表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/77

Ep.45『Air Defense Identification Zone Attack!!』

 ボクは、ボクのためだけにそこに存在する道を、歩いていた。

 薄暗い闇の中、ボクの周りだけが照らされていた。ボクが踏みしめる道はゴツゴツとして硬くて、少し灰色だった。掠れた白線が左右からボクを挟んでいた。踏みしめるごとに、ボクは一歩を踏み出していた。それは、誰のためでもない、ボクのための一歩だった。

 見上げた夜空には、満天の星空が広がっている。

 ボクはその道を、誰かに引き摺られて歩いていたわけじゃなかった。誰かに指示されて、その道の先を目指していたわけじゃなかった。

 昔、煌びやかなランウェイで、輝いている女の人を見たことがあった。生物学的に、自分があの人たちと同じ側にいるのだということを、全然理解できなかった。父は、それでいいと言った。

 中央に引かれている、断続的かつ規則的な白線。僕は、それを頼りにまっすぐ歩こうとした。左に寄って歩いては危ういし、右によって歩いても塞ぎこんでしまう気がした。でも、ボクが中央を歩いていた理由は、そうやって逃げ込んだ結果で、ボクはその道を選び取ったというより、そうすることしかできなかった、ということになる。

 あぁ、それじゃあ、ボクが歩きたい場所を歩いていることにはならない。

 ボクは折角、ボクのために用意されたランウェイを歩いているのに、それでは気持ちが晴れてくれない。左右も、東西南北も。選ばない選択肢。リゼルキルトと一緒に夜空を眺めたのを思い出す。


 アザルベーダが乗り込んだ戦闘機は、滑走路のど真ん中に駐機し、ゆっくりと、その排気口を絞っていった。やがて、露になるアフターバーナー。夜の帳が下りかけた夕闇の中で、その輝きは、随分と僕の目を焦がして見せた。


 ボクが、目指してやまない場所。

 本当は、ずっとわかっていたんじゃないだろうか。だからボクは、夜空を眺めていた。

 この平面上の世界で、意味のない領土争いと思想闘争に明け暮れる二次元的な人間を、ボクはどこかで見限っていた。だから、ボクが進むべき道がわかったような気がした。

 そこには、道がある。ランウェイを走り出した。ボクは今、輝けているだろうか。ボクに力を貸してくれるこのランウェイには、速さという中和剤が織り交ぜられている。

───加速しろ。ボクがいきたいところに行け。ボクが思い描いた終着点に行け。

 これがボクの、始発点だ。

 だから、僕は、左右でも、東西南北でも、二次元的でもない道に向かって、駆けだした。

 空だ。垂直方向(バーティカル)に!

 ボクには、この道の先にあるものが、鮮明に見えている!

 初めてだった。これまで、暗闇の中に必死に目を凝らし続けていた。でも、自分の始発点を識った。中間地点を教えてもらった。この道の先に、僕の求めてやまない自由がある。

 そうして、ボクはこれまでの道を外れる。新しい始発点を得る。

 その道の先にある、ボクの自由のために。


 浮き上がった前輪。ぐわんと揚力を受けた主翼が、少女に速さを提供する。それは、光になりたいと憧憬した、叶うわけのない宿願に、確かな真実性を付与する。そして、その速さという概念が作り出した道が、彼女を、憧れへと加速させる。彼女がいきたい場所へ、連れていく。

 その滑走路は、彼女にとってのランウェイだった。アザルベーダを、輝きへと連れていく。

 人体を、光に変貌させる。

 その道に、ここでは。

 滑走路(ランウェイ)という名前がついていた。



「よかったんですか、トールさん。彼女は、一度は私たちを裏切った。」

「裏切ったとかについては、貴方達が考えればいい。俺は、資格があるのかを見定めるだけだ。あいつが、あの女の子を認めるのかを、見届けるだけ。」

 トールは、薄い表情で。しかし、どこか喜びを滲ませて空を見上げた。

 アフターバーナーを全開にして飛び立った、彼のかつての愛機が、暗い夜空の中で、輝きになっていた。

「見ればわかる。あの女の子は、戦闘機を操ったことがある。」

 小型飛行機でリゼルキルトを一度は輸送した。マツシマはそのことを思い出した。しかし、音速を超える機械と、そうではない機械では、あまりにも違い過ぎる。MSCSとて同じだった。汎用と軍用では、その目的も手段も、あまりに違う。

