Ep.49『この病を呑み下さば』
リゼルキルト・カルテル。俺は、そんな二十年前の新聞記事を思い出していた。
ボロボロの身体は、多分片腕の関節を外している。
火がぶちまけられたヒュドラ畑と、その間に倒れている死体の数々。
見上げた天上に、突如爆轟が炸裂した。突き刺さるように天井から飛び出してきたそれが、やがて膨大な地下空間を駆け、地面に激突する。俺が住んでいたカルテルの宿舎を叩き潰し、ねばついた爆炎を吐き出したそれが、アメリクス海兵隊のものであると直ぐに気付いた。
もっとも初めに魔薬ビジネスが勃興したのは、バハラータ共和国だった。いや、正しく言えば、ブラウ連邦共和国でのことだった。そこには、ファミリアと呼ばれる都市型犯罪組織があり、確かその頃は、ブラウ連邦と呼ばれていたはずだ。
やがて、その魔の手はバハラータに及び、そして、山脈の高地でカラシナを栽培していたメヒクトに及んだ。過程を辿れば、最初にカルテルの餌食になったのはグランナダラだった。しかし、やがてそれはメヒクトへと波及し、メヒクトとアメリクスの国境線を巡る魔薬カルテルの凶行には魔薬戦争という名前がついた。
その戦場の推移の中、リゼルキルト・カルテルのボス、リゼルキルトは、二十年前、自身の頬の傷を完全に修復しようとする整形手術中の不慮の事故によって死んだはずだった。それによって、メヒクトやアメリクス、ひいては国際社会にはひと時の安寧が訪れたように思えた。しかし、それも束の間、ロス・アンタニオスや、それに類する魔薬カルテルの脅威が顕在化した。
だからこそ、リゼルキルト・カルテルという名前は、魔薬戦争に敗北した落伍者として、これまで償却されてきた。だというのに。
俺は、その伝説の男と戦った末に生き残った僅かな命で、ロス・アンタニオスの終焉を見つめていた。
『リゼルキルト』と確かに呼んだロス・アンタニオスのボス、オースは、俺たちが進入した扉の真正面に設置されたモニターから語り掛けたに過ぎなかった。
彼が捕らえられたのか、射殺されたのか、それを今の俺が知ることはできなかった。
俺の背中で煩いくらいに暴れる死体を落ち着かせて、それでも俺は、ある一つの理想を忘れることができなかった。
「呑み下さば。」
呟いた俺の腕を、誰かが掴んだ。
視界の端に見えた紅色。しかし、そこにいたのは、リケティアだった。だからといって、落胆することはなかった。むしろ俺は、それを心底喜んだはずだ。思わず抱きしめた華奢な身体。それが、命の脈動を絶えず続けていて、小さな吐息一つでも生命の代謝を発しているのだから、俺はただ、それを貪るように抱きしめた。
「リケティア……!」
「……どれだけ……待たせるのよ、馬鹿。」
痛いほどに抱きしめられて、俺は、彼女に強いた孤独の一年間を追憶した。それは、長い、長い孤独だっただろう。
俺が、ただ、俺のためだけに先鋭化させた人生の、その外側で、彼女は、ただこの瞬間を待ち望んでいた。それが、言葉で伝えられなくてもわかった。
「あんたは、絶対……そっちに行ってない……!絶対、まだ、……私のところにいる。」
耳元でささやかれた言葉。俺はそれに、一体、どれくらいの真実性を示せるだろうか。
DEAの人間を殺したことはなかった。それでも俺は、このカルテルの中でも一目置かれるほどに殺しの腕を買われているし、トリガーの引けない身で、何人もの魔薬密売人を殺してきた。
ロキシーさんに、いや、リゼルキルトに話したことを思い出した。
俺は、暴力の側と、そうでない側。どちらにいるだろう。狭間には、居られない。いつかは、この分岐点を、選ぶ必要がある。
紅花が、咲いている。
「リケティア。少しだけ、待っててくれないか。」
