Ep.39『Border Line Attack!!』
「あぁ、あれ、交渉に使ったんですか。」
何か苦虫を噛み潰したような顔で、マツシマはため息をついた。
「デリバリーセックスワーカーといったところか。」
「あぁ、そんな単語、久しぶりに聞きましたよ。」
「あんたの国にもあんなものがあるのか?」
「えぇ。デリバリーなんとか、と言いましたね。」
わざわざ辺境のファミリア本部まで赴いて、僕は色気もなく男と、それも女をデリバリーするような話をしていた。悪趣味もここまでくれば極まっている。
テーブルには、プリントアウトした紙。プロパガンダを担当する広報部の、それも、デザインに長けた人間に作らせた、頭の悪そうなポスターだった。そこには、スパー語の架空の店名と、扇情的な勝負服でポーズを取る女の写真が等間隔で並べられている。
「貴方もですが、先方も随分と趣味が悪い。」
そこに載っているのは、全てが未成年の処女だった。
労働省の高官ともなれば、それくらいインモラルでないと胃が潰れてしまうのだろうか。男という生物の原罪的な醜悪さの深淵を覗いて、マツシマは随分と気分を害したようだった。
「まぁ、これで次の密輸は完璧だ。今後の布石にもなる。彼には、もうしばらく悪だくみに付き合ってもらうさ。そのうち、児童買春で首を括ってもらうが。」
「はぁ……まぁ、いいでしょう。それで、今回の件はこれでしたね。」
彼が取り出した書類。訳もなく夜空を眺めていた僕は、見るまでもなく、それがなんなのかわかった。
見慣れたテンプレートの人物照会書。ほぉ、犯罪組織にも書式というのが存在するのか、と茶化したら、マツシマは本気で嫌そうな顔をしたのでそれ以来言わないようにしていた。
「エンタクト・コンネクジェン。来歴は不明ですね。」
「僕の身分を隠すのには随分協力的だったが、こっちが調べる側になると嘆かわしいな。」
マフィアによって引っ掻き回された雑踏の濁流から、正確な戸籍情報を調べるのは無理に等しい。無戸籍児童が老衰で死んだりするような街なのだ、あの場所は。
「さて、それじゃあ、僕はどこかの部屋を借りて寝るよ。」
「護衛を付けましょうか。」
「本社から連れてきてるよ。心配には及ばないさ。」
「えぇ。それがいい。」
カーテンを閉めて、マツシマの部屋から退散する。後ろ手にドアを閉めようとした僕に、マツシマは聞いた。
「そういえば、出発はいつですか。」
「明日、明朝には出る。」
荒野を疾走する車列。致死性のロングレンジ系統魔法くらいならば防げるような鉄板を着込み、光学キューイングデコイと同じ素材を要所に散りばめた万全の陣形。この国の軍事施設を占領しても余るだろうMSCSとカートリッジを満載し、僕らは山中の飛行場への道程を走っていた。車列の練度は随分と高くなった。マッサージ機能付きの後部座席から見るスピードメーターは、時速百キロに達しつつある。
しばらく走って山道に入れば、それなりに速度は落ちたが、僕が退屈する程ではなかった。
大農場計画は、少しはみ出るだろうが約一年で完成の目途が立った。僕らは、正真正銘実費でこの飛行場を建て、そして、その場所についてをファミリアに通知すらしていなかった。この事業に、共同経営者はいなかった。
一から作った巨大な滑走路。もちろん、旅客機を飛ばすようなことはできないだろうが、小型プロペラ機には長すぎるくらいのものが二本。乗りつければ、既に操縦士が準備を始めている。この間は、アザルベーダにここまで飛んできてもらったが、今回はこちらで操縦士を用意していた。かつて、隣国のシェンロウ王国の戦闘機パイロットだった男だった。