「反政府組織MISURANIA。アメリクス正規軍から、軍事的な訓練を受けていたといいます。」

「貴方の生まれた国とアメリクスは、シュミレーターが優秀なんだ。きっとあの子も、速さに認められた。たとえシュミレーターでも、それは変わらない。」

 マツシマは、懐からファミリア・ナイフを取り出した。その仕草が、かつてのファミリアのボスと全く同じだったことに気付いて、思わず苦笑してしまった。

 資格、という言葉を聞いて、思わず懐古したのだった。彼は、そのナイフを持つ資格があった。その資格を持っていた者から奪い取り、そのナイフが呼び寄せた男によって、宿願への道のりを歩み始めた。彼女も、そうだったのかもしれない。

「あの少女に溜め込まれた呪いが、私たちを呼び寄せた。しかし、彼女は私たちの手を取らなかった。自分で、特効薬を生み出した。自分の力だけで、その呪いに特効薬を打った。」

 それは、家族という曖昧で、しかし確固たる概念からの独立であり、彼女を取り巻いていた呪いからの独立(インディペンデンス)だった。それを象徴するように、彼女は、共産主義でも、反政府でもない、全く違う軸。垂直方向、あの空へと、飛び立って行った。彼女を縛り付ける透明の鎖を引き千切るようにして。

 アザルベーダの乗る戦闘機は。いや、アザルベーダの化身とも呼ぶべき戦闘機は、その車輪によって滑走路へと()()を刻み付けていった。その軌跡についてをきっと、彼女は忘れることがない。



 アザルベーダが滑走路の上、戦闘機のシステムを起動させるのを見ていた。

 目まぐるしい速さで縦横無尽にスイッチを入れ、背もたれにぐっと身体を押し付ける。足に力を込めたのだろうか。ブレーキを踏んでいたのかもしれない。そして、痛々しい右腕で、操縦桿をぐるりと回す。それに呼応して、主翼、垂直尾翼、水平尾翼のフラップが、エルロンが、エレベーターが作動する。

 エンジンは、アザルベーダを鼓舞するように唸り声をあげていた。

 次、彼女と会えるとしたら、いつだろうか。僕は柄にもなく、そんなことを考えていた。

 彼女の軍服を脱がせることには成功した。それでも、僕は。誰よりもアザルベーダである少女と、アザルベーダの話をしたい。二人で夜空を眺めながら、彼女の水着姿を見たい。彼女の行く先についてを、聞いてみたい。僕が、「これから、どうするつもりだ。」と聞いて、彼女はころころと笑い、そうして、少しばかり酒でも飲みながら、未来の中間地点についてを語って聞かせてくれる。

 やがて、僕はその終着地についてを知ることになり、そして、その終着地が、どうか僕の終着地とご近所さんにでもならないものかと想像する。

 いまや、世界最速になろうとしているアザルベーダ。そんな少女の顔が、コックピットの中で周囲を見渡し、僕を見つける。

 最後に、この視線を交わしていたい。僕がそんなことを想ったのを、気付かれたのだろうか。少女は、僕に優しい瞳を向けて、互いを抱擁するように見つめ合っていた。

 アフターバーナーの輝きは、寄る闇を切り裂き、アザルベーダの姿を鮮明に浮かび上がらせた。そのお陰で、僕らは通じ合っていた。

 速さが、彼女に変貌するための力を与える。

 アザルベーダは今日、光になる。



 母は、地対地短距離ミサイルの爆撃に巻き込まれて死んだ。死体を見つけるために、父と瓦礫をかき分けた。結局、見つかったのは片腕だけだった。父とお揃いの、結婚指輪をつけていた。

 父はそれから、ボクを抱きしめて、静かに泣いた。そうしてボクに言った。

「これも全て、私たちに自由がなかったからだ。お前の母親は、革命の礎となったのだ。」

 彼が流した涙とは、自分の思想を傷つけられたゆえに、不可抗力的に流れた、透明な血だった。それまでも、それからも。そして、あの夜でさえも、彼が母のために涙を流したことはなかったのだ。ボクは、ボクを抱きしめたその腕をおぞましく思った。

 それが、ボクを縛り付ける、透明な鎖だった。愛情という目には見えない概念、それをかたどって、ボクを抱きしめる現実の腕。ボクはそれを、容易く(しがらみ)と言い捨てることができた。ボクはただ、母が死んでしまったことが悲しかったのだ。