「ダメ。あんたはすぐ、そっちに行こうとする。」
「もう大丈夫。さっきので、よくわかったんだ。」
俺が選んだ道の先には必ず、魔薬という特効薬のない病を、和らげる薬がある。それを、俺は運命として知っていた。だから俺はあの日、あの農場に出会ったんだ。ここではない、あの農場に、出会ったんだ。
「血は洗浄できない。」
俺は、いつかクレノアに語った言葉を、リケティアに捧げた。
そして同時、今となっては誰よりも理解している論理で、言葉を続ける。
「でも、あいつだけは、特別なんだ。」
ロス・アンタニオス。そのボスであるオースの孫娘にあたる存在。クレノアのことを、俺は揶揄した。
ゆっくりと抱擁を解いたリケティアが、俺の目をまっすぐに見つめている。
農園を焼く軍用爆撃魔法の轟音が、空間を響き渡った。
「なら、絶対に、約束して。」
「あぁ。」
リケティアは、泣きそうな瞳で言った。
「絶対に、戻ってきて。キルマー……!」
視界の端で、紅色が明滅している。
*
静かな部屋だった。
ラックには、薬液がこれでもかと詰め込まれていて、その一部は、ダンボールから出されないまま、他のプラスチック容器に押しつぶされて埃をかぶっていた。班員それぞれの名前が記されたラベルは、ハンガーにかけられた防護コート全てに、丹念に取り付けられている。
部屋の奥にある一台だけのPCが、唯一の光源だった。
それは、どの区域で戦闘が起こっているのかを端的に知ることのできインターフェイスで、清掃班の班長である彼にしか閲覧の許されていないものだった。
「本当に、お前と殺したり殺されたりを演じるとは思ってなかったよ、班長。」
「……そうか。そうだな。」
班長は、薬液の入った注射針を、細い顎に這わせた。自分のではない。その隣にいた、クレノアの華奢なそれに。
一応は応接用の粗末なテーブルとパイプ椅子に、まだ湯気を漂わせる紅茶が置いてある。一つだけのそれは、クレノアが自分のために淹れ、そこに置いていたものなのだろう。口をつけられた形跡はなかった。
「ロス・アンタニオスは今日で終わりだ。俺を活かし続けてくれたこの組織は。なぁ、あんたのお陰でなぁ」
班長は、クレノアに突きつけた注射針をそのままに、視線だけで俺のMSCSを揶揄した。俺は持っていたMSCSを放棄して、地面に転がったそれが、甲高い音を立てた。
「終わりなら終わりで、綺麗に終わってくれよ。」
「あぁ終わるさ。でも、それならこいつも一緒に終わらないと嘘だ。違うかな、幹部のこいつだけ逃げおおせるなんて。」
普通なら、そうなのだろう。だがしかし、魔薬戦争は、既に善悪を極限まで薄めなければ、どうにもならない局面に到達している。その上、俺にも、もうその意識は希薄だった。
「お前も逃げおおせたらよかった。でも、ここに残った。なら、あとは死んでくれとしか言えない。彼女は別だ。」
クレノアに向けられていた注射針が、ふっと天井を向いた。班長はクレノアを解放する、と示したようだった。恐る恐るといった感じで、クレノアは班長から距離を取り、しかし、強いて俺に近づきもしなかった。
「呑み下さば。その意味が、わかるか?班長。」
「全てを飲み干す。カルテルの基本方針じゃないか。」
「あぁ。俺はその企業理念に大層共感しているんだ。」
「……。」
「それを思いついたのが、年がら年中魔薬カルテルの凶行を止めようと画策しているDEAやCIMじゃなく、カルテルのボスから出てきたってのが、俺は最悪の偶然だとしか思えない。」
「なんの話をしてるんだ。」
絶対に完治することのない病。腫瘍は、汚れた血を体中に巡らせ、蝕まれた体内には、悪魔が跋扈する。
「特効薬のない、病の話だ。」