いつもの荷物と、オルラエンが用意した飛行ルート。必要書類については、彼らの会社が合法的に提出してある。機体の詳細についてを偽造してあるのと、僕らの目的が違法薬物の密輸であることと、その違法薬物がオンドゥラに入ればニキラノア反政府組織の手に渡り、彼らの資金源になるという点に目を瞑れば、僕らのこれからのフライトは清廉潔白合法な入国であった。
追加、僕が密入国であることにも目を瞑ってもらう必要がある。
僕が乗り込んでベルトを締めたのを見て、飛行機はタキシングした。誘導路と言えるほど立派なものではない道を渡り、滑走路に入る。
加速した小型飛行機は、ゆっくりと揚力を得て、ふわりと浮き上がる。旅客機ではありえない速度で回る景色。旋回半径は、もちろん機体が小さい方が小さく、そして苛烈だ。
キャビンアテンダントも機内食もない退屈な国際線を、僕はパイロットと雑談しながら過ごした。
*
「すまないことをしたな。しかし、どうすることもできない。」
ゼンドーア・ヴェスタは、悪びれる様子もなく、ただ淡々と事実を語った。今日、アメリクスが用意した専用の銀行口座から、MISURANIAが所有する銀行口座へと国家予算が送金される。そして、その翌日、明日に、彼らの口座から僕らの口座へと振替が行われる。
「それが、最後だと……?」
「アンクルリークスに、CIMの機密文書が載った。事実関係は調べ上げられて、明日、会見で事実が公表される。」
僕は、こめかみに通っている何かしらの血管が切れないように、自分の血圧を下げるのに苦労した。
世界最高の諜報機関だとかいう風評は、一体どこにいったんだ。革命を成すまで打倒されまいとする、反政府組織としての気概はどこにあったんだ。グローバルに知れ渡る犯罪組織の王になるという自負は、今───どこに消えようとしている。
「だが、我々は確かに革命への第一歩を歩み始めることができた。その手伝いができた、というのなら、貴殿らも無駄ではなかったと」
「何考えてんだお前は……ッ!」
僕がゼンドーアに詰め寄ったから、その傍らにいた男二人が立ちふさがった。しかし、アンガーマネジメントはしっかりと六秒をカウントして、一人一撃の余地を許した。
実際上手くやったはずだ。僕は、顎に一発入れられて脳みそをバンギングする連中の身体を踏みつけて、ゼンドーアの胸ぐらを掴めた。
「まともな現状打開策も出せないか?MISURANIA首領。僕がご機嫌なフライトを楽しんでた間、無駄ではなかったとかいう訳の分からない釈明の一言を考えてたのか?おい、……おい、随分優秀なブレーンがいるんだな、僕も想定していなかったよ。ちょっとは仲良くやらないといけないからって、あんたらのくそ寒い革命家語録に相槌打ってた僕の苦労が水の泡じゃないか。
あぁ、そうだよな。僕が着信恐怖症になったり脱水症状で死にかけながら密輸計画を練ってる間に、あんたらがやってたのは平日夕方からのトリガーハッピーだけだもんな。その狭い歩幅で、革命の成就まであと何歩かかるんだ。」
「我々を侮辱するか!」
「なんでまだ対等ですみたいな顔してんだよ負け犬。」
僕が抜いたままの勢いでぶったアンタゴニストの冷たさで、少しは目が醒めただろうか。僕は、次の瞬間にはゼンドーア・ヴェスタという男の頭が地面をごりごりと削りながらくぐもった許しの言葉を染み出させるその光景の準備をしていたというのに。
それなのに、MISURANIAという組織から出てくる成果物は、こんなみみっちいものなのか?