 彼がそんなことを、微塵も思っていなかったことに気付いてしまって。胸が、引き裂かれるように痛んだ。


 アビオニクスは旧世代。ボクが経験したシュミレーターで、骨董品と馬鹿にされるような機種。それと同じような見た目をしていた。もともと、高G下で思考力が低下するパイロットのために、数値のデジタル表示は好まれない。針のふり幅という、空間で数値を把握する方が、空域を空間で捉えるパイロットにとっては思考法が分離しなくて都合がよかった。

 叩きつけられる高G。スクランブル発進の平均は五分。この国なら十分くらいだろうか。ボクのもとまで飛んでくるまでに、準備含めて総計十五分くらい?遅い。

 スロットルレバーをぐっと倒した。エンジンは内部で燃焼し、莫大な排気熱を以て推進力を吐き出す。そして、そこに再び噴きつけられる燃料が、更に可燃性の推進力を生み、この世界に、アフターバーナーという輝きが顕現する。胸を締め付ける圧迫感。視界の下半分が黒く染まり始めて、明らかに脳への血液が足りていなかった。

 それでも、ボクはまだ、加速しないといけない。人類史上最速へ。

 機体は、アイドル推力からミリタリー推力へと遷移する。視界の端に見えた主翼の翼端。亜音速を超えて、ボクは遷音速へと至る。空気のキャパシティをぶち抜いた衝撃波が発せられる。世界を切り裂く翼。

 速度計は、マッハ三を指していた。

───まだ、行けるだろう?

 ボクの身体は、人間でありながら、流体力学と航空工学によって成形され、いつしか、質量を持たない、全宇宙最速の輝きへと姿を変える。

「ぐぶっ……ッ」

 喀血か、吐血か。精神的にも肉体的にも無理を強いていた体が、とうとう弱音より先に血を吐いた。それが肉体の損傷に起因するのか精神の損傷に起因するのか、今更興味はなかった。酸素吸入装置のマスクの中を、粘ついた血液と唾液の臭いが充満する。

 いいよ。いいさ。だってボクは、君の身体を壊してまで光を目指しているんだから。君も、ボクの身体を、存分に壊していいよ。

───だから、お願い。

 主翼の翼端から、誘導抗力によって生まれた空気渦(ヴェイパートレイル)が発生した。それは、ボクの軌跡を刻んでいるんだ。ボクが、ボクだけが先頭を走るこの空に、ボクの道のりを、刻み付けている。これは傷跡だ!ボクの道程を、まるでMSCSの刃のように、一筋の傷跡として刻み付けている。

 くだらない世界への復讐が成ったみたいで笑い声が漏れた。

「あははっ!」

 ボクがひっかいた傷跡からは、ガラスを叩き割ったり、人の鼓膜をぶち破ったりするような血液が噴き出して、そこに、衝撃波という名前がついている。

 速度計が振り切れる。

「ありがとう。ボクと一緒に、来てくれて───!」

 辛うじて作動していたレーダーに、敵機の姿が映り込む。

 随分飛んだつもりだったけど、まだ中央アメリクスにいたみたいだった。でも、それもいい。きっと誰も、僕には追い付けない。

 機首(トップ)を譲るつもりは毛頭ない。ボクは、どんな敵が来て、奴らがどんな武装をしていたとしても。奴らの航跡にぶちあたり、そのヴェイパートレイルを突き破ったとしても、その鋼鉄の身体で立ち塞がったとしても、全部を叩き潰す。

 ボクの道筋だけは、絶対に邪魔させたりしない。

 機体を揺さぶる振動(バフェット)に、カタカタという不快な音がした。

 もうこれ以上倒れてはくれないスロットルレバーに、何度もばしばしと拳を叩きつける。勘違いしないでね。怒ってるわけじゃないんだ。でも、君はまだ、速くなれるはず。マッハ三・一。

 後方に、輝きが見えた。敵の二機編隊が、僕の背後(オフボアサイト)に占位している。

 追いついてこい、叩き潰しに来い。受けて立つよ。ボクと、ボクを。


「ボクと、相互作用しようっ───?」


 ボクはこの世界で初めて、マッハ三・二に到達した。



『シェンロウ空軍の機体だ!』

『なに?まさか、亡命したときに行方不明になっていた……!』

『手負いの獣だ、亡霊を斬ってやろう。』

『もう(じき)国境を抜けるぞ。それまでに届くか?ダメなら、これは撃てない。』

『今なら間に合う!照準しろ!見えてるな!?』

『わかった!一段目を引くぞ!』

『こんな夜には映えるだろう。ぱっと光って、輝きながら死んでもらおう。』



 警報装置(アラート)が鳴った。戦闘機搭載型MSCS、空戦基幹方向指示システム《Air Combat Core Aiming System》が、ボクの機体を照準した音だった。敵は本気だった。あともう一段、解除されたそのトリガーを引けば、魔法より遥かに弾速の速い空対空ミサイル(A A M)が、ボクに追い付く。

