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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

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Ep.30『射程距離:』

「クリスタル・ベリーの投資よ……?キミの助けになるようなものはないと思うけど……」

 怪訝そうなセスタは、そう言ってマグカップを傾けた。

「道のりは、全て追えるんだな。」

「それはもちろん。ちゃんと、周囲の生態系と、魔素濃度を偏らせないような場所から、計算通りの軌道を辿って」

「僕が言ってるのは、その終着地点のことだ。」

 太陽は、ガラス張りの扉の向こうに見える世界をジリジリと焦がしている。

 こんな日にホットコーヒーを飲もうとした僕に、セスタは怪訝そうな顔をしたが、しこたまアイスクリームを食べた後では意見が変わったのか、僕と同じものを飲んでいた。

「知識がないからわからないんだが、衛星のイメージモデルを見たことがある。発射されるときより随分と貧相になってるな。」

「貧相って……えぇ、そうよ。大体は、大気圏を抜けた後に、余分なのを分離したりするわ。宇宙ゴミ(スペースデブリ)の問題は、そのうち社会問題になるわよ。」

「大気圏を出る前に、分離できる部品があるだろう。」

 セスタは、僕が一体何を言い出したのか、まだ想像できていないようだった。

 もちろん、それが荒唐無稽な話だというのはわかっている。しかし、戦艦を相手にぶち込めるようなミサイルを、残念ながら僕はまだ持ち合わせていない。その上、それは一体どこから発射できるというのか。バハラータから海を横断できるようなミサイルは、もはや戦争の道具である。素晴らしいことに、僕らはまだ戦争の渦中にはない。

 で、あれば。

「質量兵器、という考えで、どうだろうか。」

「……昔から思っていたけれど、やっぱりキミ、ちょっと考えることが普通ではないわ。」

 呆れたような視線は、マツシマから数えきれないほど向けられたことがある。その目を見ると、やはり二人はどこか似ているような気がしてならなかった。

「発射地点はアメリクス。現実的に考えれば、実現可能性は中間層って言ったところね。」

「じゃあ成層圏に収めてくれ。」

「ふんっ……キミがそうやってお願いすれば、アタシがなんでもやると思ってるんでしょ。」

 僕のより遥かに性能がいい端末を使って、セスタはどこかに何かしらのメールを送った。もしかしたらメールではなかったのかもしれないが、彼女の意思決定がそこにあったというのは事実だろう。

「やってくれるんだろう?どうせ。」

 コーヒーを飲み干して立ち上がった僕に、セスタは吐き棄てるように言った。

「当たり前よ……っ」



「おぉ……上手くいくもんだな。」

「なっ、なな、なんですかっ、あれ!」

 爆轟を連鎖させながら黒煙を吐く艦橋。綺麗に船のど真ん中を貫いてくれた。あの分では、これ以上の航行も、乗組員の救出も絶望的だろう。位置エネルギーとは、全く素晴らしき力である。

「つい三時間前に打ち上げられたロケットの、その残骸だ。」

「は、はぁ……!?」

 奴らは、自分が発った港と、自分たちが戻るべき港についてを了解しているだろう。自分たちがどんな航跡を描いてきたのかについても承知しているだろう。しかし、それが一体どんな道と接触するのかについてを、全く理解していない。

 お前たちは、僕の射界の中にいる。

「自分がどこにいるのか、それすら理解できていない。理解しようともしない連中の末路があれだ。」

 アザルベーダは、まだ、唖然とした表情で僕を見ている。

 道だ。奴らは、それを軽視していた。

 奴らが発つだろう港を、奴らが辿るだろう道程を、奴らが還るだろう海を。

 僕らが始まった始発点で以て、僕らが今この場所にいるという現実によって、僕らは辿り着くべき終着点へと進み続ける。

「思い出せ。お前が恐れるあの光は、どこから来た。

 あの光は、アメリクスから放たれて、成層圏の道程を辿ってこの場所に終着した。お前の中にあるその光は、一体どこで始まった。」

「あの光は……ボク、ボクの、母を……」

「お前は、何故革命に生きているんだ。」

 アザルベーダは、しかと立ち上がり、寄る闇の中を輝く光を見た。炎は惨状を克明に映し出し、そのプロミネンスは、血の色をしている。

「ボクはっ……!」

 彼女の瞳の中で、輝きが揺れている。

「ボクは、この道のりから外れるために生きている!母を殺したのも、ボクをこんなに引きずり回したのも、全部全部、戦争とか政府とか国とか、そんな大それたものばっかりだ!ボクは、こんな軌跡は要らない。