「おい、完成までにはあと三回分の入金が要る。明日の会見までに用意できるな。」
「三回分?無茶を言わないでもらえるか、私達にも」
振り抜いたアンタゴニストが、爆ぜた血液を地下駐車場の壁にべったりと塗りたくった。転がった歯根をつま先で飛ばして、顔面を変形させたゼンドーアにもう一度聞いた。いや、聞いたんじゃない。命令したんだ。
「あと三回分だ。メヒクト合衆国に持ってこさせろ。」
*
正式な手続きを踏んでアメリクス合衆国の空港に降り立った僕は、ラウンジで待っていたセスタと合流した。
「……顔、怖いわ。」
「悪い。」
荷物だけ置いて、ミニバーに向かった。置いてあった布で顔を拭って、溶けかけた氷に浸された瓶ビールを注いだ。メヒクトで一般的なビールだった。酒場では、看板娘が大きなバケツにビールを刺して、テーブルに注ぎにくるらしい。
大して粟立たなかったそれを飲み干して、二杯目を注ぐ。セスタのもとに戻って、隣の席に座った。
「……珍しい……お酒。」
「頭が回んなくなるくらい飲むつもりはないよ。キーは。」
「うん。トラックだけど、大丈夫?」
「あぁ。この間砂漠で運転した。」
セスタがテーブルに滑らせたキーを掴み取って、ポケットに仕舞った。残念ながら、アンタゴニストは持ち込めなかった。いくら武器大国のアメリクスといっても、まさか税関でMSCSの持ち込みを許すわけはないし、それがオーダーメイドなら尚更だった。
いつもなら際限なく話題を提供してくれるのに、セスタは随分と黙ったままだった。
「なにか飲むか。持ってくる。」
「え、あ……うん。アルコール入ってなかったら……なんでも、いい。」
「……君に当たったりしないから、普段通りやってくれ。悪かった。」
返事を聞くまでもなく、コーヒーメーカーでブラックコーヒーを注ぐ。
息を吐く。完成を知らせる音が鳴った。
息を吐く。コーヒーを取る前に、電話をかけた。
「アステア、君の力を、借りてもいいか……?」
電話口で、アステアの声は少しくぐもっていた。タイミングが悪かった。彼女は今にも煙を吐くところだったのだ。それでも、しっかりと聞き取れた。
『うん、もちろん、手伝ってあげる。やっと、ちゃんと言えたね。』
*
アタッシュケースには、三千万ダラが詰められている。そのケースが計十個。CIMが保証するのは始発点だけだ。国境付近の街で金を受け取った後は、アメリクス合衆国、メヒクト合衆国の全ての反傀儡国家派の機関と敵対することになる。僕らの動きは急進的だ。それゆえに予測がしやすく杜撰。
それなりの妨害は必至。国境線は、国際社会への配慮により厳戒態勢を強いられる。CIM以外の機関は、全力で僕らを妨害しようとするだろう。CIMも、妨害こそしないが、決して協力もしない。僕たちは、国境線を超える必要がある。アメリクスの内政干渉は、多分な資金洗浄と国際MSCS送金を是としている。国際MSCS送金通信協会は前から目を付けていたはずだ。
作戦は単純。総勢四十台からなるピックアップトラックや普通自動車を結集し、各自各々のルートで国境線をアタックする。そして、その中の十台には、三千万ダラの現金が詰め込まれたアタッシュケースが積み込まれている。全員が無事にメヒクトのカルテル支部まで到達できれば、三億ダラの現金密輸に成功する。
僕らの動きは急進的だ。それゆえに、政府機関の行動は、後発的にならざるを得ない。そこで、まさか国境をまたぐような機関同士の衝突回避措置がとれるとも思えない。国境を超えれば勝ちのゲーム。
目的地にステアリングを切った僕の目前に、四十台のプレイヤーが集っていた。
「MISURANIAからの協力者だ。アザルベーダ。信用に足る。一つは僕が運ぶ。四つはゼータの階級順に回せ。残り五つはカルテル側の人間がやれ。持ち逃げなんて考えるなよ、僕らは地の果てまで裏切者を追いかける。僕たちは仲間だ。」
各々が血気盛んな雄たけびをあげ、それぞれの持ち場につく。
隣のアザルベーダだけが、不安そうな顔で僕を見ていた。
