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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第三部【無闇矢鱈に輝くな】

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Ep.53『片足の老兵』

 ラ・アルレラ空港に降り立ち、早朝。アメリクス大陸はグトレマヤ共和国、グトレマヤシティが、今日の仕事の舞台だった。

 大して広くもないターミナルからロータリーに出る。東都国のそれを見てしまってからでは随分お粗末に見える路面に、匿名性の高いメッセンジャーアプリで知らされていた特徴のセダンが付けている。

 三角錐を連ねたような建物を肩越しに見て、ドライバーが出てくるのを待った。空気感はオンドゥラが一番近いだろうか。立地的にも気候風土的にも近所だから、当然ともいえる。

 運転席から降りてきたドライバーは、気さくに声をかけてきた。

「ようこそ、アンタニオスさん。歓迎します。是非聞かせてください。コード・ゼータの置き土産───貴方の話を。」



 グトレマヤ国軍特殊部隊”アビレス”。血生臭い世界では有名らしいその名声は、翻って彼らの残虐性の証明でもある。

 そもそもが血生臭い国である。随分前に軍事政権を脱したものの、そのときに醸成されたどす黒いイデオロギーは、澱のように積み重なって、アビレスという形を持った。軍事政権解体後、なし崩し的にアビレスの規模も縮小されたが、彼らの残した蛮勇は、あるいは虐殺は、アンクルリークスのジェノサイドの項に詳しい。

 曰く民間人の首を刎ねまくり、首刈り部隊と称され、革命の最中には二百人の民間人を一挙に虐殺したという。励起状態の暴力が、縮小という形で切り分けられた。ではその切り分けられたパイの、グトレマヤが手に取らなかった方は、果たしてどうなるのか。

 運転席のヘッドレストから覗く浅黒い肌。その頬を走った傷跡と、煙草を持った右腕に隆起した筋肉。人の頭を潰せるような、硬質な木材で作られた棍棒。そんな印象を抱いた。

 体格は僕よりも一回り大きく、顔立ちは存外に整っている。優しげな印象の美丈夫は、しかし頬の傷跡のせいで見かけが悪い。顔面の傷跡が与える悪印象のいくらかは、僕もきっと共有できるはずだ。白く残る、頬の縫合跡を思った。

「昔はアビレスで隊長をしていました。」

 運転手はそう言って、にこやかに笑った。

「今となってはなんの肩書きも持たず、職を失った元アビレスの隊員たちと、その日暮らしの生活をしています。」

 ゼリタ、という名前を名乗った男こそ、僕が探し求めていた人材だった。

 彼とのコネクションを繋いでくれたのは、それもそうかという感じだがアザルベーダだった。活動領域が被るわけではないが、しかし近接している彼らは、対反政府組織、対政権という形で標的を異にしていたものの、対共産主義者という点で通じ合っていた。

 アビレスが虐殺して回ったのは左翼ゲリラで、MISURANIAが蜂起したのは共産主義政権である。そんな折、アビレスは縮小、MISURANIAは解体を迫られた。アザルベーダを取り込んだ僕たちにとって、そこから繋がっているアビレスへのアクセスは、そう難しいことではなかった。

 しかしそれだけでは足りない部分も出てくる。そこを補うようにして、意外な名前が挙がった。

「本当に、ゼータに師事していたのか。」

「はい。期間は短いですが、十年ほど前に。」

 アビレス時代、隊長として部隊を率いたゼリタは、みすぼらしい格好をした元戦闘機パイロットの男と出会う。聞くところによると、その男はシェンロウ王国から亡命してきたらしく、また、隣国のブラウ連邦には随分と年季の入った傑物が隠居しているという。

 飲みの場で交わされた、我が輸送担当幹部トールと、グトレマヤの首刈り部隊隊長の、刹那的な交友であった。そして、その仲を取り持った話題というのが、当時ブラウ連邦で伝説となっていたゼータだった。

「俺がゼータさんに会いに行った時には、もう既に彼に片足はなかった。軍からも退いていました。アビレスの訓示は単純です。”前進し続けろ。振り返ったときは、仲間に檄を飛ばすか、頭を撃ち抜かれるかだ”。