 光。光になりたい!誰も、光を引き摺ることはできない。誰よりも速いから、誰にも自分の道のりを決定させない。ボクは、光になりたかった……ッ!!」

 共産主義革命への反抗。サルヴァティエ民族解放戦線革命党政権への反政府活動。そのどれもが、彼女に(レジスタンス)の称号を与え、革命(レボリューション)の宿命を授けてきた。それは、彼女の心根と深く親和したはずだ。彼女の本質は、その反骨精神にある。しかし、それが最終目的地とする場所は、資本主義でも政界でもない。

「ボクが、行きたい場所に行く。」

 それが、彼女がこれまでずっと革命を志してきた理由だった。

 それは、彼女の人生の革命に他ならない。誰とも知れない連中の陰謀によってのみ意思決定を奪われてきた彼女が、自分だけで方向指示を行うための革命。

 ひとしきり叫んだあたりで、無傷だった残りの戦艦が転回を終えていた。僕の残弾は、今の一発で出涸らしだったわけだが、彼らにそれを推測することは難しかろう。大人しく撤退してくれるのは、こちらとしても助かる。随分と遠くなった戦艦の背中を見飽きて、静かになったアザルベーダの方に視線を戻した。

「ぁ……あぁ……はしたないです……ボクは、こんな身勝手なこと……」

 はしたないのはその胸と普段の行動だろうと言ってやりたくはあったが、今の彼女が僕の言葉を聞けるのか定かではなかったので黙っていた。奇妙な鳴き声をあらかた発し終えて、アザルベーダは僕をちらりと見た。

「な……なんでありますか……」

「いや。やっと、お前のことが少しわかった気がすると思っただけだ。」

「……リゼルキルト殿はなぜ……こんな。わざわざボクの、その、本心なんかを、知ろうとするのですか。」

 アザルベーダの問い、僕はそれにとある言葉を想起した。

「お前、あのとき、這い跡(クルジアナ)って言っただろう。」

 僕はそれが、足跡だとか、軌跡だとか、そういう言い方じゃなかったのが気に食わなかったんだ。

 やはり僕は、ファミリア・ナイフを彼女に重ねている。彼女も、革命という呪いを肩代わりさせられた、憐れなMSCSだ。そのトリガーは、彼女を透明の鎖で縛りつける連中によって引かれる。照準は、そんな連中にとって都合のいいものだけを照準し、そしてその魔法は、彼女の思った場所には飛んでくれない。

 ナイフの呪いは、ファミリアに終焉をもたらした。

 それならば、君の呪いは、一体。どんな結末を連れてくるのか。

「結末が見たくなった。それと……純粋に、僕はMSCSを救ってやりたいんだ。」



 港町は、リゾート地のように見えた。白を基調とした外壁の塗装は、しかしそれぞれに性質が異なり、立体的に街並みを浮かび上がらせている。その上に乗っかっている瓦のカラフルさが、立体的な白の無機質な感じをコミカルに装飾して、陽気な南国の心地を生み出していた。

 街並みを歩く人々は、様々な人種が混在している。背負った荷物の大きさからして、彼らは正規の手続きを踏んで入国した旅行者か。僕のように、わけもわからずに密入国したわけではない。

「綺麗な街だな。」

「はい……この辺りは、前線ではないですからね。」

 アザルベーダは、寂しそうに笑った。

 僕らを乗せた車は、そんなリゾート地の中をすいすいと進んでいき、海から少しばかり離れたビルのロータリーで停まった。

 言われるがままに別の車に乗り込んで、今度は一時間ほど走った。街並みも途絶え、小高い丘や平原、畑の類がチラつき始めたあたり。僕らを乗せた車は、地下駐車場に乗り入れた。

