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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

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Ep.29『こんな夜にこそ輝いて』

 朝飯を平らげて、コンテナの中に仕舞ってあった衛星電話を取った。流石に、こんなにも洋上では普通の携帯端末の電波は届かない。

 コールはつつがなく繋がって、僕は十日ぶりくらいに聞いた声に、変な安心感を得た。

『久しぶりねリゼルキルトくん。元気かしらぁ……?』

「あぁ、元気でやってるよ。悪かったな突然あんなこと頼んで。」

 僕が珍しく労ってやると、セスタは電話の向こう側でクスクスと笑って「いいわよ」と弾むような声で返した。

『多分、今回は防御階層に撃墜されるもの。むしろ、少しでも現実的な金になるなら儲けものだわっ』

「そういってくれると助かる。まぁ、実際に金は生み出せるはずだ。」

『最高だわぁ……!』

 金のためなら何もを惜しまない少女は、金のためならどんな欺瞞も必要としない。セスタの言葉通りの意図は、このただ長いだけの付き合いで少しはわかる。立ち上がったコンテナの上、キラキラと輝く水面を眺めていた。

「そういえば、農場の捜索はどうだ。」

『……えぇ、……情報が、ないわけじゃないのよ……?でも……やっぱり衛星がないと厳しいわぁ。人間だけであの砂漠を探そうなんて、ちょっと無理があるもの。』

「まぁ、それもそうだろうな。」

『でも、アタシの予感だと……』

 電話の向こう側で、セスタがその端正な表情を悩ませているのがわかった。その綺麗な鼻筋が象る横顔のシルエットは、目の前に彼女がいなくたって、そこにあるかのように想像できた。離れているからこそだったのかもしれないが。

『あの砂漠には、多分、何もないわよ。』

 超現実主義者、実用主義者。それでいて、資本主義を信奉する女。セスタ・クリスタルベリーにとって、僕があの大農場の捜索に充てている予算は、さながら不良債権の卵なのだろう。彼女の意思もよくわかる。僕だって、あんな御伽噺のために、ピックアップトラックを何台も走らせるような真似はしない。しない、はずだったのだが。

 残念ながら、通信用MSCSを積んだピックアップトラックは、今日も幾筋もの砂埃を上げ、あの砂漠を彷徨っている。

『ねぇ、リゼルキルトくん。』

「なんだ。」

 セスタは、そのふざけた本性に似つかわしくないような真面目な声で言った。

『どうしてそんなに、それにこだわるの?』

 潮風が僕の頬を吹き抜けていって、微かな気化熱が体温を奪っていった。

 奪い去られた僕の体温は、その微風のいくらかにエネルギーを付与しただろうか。その微風はどこに行くのだろうか。

『聞いてる?リゼルキルトくん。』

「あぁ、聞いてるよ。でも、僕は求めてやまないんだ。」

 もし、あの、なにも隠せないような、まっ平らな世界で。その明るさと透明性の中に、世界を飲み干すような闇が埋められていたとしたら。それは、僕よりも先に、魔薬という存在に気付き、それが、どれほどまでの力を持つのか、理解していた人間がいたということだ。そしてその上で、それを効率的な方法で世界にばら撒こうとしていたということの証左に他ならない。

 僕と、そしてアステアの想いを、僕らよりも先に実現していた人物が、あの砂漠の中に存在していたかもしれない。それだけで、僕は。

「別に、大した意味はないさ。お前が無駄だと思うなら、捜索隊は解散してくれて構わない。僕は君ほど金というものに通じていないからな。僕らのカルテルの金庫番は、君だけだ。」

『また、……はぐらかすのねっ』

 むくれた───のだろう───セスタは、「じゃあね、早く帰ってきて!」と言い残して電話を切った。

 彼女のその不満そうな声は、僕の耳の中でだけ反響して、いつしか、その海原の潮風にさらわれていった。



 僕らの辿る海路は、あと十時間もすれば終着点に辿り着く。

 昔から腕時計をつけるような習慣がなかったから、船の上では随分と苦労した。デジタル時計付のMSCSを見るたびに、邪道だ、と顔を顰めていたのを撤回したいくらいに、人間はその針の動きに心を左右されている。