「ダメに、決まってる───!」

 ボクより先には、誰にもいかせない。ボクはもう、誰にも髪を掴まれない。引き摺られない。殴られない。

 そのとき、五感を超えた直感があった。背後で、輝きが増した。撃った。撃ったんだ。そうだよね、そうだよな。

 ボクの機体のウェポンベイには、何一つ武器がない。迎撃用のフレアもチャフも、撃ち返すミサイルもない。でも、それよりも遥かに大事なものを、そこに積んでいる。ボクは、それを運びたくて、それを、それを。

 貴方に、届けたくて。

 あぁ。貴方に、あんなにも情熱的に尽くすことができたら。

 ボクが自分勝手に、貴方に尽くして、貴方の力になって。たまに、同じ中間地点で、一緒にお茶をして。そんなことを、何度も繰り返して。そしてやがて、辿り着いた終着地点で、ふと、隣を見たときに。貴方とまた、目が合ったら。貴方と、見つめ合えたら。

 思えば、あのとき。三十五号線。貴方と同じ道のりを外れたから、ボクは、あの滑走路に辿り着けた。透明な柵を、引き千切ってやろうと立ち上がることができた。今ならわかる。あのときボクは、自分の感情じゃなく、この防空識別圏を突き破るために、その運命に従って道を外れた。

 よかった。本当によかった。だから、いつか、貴方に伝えられるように。


「愛してる。リゼルキルト。」


 輝きがボクを包み込んだ。

 眩む。

 真っ白になる。

 光。

 ───光。

 

 ──────光。


「討て。こんな夜にこそ輝いて(マリア・ジュアナ)───」

 輝いた矢が放たれた。マッハ三・二の境地から、それを超える速度の敵に手向けたボクの花束。

 撃ち出された魔法は、秒速三十万キロメートルの速さで大気中を駆け抜けて、空対空ミサイルを貫いた。夜空を、閃光と轟が残響する。

 防空識別圏。実際には、見ることも、触れることも出来ない。ボクらの頭の中でしか存在しない、とある壁。それは、その範囲をたった一ミリでも動かそうとすれば、大量の血が流れ、命が損なわれるような、そんな壁だった。

 後方、眼下には、中央アメリクス大陸がある。

 マッハ三・二のスピィルトヴォズ(アザルベーダ)によって、防空識別圏という不可視の壁が、破られる。



「はぁ~……過去最高にヒヤヒヤしましたよ、私は。」

「淡泊な人生を送ってるんだな。」

 ぐったりと椅子にへたり込んだマツシマは、依然ビジネスマン風のかっちりとしたスーツを着ていた。彼の身体がそんなにも軟体動物さながらに折れ曲がるのを見たことがなかったから、少しおかしかった。

「最終的に、マッハ三・二まで到達したようですよ、彼女。」

「そうか。特効薬が効いたのかもな。」

 きっと、彼女に打ち込まれた特効薬は、その宿願を叶えるために芽吹いただろう。MSCSのような少女は、その銃口から、どんな魔法を放っただろう。そしてその魔法は、次はどこに、特効薬を撃ち込むだろう。

「カルテルの飛行場に着くころには、流石に燃料も底を尽きて、随分速度は落としていたようですが、彼女も荷物も無事です。素晴らしい運び屋の腕前でした。」

「あぁ。時速四千キロの運び屋だ。」

 偶然だろうか。僕は、とある国の、とある輸送計画の構想についてを思い出していた。完成までにはまだ随分かかるだろう、とある技術。

 それは、真空中を走り、摩擦力と空気抵抗を極限までゼロに近づける。そして、最小限のエネルギー負荷によって、高速で航行する。そしてそれは、輸送困難な地域へと理論上最速で物質を届けるために考案された、運び屋の技術だった。

 いつか、その構想が実現すれば。その速度は、最高時速四千キロメートルになるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