「ボクたちの支部です。ボディチェックがありますから、無用な揉め事を起こしたくなければ、先に預けておいた方がいいかと思います。」

「そうか。」

 アザルベーダが指したのは、僕が身に着けているMSCSだった。

 腰から提げているアンタゴニストについてはもちろんだが、彼女の視線は、僕がベルトに挟んでいた拳銃型MSCSすらもなぞった。一応隠していたつもりだったが、どうやら彼女にはお見通しだったらしい。

 一式のMSCSとアタッシュケースをアザルベーダに預け、僕は厳かなボディチェックを受けた。彼らは、僕の靴の底まで調べ、腕時計を付けているなら外せ、とまで言ってきた。マフィアのそれとは違う、無機質で厳格なボディチェック。武装組織としての性質の違いを、またそこで思い知る。

 彼らが信奉するのは、革命という思想である。それは、ナイフを信奉するような信教的センチメンタルを、全く持って介在させない。

 そして僕は、ニキラノア共和国反政府組織MISURANIA首領 ゼンドーア・ヴェスタと邂逅した。


 ゼンドーアは、屈強な男だった。薄暗いコンクリート打ちっぱなしの部屋。その中で、最も強いプレッシャーを放っている。MISURANIAのエンブレムを飾ったベレー帽からは、くるくるとした茶髪が零れていて、同じ色の髭を綺麗に整えていた。

 顔の彫は深く、その深い眼窩の中で整然と佇む眼光が、まさしく彼の精神を象徴していた。

「はじめまして、盟友よ。私が、ゼンドーア・ヴェスタだ。」

 腹の底から、響くような声だった。弦楽器の深い旋律のように、分け入っていけばどこまでも潜れそうな低音。

「リゼルキルトだ。よろしく。」

 僕が咄嗟に差し出そうとした握手の手を、ゼンドーアは首を振って不要だと諌めた。手を引っ込めると、彼の対面の椅子をすすめられる。僕らの間にあるのは、小さな丸テーブルだけだった。

 腰かけた椅子は、木製の剥き出しの椅子で、座り心地は最悪だった。拷問用の椅子だと言われても、ロケーション的に不思議がらなかっただろう。何気なくアザルベーダを見るが、彼女が座る分の椅子は用意されていないようだった。

「さて。娘を無事、ここに送り届けてくれたことに敬意を表する。そして、貴殿を私の仲間だと認めよう。リゼルキルト。」

「光栄だ。」

 僕は、ちらりとアザルベーダに合図した。彼女に預けていたアタッシュケースが、小さな丸テーブルの上に載せられる。ロックを外し、僕はそれをゼンドーアに向けて開けてみせた。

「ゴールデン・ヒュドラ・ブロック。ここにあるブロック一つで、末端価格七百万ダラになる。」

「ハイドラ、か。」

「使い方は煙草と一緒だ。だから、市井に広まるのも早い。既に、僕らの収益の十八パーセントを占めている。」

「ほぉ。資金を集めるには、手っ取り早い方法だ。」

 ヒュドラ───喫煙により、使用者の精神状態に作用する薬物だった。効果はキュルケーになぞらえてサイケデリックと呼ばれるが、それよりも比較的軽度で、僕はヘイローのような依存性の高い薬物と区別してソフトドラッグと呼んでいた。

「植物をプレスしているのか。加工する前は、なんという植物なんだ。」

「アサ、と呼ばれている植物だ。東方の国では、魔除けだとか、(ツル)だとかに使われるらしい。僕のこの服も、その植物の繊維から作られている。」

「ツル……?」

「弓の糸の部分だ。和弓というものに使われていたらしい。」

 ゼンドーアの太い指が、ブロックをなぞり、その臭いを嗅いだ。

 ヒュドラの臭いは、中々生理的に受け付けないようなものだが、彼は顔を顰めることもなく鼻を啜った。

「利害の一致を確認しておこう。リゼルキルト。我々にCIMから金が流れ込んでいるのは事実だ。」

 やはりか。

 アメリクス中央情報局(C I M)。 

 ニキラノア政府が共産圏と接触することは、西側、アメリクスを筆頭とする国にとって頭の痛い問題だ。共産主義は傀儡国家になり得ない。僕の読み通り、アメリクスの国家予算は、MISURANIAに注ぎ込まれている。

「我々は更に、アメリクス同盟国の正規軍からも訓練を受けている。ゲリラ戦術から部隊行動、急襲作戦もこなせる練度だ。」

「そうか。あんたらにとっちゃ、素晴らしいパトロンだな。」

───軍事訓練……?アメリクスはそこまでやっているのか……?

