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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第三部【無闇矢鱈に輝くな】

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Ep.60『聖人の亡霊』

 スモッグ塗れの市街地の空。からからに乾いた辺境の山地まで来ると、それも少しは晴れて胸がすく。メヒクト合衆国、一か月の準備期間を終えた僕たちは、ゼータ・アビレス統合作戦を、本格的に開始した。


「小休止する!」

 ゼリタが叫んだ声で、ゼータとアビレスの混成部隊がほっと溜息をもらす。総重量約十五キロの完全装備を纏い、しかし行動の速度は一般人の徒歩とは比べ物にならず、戦闘になればアクロバティックに飛び回らなければならない。彼らの疲労も納得ではある。それが許されるかは別として。

「流石に、鍛え方が違うな。」

「ありがとうございます。」

 僕が見渡す限り、アビレスの連中は地面に腰を下ろし、しかし周囲への警戒を怠らない。言葉数は少なく、この少ない休憩時間で体力を回復することに努めている。MSCSから手を離すこともないし、すぐに立ち上がれるような体勢を維持し続けている。ゼータの中にもそういう連中はいるにはいるが、ほとんどが地面に身体を投げ出し、あまつさえ仲間内で笑い声をあげているような連中までいる。

 僕も装備を背負ったまま腰を下ろし、ゼリタが淹れてくれた茶を飲んだ。もちろん、湯を沸かしている暇などないから、魔法瓶から出てきたインスタントだった。その温かさに息を吐き、ゼリタも僕の対角の位置に座る。

「この一か月は好きにさせてもらいましたから、貴方を満足させる報告ができるはずです。アンタニオスさん。」

 この統合作戦が始まるまでのアビレスは、彼を司令官として諜報作戦を遂行していた。

 もちろん、敵の内部にまで潜り込むには時間が足りない。しかし、どんな場所にも道はある。市井の中に紛れ込んだ首刈り部隊の精鋭は、十分に敵の情報を収集せしめた。

「やはり、我々の適性カルテルとしてはラザロ教団とグランナダラ・カルテルが強い。ラザロ教団は、我々以外のカルテルには目立った動きをしていません。だから、メヒクトの他のカルテルも静観という立場を取っている。」

「グランナダラ・カルテルについてはどうだ。」

「彼らはエリンの覇者です。信じらないくらいの恨みを買っているでしょうが、表立ってそこに盾突けるようなカルテルはどこにも。エリンを商品とするカルテルは、少なからず彼女たちと取引がありますからね。」

「組織としての規模は。」

「グランナラダラ・カルテルは、アンタニオスさんたちが予想していた通りです。俺たちと同じくらいと見ていい。ラザロ教団についてはそのほかのカルテルと同じくらい。決して小さくはないですが、逆に大きすぎるということもない。」

 ある程度予想はしていたものの、やはり総力戦の相手としては、グランナダラ・カルテルが危険というわけだ。ラザロ教団についても、既に適合者が一人は確認できている。僕らが擁する適合者が僕、アステア、非正規でアザルベーダであることを考えると、決して油断できる相手ではない。

「ラザロ教団の組織図も大方予想できました。」

「……どうやって、」

 流石の僕も面食らう。彼らに与えた時間は一か月。その間に、改修工事へのテコ入れや、酷い時には自分たちで力仕事を引き受けたりもしていたらしい。そんな中で、機密情報に近しい情報を手に入れたというのは、一体どういうことだ。

「地道な諜報、というほかないですかね。しかし、あくまで予想です。確実なことはなんとも。それこそ、大司教とやらの首を刈ってみなければ、わからないと思います。」

「あぁ、わかったよ。教えてくれ。」

 僕はもうその優秀さに賛美を送ることは諦めて、ラザロ教団という新興カルテルの深淵に踏み込む道を問うた。

「首領の名はラザロ卿。おそらくは適合者です。そして、その下に幹部会───教団会議がある。幹部は四人。先月の襲撃に現れたティミス大司教、こちらも適合者だったようですね。そしてインクィタス大司教、ベスティアリス大司教、リセンティア大司教。ベスティアリスについては適合者である、と情報がありました。その魔法がもたらした現場についても確認済みです。」