班長は、俺の話をつまらなそうに聞いた。彼は、手の中にあった小さなボタンを押し、そしてそのボタンからは、黒いケーブルが長く伸びていてた。延伸された手製のケーブルは、不格好ながらも、しっかりとその役目を全うしたようだった。
俺のすぐ真横のラックに置かれていた薬液噴霧器が、水を吐く。一瞬の停滞。注意が逸れる。その間に、少なくない距離あった俺と班長のレンジ。俺の首に、注射針が突き刺さっている。
彼がダーツをすれば、それなりの結果が出せるだろうと思った。
思わず呻いた俺の意識の間隙を、もちろん班長は見逃さない。既に接近していた拳が、注射針を叩く。彼の手によって、シリンジに内包されていた薬液が、俺の体内に侵入する。
「っ、てめ、これ、何、……入れやがったッ!」
「俺とお前が大好きな仕事道具だ。じゃあな、あっちで会おう。」
俺に凄絶な笑みで微笑んだその顔が、真横からの衝撃にひしゃげる。半ば分解した身体が、ラックに叩きつけられて、そこに絡みついた。かろうじて人体の痕跡を残した死体の肉は、何かの間違いでラックにめり込んでしまったかのように沈黙している。
視線を向ける。俺のMSCSを振るったのは、クレノアだった。悪いな、使い方もわからなかっただろう。でも。
「ありが、とう……クレノア。」
「ばか……っ、油断しすぎ。」
今日は手厳しいな。
クレノアは、テーブルの上にあった紅茶を飲み干した。最初は熱かっただろうそれは、今は大分飲み頃になっていたんじゃなかろうか。クレノアは、呑み下した。
人体の代謝に合わせて壊れていく自分の身体の内側を自覚しながら、それでも、俺は言わずにはいられなかった。
「あのとき、血は洗浄できないって言ったよな。」
「黙ってて。ほんとに、死んじゃうよ。」
「聞くだけ聞いといてくれよ。遺言になるかも……しれないんだから。」
「……言った。ノアの血は、洗浄できない。」
それはなにも、あのときそうされたように、悲観的に受け取られると思ってのことではなかったのだ。俺はてっきりあれで伝わるものだと思っていたのだけれど、それでも、君はそれを明かさなかった。
どうして君が、紅花という名前を授かったのか。あの難解な言葉遊びは、ある種、その答え合わせだったのに。
「それでもお前は、特別、なんだろ?」
データベース照会センター。今となっては懐かしいあの部屋で、せまっ苦しいスペースの中、小さなディスプレイに写った姿。初めて君と出会ったのは、そこでだった。花の名前があしらわれた、三人の幹部。彼女たちには血縁関係があり、三姉妹は、ボスであるオースの、実の孫だった。
どうしてそこに、花の名前がつけられたのか。
暗闇で、君と出会った。俺の目を惹きつけてやまないその紅色は、一体、何を模しているのか。あるいは、何を象徴しているのだろうか。
ぐるぐると巡る頭で、まだ、君に出会うよりも前、植物図鑑なんてものを読んだことを思い出した。引いた紅花の項目は、ページの半分しかないお粗末なものだったけれど、それを俺は忘れなかった。
───自然界には、綺麗な血の色に染まる植物が少ない。
自然界でそんなにも美しいものが生まれ得るのだろうか。俺は君をそう評価した。では、その内面は?
彼女は一体、なにを持っているのか。俺は、紅花の生理活性を、忘れてはいなかったんだよ、クレノア。
───紅花は古くから、血液に作用する薬として知られており、血行を促進し、月経不順などに頻繁に用いられた。
───また、その紅色は、染料として重宝され、位の高い人物の着用する衣服の染色に使われた。それは、無意識のうちに、その赤色に薬理作用を予感した人々が行った、最古の薬とも言えるかもしれない。
俺は、涙を溜めているように見えるクレノアに、言い聞かせるように、ゆっくりと言った。