 僕が事前に仕入れていた情報と、規模感があまりにも違い過ぎる。

 どうやら、アメリクスはこの反政府組織に随分と入れ込んでいるらしい。あるいは、彼らを新たな依り代として、ニキラノアを傀儡国家化しようという腹積もりだろうか。

「まさか、こんな素敵な手土産を貰えるとは思わなかった。感謝する。」

「あぁ、存分に収めてくれ。今後、あんたらにそれをただで与えてやることはないからな。」

 鋭い視線が、僕を刺した。

 当たり前だろう?これは寛大な僕からの祝い金だ。あんたらは、これから資本主義の国の犬になる。まさか、そんな体たらくでセスタみたいな連中と渡り合おうというのか。

「さて、勘違いを正しておこうか。ゼンドーア・ヴェスタ。僕らはあんたらの同盟でも同志でもなんでもない。僕たちは取引相手だ。いいか、あんたらは僕たちのことを御社と呼び、僕らはあんたらを反政府組織のゴロツキと呼ぶ。

 これからは、あんたらがこれを買うんだ。僕らは定価で売ってやる。話はそこからだ。いいか?」

「ゼンダ、やれ。」

 僕の脇腹に突きつけられたMSCS。随分と引き金が重いようだ。感謝しなければならない。

 打った肘は、ゼンダと呼ばれた男の鳩尾を正確に撃ち抜き、呼吸器の中に存在したあらん限りの空気と唾液を引き摺り出す。そんな男のがら空きの胴体に、奪い取ったMSCSを打ち込んだ。この距離なら、照準すら必要なかった。

 一秒にすら満たない殺人に、解き放たれた血肉だけが痕跡として残っている。

「あんたらは直ぐに、それの有用性に気付く。売れば売るほど儲けられる。中毒者の数は指数関数的に増加し、需要は供給を簡単に上回る。そして、その国家事業規模の需要を賄うのは、全て非合法活動だ。得られる利益の全てはあんたらのものだ。僕らはそこにマージンをかけない。

 だが、僕らも卸せる量には限りがある。僕たちの市場の本場はバハラータ諸国だからな。高い賄賂と輸送コストをかけてこっちに送り込んでやるのにも限界がある。だから、僕らは生産工場をこの大陸に作りたいと思っているんだ。」

 こういった連中は、主義だ主張だに捕らわれすぎて、あまりにも採算性というものを軽視している。全くもって不愉快だ。この全ての根源にあるのは、あんたらの高尚な思想でも、その真逆の共産主義でもない。カネだ。資本主義の脈動が、僕たちをこんなにも富ませた。

「どこに作るつもりだ。」

「メヒクトにどでかい砂漠があったな。」

「蜃気楼の農場のことか……まだそんな与太話を信じているとはな。」

「僕が現実にしてやろうと言ってるんだ。」

 いつか、僕がこの魔薬事業を始めたとき。その話を持ち掛けた僕の目に、セスタは大量の札束を幻視した。今となって、その予想は全く的中したといっていい。そしてこの男は、突然やってきた異国のカルテルのボスに、とある幻覚を見ている。それは、死体の山と、大量の武器だ。

 その金が、血と、武器と、革命に変わる。

「まずはその一箱を売り捌け。アメリクスの予算はいつ打ち切られるともわからないぞ。露呈すれば、あんたらと当局の関係は切らざるを得ない。今のうちに、安定的な資金源を手に入れておくべきじゃないか?」

「これが、その資金源になると。」

「しかし、僕らはすぐにでもそれの供給を打ち切れる。あんたらが、そのアメリクスの予算を投資してくれるんなら、僕らも相応の対応をしようという話だ。」

「私たちがこの市場を牛耳れば、貴殿らの市場も呑み込むかもしれない。」

「勘違いするなよ。」

 全くもって甘ったれた指摘だった。

「いつかはここも僕らの市場になるんだ。叩き潰されたくなきゃ、今のうちに媚び売っとけって言ってんだよ。」

 独占企業体(カルテル)は、独占企業体(カルテル)に一切の容赦はしない。

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