 とすれば、ラザロ教団の暫定適合者は三人。教団会議の全員が適合者だった場合は五人。これで、判明している中で、という前提はあるが、適合者の数で彼らに追従するカルテルはない。

「他に、判明した情報はあるか。」

「グランナダラ・カルテルについて、ですかね。こちらは、なんというかエミリア・カテドラルの独裁政治です。彼女も、適合者であることが割れていますね。頭は切れるし腕っぷしもある。が、こまごまとした社内政治は側近が辣腕を振るっています。理性と本能の二面性、それが、あのカルテルの実態に近い。」

 エミリア・カテドラルの側近。グランナダラ・カルテルの本拠地、あの聖廟の清貧な応接室。エミリアの背後に控えていた、闇色の髪のモノトーンの女。適合者でありながらあの油断のなさ、翻って、適合者でもないのにあの気迫を放っていたとしても、どちらにしろ厄介な相手である。

「それと、懸念が。」

「なんだ。」

 僕らが目下頭を痛めているラザロ教団とグランナダラ・カルテル、それ以外に、またも厄介事が舞い込んでくるのか。

 ゼリタは、思い起こすように目を細めた。頬の傷跡がくしゃっと歪む。

「諜報の最中、小規模な戦闘が何度か発生しました。我々に損害はありませんでしたが、首を刎ねた連中の中に、妙なことを言った連中がいました。」

「妙なこと……?どのカルテルの奴だ。」

「それが、どのカルテルの名前にも合致しません。であるのにも関わらず、密売人レベルで随分と懐が潤っているように見えました。」

「事業規模も相当か。なんと言っていたんだ。」

 ゼリタが想起し、なぞったその言葉。それは、僕の耳に恐ろしく馴染み、そして、それは僕の手から握力というものを奪い去り、一瞬ではある者の意識を喪失させるような、威力を持っている。ゼリタは言った。


「呑み下さば。」


 僕はそのイデオロギーを知っている。それは、バルデリーニ・ファミリーが共有する、形而上的なファミリア・ナイフの姿だ。それが、どうしてここで出てくる。バルデリーニを失ったファミリアの全勢力を、僕は掌握し、そして支配下に置いた。その権利を、マツシマに委譲した。ではそこに、不穏な反乱分子の姿が現れただろうか?いや、そうじゃない。僕とマツシマは、いずれこの道を分かつ。しかし、それは今じゃない。僕にとってもマツシマにとっても、ここはまだ中間地点。メリットがない。

 そうしてそこで、僕はようやっと、自分が取りこぼした勢力についてを思い出す。

───煙草の密売事業を取り仕切っていた幹部がいたな。

───奴はどこに行った?

 マツシマがファミリアの殿の座についたとき、忽然と姿を消し、その足跡すら匂わせなかった男。

───……失踪しました。バルデリーニ氏の死亡の報せが届いた日です。

 失踪?馬鹿なことを言うな。それは蜂起だ。戦争の火種だ。

「オース……!」

 踏みつけた足が、地面をじゃり、と滑った。

「そいつらは、自分たちの名を、なんと名乗った。」

「え、えぇ……彼らは」

 言い辛そうに、ゼリタは肺の中で言葉を編んだ。それが口腔に達するまでに、その言葉に縫い付けられた針は、彼の喉にひっかかっただろう。そのようにして、敵の名前はこの世界に生まれ落ちる。

「ロス・アンタニオス、と。」


 行軍が再開され、ゼリタの背中を見ながら山間を上る。

 敵は、ラザロ教団、グランナダラ・カルテル、ロス・アンタニオス。もちろん、そのほかの勢力も注視し続ける必要がある。

 適合者で言えば、ラザロ教団の五人。ラザロ、インクィタス、ベスティアリス、リセンティア、ティミス。そして、グランナダラ・カルテルのエミリア。あぁ、多い。

『ロス・アンタニオスにも、第三層と呼ばれる幹部会があるそうです。コードネームは、アイ、クレノア、リンネ。ボスの孫娘の三姉妹だと聞いていますが。末の女はまだ幼児です。果たして、どれほどの実態があるのかは。』

