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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

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Ep.28『クルジアナ』

 クソまずい煮豆のペーストをプラスチックのスプーンで食べていると、当然のように僕の隣に座り込んでくる女。アザルベーダは、大型犬みたいな無邪気な目で僕を見て、さも一緒に食べるのが当然というような顔をした。

「船員はちゃんと全員買収してる。中で食べても不審がられない。」

「それでは、なぜリゼルキルト殿はわざわざここで?」

 お前のような面倒くさそうな女から逃れるためだと言ってやりたかったが、それを口に出して碌な結末になったためしがない。わざわざコンテナの上で灼熱に焦がされながら、僕はアザルベーダの同席を消極的に了承する他なかった。

 アザルベーダは、僕と同じペーストの缶に、硬いパンの先を突っ込み、いくらかほぐしてからそれを食した。食に対してそういった凝り性なところを発揮するのは、どこかセスタにも似ている。変なところで女を感じさせられて居心地が悪かった。

「ん?リゼルキルト殿は、もうパンは食べてしまったのですか?」

「あぁ。」

「よければ、これを差し上げますよ。」

「要らない。」

「なっ!折角のあ~んチャンスだと思ったのですが……」

 恋人同士でそうやって食を介助してやるのは見たことがあるが、反政府組織の一員でどうやってそんな場面を目撃するというのだろうか。それとも、MISURANIAとは案外牧歌的な組織なのだろうか。

 脳裏に浮かんだ戦場の狼煙を思い浮かべて、すぐに否定した。

「お前は、どうしてこんなことをしてるんだ。」

 少し前も、そうやって人の内心にずかずかと入り込んだことがあったのを思い出した。海は程よく凪いでいて、キラキラと輝く水面に、夜の街の煌びやかな電飾を思い出した。

「ボクたちは民兵(ミリシア)の家系です。革命党が政権を取る前、革命の運動が始まった頃から、ずっと戦っていました。ボクたちは革命から生まれ、そして革命を生き、やがて革命を成す。もちろん、共産主義革命以外の革命ですが。だから、ボクはここで戦っているのです。」

 誇らしげに笑ったアザルベーダは、中々に大きかったパンを一息に頬張って、それを水で流し込んだ。奴が飲んだのは僕の飲みかけのペットボトルだったから、そのデカいだけの胸を引っぱたいてやった。

「きゅぅ……!容赦がないのですね……!」

 素晴らしき厄介な特性を持っている女だ。

「僕が聞きたかったのは、なぜ革命に生きたのかだ。僕の両親は麦農家だったが、僕も麦農家になろうとは思わなかった。」

「……あぁ、なるほど。」

 途端に大人しくなるものだから、何か聞かない方がいい話題を振ったかとも思ったが、腕を抱いて俯く仕草を見るに、ただ思考に入っただけのようだった。ひとしきり考えて、アザルベーダはぽつりと話し出した。

「ボクらは、……ずっと何かに引き摺られてきた。どこからそうなったのかは、もう、憶えてはいません。自分が遺した這い痕(クルジアナ)を、ボクたちは俯瞰することができません。それは、ボクらの意思で這ったものではないから。

 始発点は、もうずっと遠くに行ってしまった。もう、見えはしません。」

 自分が引き摺られた跡、その化石。自分がどこにいたのか、どこから始まったのか。僕らが当然と知っているべき始発点についてを、彼女は知らない。それは、あの国に居たのならば。あの国で、反政府組織となったのならば、当然のことのように思えた。

 彼女たちは、革命という時代に引きずられ、独裁政権という権力に引きずられ、次は、アメリクスという資本主義の帝王に引き摺られようとしている。

「いつでもボクたちは、独立していません。思想、権力、カネ。ボクらを引き摺って行く力は、常に変わり続けてきた。その方向も。しかし、ボクはここにいる。この場所で、戦っている。それを、少しでも遺しておかなければ。そうすれば、いずれ、知らない場所まで来てしまった時、ボクがどこから来たのか、忘れることはありません。」

 彼女は、これから先、自らがどこに行くのかを知らない。

 反政府軍である彼女たちが、アメリクスからの支援を得て政権を打ち倒したとしたら。彼女たちは次は、どうなるのだろうか。政界に雪崩れ込むだろうか。やっと、自らによって指針を決めることができるだろうか。