 夜空は今日も綺麗で、こんな夜こそ、きっと、アステアの姿は映えるだろうと思った。

「り、リゼルキルト殿ぉ……!」

「なんだ、そんな情けない声を出す奴だったか?さっさと寝てろ。目が覚めたころには、お前の故郷についてる。」

「ですが、……寝たら……」

「また悪夢か?」

「う……はい……」

 今朝も見たように、僕のコンテナに顔を半分だけ出したアザルベーダは、その切れ長の瞳だけで恐怖を表明した。

 僕とやけに距離を取りたがるのが、最初のころのべたつき方と違い過ぎて不気味だった。

「僕の傍にいるなら、守ってやる。それで、あの光について教えてやる。」

「あの……光?」

 アザルベーダが僕を見たので、親切にも僕は指先を夜空に捧げてやる。

 その指先、夜空の中で爛々と輝く光は、一等星にも引けをとらない輝きを湛えている。ただ違うのは、光がそれに向かって走り出したのなら、距離の単位に、光年なんてでたらめな数値は出ないだろうということだけ。

 アザルベーダがその星空を眺めた時だった。

「リゼルキルトさん!海軍です!待ち伏せされてます!」

「想定内だ!絶対に航路を逸らすなと伝えろ!」

 飛び込んできた怯え交じりの声。ただのコンテナ貨物船の船員からすれば、僕らはとんでもない乗客だ。

 今までは、密入国の手伝いくらいしかしたことのなかったような連中だ。まさか、命を命とも思わないような組織の重要人物二名の護送などとは、とんだ手に余る仕事だっただろう。

 それと対等に渡り合う敵───軍艦───を前にして、自身の身を案じるのは当然と言えた。

 僕が突然怒号を飛ばしたからか、アザルベーダはびくりと身を震わせ、やっとその全身で僕のコンテナの上に上がってきた。

「……軍艦……」

「実際に見るのは初めてだな。」

 僕がマツシマから渡されていた資料。一般公開された動画や、たまの海軍祭で撮影された記事など。見て取った特徴は、その中のいくつかの写真に該当する。名前までは思い出せなかったが、思い出そうとすれば思い出せたはずだ。ただ、思い出す必要などなかっただけで。

 洋上、僕らと側面から対峙する三隻の船。それは、近代MSCS工学を結集し、重工業で形成した戦うための(ふね)だ。

 波を切り裂き、爆ぜた水飛沫を受けてもものともしない。無造作に積み上げられたように見える艦橋や武装の類も、全ては敵を無力化するために緻密に計算され尽くした造形である。

 その底知れない叡智のことを、我々は本能的恐怖という知覚でのみ知ることができる。

 人間の頭くらいなら入ってしまうだろう砲口と目が合って、僕はそれを実感した。

 少し前から口に含んでいたキュルケーを吐き出した。唾液に濡れて重くなったそれは、コンテナのでこぼこの間に打ち棄てられて、しかし、そこに含有されていたとある力は、既に僕に付加されている。

 少しばかり久々の、ただ、君との再会を心待ちにして。僕は小さく呟いた。


「おいで、聖火の守護聖人(マシンエルフ)。」



「あら、また来たの?仕方がないからサービスしてあげるわ……!」

「四ダラ。はい、まいど。」

 やかましい接客と、愛想のない接客をする姉妹を見比べながら、僕らはバックヤードで粛々とアイスクリームを食べていた。

「あんな接客でよく客が集まるもんだな。」

「……それにあてられて拾ってきちゃった人が何言ってるんだか。」

 やけにトゲトゲしているセスタの返しも、アステアのせいで免疫がついていた。やはりワクチンという概念は間違っていなかったのだろう。違法薬物にとっては喜ばしくない性質ではあるが。

「でもまぁ、別にいいんでしょ?資金洗浄用なんだから。」

「まぁな。」

 メルとルムが営んでいるアイスクリーム屋さんというのは、本当に彼女たちの自己満足の産物で、採算度外視、というのが最も実態に近い。実際、別に稼ごうが稼ぐまいが困らないのだ。毎日大赤字というくらいでも問題はない。投資だとか貸付だとかいう名目で、最終的には僕たちのマネーロンダリングの一助になる。