 彼も、そういった単純な美学を持っていた。”躊躇うな。自分だけの意思で引き金を引け”。片足の亡霊は、いつだって俺にその言葉をくれます。いまだにね。」

 僕の知らない時期のゼータの姿だった。僕が出会ったときと、あまり変わってはいないようだ。

「彼は俺に言いました。俺を継ぐものは現れない、と。気づいていましたか?Z(ゼータ)、とは、アルファベ(ダイアクリフィ)ットの序列(カル・オーダー)の、その最後を占めるコードだ。あの片足の亡霊の背中を見続けている俺も、俺の仲間も、彼を継ぐことはできません。

 ゼータとは、終焉を暗示するコードですから。Zの後ろには、なんのアルファベットもない。」

「では、僕もそうだろう。なにせ、その終焉を引き起こしたのは僕だ。奴の矜持も美学も、僕はすっぱり断ち切った。なんのコードも引き継ぐことなくな。」

 爽やかに笑ったゼリタは、敬愛する師が殺されたということに屈託を見せず、その仇が今目の前にいるということにも、あまり頓着していない様子だった。

「むしろそれでいいではないですか。彼は、自分の美学の中で死ねたんですから。貴方が終わらせてくれてよかった。今話して、そう思いました。」

 上官殺し。ゼータの象徴的な論法の一つだった。形式的に言えば、それは彼を例外とすることなく履行された。僕の手によって。しかし、最後の奴は、自分の美学をかなぐり捨てて僕に立ち向かった。だから、僕はその美学を終わらせて、奴の半生に間違いの烙印を押した。

 ゼリタが自分を称するように、僕だって、奴のコードを継いでいるとは思っていなかった。というより御免だ。自分の晩年が無駄話ばかりのジジイとは、予後が悪い。

 亡霊の背中を見ているもの同士、僕らは目的地を違わない。そしてまた、僕らは特殊部隊”ゼータ”に足る。軍人で在り続ける。



 僕が始めたのは、所謂リクルートというやつだった。マツシマの言う通り、バルデリーニ・ファミリーは理想的な都市型犯罪組織だった。犯罪組織に必要不可欠である暴力を、その頂点である軍から引っ張ってきた。つまりは、ゼータのリクルートである。

 僕ももちろんそれに倣うことにした。マツシマも反対しなかった。彼の護衛を務める現ゼータの隊長も、表面上では賛成した。自身の率いる部隊に欠けている部分を自覚してか、あるいは懊悩を押し留めただけか。しかし、僕に何も悟らせなかったというのなら、それだけで問題はなかった。近々彼らを引き合わせ、統合していくことになる。

 所属でいえば、ゼータはファミリア、アビレスはカルテルとすることで、多少は両組織の均衡が取れるというものだ。互いにナイフを向け合った僕たちは、なによりその刃渡りを注視する。その長さは、互いに拮抗し得なければならない。

 ゼリタに案内された風通しのよさそうな集合住宅で、僕は旧アビレスの面々と相対した。多対一、それも相手は元特殊部隊。少々手間取ったアンタゴニストの輸送も、すぐそばに潜ませているカルテルの護衛連中も、僕が舌先に乗せている切り札も、全てはその力を理解してのものだった。

 終始穏やかに進んだ話し合いで、ゼリタはカルテルへの加入を決めた。指揮系統の青写真と、制式採用しているMSCSの手配についても了解を得て、彼らへの権益にも不満は出なかった。

 給料袋に入れるダーティーマネーに、僕が困ることはない。

「アンタニオスさん、いや、どちらで呼べば?」

「そうだな、そっちの方が聞こえがいい。」

「では、アンタニオスさん。用意してもらった切符で、メヒクト支部に順次発ちます。今日は泊まって行きますか?ホテルくらいなら見繕いますよ。」

「魅力的な提案だが遠慮する。」

 フライトの時間を考えれば当然一泊が望ましい。しかし、リゼルキルト・カルテルという組織にとってはそうではない。

「このままバハラータにトンボ帰りだ。空港まで、送ってもらえるか?」



 カルテル薬理研究所は、本社ビル一帯を買い占めたうちの一角にあった。バハラータの高層ビル群の中で、不自然でない額の利益を出す製薬会社(ペーパーカンパニー)が、全世界にばら撒く魔薬を作っている。

 アビレス加入による統合訓練計画の素案を作らせ、先んじてマツシマに伝えておいた概要の確定を連絡する。人事と経理、財務幹部のセスタへ弁護士の関与していない契約書を送付し、メヒクト支部に手付金の二億メヒクト・ダラを準備させる。