「紅花には、浄血作用がある。」
俺が、そんなことも知らずにあんな無神経なことを言ったと思ったのだろうか。それとも、俺が紅花の効能についてを知っていると分かったうえで、あんな態度を取ったのだろうか。どちらでもいいが、どちらでも酷いだろう。
「そう。だから、ノアは特別なの。」
クレノアは、おずおずと俺に視線を向け、すぐに、恥ずかしそうに視線を逸らした。しかし、意を決したように俺に口づけした。
最初、なにをされたのかわからなかった。だというのに、俺の本能という奴はやけに機敏で、その感触を忘れまいと、全神経を集中させるようだった。俺の唇と触れた、その紅色。
湧き上がる何か。胃の奥の、更に奥。そこにある、何かしらの臓器が、器官が、俺に熱情を滾らせ、こんなにも、彼女を愛おしく思わせる。
そうして最後に、クレノアはぽつりと言った。今度は、俺に視線を向けてはくれなかった。
「愛してる、……キルマー。」
くはっ、と弾けるように笑みが零れて、視界がぐにゃりと歪んだ。それは、俺に注射された毒物の生理活性によるものだったのか、それとも、求めてやまなかった言葉を、まさかクレノアが言ってくれたことに対する感涙だったのか。
瞬いた視界が、少しだけ、明瞭さを取り戻す。
クレノアの額に、美しい花が咲いている。
*
十二月三十日付、俺は病室のベッドで『責任能力なし』の判断結果を聞かされた。
カルテルへの潜入は、もちろん違法も違法で、俺が人殺しになった事実は変わらない。しかし、組織にはもっと取り組まなければならない問題があった。ロス・アンタニオスは壊滅させた。しかし、他にも勢力を伸ばしつつあるカルテルがある。もちろん、一番の関心事は、あの事件の最中に判明したドロキシ・トリプターのことだった。
既に壊滅し、弱体化したと思われていたリゼルキルト・カルテルと、そのボスであるリゼルキルト。それが、まさかDEAに潜入していたというのだから、俺に構っている暇がないのはよくわかった。そのお陰で、俺は円満とは言えないがDEAを無罪放免で退職できた。
一応はロス・アンタニオスの本拠地の情報をDEAにもたらし、後に死亡が確認されたオースの殺害に寄与した、ということで、扱いは依願退職ということになった。もとから自分でやめるつもりだったから、上々と言えた。
「元気?キルマー。」
扉を開けたのはリケティアだった。猫っぽい瞳を和ませて、彼女の服装はいつものオフィスカジュアルじゃなかった。ドラマの不良少女がそうするような、刺々しいファッション。彼女の華奢さと童顔にはよく似合っているが、いつもの姿を見慣れているから少々面食らった。
「あぁ。元気だよ。」
「信用できない。ちゃんと見せなさいよ。」
リケティアは、俺の首元に顔を近づけて、俺はそれでとある少女とのキスを思い出したから、なんとなく気まずくなって視線を逸らす。勘がいいのはリケティアの良いところでもあり悪いところでもある。
「ふーん……」と小さく呟いた彼女の意識は、その少女、クレノアの話題に引き寄せられる。
「あの娘が、助けてくれたんでしょう。」
「あぁ。……紅花に適性を持つ適合者だった。薬理作用は”浄血”。俺の体の中の血液全部綺麗にしてくれたよ。」
俺の身体の中を流れていた薬液は、彼女の生理活性である浄血によって血液ごと浄化された。それは、カルテル在れと囁く悪魔にはできないことで、だからこそ彼女は、その力の存在を俺に打ち明けなかった。愛しているが、言えなかった。
「怖い顔しないでくれよ。あいつは、カルテルの柵に縛られてるのを酷く嫌ってた。お前が言ったように、自分の血が病毒を、悪魔を宿しているともな。でも……」
でも。彼女は俺に、愛していると言ってくれた。それは、悪魔の言葉だったか?