 十中八九適合者だ。そうでなければ、そんなにもおあつらえ向きの名前をつけるはずがない。(アイ)紅花(クレノア)(リンネ)。第三()。三姉妹の中で、実際に敵になり得るのは長女と次女のアイとリンネ。

 絞り出して適合者三人の僕たちが、敵にする適合者の数は推定八人。

 グランナダラ・カルテルには生産力と純粋な武力で事業規模を追い付かれている。ラザロ教団は得体が知れず、ロス・アンタニオスには浄水場で死に絶えた男の血脈が流れている。呑み下さば───

 そんな馬鹿馬鹿しいイデオロギーを、僕はずっと唾棄してきた。敵を呑み下し、そして、それを取り込んで自らのものにする。それが、ブラウナーの火を引き起こし、アンタニオスを生み出し、バルデリーニを殺した。呑み下す、などという甘えたことを言ったからだった。敵は、叩き潰さなければならない。魔薬利権の喪失を恐れたバルデリーニの失策は、僕らに警告などという馬鹿馬鹿しい真似をしたことだ。あのときの最適解は、死に物狂いで僕とアステアを探し出し、惨殺することだった。

 そしてそれは、僕だって同じだ。だから僕はファミリアをカルテルに編纂しなかった。バルデリーニを利用しようとも考えなかった。オースを取り逃がしたことに、こうも(いか)った。

 僕はいずれ、決断を迫られるだろう。

 合わせ鏡の問答は、鏡の儀式は、いずれ僕に或る答えをもたらす。そしてそれが、戦争の引き金を引く。


グランナダラ・カルテル

エミリア・カテドラル・・・エリンの適合者『大聖廟(カテドラル)


ラザロ教団

ラザロ卿

インクィタス大司教

ベスティアリス大司教

リセンティア大司教

ティミス大司教・・・合成魔薬(アダムス)の適合者『鏡面閉架(アンダァスタデイ)


ロス・アンタニオス

アイ・・・推定、「藍」の適合者

リンネ・・・推定、ヒュドラ(麻)の適合者


リゼルキルト・カルテル

リゼルキルト・・・キュルケーの適合者『聖火の守護聖人(マシンエルフ)

アステア・・・モルヒネの適合者『理想を司る女神(モルヒネア)

非・構成員アザルベーダ・・・『こんな夜にこそ輝いて(マリア・ジュアナ)



 小休止から行軍を再開した中で、平気そうな顔をしているのはゼータの幾人かとアビレス全員。そしてベートだった。

 隊長としていろいろと手を回しているのかと思っていたが、この一か月彼女はろくに指示や部隊編成を行ったりはせず、いわばわかる奴がうまくやってくれ、と放り投げていたらしい。初代隊長があれだったのだから、方向性として間違っているわけではないのだろうが、あのゼータだって軍事行動においてはイニシアチブを手放すことはなかったのだ。

 その一本足が何を考えているのか、僕は、その全てを理解できているとは言えなかった。

「ゼリタ、部隊の様子はどうだ。」

「そうですね……俺の見る限り、ゼータの隊員の士気は、そう悪いものじゃない。ですが、身体の作りが、軍人とは違うように思えます。」

 トリガーハッピーと酒池肉林の連中である。大義などなくとも命を賭けられるゼータの面々の指揮管理は、確かに軍人のそれよりお手軽だろう。だが、彼の言う通り、疲弊している連中は全員がゼータの隊員だ。

「ただの腕っぷしのある無法者の身体では、様々な任務に身体を適合させる軍人としての在り方とは齟齬が出る。その点、あの隊長───ベートさんは、その辺が上手い。自分の立ち位置と立ち回りを把握できていないのは一つ懸念事項ですが、こと自分一人だけの行動において、彼女は目的のために歪められる自分の身体に、上手く付き合っている。」