 リクルートする隊員の詳細を示した名簿もアップロードしておいたので、あとは手順書に従って入国、入居、入隊の手続きがつつがなく行われる。

 僕への了解の返信と共に、セスタから送られてきた日報のファイル。携帯端末では読みづらいと愚痴をこぼしたときから、送信されてくるのは縦画面用に書式が整えられたものだけになった。彼女の私兵か、もしくは彼女自身の采配だろう。

 各地域別の売上だけを概観する報告。僕がセスタに示した魔薬事業の可能性、つまりは需要の青天井については、まさしくその売上金額に反映されている。成長度合いの翳りは、メヒクトで勃興した新興カルテルの参入によるものと、隣国のグランナダラ・カルテルによるエリンのシェアによるものだろう。

 バハラータ近辺ではほぼ百パーセントのシェアを誇る僕らも、アメリクス大陸では決して頂点ではない。縄張りを互いに食い合い、世界最大級の市場であるアメリクス合衆国を奪い合っている。その要衝として選ばれたメヒクト・グランナダラは、戦争と言っておかしくない様相を呈している。

 欧州でも指折りの技術を持つタリャーリナ共和国から、セスタはとうとうスーパーコンピュータを運び込んだらしい。もちろん、それは数学の未解決問題を解くためでも、数値解析に用いられるわけでも、マイニングに利用されるわけでもない。ただ、株式市場と魔薬市場を解析するためだけに、全性能を発揮する。

 日報の最後のダラを読み切ったところで、車列は薬理研の地下駐車場に乗り入れた。メッセージアプリに、所長から連絡が入る。

『おかえり。上で待ってるね』

 一体、このビルのどの窓から見られていたのだろう。推測する気も起きない窓の数に、僕は短く返信を打った。



 忙しなく駆けまわる研究員たちとすれ違い、僕に目礼すらしない態度に少しばかり面食らった。気分を損ねたというよりも、マツシマの言うように文化の違いに驚いたという方が強かった。

 というのも、彼らは正式にカルテルの構成員になっているわけではない。もちろん、各地で密輸・密売を担当している構成員と同じか、少し少ないくらいの給料は出している。歩合制の彼らと比べれば、むしろ上回ることもあるかもしれない。しかし、彼らは構成員ではない。

 僕がそう決めたわけじゃない。この国の法がそう決めた。

 アステアは、この薬理研のメンバーに、相応の知識と実験の能力、そして高度な有機学の学位を求めた。もちろん、人の殺し方と魔薬の売り付け方、あるいは金の洗浄の仕方にしか興味のない野蛮な連中はお呼びじゃなかったわけだ。

 そこで、彼女は民間からのヘッドハンティングを試みた。もちろん、アステアがそんな器用なことができるはずがないから、主導したのはセスタだったが。

 ともかく、そこで問題になるのはやはり違法性であった。彼らが研究する薬物は、生まれた傍から法律で規制され、アメリクスの機嫌次第ではその精製者に何千年という懲役が科される。ある程度の社会的地位を担保している学位持ちは、容易にカルテルの手を取れない。

 そこで、僕はバハラータ政府の黙認する人身売買ビジネスの証拠と、その利権を牛耳る政府高官(ペドフィリア)に交渉を持ち掛けた。物わかりのいいその男は、カルテルからの脅迫によりやむなく協力させられた被害者救済、という寛大極まりない配慮を示し、法案は可決された。

 この非合法極まりない研究所に、僕たちとは明らかに違う常識の人間が行き交っている実情には、そういった背景がある。

 大っぴらに帳簿に載せることのできる製薬用の機材は、翻って魔薬の製薬を可能にする。

 pHメーターに超純水製造装置、超音波洗浄機やボルテックスミキサー、フィンガーマッシャーは、今日も今日とて埋葬された魔薬利権を掘削し続けている。

 所長室、と記された神経質そうな扉を、ノックするまでもなく開けた。

「おかえりなさい、リゼルキルト。」

 小瓶と注射器を弄びながら、アステアが応じた。


「静脈から循環器系に取り込まれたら、血液─脳 関門を通過してアドレナリン受容体の作動薬(アゴニスト)になる。」

 アステアが見せたいくつかの研究資料。正直なところ、彼女とモルヒネを単離したときと、自分でキュルケーを作り出したとき以降、僕はまともに化学式を見ていない。わからなくはないが、一体どんな操作がほどこされ、どういった理屈でその成果物が出来上がったのかについてを詳細に理解することはできなかった。