 アザルベーダという少女は、自分で行く先を決めることができる日が、来るだろうか。

「どうですか?リゼルキルト殿は、知的な女性が好みと見ました!ボクの今の語り草は、知的な女性ではありませんでしたか?」

「あぁ……その推察の信憑性はともかく、意外と論理的な奴なんだな、お前は。」

 コンテナに身を投げ出すと、そのごつごつとした表面の寝心地の悪さが、麻の服を容易に貫いてきた。

「もしそんなことが許されたとして。」

 アザルベーダは、きょとんとした顔をして僕の顔を見た。

「父親に疲れたら、僕たちのところに来るといい。お前の行きたい場所に行く手伝いくらいは、してやるよ。」

 僕はアザルベーダの姿を、とある一振りのナイフに重ねていた。製作者の手を離れ、何世代もの間、呪いを肩代わりさせられ続けた、とあるナイフ。



 パッ、と瞬いたとき、それは既に死を撒き散らしている。

 アザルベーダにとって閃光とは、その瞬きの速度と同じ速さで、世界を破壊するものだった。

 秒速三十万キロメートルの光は、彼女の網膜に全宇宙最速の速度で象を結ぶ。しかし、それよりも遅く飛来する短距離ミサイルとの速さの違いは、彼女にはわからなかった。

 だから、光が届くころには、隣のアパートメントは粉々に砕かれていて、ねばついた黒い煙が立ち込め始めるころ、ようやく爆風が音を引き連れてくる。

 飛び起きたコンテナの中で、アザルベーダは荒い呼吸を整えた。

 空に立ち上がっていく、あるいは、空から降り注ぐ、輝き。アザルベーダには、それが怖くて仕方がなかった。血みどろの世界で生きてきた無垢な少女の、その唯一の少女性が、その恐怖だった。

 コンテナの扉を開ける。随分と高いところに積まれているから、寝ぼけて落ちるな、と忠告されたばかりだった。しなやかな身のこなしでコンテナの上に上がり、しばし月夜の水面を眺めた。その輝きすらも、少女の表情を曇らせた。

 アスレチックのステージを踏破していくように、危なげない動きで、アザルベーダは甲板に降り立った。両舷の光は、緑と赤を規則的に点滅している。そのどちらに寄るでもなく、少女はそのど真ん中を、ゆっくりと歩いた。そして思い当たって、丁度甲板から垂直に突き出ている梯子に手をかけた。

 右か左か、と考えているのが億劫になったからだった。

 体を引き摺り上げたその場所にも扉があって、外から開けようとしても開かなかった。丸い小窓からは、温かな光に照らされた操舵室が見えた。MSCSの円形ディスプレイに埋め込まれたデジタル表示の海図を見て、男二人が何やら言い争っていた。

 そのうちの一人は、ここ二日を共に過ごした魔薬カルテルのボス、リゼルキルトだった。

 思わず力が入り、扉を叩く。しかし、扉はびくともしない。二人の議論は白熱するばかりで、とうとう船員がリゼルキルトを殴った。リゼルキルトはびくともせず、ただ、その船員を見つめていた。逆に手を痛めたのか、顔を痛めた船員は、繰り出した拳を抱えて後ずさった。

 リゼルキルトは、いつも腰に提げているMSCSをホルスターから抜き、そのトリガーの一段目に指をかけていた。MSCSを愛するアザルベーダにとって、彼の不気味なMSCSはここ最近の関心事の一つだった。

 しかし、その本領が発揮されるより前に、船員はリゼルキルトへと平伏し、彼はその背中に札束を放り投げた。

 それからしばらく、二人は海図と何かの地図を見比べるばかりで、一向にアザルベーダに気付くことはなかった。

 ここ最近の興味の矛先である男と話せなかったのは残念だったが、垣間見た彼の暴力性に恍惚の心地を得たので、それはそれで満足だった。

 アザルベーダは元来た道を戻り、自分のコンテナへと帰った。

 目を閉じて眠りに落ちる。そうしてまた、光の悪夢にうなされる。



 幾度も爆撃の音が連鎖していた。やがて、それは心臓の鼓動の音とリンクするようになり、それは、徐々に頻脈になっていく。高血圧になっていく体と反対に、そこに受容されている精神は低血圧に酩酊(ストーン)していく。

 ドン、ドン、ドン、ドン。

 次の音が、目を覚ましたコンテナの天井から聞こえた。コンテナを叩く、何かの音だった。

 コンテナの扉を開けて、その上に立っている男を認める。

「り、リゼルキルト殿。」

「……悪いな、夜中に。なにか用だったか?さっき、一航士室に来てただろう。」

 控えめなノックの音は、確かにアザルベーダを覚醒させたが、そうならない可能性も十分にあった。彼がここまでよじ登ってきた苦労が、全くの無駄足になった可能性についてを、アザルベーダは確かに口にした。彼はそれに適当な言い訳をくっつけて、アザルベーダの手を取った。

 見た目の割に力強いその腕は、軽々と少女をコンテナの上に引っ張り上げ、アザルベーダはその呆気なさに少しばかりたたらを踏むくらいだった。

「悪夢か。」

「な、なぜ、わかるのですか……?」

 リゼルキルトの視線は、微かにアザルベーダの眦をなぞった。けれど、それだけで悟られるほど隈を見せていたわけでもなかった。

「知り合いが昔、似たような感じだった。お前とは逆で、悪夢にうなされてるときの方がアクロバティックだったけどな。」

 アザルベーダの視線の先、リゼルキルトの背後で、彼の背中を飛び越してきた光が少女の瞳を舐った。咄嗟、瞼を閉じた。全身が緊張した。自分で抱きしめた腕、握りしめた指先が震えていた。