 まともな法律と治安体制が機能していなければ、反社会的勢力というのはこうも市井に入り込む。もちろん、彼女たちの可憐な容姿が寄与していないとは言わないが。

「どうするの?今度の護衛。お相手はキミ自身が出てくるのをご所望よ?」

「正直気は進まないが、簡単に殺されてやるつもりもない。僕の心配はしてもらわなくて大丈夫だ。」

「……キミの心配をしているのだけど……?」

「そのときは損切りしてくれ。」

 セスタのしなやかな脚は、僕のすねをめがけて飛んできたけれど、いつもの癖で簡単に避けてしまった。

 チョコミント味のアイスクリームをつまらなそうに口に含んで、セスタはその不満げな表情を少しばかり緩めてくれた。

「まだ根に持ってるじゃない。」

「根に持ってないからこんなことが言えるんだ。」

 僕はさっさと何味なのかもよくわからないアイスクリームを平らげてしまって、そういえばやけに毒々しい色をしていたな、と後から見た目の奇妙さに浸った。

 片手間で立ち上げた端末には、マツシマから送られてきたメールの文面がある。

「流石の奴も、大海一つ挟んだ国の軍隊については調べ切れなかったらしい。」

「だから、都合よくアタシが呼ばれたわけね?わかったわよ……」

 ニキラノア共和国。僕らが拠点としているバハラータ周辺からは、巨大な海を挟んだ場所にある国。僕らがやらなければならないのは、その国の反政府軍である少女の護衛だ。

「出張ってくるとしたら、どこだと思う。」

「賄賂を流しているとはいえ、海軍の介入は避けられないと思うわぁ。彼らも、一枚岩ではないでしょうし。クリスタル・メスで聞いた話だと、メヒクトの海軍省は中々優秀らしいし。」

 ニキラノアと国境を接するメヒクト共和国。ニキラノアと同じく、メヒクトもアメリクスの経済的な支援によって生き永らえている部分がある。しかし、セスタが言った一枚岩という言葉が示すように、アメリクスが支援するからと言って、MISURANIAがメヒクトに不利益をもたらさないとは限らない。

 国際社会からしてみれば、彼女たちはかかる火の粉以外のなにものでもない。メヒクトだってアメリクスの都合だけでは動くまい。これでMISURANIAが大規模なテロ活動などした日には、メヒクトはその軍事力に泥を塗られたことになる。

 親アメリクスではない二枚目の岩は、容易に軍艦を海に放つ。

「人間だけなら全員殺せる。」

「脅威になるかしら。」

「……まぁ、そうかもな。」

「人間を全員殺せるような兵器なら、うちでも扱ってる。でも、それは同時に、兵器や武器も破壊するわ。キミが昔言った、国家の武力を超越する力が、誇示できるかしら。」

 長く、ため息を吐いた。

 僕らは最期には、国家に白旗を振らせなければならない。軍艦の上でたなびいている白旗に満足しているようでは、甲板につづら折りになっている死体に満足しているようでは、その終着地には辿り着けない。

「……お前、今度航空宇宙開発に投資するらしいな。」



「撃て、聖火の守護聖人(マシンエルフ)。」

 瞬きが、輝いた傍から艦橋を舐り、その姿を鮮明に浮かび上がらせた。あぁ、確かにこれは怖いかもしれない。僕が、一切の迎撃手段も持たずに、その発火炎(マズルフラッシュ)を見ることになれば、精神的外傷についてをもっと深く理解することができたかもしれない。

 しかし、僕の伸ばした手に、寄り添うように掲げられた、華奢な腕。君がいるなら、怖くはなかった。

「り、ぜるきると、殿……!」

 僕らの船に向けられた殺意。そこに織り交ぜられた感情の何もかもが、気配を発している。ただ、照準しただけ。ただ、ボタンを押しただけ。ただ、引き金を引いただけ。しかし、そこに介在する殺意が、何よりも、その無機質な暴力に人間性を付加していく。僕らの船を粉々に打ち砕く対艦ミサイルは、そんな夜空を煌めいた。

 僕は、瞬きのような一瞬の間、それを一度足りとも見失うことはなかった。フラクタルの手も、それを見失わなかった。彼女と合わせた視線。配った視線がかち合って、僕らの手の中、あの夜空、そこに在った暴力を握りつぶす。