そうじゃない。オースという祖父が死んで、クレノアを取り巻く親縁の柵は途絶えた。彼女の姉二人は、既に死んでいた。
どんなに物理的距離に隔たれていても、その道は繋がっている。血縁という中継地点から、ネットワークが築かれて、互いを接続する道は、絶対に覆ることがない。例えば、血縁の全てが死に絶えるようなことがなければ。
「あいつは、カルテルの身でありながら、DEAの俺を助けた。病毒のある血で考えた頭が、そんなことすると思うか?」
「……思わない。けど、信用もしない。奴らに殺された人たちを、私もあんたも背負ってる。」
思わず苦笑した。なぁ兄貴、あんたは砂漠で孤独に埋められていたわけじゃない。こうして、見えもしないあんたのことを思ってくれる奴が、ちゃんといるよ。俺の背中で、兄貴はカタカタと身体を揺らした。
「ずっと、人を殺してきたような奴じゃない。例え、オースとの血の繋がりが絶たれたとしても、カルテルという属性は、彼女から浄化される……?」
カルテルという属性。彼女の中に流れる病毒のある血、彼女の中に巣食う悪魔。言葉は何でもよかった。
俺を救った浄血作用。それが、彼女に流れる血を、彼女が厭うたカルテルの血脈を、浄化せしめたのか。彼女の異能は、俺を救ったように、彼女自身を救っただろうか。
俺の傷口を舐めとったとき、彼女は、自分は特別だから大丈夫だと言った。浄血は、もちろん彼女自身にも適用されるはずだ。だから、クレノアは血液感染による病気にあんなにも無頓着だった。だから、きっと。
もぞもぞと、俺の被っていたブランケットの下で何かが蠢く。まずい。
「なに……うるさい、……きるまー」
「は……?」
がばっとブランケットを剥ぎ取ったリケティア。彼女の目は、俺のブランケットの下で、俺にしがみついて眠っていたクレノアの姿をしかと目撃する。
せっかく神妙な雰囲気で話をしていたというのに、俺たちの病室は瞬く間に痴話喧嘩の様相を呈し、一体何を話していたのかも忘れてしまった。
呑み下さば。
あとから聞いた話だと、クレノアの力の発動条件には、彼女の血液の摂取が必要になるらしい。さて、では俺はどこで彼女の血液を摂取しただろうか、思い出してみた。思い当たるのは、一つだけだった。
初めて出会った時、彼女の杯から呑み下した熱い紅茶。彼女の紅色と同じ色をしていた。血の色をしていた。
ならば俺は、あのときの判断に救われたということなのだろう。
ならば俺は、あのときの判断に仕えなければならないのだろう。
ならば俺は、呑み下さば、という言葉に、従わなければならないのだろう。
殊更に、叩き潰す、と公言したリゼルキルトとは正反対に、俺は呑み下さば、と。そう言い続けなければならないのだろう。
あの日、俺が敵である彼女の血を呑み下したように、それによって、命を永らえさせたように。
この世界も、呑み下さなければならない。
魔薬は、不幸なことに生み出されてしまったのだ。そして、もう根絶されることはない。魔薬が生み出したこの病は、絶対に完治しない。それは誰が定めたわけでもない。この世界の摂理だ。それならば俺たちは、対症療法に頼るばかりではいけない。
魔薬によるブラックマーケットは、そのほとんどを、収益まで含めて非合法の領域に押しやられている。魔薬が蔓延すれば、非合法の組織が富む。治安は悪化する。蔓延は激化する。
俺たちは、魔薬を呑み下さなければならない。
ずっと闇に埋没させられてきたブラックマーケットを、日の光のもとに引き摺り出してやる。政府が管轄し、供給量も金額も個人の摂取量も管理する。やがて、魔薬利権は国営カルテルによって蹂躙され、誰も危険を冒して闇に潜らなくなる。
絶対に完治はしないこの世界の病。それを、飲み下し、自らの中に取り込むことで、即ち───魔薬の部分的合法化によって、俺たちはこの病を緩和できるかもしれない。
問題はある。反論もある。瑕疵もある。しかし、俺はそれが容易く一蹴されるべきものではないとも思う。これが、俺の辿り着いた道程の、終着点なのだと思う。
分岐点で、俺はどちらの道も選ばなかった。リケティアの道、クレノアの道。暴力でない道、暴力の道。どちらでもないその道を、右でも、左でもないその道を選ぶためには。
左右が駄目なら上に向かって飛び立っていくことも考えた。でも、それには俺の身体は重過ぎる。だから俺は、クレノアと同じように、潜ることにした。第三の道は、暗く、沈鬱な場所を通る。でもいつかは、あの太陽に打たれる。
暴力でない側にいながら、暴力の側であるクレノアを呑み下すことにした。それもまた、俺の考えたことのうちの一つだった。
クレノアとリケティアの白熱し始めた舌戦をよそに、窓の外を赤子を抱いた女が通った。その女が、小さく俺に頭を下げる。
「あぁ、産まれたのか。」
小さな赤子の泣き声が、無機質な廊下に響き渡っていた。
B-END