「お前も運ぶか?」
「……ボクは……」
前より痣の数が増えていた。これをあの無能がやったというのなら、僕は初めて本気で、アザルベーダを自分のものにできるかもしれない。すっかり自信をなくしたような表情が、また僕の苛立ちを助長する。ゼンドーアについては、取り敢えず歩けなくなるくらいに拷問して幽閉してあった。
アザルベーダは僕に断って、自分の車へと歩いて行った。彼女と同じくMISURANIAから招集されていた男と、なにやら話していた。
「リゼルキルトさん。」
「どうした。」
「ルートについてです。貴方がいなければ、カルテルは駄目です。僕の分析で安全なルートを、一応列挙してあります。信用に足るようなルートがあれば、使ってください。」
「悪いな。あんたを信用してないわけじゃないが、ルートは自分で決めている。」
僕は、物理的には宇宙誕生から一度も存在せず、ただ、人々の意識の中でのみ存在する、全く持って架空の壁を見ていた。それは、目に見えることも、触れることも出来ない。それなのに、それを動かそうとする度、目に見え、触れられ、確かに存在する命が、血を流してきた。
「どこを走るつもりですか。」
ピックアップトラックのサイドミラーを、麻の服で拭いた。
「三十五号線だ。」
*
アザルベーダは、指示された番号のアタッシュケースを拾い上げ、自分の車両の助手席に乗せた。MISURANIAからの協力者は少なく、全員が一人での乗車を命じられていた。サイドミラー越しに窺ったリゼルキルトが、カルテルの人間と話していた。
───羨ましい。ボクもあんなに熱心に、貴方に尽くすことができたら。
「アザルベーダ、ちょっといいか。」
「は、はいであります……!」
アザルベーダを呼んだのは、彼女の父の側近を務めることもある、古参のMISURANIA構成員だった。
彼もアタッシュケースを持っていて、それを地面におろす様から、全てのケースが、現金と同じ重さになるように作ってあるのだと気づいた。
「ゼンドーア様からの指示だ。」
「お父様から、で、ありますか……?」
「あぁ。この番号に細工をしてくださっている。」
「ぇ、細工……?」
「金が入っていないケースについての役割は、奴らも重視していなかった。番号だ。」
アザルベーダは自分のアタッシュケースを見た。彼の言っていることの意味が、分かったような気がします気がした。
「お前の番号には、何も入っていないことになっている。だが、三千万ダラが入れられている。」
「そ、……それじゃあっ……リゼルキルト殿の目的が……!」
「しっ。大声を出すな。ゼンドーア様は監禁されている。決死の思いで用意してくださった打開策だ。奴らは、凶暴すぎる。理性的な我々とは、相容れない運命だったんだ。この三千万ダラを持ち逃げして、MISURANIA復興の資金としろ、との指示だ。」
父親の考えそうなことだと思った。
たった三千万ダラあって、どうなるというのだろう。これまでに援助されてきた資金で、その革命とやらはどれくらいの進捗を見せたのだろう。こんな窮屈な自由のために、何度殴られただろう。
それでも、アザルベーダはその男の血を引いていた。この世界には存在せず、不可視。しかし、それを断ち切ることは絶対にできない。現世と形而上的世界の狭間にあるような、親縁という概念。
「このケースをお前に割り当ててくださった意味を考えろ。ゼンドーア様は、娘であるお前を信じたんだ。これまでの失態を挽回するチャンスを、光栄にもくださったんだ。」
「……それは、……!」
母が死んだ日、静かに涙を流した父が、泣き喚く自分を優しく抱きしめて、撫でてくれたのを思い出した。
また、あのときみたいになったら。そう考えるだけで、アザルベーダは心を引き裂かれるようだった。視界の端に写るリゼルキルトの姿を、努めて見ないようにした。
「了解したのです。……ボクが、MISURANIAを立て直す。」
握りしめたMSCSが、静かに哭いている。