 そうして、その夜天に、爆炎が咲く。

「フラクタル、僕らの故郷を見せてあげよう?」

「うん。」

 走った焔がフラクタルの肌から剥離した。やがて、その形而上的熱量が、世界の発端に火をつける。

 その炎は、とある場所を懐古する。それは、僕らが始まった場所。それは、僕らの始発点だった。アステアもセスタも、もちろん、アザルベーダも知ることのない、僕とフラクタルだけが知っている、僕の始発点。

 それが、この場所に顕現する。

 麦畑は、燃えていた。

「り、リゼルキルト殿……これは……」

 僕の腕を掴んだアザルベーダを、ふわふわと漂っていたフラクタルが引き剥がした。何も理解しないままのアザルベーダは、突如現れた美貌に困惑したようで、大人しく引き下がった。僕の首をぐいぐいと引っ張ってアザルベーダと距離を取らせるフラクタルは、その思わず触れてしまいたくなるような綺麗な瞳で、目いっぱいの警戒心を示した。

「そんなに警戒しなくても、君のことしか見てない。」

「本当……?」

「ぁ、あのっ……なんだかそれも釈然としないでありますっ!」

 ぐだぐだと煩いアザルベーダは一度無視しておいた。

 僕らを狙っていたメヒクト海軍の戦艦は、真っ二つに折られて、あるいはそのまま埋没して、あるいは転覆して、その広大な麦畑の中で灼熱に焦がされていた。世界の果てまで見えるような心地の海原は、今はふわふわと揺れる麦畑で完結している。

 僕らが立つコンテナ、ないしコンテナ貨物船も、似たような現状だろう。バルバスバウは、海水ではなく地面に埋没し、月ではなく燦燦とした太陽を浴びている。

「ありがとう、フラクタル。君のお陰で、時間稼ぎができた。」

「もう、いいの……?」

「……本当は、もっと一緒にいたいけど。早く、君に認めて貰いたい。」

「うん。」

 フラクタルは、最後に、僕の耳元に唇を寄せて、優しく甘噛みした。

「っ!?」

「ふふっ……リゼルキルト……愛してる。」

 僕が動揺したのに悪戯な笑みを浮かべて、フラクタルは焔と成って消えていった。

 このまま力を使えば、僕らの船も航行不可能となる。瞳を閉じて、端末の時刻を思い浮かべる。

「リゼルキルト殿、月が……」

 見上げた夜空と、頬を突き抜けていく潮風。

 戻ってきた。

 海軍の船は、一糸乱れぬ航跡を慌しく波立たせていて、それが艦船という無機物の生体反射のように思えてならなかった。

 奴らは、その航跡についてを、承知しているだろうか。自分がどの港からやってきて、どの港に帰っていくのか。それくらいならば理解しているだろう。きっと、あの操舵室のMSCSが寸分違わず教えてくれるはずだ。

 しかし、自分たちが果たして、どんな海域にいるのか。今、どこにいるのかについてを、奴らは愚かにもわかっていない。今、自分がどこにいるのか。何を成しているのか。何が、成される場所にいるのか。それをわかっていない分際で、僕の道を寸断しようとするなど、傲慢にもほどがある。

 だから、親切にも僕は教えてやる。その結論でもって、教えてやる。

 月を眩ませるような、煌々とした光。蹲り、その頭を抱えるアザルベーダを立ち上がらせる。彼女は、そのまま僕の胸に顔を埋めた。それじゃ、意味がないんだよ。

 その小さな顎に手を添えて、彼女の耳元で囁いた。

「考えろ、想像しろ。お前が恐れたその光が、果たしてどこから来たのか、どこにいるのか。どこへ向かうのか。」

「嫌ッ……怖い、怖いです!」

「その全てを理解していれば、お前はその恐怖から解放される。それでいて、自分の足跡も、今の居場所も、行きたい場所も、悩むことなく言ってやれるようになる。」

「……だとしても、こんな夜に、」

「こんな夜だからこそだ!」

 アザルベーダを突き飛ばす。外見と仕草を見ているだけでわかる。お前は少なくとも、僕と同じくらいは動けるはずだ。コンテナから落ちることなく、危なげのない仕草で、アザルベーダは踏みとどまった。そして、僕を、いいや、僕の背後、輝きの向かう先を見た。


「こんな夜こそ、輝かないとな。」


 遥か夜空から飛来した輝きが、戦艦を真っ二つにへし折る。

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