「……光が、駄目なのです。」

 ぽつりと溢したアザルベーダに、リゼルキルトは腰を下ろしてその隣を促した。何も言わなかった彼のそれは、「話してみろ」と言外に言っているように思えた。

「ミサイルのアフターバーナーは……光に、よく似ています。すぐ隣の家に直撃したときなんか、……怖いのはずっと続くのに、どうにかしなきゃって動けるのは、本当に一瞬で……透明な鎖に、雁字搦めにされてるみたいになって、苦手です。」

「それで、光が駄目なのか。」

「こ、……これでもっ、克服した方なのですよ!今は、心持ちをちゃんとしておけば、無反応にできます!」

「そうか。なら、まぁいいが。」

「さっきは、……何を話しておられたのですか?」

 どれくらい眠っていたのかはわからなかった。しかし、リゼルキルトと船員が話していたのは、数時間前ということはなかったはずだ。精々三十分か一時間程度だろう。リゼルキルトもその含意を汲んで、操舵室の方を見やった。

「航海ルートがずれていた。道のりを軽視してもらっちゃ困る。」

「別のルートに入ろうとしていたのですか……!それは……」

「あぁ、いや、そこまでじゃない。何度とか、そういう程度だ。」

「そ、そう、ですか……?それなら、殴ってまで修正させなくともよかったのではないですか?」

「見てたのか。」

「ぁ、ぇと、えぇ……」

 暴力沙汰などは、できることなら見られていない方がよかっただろう。少しばかりの罪悪感が、アザルベーダの語調を弱くした。

「港の連中への賄賂は惜しんでないが、僕たちが繋がっていない場所に賄賂を流すのは難しい。おそらく、僕たちが想像していない、おこぼれに預かれていない組織が、お前を狙いに来る。奴らにとっちゃ、反政府組織の重要人物だ。お前は黄金に見えるだろうな。」

「そうですか……海戦は経験がありませんが。」

「そのための布石だ。守られる側が戦おうとするなよ。」

「心配してくださるのですか?」

「死んだらクソ面倒くさいだけだ。」

 むぅ、と思わず漏れたのは、彼が心の底からそう思っているというのが、その表情から読めたからだった。普段ならばその辛辣さも受容できたが、今のアザルベーダのレセプターは、そうは動いてくれなかった。

「明日、戦うために、今日あの人を殴ったのですね。」

「あぁ。自分たちがどんな道を辿って目的地に辿り着くのか、”道”についてを理解させるのに、こんなにもいい作戦はない。」

 リゼルキルトは、月を眺めてそう言った。

 同じように夜空を眺めるのが、少しばかり億劫で、アザルベーダはおずおずとその空を見た。

 自分を殺すような光は、こんな夜にこそ映える。



 次の日、僕のコンテナには朝からコーヒーが届けられた。船員に賄賂を弾んだからだろうか。百万ダラの札束でいいなら、もっとばら撒いておくべきだったか。絶対にしないであろう浪費を想像して、海原を見ながらコーヒーを飲んだ。

 そそくさと帰ろうとする船員に、朝飯はなんだ、と聞いてみた。魚と肉、どちらがいいですか、と言ったから、肉と答えておいた。

 コーヒーを飲み終えて、端末にメールをしたためていると、視線を感じた。害意は感じられなかったから、その発生源の瞳を見てやろうと視線を向ける。ひょこ、と引っ込んだやけに小さい頭は、アザルベーダのものだった。

「なにしてんだ。」

「……ぇ、えと……おはようございます。リゼルキルト殿。」

 おずおずと顔を出したアザルベーダは、いつもならばやかましい抱擁さえかましてくるだろうに、今日はその表情の半分くらいをコンテナに隠したまま挨拶をした。観念したのかやっと全身を晒し、僕と少し距離を開けたところに腰を据える。

「なんなんだ……気色悪い。」

「ちょっ……お、女の子!ボク、女の子です……!」

「ちょっと嬉しそうなのが尚気色悪い。」

「うぅ、うぅ~……」

 女の子とかいう歳でもないだろうに。と考えて、そういえば正確な歳も知らないのを思い出す。しかし、あの発育で未成年ということもないだろう。どちらでもよかったが。

「僕はいつもその距離感でいいが、どんな心境の変化だ。」

「……だ、だって、……怖いものの話とか……したこと、なかったものですから……」

 そんなことか。僕だって、炎とか火傷とか通信傍受だとか怖いものはあるというのに。そんな人間の構成要素一つを吐露したところで、どんな弱みになるというのか。

「それに……昨晩のリゼルキルト殿は、その……」

「なんだ。」

「……い、いえ……わからないのなら、……そのままでいいのです……」

 朝からよくわからない奴である。僕にとってあれは、ブリーフィング以外のなにものでもなかったのだが、余計な意味を付与してしまっただろうか。アザルベーダの向こう側、気まずげな船員と目が合った。

「あの、朝食を、お持ちしたんですが……」

 僕は、彼と、アザルベーダと、自分と、用意された一人前の朝食を見た。

「ここには二人いるが。」

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