の子の薬についても……!ちゃんと注射器から投与できるような状態にしたわ……!」
今日の本題。それは、アステアがまた発作を起こしたときに、投与できる薬の受け取りだった。
「便宜上シレットと呼んでいるけれど、ちゃんとした名前はつけていないわ。素材さえあれば、ちゃんと増産できるようにしてある。」
「そうか……助かる。」
「それと、こっちの注射器だけれど。」
セスタが示したのは、医療用の注射器に酷似した、しかし、明らかに質が悪い注射器だった。まともそうに見えるのは、注射針だけだった。それもそのはずである。それは、セスタのコネクションの中で、最も安価に作れるように依頼したものだったからだ。
「医療用としては即販売中止レベルの出来よ?」
「問題ない。数だけ用意できればな。中身もできてるか?」
「……えぇ。」
アステアは、まだなんのラベリングもされていない小瓶を取り出した。
「キミが計算した方法のうち、二つは動物実験で効果の消失が確認された。もう一つは致死量が少なすぎたわ。あとの四つは、まだ技術的にできない。けど、薬理研が言うには上手くはいかないだろう、って。それで上手くいった最後の一つが、これ。」
小瓶の中には、黄ばんだ白い錠剤が詰められていた。
それは、僕たちが作り出したモルヒネから作られた、新たな”魔薬”だった。
「名前はつけていないわ。でも、」
「僕が決めてある。」
セスタは、少しばかり驚いたようで、しかしすぐに表情を戻した。貼り付けた微笑が、先を促す。その薬の名前は。
「ヘイロー。」
「っは……ははっ、……ふふっ……旧帝国語ね……」
セスタが噴き出したのも無理はない。僕も、悪趣味すぎるネーミングだと思った。しかし、世界に取ってこれがどんな存在になるのかは知らないが、僕にとっては、その名前は全く蓋然性がある。
「英雄、ね。」
セスタが簡単に種明かししてしまったから、アステアにはもう少しこの謎が通じればいいと思った。
小瓶から錠剤を一粒取り出して、テーブルの下段に入れてあった紙を引き出した。机に広げて、自前のMSCSを叩きつけて砕いた。セスタが不満げな視線を送ってきた気がするが無視しておいた。
「スプーンとライターを借りられるか?」
「……た、煙草……吸うんだっけ……?」
「なんで嫌そうな顔を……実証実験だ。ないならないで構わないが。」
「あるわ、あるわよ……!」
不機嫌なセスタはぷりぷりと「もぅ」とか「はぁ……びっくりしたぁ」とか呟きながら扉を抜けていき、一分も経たずに戻ってきた。スプーンとオイルライターを受け取る。
砕いた粉末をスプーンに乗せて、オイルライターのフリントを回す。上手く火がつかなかったので、不良品を渡してきたのかと思ってセスタを見る。呆れたようにため息をついたセスタが、僕からライターを取り上げてそつなく火をつけた。
アステアは、もっと簡単に回すから、そんなにも勢いが必要だとは思わなかったのだ。前にアステアのものでつけたときはまぐれだったのだろうか。
出された茶にフィンガーボウルさながらに指先を浸し、水滴をスプーンに落とした。またしても、不満そうな視線に射抜かれた。
火は、熱伝導を理想的に完遂し、粟立ち始めた水滴に錠剤が溶け始める。赤錆のような色合いに変色した液体に、ムラができないようにセスタの手を掴んで火を回させる。
「……。」
「な、なによ……」
「いや。」
もう何度とも知れないその視線。今回のは少し怒っていたように見えたから、彼女に倣って視線で理由を問うてみたが、面倒臭そうだったのでやめた。手を離すと、少し残念そうにセスタは火を閉ざした。
注射針を液体に差し込み、ゆっくりと吸い上げる。注射器も薬剤も、動作は問題なさそうだった。
「えっと、静脈注射よね。試してみる?」
セスタが袖を捲り、片腕を差し出した。
「駄目だ。」
「実証実験って言ったじゃない。」
「駄目だ。」
「そう……」
おずおずと腕を仕舞うセスタに、念押しする。
「お前、絶対に使うなよ……?」
少しばかり困惑したセスタが、小さく「え、えぇ……」と応じた。