 ベートに視線を投げてみる。僕らより先を歩いていくベートは、歩幅を小さく、呼吸を短く。その華奢な身体には重いだろう積載量を、出来る限り重心にぴったりと寄せて確かな足取りで登っていく。目的のために歪められる身体。その振り幅は、女であり、その上小柄な彼女の身体には相応の負担をかけるはずだ。

「ただし、引き金は重いように見える。」

「……なるほどな。悪いな、彼女も、連中も、コード・ゼータ本人から師事を受けていた者は少数だ。」

「では、平気そうな顔をしたゼータの隊員が、」

「あぁ。かつての特殊部隊ゼータを知る面子だ。」

 ベートはもちろん、ゼータの大体の連中は、特殊部隊ゼータと、その頂点に君臨していたコード・ゼータのことを知らない。そんな古参連中は、引退して退職金で地方の小金持ちになったり、遊ばせておく余裕がなくなってファミリアの中枢に編成されたりで数を減らした。

 ここに残っている連中は、それでもゼータという亡霊の背中を忘れられなかった、そんな連中だ。あとは、暴力性だけで選抜された、ただのマフィア。

「ベートさん!着いていけない者は置いていきます。荷物を返してください。」

 ゼリタが飛ばした声に、ベートは知らんぷりを決め込んだ。苦々しい顔をするゼリタにも同情する。自分の荷の重さにふらついた隊員から、ベートは荷物を奪い取り、バツの悪そうな顔をするその隊員の背中を押しながら、自分は二人分の荷物を背負って登っていく。

「ああして、自分以外を勘定に含め始めると、途端に引き金が重くなります。それは、ゼータが許さなかったことです。」

「あぁ。そうかもしれないな。」

 ゼリタは、流石ゼータに師事していただけあってコード・ゼータ原理主義者である。彼も、誰かのために引き金を引くことはない。つまり、自分の意思だけで引き金を引き、仲間を撃ち殺すことすらできるだろう。それこそ、ゼータを殺したのは、ただ時間と場所が僕に適合しただけで、本当は彼だったのかもしれない。

「あのコードを継げない俺が言うのもなんですが、彼女たちには見るべき背中がない。あの片足の亡霊を見られない彼女は、やはり、ゼータにはなれない。」

 Zのあとには、なにもない。そこに座ることもできない。だから、Zの背中を見られない。だからといって、Zの内側にいた僕たちだって、その後にコードを並べることはできないのだけれど。

「お前は、そのままやってくれ。」

「え、えぇ……」

「悪いが統合訓練なんだ。あのちびっこも、上手く使えるようにしてくれよ。」

 僕は歩幅を少しばかり大きく取り、ゼリタの横からベートに追い付いた。

 ぱぁっ、と表情を明るくさせたベートが、「リゼルキルトさん!」と些か大きい声で呼んだ。多分、アビレスの面々はそれが僕を示す名前だということに気付くのに、少々時間がかかった。

「少し貸せ。隊長が落伍するなんて、特殊部隊の名折れだ。」

 ベートの背中に乗っていた一人分の荷物を取り上げて、僕が背負った。歩みが遅くなるほどのものではないが、ゼータに鍛えられていない、それも女であるベートが、短い時間とはいえそれを背負っていたことに少々感心した。

「なぁ、ベート。」

 僕とゼータの隊長であるベートに気を遣ってか、ベートに背中を押されていた隊員は、いそいそと僕らから距離を取った。その身軽な身体では、それくらいの気遣い造作もないことだろう。

「お前には、今の奴を殺すことができるか。」

 ベートは、その質問の意図を測りかねたようだった。むしろ、最初から理解しようとは思っていなかったのかもしれない。だからベートは、着の身着のままの答えを吐く。ベートが視線を向けた先、荷物を背負っていない隊員がいる。

「いいえ。殺せません。」

 彼女の答えは、コード・ゼータの答えを真っ向から否定する。

「少なくとも仲間であるうちは、絶対に、殺しません。殺させたくもないです。ベートは、仲間は大事にするようにと教わりました。」

 誰に?僕の反問。お前は一体、誰の背中も見られない場所に居ながら、誰の背中を見たんだ?

「貴方ですよ……!リゼルキルトさんっ」

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