「中枢神経興奮作用、……で合ってるか?……エリンが一番近い。」

「合ってるよ。交感神経系を刺激する。そのまんま、アドレナリンと同じ効果。アドレナリンは血液─脳 関門を通過しないから、厳密には違うけど。」

「なるほどな。人工のアドレナリンってとこか。」

「アドレナリンも、正真正銘人間が自分の力だけで作ってるけどね。」

「言葉の綾だ。」

 作用機序についてを解説した資料については、理解どころか読むことを諦めた。こうも人間の脳が解明されているのなら、近いうちに人類は嫌なことに気付いてしまうかもしれない。たとえば、この世界が、全部壮大な夢であるとか、脳が見せている錯覚であるとか、そういった発見を。

 無論、なんの根拠もない憶測だった。

「魔煩から単離したエクィセイナに、いろいろ操作を加えて化学構造を変えまくった。それで得られた化合物が、新しい魔薬───アンプヘルタ、それと。」

 一度言葉を切って、アステアは言った。

crystal(クリスタル) meth(メス)。」

 サンプルとしてだろうか。長テーブルにはいくつかシレットが置かれていて、その内の一つは、結晶化し、クリスタルのような無色透明の輝きを湛えているものもある。クリスタルメス、その名前を冠するにふさわしい、素晴らしい純度だった。

「エクィセイナの水酸基を水素に置換したのがクリスタルメス。こっちは魔煩を基原植物としてる。それを参考にして、全化学合成したのがアンプヘルタ。窒素原子上にメチル基を置換したら、全化学合成のクリスタルメスも作れる。どっちかというと、こっちの方が採算性はあるかもしれない。」

 アステアという少女が切り拓く近代有機化学は、この世界が本来辿るべきだった選ばれざる道だった。MSCSという障壁の存在で、人類が迂回したその道程にこそ、脳を切り開いたところにある化学が埋没している。

 彼女が新たな薬を生み出し続けられる原理である。我々は、脳という思考する器官で、その思考を演算する中央演算処理装置のことを考えられる。考える脳が、脳のことを考える。

 それに気付いたのが、彼女だったというだけのことだった。

「それにしても、一挙に二種類か。」

「新しい化学構造を見つけたら、まず無茶苦茶にいじくりまわして数を撃つ。天然有機化合物研究の常套手段。今回は二発当たった。」

「そんな簡単にいえるものなのかは疑問が残るが。」

 言いながら、僕の脳内の真っ白の世界地図には、各国の法律・風俗・地理という変数を加味した鉛筆が走っている。それは、様々な港、都市、幹線道路を複雑に通過し、そして、その道をまっすぐに通って、僕のもとへと莫大な金が流れ込んでくる。魔薬という力によって作り上げられた道が、僕に、王の力を授ける。

「今後の量産体制と、原料の仕入れ先を詰める。ありがとう、アステア。」

「ん。……あんまり、無理しないで。」

 精製工場は、三十五号線の重要度を加味してメヒクト近郊。大農場に増設するのがいいかもしれない。それならば、原料の搬入と完成品の搬出という既製品に、この新たな魔薬を流すだけでいい。仕入れ先はシニカ周辺、東洋から手に入れるのがいい。全化学合成が主流になるのなら、魔煩ではなく化学物質の供給が必要になる。東都国から運び出すのは現実的じゃない。やはり国家ぐるみで抱き込める共産主義国家が条件となるだろう。外交にはマツシマを、輸送にはトールの知識を借りる。算盤を弾くのは、セスタに頼めば目の色を変えてやってくれるはずだ。大農場の増設計画にはコンドルとメヒクト支部の協力が必須。東洋諸国への流通も考えれば、お誂え向きの独裁国家がある。国家として承認されているかは怪しいが、多少のマージンで精製工場の運営くらいは任せられるだろう。

「リゼルキルト……」

「あぁ……」

 あぁ、そうだな。

 どうせ、この薬も模倣された粗悪品が出回ることになる。そのときには、暴力で叩き潰すしかない。

「アザルベーダにも、頼むだけ頼んでみるさ。」

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